アマくないイ世界のハナシ

南野雪花

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最終章 護り手

護り手 1

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 ゆっくりと。
 ゆっくりと巨大な城が浮き上がってゆく。
 天空魔城。
 空を舞う禍々しき城塞。

「数千年ぶりの飛翔に城も喜んでおるようだな」

 バルコニーに立った男が言った。
 金髪碧眼の偉丈夫。
 白銀の甲冑を身にまとい、金色に輝く剣を腰にく。
 人間ではない。

 魔王ザッガリア。
 彼の復活とともに、魔城も復活を遂げた。
 数千年、数万年の昔、七柱の神々と戦った天翔ける城、インダーラ。

「ふたたび予とともに歩もう。滅びの道を」

 親しい友人に語りかけるように目を細めるザッガリア。
 視界の中、大地がどんどん遠ざかってゆく。
 封印の地デスバレーが。
 インダーラの周囲を舞うドラゴンたち、
 ザッガリアの再臨を祝うために馳せ参じたのだ。
 最強の魔獣が頭を垂れる存在、それが魔王である。

「アンディアか。久しいな」

 手を振る男。
 漆黒の翼をはためかせ、一頭のドラゴンが近づいてくる。
 大きい。

 たとえばマルドゥクを知るものでも、その巨体に目を見張るだろう。
 金色の竜王を軽く二回りは凌駕している。
 魔城に降り立ち、人の姿を取った。
 闇のような黒い髪と、深淵のような黒い瞳。
 老将の風格を持った男が、魔王の前にかしづく。

「四千年ぶりにございます。ザッガリア様」

 エンシェントドラゴン。暗黒竜アンディア。
 長命を誇る竜族でも、一千年をけみするものは稀である。ゆえにマルドゥクなどが尊敬の対象となるのだ。
 しかしアンディアは、もう数千年の時を生きてきた。

「もうそんなになるのか」
「生きてふたたびザッガリア様のお姿を見ることは、もはや叶わぬと思っておりました……」
ゆるせ」
「謝罪など! ザッガリア様には似合いませぬ!」

 声を荒げる老将。
 苦笑がザッガリアの口元に刻まれる。
 あのときもそうだった。
 神々と最後の戦いに挑むとき、まだ若かったアンディアが最も血気盛んだった。ザッガリアをむしろけしかけ、自ら先陣に立って神々の陣列に突入していったものである。

「……次は、負けられぬな」
「御意っ」

 老顔をほころばせるアンディア。
 かつての仲間は、ほとんどが冥界の門をくぐってしまった。
 猛将ガラゴスも、魔界公子ハラザールも、魔剣士カラミティも。
 皆いなくなった。
 寂しくはなったが、アンディアはより以上の満足を感じている。
 数千年ぶりに、ザッガリアとともに戦えるのだ。

「おそらく儂にとって最後の戦いとなろう。この手で憎きアイリーンの首を獲り、ザッガリア様に喜んでいただきたいものよ」

 声に出さず呟く。
 威風堂々とバルコニーから身を晒す主人を見つめながら。
 天空魔城インダーラが、その速度を上げる。

 目指すはアイリン王国の王都、アイリーン。
 創世七柱の神々、その筆頭の名を冠した都である。
 暗黒の城が、空を割って突き進む。




 問答無用だった。

 降伏勧告もない。
 交渉の余地もない。

 空に現れた巨大な城から幾条もの雷光が放たれ、街の周囲に出現したドラゴン軍団がブレスを放つ。
 街が灼かれる。
 阿鼻叫喚の地獄絵図。
 表現そのままに、王都アイリーンが焼き払われてゆく。

 最初の一時間で数千人の死者が出た。
 浮遊魔城インダーラの攻撃も、竜族たちの攻撃も、ある意味で公平だった。
 貧富も貴賤も区別しない、という一点において。
 だが、攻撃する方は公平でも、それを受ける方には大きな差がある。
 たとえば貧民街スラムに住む人々は、自分の身を守るものなどなにも何も持っていない。
 日々の生活にすら困窮しているのに。

 なのに、

「なんでこんなところまで攻撃しやがるっ!」

 兵士が叫ぶ。
 その腕に抱かれるのは、小さな女の子の遺体。
 竜の攻撃は、スラムにまで及んでいた。

 せっかくこの世に生まれたのに、教育も受けられず、遊ぶための道具もなく、働く場所すら与えてもらえない人々に、追い打ちをかけるように攻撃を加えるのか。

「これがてめえらの築きたい世界なのかよ! こん畜生!!」

 亡骸を横たえ、兵士が走る。
 スラムを襲っている赤い竜へと向かって。

 槍を構え。
 迎え撃つブレス。

 青年兵士が吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられる。
 骨の折れる鈍い音。口と鼻から溢れる鮮血。

「がは……」

 目が眩む。
 だが、

「まだだ……あの子の痛みはこんなもんじゃなかったはずだ……」

 呟きながら立ちあがる。
 ぞごりと左腕が落ちた。
 裂けた腹部からはらわたがあふれ出る。
 致命傷。
 おそらく自分はここで死ぬ。
 かまわない。
 これ以上、もう誰も殺させない。
 絶対に。

 絶対に絶対に絶対に!!

 ふたたびドラゴンへと走る。

「ウアァァァァァァ!!!」

 喚声とも雄叫びともつかぬ声を立てて。
 残忍な笑みを浮かべ竜が腕を振り上げる。

「ぐぶ……」

 鋭利な爪に貫かれ、勇敢な兵士の目から光が消えた。

 残酷さも、非情さも、この場の専有物ではない。
 王都アイリーンの各所で似たような光景が展開されている。
 人間たちは決死の反撃をしたし、王都を根城にする冒険者たちも、命を惜しまず戦った。
 それでも、戦力の差は圧倒的だった。

 ある魔法使いメイジは、竜に噛みつかれはらわたを引きずり出されながらも、魔力を暴走させ、もろともに自爆して果てた。

 ある戦士は、自らが囮となって生きたままブレス焼かれながらも、仲間たちに反撃の契機を作った。

 ある弓箭きゅうせん兵は、竜に右腕を咬み千切られながらも、口で矢羽根をくわえ、足で弓を構えて射ち続けた。

 必死の防戦。
 多大な犠牲を払いながら。
 まったく逆説的ながら、多くの人々が暮らすアイリーンだから、戦うことができたという側面もある。
 でなれば、一日たりとも持ち堪えることなどできなかっただろう。

「あまり人間を舐めるな! 魔法隊! 構え!!」

 王城の一角、最前線と化しているバルコニーに陣を張り、国王マシアスが叫ぶ。
 彼の都だ。

 魔王や魔獣どもに蹂躙などさせない。
 前庭に整列したアイリン王国が誇る魔術師メイジ部隊。
 メイジスタッフを上空の魔城に向ける。

「放てっ!!」

 一斉に撃ち出される攻撃魔法が、インダーラの底部に着弾し、もうもうたる爆炎とともに穴を穿つ。
 湧き上がる歓声。

 魔王の城を睨みつけたままの国王がさらに叫んだ。

「そのまま斉射! たとえ魔力が尽き倒れようとも攻撃の手を弛めるな!!」

 次々と撃ち上がる魔法。
 インダーラも黙ってやられているばかりではない。
 万条の雷が降り注ぎ、屋根を、壁を、人を薙ぎ払ってゆく。
 マシアス王の至近も大きく抉られ、バルコニーの手すりが吹き飛ぶ。

「陛下! 危険です! 安全な場所までお退りくださいっ!!」

 近衛騎士のひとりが王の腕を取り、場内に退避させようとする。
 その手を振り払い、マシアスが凄絶な笑みを浮かべた。

「安全な場所? そんなものがどこにあるのか、不敏なる予には判らんな。けいは知っておるのか?」

 この世の地獄と化した花の都。
 どこに逃げても同じだ。
 鼠のように逃げまどったあげくに殺されるなど、御免被ごめんこうむる。

「戦って戦って戦って、戦い抜いた後に死んでやろう。魔王とやら、人間の覚悟、とくと見よ!!」

 王の叫びに呼応するかように、騎士団の一部がドラゴンどもに突撃してゆく。
 陣形もなにもない。
 ただひたすらの力押し。

 仲間がブレスに焼かれようが、頭蓋を踏みつぶされようが、いっさいかまわない。
 誰かが殺されれば相手に隙ができる。その隙をついて馬上槍ランスを突き出す。
 馬さえも猛り狂ってドラゴンに噛みつく。

 まさに狂闘。
 まさに死兵。

 それが人間の覚悟。
 だが、それでも魔軍の圧倒的優位は、まったく動かない。
 勇敢な騎士が、魔法使いが、冒険者たちが虫けらのように殺されてゆく。
 魔王襲来から十二時間。

 アイリーンの失陥は、もはや時間の問題。
 誰の目にもそう見えた。

 そのときである。
 一条の閃光が戦場を横切った。
 インダーラの壁を削り、宙を舞うドラゴンどもを貫いて。

 衝撃が遅れて届く。
 咆吼とともに。
 東の空。
 みるみるうちに近づいてくる黄金の翼。

「我はマルドゥク。義によって人間たちを護ろう」

 朗々とした宣言が戦域に響き渡った。

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