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第1章
6.初夜
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「そ、そうだライオネル。受け取ってほしいものがあるんだ」
俺は用意していた小さな包みをライオネルに手渡した。包みには贈り物っぽくちゃんと青いリボンもかけている。
「これは……?」
「俺たちが結婚したことをお祝いするっていうか、旦那様に贈り物をしてみたくて」
「ノアから、俺に?」
「そう。気に入ってくれると嬉しいんだけど。開けてみて」
もちろんこれも俺の策だ。ライオネルはそうとは気がつかずに、いそいそと包みを開けた。
「ハンカチーフだ。刺繍も入っている……」
そう。実は中身は刺繍入りの白のハンカチーフだ。その辺の露店で購入したもので、決して高価なものではないし、刺繍だってその店のおばさんに頼んで入れてもらった。
「俺のイニシャル入りなんだ。裁縫は苦手なんだけど、ライオネルを想ってひと針ひと針、心を込めて刺繍したよ」
「ノアが、俺のために……?」
「ちょっと、恥ずかしいけど」
俺は嘘をついた。俺は刺繍なんてできないし、ライオネルのためにそんな時間を割く気持ちも、これっぽっちもない。
「ノアが刺繍してくれたのか。嬉しい。こんなことをしてもらえるとは思わなかった」
ライオネルは泣きそうなくらい、喜びの表情を浮かべている。
「これは、ノアからの初めての贈り物だ。これをノアだと思って肌身離さず持つ。絶対に失くすものか。一生大切にするよ」
ライオネルはどっかのおばさんが刺繍をした安物のハンカチーフを胸に抱きしめ、しきりに感動している。
俺は『贈り物をして気を引く』という策を考えていたが、まさかここまで喜ばれるとは思わなかった。
可哀想な奴だな。それに俺の気持ちなんて微塵もこもってないのに、ライオネルはそんなことを疑いもしない。
「ノア。すまない。こんな素敵なものをもらったのに、俺は気が回らなくて、何も贈り物を用意していなかったんだ……」
ライオネルは申し訳なさそうにしている。これはチャンスだ。
「いいよ、気にしないで。別にお返しが欲しくて贈り物をしたわけじゃないんだ」
まずは一歩引く。ここからは駆け引きだ。
「いいや、そうはいかない。必ずお返しをさせてくれ」
ほら、食いついた。ライオネルは義理堅い男だと思ったよ。
「……じゃあ、未来の約束がほしいな」
「未来の約束?」
「うん。ライオネルも知ってると思うけど、フォーフィールド家は没落寸前で」
「……そうか。俺も話は聞いている。ユーデリア侯爵の勢いは強大だからな。侯爵が病床に伏せ、長男が出しゃばるようになってから一気に変わった」
へぇ。ライオネルは中央の情勢に疎いと思っていたが、案外この辺境の地にいても情報を手に入れているようだ。
「ライオネル。少しだけでいい。助けてくれないか?」
「……資金のことか」
ライオネルは一考したあと、鋭く俺の考えを見抜いてきた。
さっきまでは俺に騙されてばかりだったのに、実はライオネルはバカじゃない……?
「わかった。もう他人じゃないんだ。俺が出せる範囲であれば援助する。ノアに、俺の持つ財産を使用できる権利を与える。そうすれば、ノアが必要なときに必要なだけ、金を使うことができるだろう?」
「はぁっ?」
財産共有の権利は、親子間でも死の間際になって子どもに与えるようなものだ。
よほど長く連れ添った夫婦なら財産共有もありえるが、普通はわざわざそんなことまでしない。
さすがの俺でも全財産までは取り上げる気はなかったのに、ライオネルが財産共有を許したら、俺はライオネルからすべて取り上げることができてしまう。
こいつ、何を考えてる……?
「足りないか? これ以上はどうしたらいいのかわからん」
ライオネルは平然と言うが、俺は戸惑う。
俺にしてみたら願ってもない話だ。でもいくら世継ぎが欲しいからって、ここまでするか? 俺に全部取られるぞ。
「ありがとう、ライオネル。そうしてくれたら嬉しい」
俺は精一杯、可愛く見えるように微笑む。
ライオネルの真意はわからない。でも向こうから提案してきたんだ。これを利用しない手はない。
「それ、きちんと紙に書いてくれないかな。口約束だけじゃ、不安で……」
「ああ。構わないよ。寝室に来てくれ」
ライオネルは寝室にある机の引き出しから紙を取り出し、さらさらと念書を書いた。
「魔術印は? できない?」
魔術印とは、正式な書類に魔法で印をつけることだ。本人が認めたという、確たる証拠になるものだ。
そしてこれは、便利なことに、誓いを破った場合、魔法でペナルティを与えることができるのだ。
「俺は魔力はまったくないから、刻印を使っている。それでいいか?」
「もちろん、いいよ」
そうだ。そういえば、俺に結婚を申し込んできた手紙にもライオネルは刻印を使っていた。普通、魔法が使える者は魔術印を使うから、ライオネルは魔法が使えないのだろう。
ライオネルは刻印まで押し、「これでいいか?」と念書を俺に手渡してきた。
「あ、ああ。ありがとう……」
ライオネルの念書は俺の手にある。
これで、俺はライオネルの財産を手にしたも同然だ。俺の目的の半分は、結婚して一日目に果たせてしまった。
「喜んでもらえてよかった」
俺にしてやられているのに、ライオネルはそんなことも知らずに、無邪気に微笑んでいる。
なんか調子狂うな……。もっと骨のある奴かと思ってたのに。
「ノア。そろそろ寝ようか」
「おわっ!」
ライオネルが急に迫ってきて、俺は背後にあったベッドに足が引っかかり、そのまま倒れ込む。
ライオネルはあろうことか俺の上に覆い被さってきた。
「今日からノアは俺の嫁か……」
ライオネルは愛おしそうな顔をして、俺の頬に手を伸ばしてくる。
新婚初夜。ベッドに押し倒されたような格好。ライオネルの俺を見る、意味深な視線。
待って、俺。いきなりこいつに抱かれるの!?
俺は用意していた小さな包みをライオネルに手渡した。包みには贈り物っぽくちゃんと青いリボンもかけている。
「これは……?」
「俺たちが結婚したことをお祝いするっていうか、旦那様に贈り物をしてみたくて」
「ノアから、俺に?」
「そう。気に入ってくれると嬉しいんだけど。開けてみて」
もちろんこれも俺の策だ。ライオネルはそうとは気がつかずに、いそいそと包みを開けた。
「ハンカチーフだ。刺繍も入っている……」
そう。実は中身は刺繍入りの白のハンカチーフだ。その辺の露店で購入したもので、決して高価なものではないし、刺繍だってその店のおばさんに頼んで入れてもらった。
「俺のイニシャル入りなんだ。裁縫は苦手なんだけど、ライオネルを想ってひと針ひと針、心を込めて刺繍したよ」
「ノアが、俺のために……?」
「ちょっと、恥ずかしいけど」
俺は嘘をついた。俺は刺繍なんてできないし、ライオネルのためにそんな時間を割く気持ちも、これっぽっちもない。
「ノアが刺繍してくれたのか。嬉しい。こんなことをしてもらえるとは思わなかった」
ライオネルは泣きそうなくらい、喜びの表情を浮かべている。
「これは、ノアからの初めての贈り物だ。これをノアだと思って肌身離さず持つ。絶対に失くすものか。一生大切にするよ」
ライオネルはどっかのおばさんが刺繍をした安物のハンカチーフを胸に抱きしめ、しきりに感動している。
俺は『贈り物をして気を引く』という策を考えていたが、まさかここまで喜ばれるとは思わなかった。
可哀想な奴だな。それに俺の気持ちなんて微塵もこもってないのに、ライオネルはそんなことを疑いもしない。
「ノア。すまない。こんな素敵なものをもらったのに、俺は気が回らなくて、何も贈り物を用意していなかったんだ……」
ライオネルは申し訳なさそうにしている。これはチャンスだ。
「いいよ、気にしないで。別にお返しが欲しくて贈り物をしたわけじゃないんだ」
まずは一歩引く。ここからは駆け引きだ。
「いいや、そうはいかない。必ずお返しをさせてくれ」
ほら、食いついた。ライオネルは義理堅い男だと思ったよ。
「……じゃあ、未来の約束がほしいな」
「未来の約束?」
「うん。ライオネルも知ってると思うけど、フォーフィールド家は没落寸前で」
「……そうか。俺も話は聞いている。ユーデリア侯爵の勢いは強大だからな。侯爵が病床に伏せ、長男が出しゃばるようになってから一気に変わった」
へぇ。ライオネルは中央の情勢に疎いと思っていたが、案外この辺境の地にいても情報を手に入れているようだ。
「ライオネル。少しだけでいい。助けてくれないか?」
「……資金のことか」
ライオネルは一考したあと、鋭く俺の考えを見抜いてきた。
さっきまでは俺に騙されてばかりだったのに、実はライオネルはバカじゃない……?
「わかった。もう他人じゃないんだ。俺が出せる範囲であれば援助する。ノアに、俺の持つ財産を使用できる権利を与える。そうすれば、ノアが必要なときに必要なだけ、金を使うことができるだろう?」
「はぁっ?」
財産共有の権利は、親子間でも死の間際になって子どもに与えるようなものだ。
よほど長く連れ添った夫婦なら財産共有もありえるが、普通はわざわざそんなことまでしない。
さすがの俺でも全財産までは取り上げる気はなかったのに、ライオネルが財産共有を許したら、俺はライオネルからすべて取り上げることができてしまう。
こいつ、何を考えてる……?
「足りないか? これ以上はどうしたらいいのかわからん」
ライオネルは平然と言うが、俺は戸惑う。
俺にしてみたら願ってもない話だ。でもいくら世継ぎが欲しいからって、ここまでするか? 俺に全部取られるぞ。
「ありがとう、ライオネル。そうしてくれたら嬉しい」
俺は精一杯、可愛く見えるように微笑む。
ライオネルの真意はわからない。でも向こうから提案してきたんだ。これを利用しない手はない。
「それ、きちんと紙に書いてくれないかな。口約束だけじゃ、不安で……」
「ああ。構わないよ。寝室に来てくれ」
ライオネルは寝室にある机の引き出しから紙を取り出し、さらさらと念書を書いた。
「魔術印は? できない?」
魔術印とは、正式な書類に魔法で印をつけることだ。本人が認めたという、確たる証拠になるものだ。
そしてこれは、便利なことに、誓いを破った場合、魔法でペナルティを与えることができるのだ。
「俺は魔力はまったくないから、刻印を使っている。それでいいか?」
「もちろん、いいよ」
そうだ。そういえば、俺に結婚を申し込んできた手紙にもライオネルは刻印を使っていた。普通、魔法が使える者は魔術印を使うから、ライオネルは魔法が使えないのだろう。
ライオネルは刻印まで押し、「これでいいか?」と念書を俺に手渡してきた。
「あ、ああ。ありがとう……」
ライオネルの念書は俺の手にある。
これで、俺はライオネルの財産を手にしたも同然だ。俺の目的の半分は、結婚して一日目に果たせてしまった。
「喜んでもらえてよかった」
俺にしてやられているのに、ライオネルはそんなことも知らずに、無邪気に微笑んでいる。
なんか調子狂うな……。もっと骨のある奴かと思ってたのに。
「ノア。そろそろ寝ようか」
「おわっ!」
ライオネルが急に迫ってきて、俺は背後にあったベッドに足が引っかかり、そのまま倒れ込む。
ライオネルはあろうことか俺の上に覆い被さってきた。
「今日からノアは俺の嫁か……」
ライオネルは愛おしそうな顔をして、俺の頬に手を伸ばしてくる。
新婚初夜。ベッドに押し倒されたような格好。ライオネルの俺を見る、意味深な視線。
待って、俺。いきなりこいつに抱かれるの!?
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