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セックスマナー講座に行った男の話
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※セフレ(だと思っている)とのセックスに悩んでいる受けがセックスマナー講座を受講して問題点の解決を試みるも上手くいく筈がないしそもそも問題点はそこではないという話。
執着美形×流され平凡です。
***
パンパンパンパンパンパンパンパン……!
「くっ……はっ……ぁあ……くそっ」
「あっあっあっあっ……あーっ……あっ……んんっ……」
室内に絶えず音が響いている。肉の打ち合う音。低い呻き声と、それより高い嬌声は自分を犯す男に媚びている。
玉川真広(たまかわ まひろ)は小綺麗なマンションの一室で男に抱かれている。恋人ではなく性行為を行うだけの間柄の男に。
相手は手嶋吾朗(てしま ごろう)といい、真広の通うバーで出会った。普通のバーではなく男同士で繋がり合う相手を探す為の場所で酒を飲んでいた真広に声を掛けたのは彼だった。
顔立ちは悪くないものの特に目立つものもなく。成人になりバーに通い始めた青年達のような若さもない。
武器になるようなもののない至って平凡な真広は誰かに声を掛けることも出来ず、カウンターの隅っこで大人しくしていた。
何をするでもない常連客にバーテンダーは気を利かせて話し掛けてくれるけれど、当たり障りのない返ししか出来ない。相手からしたらつまらない時間だろうが真広はそれで満足していた。
誰かと誰かがくっついて、連れ立って店の外へ出ていく姿を羨ましく眺めている。
バーの中で異物のように過ごしていた真広の隣に誰かが座っても気にしない。席が埋まっているのだろう。それなら長居をするよりは空けてやった方がいい。
隣の男の注文を聞いているバーテンダーへ目を向けると彼はすぐに気付き「おかわりですか?」と聞いてくれる。首を振るとすぐに伝票に手を伸ばしてくれた。真広の行動は注文か追加か勘定しかない。
財布を手に帰り支度を始めた真広は腕を掴まれた。細くはない腕を掴む手は大きく男らしい。
「何か用事があるのか」
「え? ありませんけど」
唐突な問いかけに真広は素直に答える。それならまだいいだろうと引き止められ、心配そうなバーテンダーに大丈夫だと頷いた。
改めて隣の男に目を向ける。今日は休みなのかカジュアルな衣服を着こなした男は真広と同じ黒髪黒目だというのに何だか違って見える。髪を切り揃えただけの真広と違い、整髪料で流れを作っているからだろうか。
目鼻立ちの整った顔はきっとよくモテることだろう。男にも女にも。真広と同じか少し上くらいに見える彼は真広にあれこれ話し掛けてくる。
名前を聞かれたので素直に答えると相手も手嶋と名乗った。本当かどうかはわからない。バーで会っただけの相手に真実を話す人間なんて一握りだろう。
その日はもう一杯だけ飲み、手嶋に聞かれるままに話をして帰った。その後を誘われることはなく、何事もなく帰宅した真広は肩を落とす。
あんな男に相手にされるとは思っていないけれど、それでも少しくらい期待した。相手が見つからないから真広で妥協しようとしたのではないかと思ったけれど、ただの時間潰しだったのだろう。
他人と話す時間は楽しかったので悪い気分ではないけれど、もう話すこともない相手だ。そのうち名前も忘れてしまう。
そう思っていたのに手嶋はバーに来ると真広の隣に座り話し掛けてくる。それが何回も続いたある日、とうとう誘われた。
二人連れ立ってバーを出ていく姿は何度も何度も目にしてきたけれど、いざ自分がその立場となると真広の頭は真っ白になった。
慣れた様子の手嶋に連れられるまま近場のラブホテルに入り、促されるままに抱かれる準備をする。
そういった経験がないと漏らした真広を彼はしばし真顔で見つめてきた。面倒だと思ったのだろうが「そうか」とだけ返されて、真広の体は彼の手によって開かれた。
それ以来、真広は手嶋と寝るようになった。連絡先を交換したので直接やり取りする。
手嶋は元々バーを訪ねる回数は少なかったらしい。真広はあまり変わらずにバーを訪れ、一人隅の席で酒を飲む。その隣に誰かが座り、反射的に目を向けた真広には手嶋ではないかと期待があった。
「こんばんは」
「……こんばんは」
隣に座ったのはバーでよく見かける青年だった。照明のおかげで染められているのがわかる艶やかな髪は彼を華やかに見せ、持ち前の美貌を引き立てる。来店するとすぐに誰かに捕まっている彼は値踏みをするようにジロジロと真広を見定めて、嗤う。
「こんなのの何がいいんだか」
えっ、と困惑から声を上げる真広に向けて彼は侮蔑の目と言葉を向けた。
「手嶋さんがあんたなんかの相手してんのは気まぐれだから。調子乗んなよ冴えないオッサン」
「お客様」
言われた本人よりも会話を聞いていたバーテンダーの方が反応し、咎めるように青年へ声を掛けた。ふん、と鼻を鳴らした彼はその場から離れていく。
わざわざ言われなくたって手嶋が真広の相手をするのは気まぐれだと理解している。それか真広の体は気に入ったのかもしれない。
真広と手嶋は恋人ではない。ただ彼の都合のいい時に誘われるがまま抱かれるセフレだ。
「……友達ですらない」
小さく呟いた言葉は他の喧騒に紛れて誰に聞かれることもなかった。
青年に絡まれたその日は酒を飲んでも苦味しか感じられず、早々に帰宅した。賃貸アパートの自室に帰り、風呂は明日の朝にして寝てしまおうと安物のパイプベッドへ横になるが寝つけない。
スマートフォンを手に取りSNSをチェックしていると広告が目に入る。いつもなら流してしまうだろうに今日の真広は無視出来なかった。
「…………セックス、マナー講座……?」
インターネット上で有名な無料素材のキャラクターイラストを使ったコミカルな雰囲気の広告バナーにはポップな字体でデカデカとそう書かれている。
平時ならば悪質な詐欺広告のようにしか思わないだろうそれを、真広の指はタップしてしまう。画面が切り替わり広告先のページが展開されていくのを、真広は黙って見守っていた。
『セックスでお悩みの方必見! 素朴な疑問にお答えします!』
『自分のセックスは相手を傷付けていないのかな……相手の行為に傷付く自分はおかしいのかな……デリケートなお悩みも当社のセックスマナーインストラクターが誠心誠意ご相談に乗らせて頂きます』
『現地会場でのセックス講座は勿論、ウェブ講座も開催中! お気軽にご参加下さい!』
イラスト素材を使いつつそのような文面と共に、サイト下部には講座の開催地やウェブ講座の案内が掲載されている。
講座内容は男女間、女性同士男性同士と細かく分類されており、真広は男性同士の講座を検索した。次の土曜日に近場で開催されるものがあり、参加者も募集していて受講料もそれ程高くはない。
「…….」
真広の指はすいすいと動き、受付項目を埋めていく。全て入力し最後に出てきた『参加申請する』ボタンを押してしまえば画面が切り替わり、間を置かずメールが届いた。
登録したアドレスに向けて自動送信される参加受付通知メールを確認して、真広は今度こそ眠りについた。
迎えた土曜日。昼下がりのオフィス街を真広はきょろきょろしながら歩いていた。手の中のスマートフォンにはマップアプリが表示されている。
セックスマナー講座を開いている団体はそれなりに大きなマナー教室らしく、セックス以外にもビジネスマナーやエレガンスマナーやらと幅広い講座を開いているらしい。
マップアプリに打ち込んだ住所の前まで来た真広は大きなビルを見上げた。入口のテナント看板には目的の団体名が記されているので間違っていないようだ。
緊張しながら中へと入り、受付の女性に案内され入った講座会場には既に数人の参加者が待っていた。
新しい参加者の入室に目を向ける者もいれば手元のスマートフォンに釘付けの者もいる。共通しているのは皆、若くキラキラして見えることだった。
空いている隅の席に座りながら真広は場違いな自分に恥ずかしくなってくる。セックスマナーなんて真広の歳になったら知っていて当然なのだろう。
開始時間まで俯いていた真広は入室した講師にも驚かされることになる。真広と同年代に見える、スーツを着こなした男性はとても端正な顔立ちをしていた。受講者達のざわめきが伝わってくる。
愛想の良い笑顔で自己紹介をした講師は淡々と講座を始めていく。
セックスの基本。相手を思いやる行動。中でも真広が気になったのはコンドームについてだ。
手嶋と数回寝たもののコンドームをつけてもらった記憶がない。いつも胎の奥に生で出されている。
妊娠することのない男同士なんてそういうものなのかと思っていたけれど、受け入れる側への負担や両者に与える感染症のリスクを講師の美声に淡々と説かれては真広も顔を青くするしかなかった。
平然と聞き流している様子の他の受講者達はそういった配慮をしてくれる――彼らを大切にしてくれるパートナーが相手なのだろう。俯いて自分を省みる真広とは土台が違う。
講座を聞きながら思い返す手嶋とのセックスは彼との関係性として当然ながら快楽を追及したものになる。手嶋にされるがまま、殆どマグロの真広は乱暴に抱かれて終わる。殴られたり縛られたりしないだけマシなのだろうか。
行為の基本知識が終わるとパートナーと楽しむ為の内容に移り変わる。効率的な性技の解説でわかりやすかった。
約二時間の講座が終わり、希望者には対面での相談を受け付けると言われ、真広以外は希望しているようだった。項垂れた真広は黙って退室する。
恋人でもない手嶋に何かを求めるのは間違っている。そう理解していても、大切にされない自分を改めて思い知って打ちのめされた気分だった。
講座から帰宅した真広は時間をかけて考えた。どうしたらいいのか。どうしたいのか。ゆっくり昇華しようとしていた耳にメッセージの着信音が聞こえる。
真広のスマートフォンにそんなものを送る人は一人しかいない。その人からの用件も一つしかない。
決心が鈍らないうちにメッセージを確認する。仕事がようやく落ち着いたのだという雑談が添えられ、本題は今夜会えないかという急な誘いだった。
真広が断れば他の相手に同じ文面を送るだけなのだろう。
唇を噛みながら了承の返信をする。頭の中は今夜彼に伝えること、することを懸命にイメージトレーニングしていた。
手嶋と会うのはたいてい手嶋の家かホテルになる。今夜は家に呼び出され、薬局の紙袋を手に訪れた真広は機嫌の良さそうな手嶋に迎え入れられた。
来るようにと伝えられていた時間は夕飯時で夕飯をまだ済ませていない真広の鼻を美味しそうな匂いが擽る。何だろうと顔に出す真広に「簡単だけど」と言って手嶋が用意してくれたのは鮭とほうれん草、マッシュルームの入ったクリームパスタだった。
手嶋に呼び出されると食事に連れ出されたり、こうしてご馳走になることが多い。セフレ相手にもまめなのだろう。
礼を言って食卓につき、向かい合ってパスタを食べていく。
「薬局に寄ったのか?」
真広が手にしていた紙袋には薬局チェーングループの店名が大きく書かれている。誤魔化すものでもないと頷くと当然の流れとして中身を尋ねられる。
答えたくなければ無言でいても手嶋は怒りはしないだろうが、伝えることなので簡潔に答える。コンドームを買ったからはめてほしいと頼むと、いつも飄々とした彼が固まった。
「あ、その。あの。いっ、嫌なら今日は帰る」
他の相手を呼ぶならさっさと帰った方がいい。フォークを置いて席を立とうとした真広は「帰るな」と止められる。
表情をなくした手嶋の顔を見て、真広は何か間違えた気がした。
引き止められた真広は食事もそこそこに寝室へ連れ込まれた。その手にはきちんと紙袋が握られ、ベッドへ押し倒された真広は手嶋へ向けて掲げてみせた。
「……そんなに使いたいならお前が着けてくれよ」
頷いた真広は紙製の中から小箱を取り出す。数字と品名だけが書かれたシンプルなデザインのおかげで買いにくくなかった。
いつもなら体を繋げる前にシャワーを浴びるのだが今日はそんな余裕がない。どんくさい真広はともかく、いつもそつのない手嶋も衣服を着たままだ。
脱衣のタイミングがわからない真広が見上げると手嶋はじっと見返してくる。あの、と開き掛けた唇は寄せられて重ねられ、声ごと吸われていく。
「んぅ」
今日は様子が違った。舌が入り込んでくるのは変わらないが、行為の前に戯れるように舐め回されるいつもと違って荒々しい手嶋からはいつもの余裕が感じられなかった。
「んん……んんんっ! んぅ! ……ふっ、あ……」
全て奪い取られるようなキスから解放された真広は息を乱してベッドへ横たわる。酸素が足りないのか頭がぼうっとして何をすべきか、自分が何をされているのか理解出来ないうちに衣服が剥ぎ取られていく。
晒された肌に吸い付かれ、こそばゆさに小さく笑って。ようやく裸になった自分に気が付き、いつの間にか放り出してしまった小箱を探す。
「ひぁ」
手嶋の唇は真広の肌からとっくに離れ、真広がもたもたしているうちにさっさと進められていく。下腹に垂らされたローションの冷たさに驚いて声を上げるのは毎回のことだった。
コンドームを使ってくれたことはないけれど真広の孔は毎回たっぷりのローションで濡らされ、問題なく手嶋を受け入れてきた。そうしないと手嶋も楽しめないからだろう。
「あっあぁっ……あっ……」
ローションを纏った手嶋の指が二本、真広の中へ入り込んでくる。閉じていた肉を割り、奥へと突き進む動きはゆっくりしているが止まりはしない。
長い指が半分程埋まると重なり合わせていた指が開かれ、真広の孔を抉じ開けてくる。生まれた僅かな隙間にローションを垂らされ、念入りに塗り込まれていく。
「ひっ」
真広の中に送り込まれたローションが長い指に押し込まれ、ぐぷ、と音を立てる。
手嶋の指は再び奥へ動き始め、付け根近くまで埋まるとゆっくりと引き抜かれていく。指先が抜けそうになると指は再び孔の中へ入り込み、抜き挿しの速さが増していく。
パチュッパチュッパチュッ……
「んおっ……あ……あああっ……あっ……あーーっ……」
肉襞を刺激される快感に真広は声を上げて悦び、思考が溶けていく。何をしたかったのか忘れ、与えられる快感に流されていく。
ほぐされた孔から指が抜かれ、硬く肥えた亀頭を擦り付けられて真広は慌てて声を出した。
「コンドーム! 着けないならもうしない!」
「……何でいきなりそんなことを言う?」
怪訝そうな目を向けられ、真広は口ごもる。セックス講座に行っただなんて恥ずかしくて言えなかった。
「…………セックスするならコンドームを着けるのが当たり前だって言われたから」
講座のことは伏せて答えると真広に向けられる目の鋭さが増した。思わず息をのむ真広に、冷たい声が問いかけてくる。
「誰に。何でそんなことを言われるんだ」
「それは……あっ、やだっ……」
ぐっ、と亀頭が孔にあてがわれ、そのまま押し込まれていく。逞しく育ち上がった雄に肉を割られ、中を擦られていく刺激に真広の体は悦んだ。
「やだっ……あぁっ……あっ……」
「おい。誰に言われたんだ?」
胎の奥まで抉り叩かれ、腰を遣って肉襞を擦られる。男を咥え込む悦びを教え込まれた真広の体はその刺激に感じ、孔を締め付けて気持ちがいいと男に教えている。
口を割らない真広に対し怒りを露にした手嶋は発言者の追及を続けながら抽挿の勢いを増していく。
パンパンパンパン……!
「あーーっ! やだっ……もうだめっ……いくっ……」
性感に引きずられるまま芯を持ち、揺さぶられていた真広の性器から白濁が飛び散っていく。互いの腹を汚しても手嶋は止まらない。
肉を打つ音。ローションの混ぜられる水音。感じきった真広の喘ぎ声はいつもと同じだ。
時折投げられる怒りを孕んだ手嶋の尋問に答えられる理性のない真広はただ声を上げて悦ぶしかなかった。
「……くそっ……」
低い呻きと共に真広の中へ精が吐き出されていく。胎の奥へ流れ込む熱さに声を上げる真広へ、大きな体が覆い被さるようにすり寄ってきた。
息を荒げた唇が重なってくる。広い背中に両腕を伸ばしながら、ゆっくりと理性の戻り始めた真広は小さな諦めと共に一つ、考えを決めていた。
今日が終わったら手嶋との関係も終えるのだと。
目を閉ざし、ゆっくりと意識も――という所で、耳元で「おい」と囁かれた低い声に引き止められる。
「寝ようとするんじゃない。誰に吹き込まれたんだ」
「……手嶋さんには関係ない人」
「ふざけてんのか」
繋がったまま腰を動かされ、膨らみを取り戻し始めた雄に奥を突かれる。真広の口から甘ったれた声が漏れ、眠気も覚めてしまった。
「仕事が忙しくて構ってやれなかったのは悪かったと思ってるが浮気の理由にはならないだろ」
「浮気?」
「ゴムを着けるのが当然だなんてお上品な奴とやったんだろ? どこのどいつだ」
答えなければ延々と問い詰めてきそうな手嶋にどうしたらいいのかわからなくなってきた真広は正直に答えることにした。今日で別れる相手なら恥ずかしい奴だと思われても問題ないだろう。
「……セックスの……マナー講座に行っただけ。コンドームは受け手側のことを考えたら着けた方がいいって」
「講座? そんなもんあるのか」
頷く真広に向けられる目から険がなくなる。安堵のような表情を浮かべたのは一瞬で、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そんなもの教本通りの一般論を垂れ流すだけだろ。ゴムの必要性は理解出来るが、それだけが全てじゃないだろ」
「……着けてって頼んだら、着けてよ」
「それは悪かった。けどお前も悪いだろ。はやく中を苛めてくれって俺の指に媚びてくるから」
「そんなことしてない」
覚えのない言いがかりだと否定する真広に、手嶋は意地の悪い顔で笑った。
「媚びてんだよ。大好きなち○ぽ食わせてくれってケツマ○コ締めて催促してくる」
「してない」
「してるよ」
寝返りを打った手嶋に引きずられ、彼の体の上へ乗り上げた真広は自然と彼を見下ろすことになった。今度こそ安堵の表情を浮かべた手嶋と目が合う。
「……たまには着けるから。それで許してくれ」
手嶋なりの譲歩なのだろう。そうわかるから頷く真広の頭には、彼との関係を終わりにする選択肢は残っていなかった。
けど、と新たに生まれた疑問を頭の中で呟きながら、厚い胸板へ顔を預けて今度こそ寝入ろうとする。
(セフレでも浮気扱いになるんだなぁ)
セックスフレンドは恋人と違って束縛し合わない関係なのだと思っていたけれど違うのかもしれない。事前に確認をすればいいのだろうか――そんな相手のいない真広には関係のないことだ。
真広は薄っぺらい自分の体を抱く男の表情に甘さと共にほの暗さを滲ませていることも知らず、穏やかな寝息を立て始めていた。
執着美形×流され平凡です。
***
パンパンパンパンパンパンパンパン……!
「くっ……はっ……ぁあ……くそっ」
「あっあっあっあっ……あーっ……あっ……んんっ……」
室内に絶えず音が響いている。肉の打ち合う音。低い呻き声と、それより高い嬌声は自分を犯す男に媚びている。
玉川真広(たまかわ まひろ)は小綺麗なマンションの一室で男に抱かれている。恋人ではなく性行為を行うだけの間柄の男に。
相手は手嶋吾朗(てしま ごろう)といい、真広の通うバーで出会った。普通のバーではなく男同士で繋がり合う相手を探す為の場所で酒を飲んでいた真広に声を掛けたのは彼だった。
顔立ちは悪くないものの特に目立つものもなく。成人になりバーに通い始めた青年達のような若さもない。
武器になるようなもののない至って平凡な真広は誰かに声を掛けることも出来ず、カウンターの隅っこで大人しくしていた。
何をするでもない常連客にバーテンダーは気を利かせて話し掛けてくれるけれど、当たり障りのない返ししか出来ない。相手からしたらつまらない時間だろうが真広はそれで満足していた。
誰かと誰かがくっついて、連れ立って店の外へ出ていく姿を羨ましく眺めている。
バーの中で異物のように過ごしていた真広の隣に誰かが座っても気にしない。席が埋まっているのだろう。それなら長居をするよりは空けてやった方がいい。
隣の男の注文を聞いているバーテンダーへ目を向けると彼はすぐに気付き「おかわりですか?」と聞いてくれる。首を振るとすぐに伝票に手を伸ばしてくれた。真広の行動は注文か追加か勘定しかない。
財布を手に帰り支度を始めた真広は腕を掴まれた。細くはない腕を掴む手は大きく男らしい。
「何か用事があるのか」
「え? ありませんけど」
唐突な問いかけに真広は素直に答える。それならまだいいだろうと引き止められ、心配そうなバーテンダーに大丈夫だと頷いた。
改めて隣の男に目を向ける。今日は休みなのかカジュアルな衣服を着こなした男は真広と同じ黒髪黒目だというのに何だか違って見える。髪を切り揃えただけの真広と違い、整髪料で流れを作っているからだろうか。
目鼻立ちの整った顔はきっとよくモテることだろう。男にも女にも。真広と同じか少し上くらいに見える彼は真広にあれこれ話し掛けてくる。
名前を聞かれたので素直に答えると相手も手嶋と名乗った。本当かどうかはわからない。バーで会っただけの相手に真実を話す人間なんて一握りだろう。
その日はもう一杯だけ飲み、手嶋に聞かれるままに話をして帰った。その後を誘われることはなく、何事もなく帰宅した真広は肩を落とす。
あんな男に相手にされるとは思っていないけれど、それでも少しくらい期待した。相手が見つからないから真広で妥協しようとしたのではないかと思ったけれど、ただの時間潰しだったのだろう。
他人と話す時間は楽しかったので悪い気分ではないけれど、もう話すこともない相手だ。そのうち名前も忘れてしまう。
そう思っていたのに手嶋はバーに来ると真広の隣に座り話し掛けてくる。それが何回も続いたある日、とうとう誘われた。
二人連れ立ってバーを出ていく姿は何度も何度も目にしてきたけれど、いざ自分がその立場となると真広の頭は真っ白になった。
慣れた様子の手嶋に連れられるまま近場のラブホテルに入り、促されるままに抱かれる準備をする。
そういった経験がないと漏らした真広を彼はしばし真顔で見つめてきた。面倒だと思ったのだろうが「そうか」とだけ返されて、真広の体は彼の手によって開かれた。
それ以来、真広は手嶋と寝るようになった。連絡先を交換したので直接やり取りする。
手嶋は元々バーを訪ねる回数は少なかったらしい。真広はあまり変わらずにバーを訪れ、一人隅の席で酒を飲む。その隣に誰かが座り、反射的に目を向けた真広には手嶋ではないかと期待があった。
「こんばんは」
「……こんばんは」
隣に座ったのはバーでよく見かける青年だった。照明のおかげで染められているのがわかる艶やかな髪は彼を華やかに見せ、持ち前の美貌を引き立てる。来店するとすぐに誰かに捕まっている彼は値踏みをするようにジロジロと真広を見定めて、嗤う。
「こんなのの何がいいんだか」
えっ、と困惑から声を上げる真広に向けて彼は侮蔑の目と言葉を向けた。
「手嶋さんがあんたなんかの相手してんのは気まぐれだから。調子乗んなよ冴えないオッサン」
「お客様」
言われた本人よりも会話を聞いていたバーテンダーの方が反応し、咎めるように青年へ声を掛けた。ふん、と鼻を鳴らした彼はその場から離れていく。
わざわざ言われなくたって手嶋が真広の相手をするのは気まぐれだと理解している。それか真広の体は気に入ったのかもしれない。
真広と手嶋は恋人ではない。ただ彼の都合のいい時に誘われるがまま抱かれるセフレだ。
「……友達ですらない」
小さく呟いた言葉は他の喧騒に紛れて誰に聞かれることもなかった。
青年に絡まれたその日は酒を飲んでも苦味しか感じられず、早々に帰宅した。賃貸アパートの自室に帰り、風呂は明日の朝にして寝てしまおうと安物のパイプベッドへ横になるが寝つけない。
スマートフォンを手に取りSNSをチェックしていると広告が目に入る。いつもなら流してしまうだろうに今日の真広は無視出来なかった。
「…………セックス、マナー講座……?」
インターネット上で有名な無料素材のキャラクターイラストを使ったコミカルな雰囲気の広告バナーにはポップな字体でデカデカとそう書かれている。
平時ならば悪質な詐欺広告のようにしか思わないだろうそれを、真広の指はタップしてしまう。画面が切り替わり広告先のページが展開されていくのを、真広は黙って見守っていた。
『セックスでお悩みの方必見! 素朴な疑問にお答えします!』
『自分のセックスは相手を傷付けていないのかな……相手の行為に傷付く自分はおかしいのかな……デリケートなお悩みも当社のセックスマナーインストラクターが誠心誠意ご相談に乗らせて頂きます』
『現地会場でのセックス講座は勿論、ウェブ講座も開催中! お気軽にご参加下さい!』
イラスト素材を使いつつそのような文面と共に、サイト下部には講座の開催地やウェブ講座の案内が掲載されている。
講座内容は男女間、女性同士男性同士と細かく分類されており、真広は男性同士の講座を検索した。次の土曜日に近場で開催されるものがあり、参加者も募集していて受講料もそれ程高くはない。
「…….」
真広の指はすいすいと動き、受付項目を埋めていく。全て入力し最後に出てきた『参加申請する』ボタンを押してしまえば画面が切り替わり、間を置かずメールが届いた。
登録したアドレスに向けて自動送信される参加受付通知メールを確認して、真広は今度こそ眠りについた。
迎えた土曜日。昼下がりのオフィス街を真広はきょろきょろしながら歩いていた。手の中のスマートフォンにはマップアプリが表示されている。
セックスマナー講座を開いている団体はそれなりに大きなマナー教室らしく、セックス以外にもビジネスマナーやエレガンスマナーやらと幅広い講座を開いているらしい。
マップアプリに打ち込んだ住所の前まで来た真広は大きなビルを見上げた。入口のテナント看板には目的の団体名が記されているので間違っていないようだ。
緊張しながら中へと入り、受付の女性に案内され入った講座会場には既に数人の参加者が待っていた。
新しい参加者の入室に目を向ける者もいれば手元のスマートフォンに釘付けの者もいる。共通しているのは皆、若くキラキラして見えることだった。
空いている隅の席に座りながら真広は場違いな自分に恥ずかしくなってくる。セックスマナーなんて真広の歳になったら知っていて当然なのだろう。
開始時間まで俯いていた真広は入室した講師にも驚かされることになる。真広と同年代に見える、スーツを着こなした男性はとても端正な顔立ちをしていた。受講者達のざわめきが伝わってくる。
愛想の良い笑顔で自己紹介をした講師は淡々と講座を始めていく。
セックスの基本。相手を思いやる行動。中でも真広が気になったのはコンドームについてだ。
手嶋と数回寝たもののコンドームをつけてもらった記憶がない。いつも胎の奥に生で出されている。
妊娠することのない男同士なんてそういうものなのかと思っていたけれど、受け入れる側への負担や両者に与える感染症のリスクを講師の美声に淡々と説かれては真広も顔を青くするしかなかった。
平然と聞き流している様子の他の受講者達はそういった配慮をしてくれる――彼らを大切にしてくれるパートナーが相手なのだろう。俯いて自分を省みる真広とは土台が違う。
講座を聞きながら思い返す手嶋とのセックスは彼との関係性として当然ながら快楽を追及したものになる。手嶋にされるがまま、殆どマグロの真広は乱暴に抱かれて終わる。殴られたり縛られたりしないだけマシなのだろうか。
行為の基本知識が終わるとパートナーと楽しむ為の内容に移り変わる。効率的な性技の解説でわかりやすかった。
約二時間の講座が終わり、希望者には対面での相談を受け付けると言われ、真広以外は希望しているようだった。項垂れた真広は黙って退室する。
恋人でもない手嶋に何かを求めるのは間違っている。そう理解していても、大切にされない自分を改めて思い知って打ちのめされた気分だった。
講座から帰宅した真広は時間をかけて考えた。どうしたらいいのか。どうしたいのか。ゆっくり昇華しようとしていた耳にメッセージの着信音が聞こえる。
真広のスマートフォンにそんなものを送る人は一人しかいない。その人からの用件も一つしかない。
決心が鈍らないうちにメッセージを確認する。仕事がようやく落ち着いたのだという雑談が添えられ、本題は今夜会えないかという急な誘いだった。
真広が断れば他の相手に同じ文面を送るだけなのだろう。
唇を噛みながら了承の返信をする。頭の中は今夜彼に伝えること、することを懸命にイメージトレーニングしていた。
手嶋と会うのはたいてい手嶋の家かホテルになる。今夜は家に呼び出され、薬局の紙袋を手に訪れた真広は機嫌の良さそうな手嶋に迎え入れられた。
来るようにと伝えられていた時間は夕飯時で夕飯をまだ済ませていない真広の鼻を美味しそうな匂いが擽る。何だろうと顔に出す真広に「簡単だけど」と言って手嶋が用意してくれたのは鮭とほうれん草、マッシュルームの入ったクリームパスタだった。
手嶋に呼び出されると食事に連れ出されたり、こうしてご馳走になることが多い。セフレ相手にもまめなのだろう。
礼を言って食卓につき、向かい合ってパスタを食べていく。
「薬局に寄ったのか?」
真広が手にしていた紙袋には薬局チェーングループの店名が大きく書かれている。誤魔化すものでもないと頷くと当然の流れとして中身を尋ねられる。
答えたくなければ無言でいても手嶋は怒りはしないだろうが、伝えることなので簡潔に答える。コンドームを買ったからはめてほしいと頼むと、いつも飄々とした彼が固まった。
「あ、その。あの。いっ、嫌なら今日は帰る」
他の相手を呼ぶならさっさと帰った方がいい。フォークを置いて席を立とうとした真広は「帰るな」と止められる。
表情をなくした手嶋の顔を見て、真広は何か間違えた気がした。
引き止められた真広は食事もそこそこに寝室へ連れ込まれた。その手にはきちんと紙袋が握られ、ベッドへ押し倒された真広は手嶋へ向けて掲げてみせた。
「……そんなに使いたいならお前が着けてくれよ」
頷いた真広は紙製の中から小箱を取り出す。数字と品名だけが書かれたシンプルなデザインのおかげで買いにくくなかった。
いつもなら体を繋げる前にシャワーを浴びるのだが今日はそんな余裕がない。どんくさい真広はともかく、いつもそつのない手嶋も衣服を着たままだ。
脱衣のタイミングがわからない真広が見上げると手嶋はじっと見返してくる。あの、と開き掛けた唇は寄せられて重ねられ、声ごと吸われていく。
「んぅ」
今日は様子が違った。舌が入り込んでくるのは変わらないが、行為の前に戯れるように舐め回されるいつもと違って荒々しい手嶋からはいつもの余裕が感じられなかった。
「んん……んんんっ! んぅ! ……ふっ、あ……」
全て奪い取られるようなキスから解放された真広は息を乱してベッドへ横たわる。酸素が足りないのか頭がぼうっとして何をすべきか、自分が何をされているのか理解出来ないうちに衣服が剥ぎ取られていく。
晒された肌に吸い付かれ、こそばゆさに小さく笑って。ようやく裸になった自分に気が付き、いつの間にか放り出してしまった小箱を探す。
「ひぁ」
手嶋の唇は真広の肌からとっくに離れ、真広がもたもたしているうちにさっさと進められていく。下腹に垂らされたローションの冷たさに驚いて声を上げるのは毎回のことだった。
コンドームを使ってくれたことはないけれど真広の孔は毎回たっぷりのローションで濡らされ、問題なく手嶋を受け入れてきた。そうしないと手嶋も楽しめないからだろう。
「あっあぁっ……あっ……」
ローションを纏った手嶋の指が二本、真広の中へ入り込んでくる。閉じていた肉を割り、奥へと突き進む動きはゆっくりしているが止まりはしない。
長い指が半分程埋まると重なり合わせていた指が開かれ、真広の孔を抉じ開けてくる。生まれた僅かな隙間にローションを垂らされ、念入りに塗り込まれていく。
「ひっ」
真広の中に送り込まれたローションが長い指に押し込まれ、ぐぷ、と音を立てる。
手嶋の指は再び奥へ動き始め、付け根近くまで埋まるとゆっくりと引き抜かれていく。指先が抜けそうになると指は再び孔の中へ入り込み、抜き挿しの速さが増していく。
パチュッパチュッパチュッ……
「んおっ……あ……あああっ……あっ……あーーっ……」
肉襞を刺激される快感に真広は声を上げて悦び、思考が溶けていく。何をしたかったのか忘れ、与えられる快感に流されていく。
ほぐされた孔から指が抜かれ、硬く肥えた亀頭を擦り付けられて真広は慌てて声を出した。
「コンドーム! 着けないならもうしない!」
「……何でいきなりそんなことを言う?」
怪訝そうな目を向けられ、真広は口ごもる。セックス講座に行っただなんて恥ずかしくて言えなかった。
「…………セックスするならコンドームを着けるのが当たり前だって言われたから」
講座のことは伏せて答えると真広に向けられる目の鋭さが増した。思わず息をのむ真広に、冷たい声が問いかけてくる。
「誰に。何でそんなことを言われるんだ」
「それは……あっ、やだっ……」
ぐっ、と亀頭が孔にあてがわれ、そのまま押し込まれていく。逞しく育ち上がった雄に肉を割られ、中を擦られていく刺激に真広の体は悦んだ。
「やだっ……あぁっ……あっ……」
「おい。誰に言われたんだ?」
胎の奥まで抉り叩かれ、腰を遣って肉襞を擦られる。男を咥え込む悦びを教え込まれた真広の体はその刺激に感じ、孔を締め付けて気持ちがいいと男に教えている。
口を割らない真広に対し怒りを露にした手嶋は発言者の追及を続けながら抽挿の勢いを増していく。
パンパンパンパン……!
「あーーっ! やだっ……もうだめっ……いくっ……」
性感に引きずられるまま芯を持ち、揺さぶられていた真広の性器から白濁が飛び散っていく。互いの腹を汚しても手嶋は止まらない。
肉を打つ音。ローションの混ぜられる水音。感じきった真広の喘ぎ声はいつもと同じだ。
時折投げられる怒りを孕んだ手嶋の尋問に答えられる理性のない真広はただ声を上げて悦ぶしかなかった。
「……くそっ……」
低い呻きと共に真広の中へ精が吐き出されていく。胎の奥へ流れ込む熱さに声を上げる真広へ、大きな体が覆い被さるようにすり寄ってきた。
息を荒げた唇が重なってくる。広い背中に両腕を伸ばしながら、ゆっくりと理性の戻り始めた真広は小さな諦めと共に一つ、考えを決めていた。
今日が終わったら手嶋との関係も終えるのだと。
目を閉ざし、ゆっくりと意識も――という所で、耳元で「おい」と囁かれた低い声に引き止められる。
「寝ようとするんじゃない。誰に吹き込まれたんだ」
「……手嶋さんには関係ない人」
「ふざけてんのか」
繋がったまま腰を動かされ、膨らみを取り戻し始めた雄に奥を突かれる。真広の口から甘ったれた声が漏れ、眠気も覚めてしまった。
「仕事が忙しくて構ってやれなかったのは悪かったと思ってるが浮気の理由にはならないだろ」
「浮気?」
「ゴムを着けるのが当然だなんてお上品な奴とやったんだろ? どこのどいつだ」
答えなければ延々と問い詰めてきそうな手嶋にどうしたらいいのかわからなくなってきた真広は正直に答えることにした。今日で別れる相手なら恥ずかしい奴だと思われても問題ないだろう。
「……セックスの……マナー講座に行っただけ。コンドームは受け手側のことを考えたら着けた方がいいって」
「講座? そんなもんあるのか」
頷く真広に向けられる目から険がなくなる。安堵のような表情を浮かべたのは一瞬で、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そんなもの教本通りの一般論を垂れ流すだけだろ。ゴムの必要性は理解出来るが、それだけが全てじゃないだろ」
「……着けてって頼んだら、着けてよ」
「それは悪かった。けどお前も悪いだろ。はやく中を苛めてくれって俺の指に媚びてくるから」
「そんなことしてない」
覚えのない言いがかりだと否定する真広に、手嶋は意地の悪い顔で笑った。
「媚びてんだよ。大好きなち○ぽ食わせてくれってケツマ○コ締めて催促してくる」
「してない」
「してるよ」
寝返りを打った手嶋に引きずられ、彼の体の上へ乗り上げた真広は自然と彼を見下ろすことになった。今度こそ安堵の表情を浮かべた手嶋と目が合う。
「……たまには着けるから。それで許してくれ」
手嶋なりの譲歩なのだろう。そうわかるから頷く真広の頭には、彼との関係を終わりにする選択肢は残っていなかった。
けど、と新たに生まれた疑問を頭の中で呟きながら、厚い胸板へ顔を預けて今度こそ寝入ろうとする。
(セフレでも浮気扱いになるんだなぁ)
セックスフレンドは恋人と違って束縛し合わない関係なのだと思っていたけれど違うのかもしれない。事前に確認をすればいいのだろうか――そんな相手のいない真広には関係のないことだ。
真広は薄っぺらい自分の体を抱く男の表情に甘さと共にほの暗さを滲ませていることも知らず、穏やかな寝息を立て始めていた。
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