策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖

文字の大きさ
15 / 59
第1章

15.視察

しおりを挟む
 ライオネルが視察に来たのは、広大な麦畑だった。
 この辺りは広く平らな土地が続いていて、気候も崩れにくく、麦を育てるのに適した地域だ。ライオネルの持つ領土のうち、ここは重要な農地のうちのひとつらしい。
 収穫を迎えたばかりの時期で、畑には黄金色の麦がたわわに実っている。辺り一面、黄金に輝く麦畑の景色は素直に美しいと思った。

「辺境伯様!」

 収穫作業をしていた農民がライオネルの姿を見つけて慌てて駆け寄ってきた。
 ライオネルと俺が馬を降りたときには近くにいた農民が数名集まっていて、律儀にライオネルに頭を下げた。

「皆、変わりはないか」
「ええ。ですが、辺境伯様、お姿が……あの、まるで別人のようで……」

 農民たちはしげしげとライオネルの姿を見ている。風呂に入り、野暮ったい髪を整え、顔の傷もひとつ残らずなくなったライオネルは、農民の言うとおり別人だ。

「俺の伴侶のノアが顔の傷を治してくれた。それと身なりを少し整えたのだ。ジャン。俺の隣にいるのが俺の嫁、フォーフィールド子爵令息のノアだ。ノア、この男はこの地を開墾し、一帯を麦畑に変えた功労者のジャンだ」

 ライオネルは俺とジャンをそれぞれ紹介し、引き合わせる。ジャンは俺を見てハッと顔をこわばらせた。

「ノア・フォーフィールド子爵令息……あの、若さと美貌だけが取り柄の……」

 んんっ?
 ジャン。こんな田舎で麦を作ってるだけのくせに、よく王都にいた俺のことを知ってるな。

「まさか、辺境伯様の財産目当てに政略結婚を……」

 すごいなジャン! 大当たりだよ。そこまで見抜くとはお前なかなかやるな。ジャンは、実は頭が切れる人物なのかもしれない。俺は初対面だけど。

「ジャン。言葉が過ぎるぞ」

 ライオネルはジャンに厳しい視線を向ける。

「ノアは見た目だけじゃない。心も美しい人だ」

 ライオネルはジャンに言い切っているが、間違っているのはライオネルだ。
 つくづく可哀想な男だ。俺がやっと来た念願の嫁だから盲目的になっているようだが、俺は性格腐ってるし、お前に抱かれる気もないから世継ぎもできない。そしてすべてを奪って一年後、ライオネルの前から消える最悪の嫁だよ。

「そんなノアが財産目当てに俺と結婚するはずがないだろう」
「も、申し訳ございませんっ……!」

 ジャンはライオネルに平謝りしているが、お前が合ってるよ、ジャン。むしろライオネルに教えてやれ。「間違っているのは辺境伯様ですっ!」って。

 ……まぁ、立場があるから言えないか。

「ノア。綺麗な麦畑だろう?」
「そうだね」

 うん。そこに異論はない。俺以外の人間ならば心が洗われるような、いい景色だ。

「この景色をノアと見たかったんだ。あっちの山の麓までずっとこの景色が続いているんだよ」
「すごいね。見惚れちゃうな」

 俺はそこまで景色には興味がないが、ライオネルに合わせて感動したふりをする。
 俺が感動したのは、ジャンの手腕だ。
 あの山は有名なニール山だ。その麓までの距離とおおまかな横幅を計算すると、この一帯の麦畑の面積は一万五千はある。それを収穫量に換算すると……ジャンは頭が切れるだけじゃない。人を雇っていたとしても、実は結構な資産家かもしれない。

「麦畑には大雨に備えて水を排出する溝も作ったんです。それで以前よりも安定して収穫することができるようになりました」
「そうか」

 ライオネルはさらっと聞き流しているが、ジャンは本当にすごいぞ。土壌改良をして収穫量を上げる方法は、王都でも最近注目されてきたばかりだ。それを辺境の地にいるジャンはいち早く取り入れているのだから、もっと褒めてやれよ。

「それで、あの、辺境伯様にお話しが……」

 ジャンは言いにくそうに話しを切り出した。
 それから俺たちは折り入って話をするため、ジャンの家に通された。ジャンの家はごく普通の家だ。内装も華美ではなく、俺が想像していた資産家のイメージとは程遠いものだった。

「どうぞ」

 ジャンの妻が俺とライオネルにお茶と素朴なクッキーを出してくれた。妻も地味、食器も地味。まぁ田舎ならこんなもんか。

「見ていただいたように、我々はできる限りの努力をしています」

 そこからジャンはライオネルに農業についての話を始めた。要は農業がどれだけ大変か、天候など自然の影響を受けて収穫量が大きく変わるとか、技術面などそんな話だ。

「そうだな。それはわかった」

 ライオネルはジャンの意見に静かに耳を傾けている。
 そういえばいち庶民にすぎないジャンの意見をこんなにゆっくり聞く辺境伯なんて珍しいんじゃないだろうか。普通は管轄の下っ端貴族に、こういう仕事は丸投げにする。前線で戦ったり、たったひとりで視察をしたり、ライオネルは面白い辺境伯だ。

「それで、もう少し税を下げていただけませんでしょうか」
「税……?」
「はい。収穫量を増やせば増やすほど税が上がるのはわかりますが、少し高すぎます。このままでは皆この仕事から離れてしまいます」

 ジャンはずっとこれが言いたかったのだ。だよな。庶民が領主に訴えたいことナンバーワンは税制だ。

「ライオネル。ここの税制はどうなってるの?」
「基本は収穫量の十パーセントだ。その他に細かい規則はあるが……」
「十パーセント?」

 俺は首をかしげる。税率としては決して高くない。何かがおかしい。

「ライオネル、他の税の詳細を教えてくれるかな」
「ああ」

 俺はライオネルから事細かに説明を受けた。なかなかに複雑なものだったが、聞く限り、ライオネルの決めた税制に悪いところはない。

「ジャン。ここの領地を管轄している者の名前は?」

 俺は今度はジャンに事情を聞く。

「ローマイヤ男爵です」
「ローマイヤっ?」

 素っ頓狂な声をあげたのはライオネルだ。

「どうしたの?」
「違う。ここはユクレシア殿が治めているはずだ。ローマイヤではない」

 なるほど。問題は簡単だった。

「ライオネル。ローマイヤ邸に行こう。今すぐに」
「あ、ああ……」

 ライオネルはまだピンとこないようだが、まぁいい。行けばすぐにわかる。

 ここは一年後には俺の領土だ。

 それを適正に守るのは必要なことだ。俺の目を誤魔化せると思うなよ。一年待たずに今すぐぶっつぶしてやる。
しおりを挟む
感想 125

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

処理中です...