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中編
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火曜日、3日ぶりに出勤した職場の仕事がたまり、多忙を極めた。
身体の調子が良くならず有給消化した月曜日になってやっと動けるようになった私は、仕事中に悪態を吐きながら心の中で原因を作った男に怒った。
ーー体力ありすぎっ、最中もねちっこいし、まだ消えないキスマークつけるしっ!…でも、最高の夜だったなぁ
とうっとりと最後は幸福感に満たされてしまい、ハッと我に返り仕事をしては、怠くて…を繰り返していた。
なんとか仕事を終わらせて帰宅すると、結局疲れが溜まった私は、早めに寝る事にした。
次の日に出社すると更衣室へと向かい、指定されている白いブラウスの上に黒と灰色と白のチェック柄のベストと黒い膝下のスカート、黒い髪をお団子に纏めていた。黒縁メガネで眉とファンデーションしかメイクをしない私は、地味女として誰にも声を掛けられない。
そして昨日から首にもファンデーションを塗って、つけられた赤い印を隠した。
事務処理課と書かれたプレートが天井から吊るされているフロアに入ると、係長と同僚がひそひそと話す声が聞こえた。
「ですから、凄い機嫌悪いんですよ」
「でも書類の不備があるしーー」
「おはようございま…す…?」
私が自分の机に荷物を置くと、2人が私を見ていた。
2人は私の方にくると、同僚が私の肩をガシッと掴んだ。
「おはよう!道森さん!貴方にどうしてもお願いしたい事があるの!」
「…え…?」
大手部品製造会社に事務員として勤める私は、主に取引先とのやり取りやその他雑務をする本館と部品を製造する工場棟に分かれており、工場棟から送られてくるFAXやメールに添付される書類に、不備があると書類処理課が直接出向き、訂正しなければいけないので、1日に数回行く事もある。
例えば、普通の工場ならば、工場ライン部門が必要な部品を発注するには、工場部品調達部門に発注書を制作して連絡しないとダメなのだが、この会社は全て事務処理課が受付し、工場部品調達部門に発注をする流れとなる。
しかし、発注する数や合計金額、単価の数字がおかしいと部品調達部門に発注をかけられないので、私達が訂正や経緯を聞く事になっているのだ。
「…つまり、工場ライン部門が出した発注書の数字がおかしいので私が代わりに訂正をお願いしに、工場棟へ行けばいいのですか?」
そうそうと、頷く同僚にと真剣な眼差しの係長の顔に違和感を覚えた。
「え…と、私部品調達部門担当なんですが…?」
同僚は部品ライン部門の担当者で、私は部品調達部門の担当者…つまり、発注した部品が注文書と納品書が合っているか
チェックしたり、間違いがあったら取引先に掛け合うのも担当なのだが、部品ライン部門とは関わった事がないのだ。
「そうなんだけど…部門ラインの担当者の榎木さんが、最近不機嫌で怖いのよ…昨日会った時なんか殺されるかと思うくらい殺気だっていて」
「えぇ…キツイ人なんですか?…怖いです」
遠回しに嫌だなぁと伝えたのだけど、
「違う違う、受け答えは普通なんだけど、元々怖い顔の人でさぁ…この間なんか…」
延々と語られる榎木さんとやらの武勇伝に、部門ライン部門に私が行かないとずっと解放されないかもと、思い始めた。
「…わかりました…行って来ますが…本当に大丈夫なんでしょうか?」
やはり、心配になりもう一度聞くと
「大丈夫、道森さんは無害だから」
と訳の分からないことを笑顔でさらっと言われた。
*********************
初めて入る工場棟の部品ライン部門は、とにかく大型の機械が数台、等間隔で端から端まで1本線のように並んでいて、所々にベージュの作業服を着た作業員が機械をチェックしたりしていた。
明らかに彼らとは違う異質な事務服を着た私が、工場の角にある部品ライン部門のライン長の部屋へと足を運んでいた。
ノックすると、中から返事がしたため、「事務処理課の道森です」と伝えた所、入室を許可された。
ベージュのオンボロの扉を開けると、真ん中にテーブルがある向かい合わせの2人掛けの焦茶の皮のソファーの片方に、50代くらいのベージュの作業服を着ていたおじさんが座っていた。
おじさんは私を見て、頭を掻くと
「えっと、君は?」
と普段対応しているのは、同僚のため私が来たことに戸惑っていた。彼のそばに近寄り、手に持っていたファイルから紙を取り出して、ライン長の前に差し出した。
「先週出されたこの注文書の数字がおかしいとして、訂正かもし数字が合っているなら説明をお願いします」
ライン長は注文書を受け取ると、
「これかぁ…ちょっと待っていて」
そう言ってソファーの奥にある書類が山積みのデスクに周り内線電話を取ると、誰かを呼び出した。
ライン長に言われ、ソファーに向かい合わせに座ることになった私達は、しばらく天気の話をしていたら、
「ライン長呼びましたか?」
ノックもおざなりに、勢いよく開いた扉からひとりの眉を寄せ不機嫌な大柄な男が入ってきた。その顔を見て私は驚いたが、顔には出さなかった。
ーー何でっヨシがっ
そう、彼は私が有給を使う羽目になった男がこの部屋に、入って来たのだった。
「ああ、榎木この注文書の説明を」
ソファーに座るライン長が彼に注文書を渡すと、ざっと眼を通した彼が
「…これが何か?」
と不機嫌な声を隠そうともせずに、私に視線を寄越した。
「この発注の数字は、今までの金額とは違いますし…」
部品調達部門にやっているトークで彼の顎に視線を固定し、訂正か説明を求めると、頭をガシガシッと掻く彼。
「これは新しい部品を開発したから、値上げしたってライン長言ってたじゃないですか」
「…うん?そうだっけか」
「…そうですよ」
2人のやり取りを顔を上げずに聞いていた。
ーーバレませんように、バレませんように
と唱えながら。
「ーーというわけなんだか」
ライン長に声をかけられ、ハッとした私は
「これは、取引先にも確認しないといけないので、調達部門への注文は待ってもらいますが…今日中に連絡いたします」
とにかくこの場を離れたい私は、自分は担当者じゃないので、と添えてライン長の部屋から一礼して出た。
ラインの機械の終わりまで通り過ぎて、工場と本館へと続く2階の渡り廊下を歩いていると、突然うしろから腕を引っ張られ、柱の陰に押し込められた。
「きゃっ!」
手をクロスさせ、手で押しかけたり抵抗すると、
「ミチ」
とひと言私の名を呼ぶ彼の声に抵抗する力が弱くなった。
恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは、
「あ…っ」
ヨシだった。
「…やっと見つけた」
先程見た鋭い眼差しの不機嫌な声じゃない、柔らかく蕩けるような笑顔の彼に見惚れていたが、
「っ…えっ榎木さんっ、急にこんなのこっ…困ります」
視線を彷徨わせ、私の腕を掴む大きな手を離そうとするが、うんともすんとも、いわない。
「まだ、しらばっくれるのか?」
私の腕を掴む手が強くなると、私の顎に手をつけて持ち上げ、顔を近づけると濃厚に絡むキスをされた。
口内を動き回る彼の舌が私の舌にちょっかいを出し、追い出すように彼の舌を押すが、反対に強く吸われて痺れる。
顔の角度を何度も何度も変えては、口内を余す事なく堪能する彼の胸を押すがびくともしない。
やがて、名残惜しく離れた唇を、最後にちゅっと軽く合わせ、額同士をくっつけた。
「今日昼一緒に食べよう」
囁く低い声に腰が砕けそうになるのを必死に堪える。
「っ…どうしてっ…榎木さっ…ぁ」
なおもしらを切る私の腰を引き寄せるヨシは、私の耳元に口を寄せると、
「その制服…本館だな、そうだ、さっき来た時は事務処理課って言っていたな…迎えに行くか?」
甘く囁く声なのに、呟く声は私を追い詰める。
「っ…っううんっ、待ち合わせがっ、いい…ヨシ」
観念してお昼を一緒に食べる約束をすると、満足したヨシは、最後に、ともう一度濃厚なキスで私の口を塞いだ。
お昼休みになり、いつもなら同僚達と本館の食堂へと向かうが、彼との待ち合わせ場所の工場棟の中庭へとやってきた。
覆い茂る木や草が綺麗に整備されていないのが原因かは、分からないが人がいない。とりあえず近くにあるベンチに座ると、少ししてから息を切らしたヨシがビニール袋を提げて来た。
「お待たせ」
そう言って私の横に座ると、ビニール袋からおにぎりを取り出し私に渡す。驚いて彼とおにぎりに視線を交互に移す。
「…急に呼び出したからな、昼ないだろ?」
「…ううん、ある」
そっと私の横に置いていた、薄いグレーの保冷バッグを取り出し、膝の上に乗せると彼がそのバックをじっと凝視した。
「……それ、ミチの手作り?」
「うん、冷凍もあるけど」
バックの中から、お弁当を包む黒猫のイラストのランチクロスを出し、保冷バックを隣に置きお弁当を膝の上に乗せると、やはり彼の視線が気になった。
「…どうしたの?」
「…っ、あのさ…ミチのお弁当食べたい…交換しよう」
とおにぎり2つと菓子パン1個を渡される。苦笑して、
「…味の保証しないよ?」
と言うと、
「ミチのならなんでも」
そう言う彼に、しょうがないなぁ、とお弁当とおにぎりを交換した。菓子パンは要らないからと彼に言ったら持ってきたビニール袋に入れた。
「「いただきます」」
と食べ始めた彼をチラッと見ると、多分彼からしたら少ないお弁当箱を開けて、食べ始める。
「美味い」
そう言っては、口に入れていくおかずに、時折口から舌が見えて、食べている姿がエッチをしていた時と重なり、勝手に赤くなる頬。自分のおにぎりを見て、食べる事に集中した。
食べ終わり、片付けると彼が飲み物買いに行こうと、私の手を引いて立ち上がらせ、そのまま歩き出した。
中庭から工場棟の建物に入る前にある自販機で、彼はコーヒー私にはお茶を購入すると、また手を引いて建物の中へと入って行く。
「こっち」
と言って入った部屋は在庫品室と書かれたプレートがドアの上部、正方形のガラスの小窓枠に貼ってあった。
天井近くまである大きな鉄の棚が6コ程並んでいて、段ボール箱が置かれて一部は部品が出ていた。真っ暗な部屋を彼は、迷わず奥へと進むと、カーテンが引かれた横にある机に2人分の飲み物を置き、私の荷物も置くと、私の手をぐいっと引いた。
「きゃっ」
バランスを崩し倒れそうになったが、彼が受け止めてくれ、彼の腕の中へとすっぽりと入る。腰を引き寄せ、私の髪に口と鼻を埋めた。
「ミチ…会いたかった」
切なく言う彼に胸がきゅんっとするが、彼から逃げ出した私は何にも言えなかった。無言の私に抗議するように、背中を抱く力が強くなり、彼の胸板に手をつけた。
「ヨシ」
彼の名を呼ぶと、彼の抱きしめる力が弱まり私は彼を見上げた。カーテンの隙間から漏れた日差しが、彼の顔をはっきりと教えてくれ、泣きそうな顔だった。彼の頬に手をつけると、私の手に自分の手を重ねたヨシ。
「名前、教えて」
そう言ったにも関わらず、彼はすぐさま私の口を塞ぐと、返事をする間もなく、深くて情熱的なキスがしばらく続いた。
くちゅくちゅっと口から漏れる音が、室内に響く。彼のいる背後に頭を向けて舌の入る口づけを受ける私は、左腕を上げて彼の頭に指を絡めていた。彼は私のウエストを揉み、スカートに彼の下半身を擦り付けていた。今ココで行為が始まったら、絶対に昼休みが終わっても、繋がり続けちゃうと感じていた私は、右手で彼の手をウエストから離すと、何を思ったのか、彼は私の胸を制服越しに揉み始めた。
「ん、んんっ、ん」
違うと言おうにも、口を離してくれない彼。
もう片方の手も胸に上がると、強く揉み始める。とうとう顔を背けた私が、彼の右腕に頭を付けて、じわじわと湧き上がる快感に、甘い声が漏れ始める。
「んっ、ぁっ、んぁっ…触り方っ…やらしいっ」
彼の腕に頭をつけた事により、露わになった首を彼は舌を這わし始めた。胸を揉む力が強くなると、私は彼の手を退かしベストとブラウスのボタンを外し、彼は私の首に顔を埋めた。
シャツもブラウスもボタンが取れた私は彼の方を向くと、彼の首に腕を回し、自分から舌を絡めた。ブラウスの下にある身体は、まだ彼の印が色濃く残っていて、彼は満足したように、胸を揉み顔を埋めブラの上から出る乳を甘噛みした。
彼の頭を抱きしめ快感に酔いしれると、私のスマホからいつもセットしていた昼休みの終わりを告げるアラームが響き渡る。
「ヨシッ、昼休みっ…ん」
彼にその事を伝えると、ちっと舌打ちをして顔を上げ、私のブラウスのボタンをつけ始める。
「今日何時?」
机にある保冷バッグからスマホを取り出しアラームを切った私に、彼の低い声が問いかける。
「…‥18時」
「迎えに行く、逃げるなよ」
そう言って私のスマホを取り上げると、自分のポケットに仕舞い、コーヒーを持って部屋から出て行ってしまったのだ。
工場棟から微かに聞こえた、終業を告げる鐘が本館まで聞こえると、私達の仕事も終わる。スマホを取り上げられた私は、彼が何時に出るか分からないために、とりあえず私服に着替える事にした。
ブラウスはそのままで、ベストとスカートを脱いだ私は、グレーのセーターと淡いピンク色のスカートに着替え、本館の従業員出入口から出ると、鬼気迫る形相の腕を組んで立つヨシがそこにいた。黒い斜め掛けショルダーに白いフード付パーカーの首元に黒いシャツが見え、ジーパン姿の彼が私を見ると、目元を和らげた。
「…お待たせ」
「いや、今きた所」
私の手を取り指を絡めて、駐車場へと歩く。
周りの従業員達が、何だ何だと、視線を寄越すが華麗に無視している彼。明らかにずっと待っていたと思われる程冷たい手に、待たせてごめん!と言いそうになって、いや、彼が私のスマホを取り上げたからだしっと、思いとどまった。
「歩き?」と聞かれ、「うん」と答えると、「俺は車」と返ってきて会話が終わる。どこ行くの、とか何するの、とか聞けない雰囲気に彼の車が止まっている場所まで行くと、黒の
プリウスの助手席のドアを開けてくれた。
そのまま乗り込むと、彼も乗り会社を後にした。
着いた先は、私の家でーー
「今日今ココで俺の家に向かって全て話すまで帰さないのか、今からミチの家に行って俺が満足したら帰るの、どっちがいい?」
「…あの…ホテルとかは?」
「まさか、逃げられるから却下」
と全然目が笑っていない2択を迫られ、彼の家に行ったら本当に帰してくれなそうなので、私の家にした。
身体の調子が良くならず有給消化した月曜日になってやっと動けるようになった私は、仕事中に悪態を吐きながら心の中で原因を作った男に怒った。
ーー体力ありすぎっ、最中もねちっこいし、まだ消えないキスマークつけるしっ!…でも、最高の夜だったなぁ
とうっとりと最後は幸福感に満たされてしまい、ハッと我に返り仕事をしては、怠くて…を繰り返していた。
なんとか仕事を終わらせて帰宅すると、結局疲れが溜まった私は、早めに寝る事にした。
次の日に出社すると更衣室へと向かい、指定されている白いブラウスの上に黒と灰色と白のチェック柄のベストと黒い膝下のスカート、黒い髪をお団子に纏めていた。黒縁メガネで眉とファンデーションしかメイクをしない私は、地味女として誰にも声を掛けられない。
そして昨日から首にもファンデーションを塗って、つけられた赤い印を隠した。
事務処理課と書かれたプレートが天井から吊るされているフロアに入ると、係長と同僚がひそひそと話す声が聞こえた。
「ですから、凄い機嫌悪いんですよ」
「でも書類の不備があるしーー」
「おはようございま…す…?」
私が自分の机に荷物を置くと、2人が私を見ていた。
2人は私の方にくると、同僚が私の肩をガシッと掴んだ。
「おはよう!道森さん!貴方にどうしてもお願いしたい事があるの!」
「…え…?」
大手部品製造会社に事務員として勤める私は、主に取引先とのやり取りやその他雑務をする本館と部品を製造する工場棟に分かれており、工場棟から送られてくるFAXやメールに添付される書類に、不備があると書類処理課が直接出向き、訂正しなければいけないので、1日に数回行く事もある。
例えば、普通の工場ならば、工場ライン部門が必要な部品を発注するには、工場部品調達部門に発注書を制作して連絡しないとダメなのだが、この会社は全て事務処理課が受付し、工場部品調達部門に発注をする流れとなる。
しかし、発注する数や合計金額、単価の数字がおかしいと部品調達部門に発注をかけられないので、私達が訂正や経緯を聞く事になっているのだ。
「…つまり、工場ライン部門が出した発注書の数字がおかしいので私が代わりに訂正をお願いしに、工場棟へ行けばいいのですか?」
そうそうと、頷く同僚にと真剣な眼差しの係長の顔に違和感を覚えた。
「え…と、私部品調達部門担当なんですが…?」
同僚は部品ライン部門の担当者で、私は部品調達部門の担当者…つまり、発注した部品が注文書と納品書が合っているか
チェックしたり、間違いがあったら取引先に掛け合うのも担当なのだが、部品ライン部門とは関わった事がないのだ。
「そうなんだけど…部門ラインの担当者の榎木さんが、最近不機嫌で怖いのよ…昨日会った時なんか殺されるかと思うくらい殺気だっていて」
「えぇ…キツイ人なんですか?…怖いです」
遠回しに嫌だなぁと伝えたのだけど、
「違う違う、受け答えは普通なんだけど、元々怖い顔の人でさぁ…この間なんか…」
延々と語られる榎木さんとやらの武勇伝に、部門ライン部門に私が行かないとずっと解放されないかもと、思い始めた。
「…わかりました…行って来ますが…本当に大丈夫なんでしょうか?」
やはり、心配になりもう一度聞くと
「大丈夫、道森さんは無害だから」
と訳の分からないことを笑顔でさらっと言われた。
*********************
初めて入る工場棟の部品ライン部門は、とにかく大型の機械が数台、等間隔で端から端まで1本線のように並んでいて、所々にベージュの作業服を着た作業員が機械をチェックしたりしていた。
明らかに彼らとは違う異質な事務服を着た私が、工場の角にある部品ライン部門のライン長の部屋へと足を運んでいた。
ノックすると、中から返事がしたため、「事務処理課の道森です」と伝えた所、入室を許可された。
ベージュのオンボロの扉を開けると、真ん中にテーブルがある向かい合わせの2人掛けの焦茶の皮のソファーの片方に、50代くらいのベージュの作業服を着ていたおじさんが座っていた。
おじさんは私を見て、頭を掻くと
「えっと、君は?」
と普段対応しているのは、同僚のため私が来たことに戸惑っていた。彼のそばに近寄り、手に持っていたファイルから紙を取り出して、ライン長の前に差し出した。
「先週出されたこの注文書の数字がおかしいとして、訂正かもし数字が合っているなら説明をお願いします」
ライン長は注文書を受け取ると、
「これかぁ…ちょっと待っていて」
そう言ってソファーの奥にある書類が山積みのデスクに周り内線電話を取ると、誰かを呼び出した。
ライン長に言われ、ソファーに向かい合わせに座ることになった私達は、しばらく天気の話をしていたら、
「ライン長呼びましたか?」
ノックもおざなりに、勢いよく開いた扉からひとりの眉を寄せ不機嫌な大柄な男が入ってきた。その顔を見て私は驚いたが、顔には出さなかった。
ーー何でっヨシがっ
そう、彼は私が有給を使う羽目になった男がこの部屋に、入って来たのだった。
「ああ、榎木この注文書の説明を」
ソファーに座るライン長が彼に注文書を渡すと、ざっと眼を通した彼が
「…これが何か?」
と不機嫌な声を隠そうともせずに、私に視線を寄越した。
「この発注の数字は、今までの金額とは違いますし…」
部品調達部門にやっているトークで彼の顎に視線を固定し、訂正か説明を求めると、頭をガシガシッと掻く彼。
「これは新しい部品を開発したから、値上げしたってライン長言ってたじゃないですか」
「…うん?そうだっけか」
「…そうですよ」
2人のやり取りを顔を上げずに聞いていた。
ーーバレませんように、バレませんように
と唱えながら。
「ーーというわけなんだか」
ライン長に声をかけられ、ハッとした私は
「これは、取引先にも確認しないといけないので、調達部門への注文は待ってもらいますが…今日中に連絡いたします」
とにかくこの場を離れたい私は、自分は担当者じゃないので、と添えてライン長の部屋から一礼して出た。
ラインの機械の終わりまで通り過ぎて、工場と本館へと続く2階の渡り廊下を歩いていると、突然うしろから腕を引っ張られ、柱の陰に押し込められた。
「きゃっ!」
手をクロスさせ、手で押しかけたり抵抗すると、
「ミチ」
とひと言私の名を呼ぶ彼の声に抵抗する力が弱くなった。
恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは、
「あ…っ」
ヨシだった。
「…やっと見つけた」
先程見た鋭い眼差しの不機嫌な声じゃない、柔らかく蕩けるような笑顔の彼に見惚れていたが、
「っ…えっ榎木さんっ、急にこんなのこっ…困ります」
視線を彷徨わせ、私の腕を掴む大きな手を離そうとするが、うんともすんとも、いわない。
「まだ、しらばっくれるのか?」
私の腕を掴む手が強くなると、私の顎に手をつけて持ち上げ、顔を近づけると濃厚に絡むキスをされた。
口内を動き回る彼の舌が私の舌にちょっかいを出し、追い出すように彼の舌を押すが、反対に強く吸われて痺れる。
顔の角度を何度も何度も変えては、口内を余す事なく堪能する彼の胸を押すがびくともしない。
やがて、名残惜しく離れた唇を、最後にちゅっと軽く合わせ、額同士をくっつけた。
「今日昼一緒に食べよう」
囁く低い声に腰が砕けそうになるのを必死に堪える。
「っ…どうしてっ…榎木さっ…ぁ」
なおもしらを切る私の腰を引き寄せるヨシは、私の耳元に口を寄せると、
「その制服…本館だな、そうだ、さっき来た時は事務処理課って言っていたな…迎えに行くか?」
甘く囁く声なのに、呟く声は私を追い詰める。
「っ…っううんっ、待ち合わせがっ、いい…ヨシ」
観念してお昼を一緒に食べる約束をすると、満足したヨシは、最後に、ともう一度濃厚なキスで私の口を塞いだ。
お昼休みになり、いつもなら同僚達と本館の食堂へと向かうが、彼との待ち合わせ場所の工場棟の中庭へとやってきた。
覆い茂る木や草が綺麗に整備されていないのが原因かは、分からないが人がいない。とりあえず近くにあるベンチに座ると、少ししてから息を切らしたヨシがビニール袋を提げて来た。
「お待たせ」
そう言って私の横に座ると、ビニール袋からおにぎりを取り出し私に渡す。驚いて彼とおにぎりに視線を交互に移す。
「…急に呼び出したからな、昼ないだろ?」
「…ううん、ある」
そっと私の横に置いていた、薄いグレーの保冷バッグを取り出し、膝の上に乗せると彼がそのバックをじっと凝視した。
「……それ、ミチの手作り?」
「うん、冷凍もあるけど」
バックの中から、お弁当を包む黒猫のイラストのランチクロスを出し、保冷バックを隣に置きお弁当を膝の上に乗せると、やはり彼の視線が気になった。
「…どうしたの?」
「…っ、あのさ…ミチのお弁当食べたい…交換しよう」
とおにぎり2つと菓子パン1個を渡される。苦笑して、
「…味の保証しないよ?」
と言うと、
「ミチのならなんでも」
そう言う彼に、しょうがないなぁ、とお弁当とおにぎりを交換した。菓子パンは要らないからと彼に言ったら持ってきたビニール袋に入れた。
「「いただきます」」
と食べ始めた彼をチラッと見ると、多分彼からしたら少ないお弁当箱を開けて、食べ始める。
「美味い」
そう言っては、口に入れていくおかずに、時折口から舌が見えて、食べている姿がエッチをしていた時と重なり、勝手に赤くなる頬。自分のおにぎりを見て、食べる事に集中した。
食べ終わり、片付けると彼が飲み物買いに行こうと、私の手を引いて立ち上がらせ、そのまま歩き出した。
中庭から工場棟の建物に入る前にある自販機で、彼はコーヒー私にはお茶を購入すると、また手を引いて建物の中へと入って行く。
「こっち」
と言って入った部屋は在庫品室と書かれたプレートがドアの上部、正方形のガラスの小窓枠に貼ってあった。
天井近くまである大きな鉄の棚が6コ程並んでいて、段ボール箱が置かれて一部は部品が出ていた。真っ暗な部屋を彼は、迷わず奥へと進むと、カーテンが引かれた横にある机に2人分の飲み物を置き、私の荷物も置くと、私の手をぐいっと引いた。
「きゃっ」
バランスを崩し倒れそうになったが、彼が受け止めてくれ、彼の腕の中へとすっぽりと入る。腰を引き寄せ、私の髪に口と鼻を埋めた。
「ミチ…会いたかった」
切なく言う彼に胸がきゅんっとするが、彼から逃げ出した私は何にも言えなかった。無言の私に抗議するように、背中を抱く力が強くなり、彼の胸板に手をつけた。
「ヨシ」
彼の名を呼ぶと、彼の抱きしめる力が弱まり私は彼を見上げた。カーテンの隙間から漏れた日差しが、彼の顔をはっきりと教えてくれ、泣きそうな顔だった。彼の頬に手をつけると、私の手に自分の手を重ねたヨシ。
「名前、教えて」
そう言ったにも関わらず、彼はすぐさま私の口を塞ぐと、返事をする間もなく、深くて情熱的なキスがしばらく続いた。
くちゅくちゅっと口から漏れる音が、室内に響く。彼のいる背後に頭を向けて舌の入る口づけを受ける私は、左腕を上げて彼の頭に指を絡めていた。彼は私のウエストを揉み、スカートに彼の下半身を擦り付けていた。今ココで行為が始まったら、絶対に昼休みが終わっても、繋がり続けちゃうと感じていた私は、右手で彼の手をウエストから離すと、何を思ったのか、彼は私の胸を制服越しに揉み始めた。
「ん、んんっ、ん」
違うと言おうにも、口を離してくれない彼。
もう片方の手も胸に上がると、強く揉み始める。とうとう顔を背けた私が、彼の右腕に頭を付けて、じわじわと湧き上がる快感に、甘い声が漏れ始める。
「んっ、ぁっ、んぁっ…触り方っ…やらしいっ」
彼の腕に頭をつけた事により、露わになった首を彼は舌を這わし始めた。胸を揉む力が強くなると、私は彼の手を退かしベストとブラウスのボタンを外し、彼は私の首に顔を埋めた。
シャツもブラウスもボタンが取れた私は彼の方を向くと、彼の首に腕を回し、自分から舌を絡めた。ブラウスの下にある身体は、まだ彼の印が色濃く残っていて、彼は満足したように、胸を揉み顔を埋めブラの上から出る乳を甘噛みした。
彼の頭を抱きしめ快感に酔いしれると、私のスマホからいつもセットしていた昼休みの終わりを告げるアラームが響き渡る。
「ヨシッ、昼休みっ…ん」
彼にその事を伝えると、ちっと舌打ちをして顔を上げ、私のブラウスのボタンをつけ始める。
「今日何時?」
机にある保冷バッグからスマホを取り出しアラームを切った私に、彼の低い声が問いかける。
「…‥18時」
「迎えに行く、逃げるなよ」
そう言って私のスマホを取り上げると、自分のポケットに仕舞い、コーヒーを持って部屋から出て行ってしまったのだ。
工場棟から微かに聞こえた、終業を告げる鐘が本館まで聞こえると、私達の仕事も終わる。スマホを取り上げられた私は、彼が何時に出るか分からないために、とりあえず私服に着替える事にした。
ブラウスはそのままで、ベストとスカートを脱いだ私は、グレーのセーターと淡いピンク色のスカートに着替え、本館の従業員出入口から出ると、鬼気迫る形相の腕を組んで立つヨシがそこにいた。黒い斜め掛けショルダーに白いフード付パーカーの首元に黒いシャツが見え、ジーパン姿の彼が私を見ると、目元を和らげた。
「…お待たせ」
「いや、今きた所」
私の手を取り指を絡めて、駐車場へと歩く。
周りの従業員達が、何だ何だと、視線を寄越すが華麗に無視している彼。明らかにずっと待っていたと思われる程冷たい手に、待たせてごめん!と言いそうになって、いや、彼が私のスマホを取り上げたからだしっと、思いとどまった。
「歩き?」と聞かれ、「うん」と答えると、「俺は車」と返ってきて会話が終わる。どこ行くの、とか何するの、とか聞けない雰囲気に彼の車が止まっている場所まで行くと、黒の
プリウスの助手席のドアを開けてくれた。
そのまま乗り込むと、彼も乗り会社を後にした。
着いた先は、私の家でーー
「今日今ココで俺の家に向かって全て話すまで帰さないのか、今からミチの家に行って俺が満足したら帰るの、どっちがいい?」
「…あの…ホテルとかは?」
「まさか、逃げられるから却下」
と全然目が笑っていない2択を迫られ、彼の家に行ったら本当に帰してくれなそうなので、私の家にした。
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夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
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※小説家なろうサイト様にも載せています。
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