策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖

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第1章

25.進軍

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「では行ってくる。ノア、あとのことは頼んだぞ」
「うん。いってらっしゃい、ライオネル。気をつけて」

 俺は笑顔でライオネルを部屋で見送った。
 今日は選抜隊が森へ調査に入る日だ。俺はライオネルに同行することを拒絶されたから、城で健気に待っている嫁のふりをした。
 ライオネルが出かけたあと、俺はすぐに行動に移す。
 部屋のワードローブに隠してあった黒のローブを身に着けて、用意していた旅の必需品を入れた布カバンを背負う。

 この魔術ローブはフードがついているから、俺はそれを目深にかぶる。それから黒い布で鼻と口を覆い、顔をできる限り隠して、その姿で俺は部屋を飛び出した。

 目指すはもちろん選抜隊の集まる城の正門前だ。俺が羽織ってるローブは、フォルネウスの魔術部隊の使用しているローブだ。選抜隊に選ばれた奴と交渉して手に入れたものだから、これなら選抜隊に紛れ込める。

 俺はしれっと選抜隊の後ろのほうに並ぶ。すると隣の魔術師が「お前、誰だ?」と訝しげな目で俺を見た。

「すみません、俺はこの城で働く魔術師です。バーノン辺境伯のめいにより、フォルネウス様の魔術隊に加わることになりました。よろしくお願いします」

 俺は少し声のトーンを変えて、いい子そうな魔術師のふりをする。気弱キャラのほうが、なにかと目立たないでいいだろう。

「へぇ。そっちからも魔術師が来るとは思わなかったよ。よろしく」

 魔術師は俺の話を信じたようで、なんとか隊に紛れ込むことに成功した。

 選抜隊は四十名ほどいる。
 ライオネルとフォルネウスは隊の先頭にいるから、俺の存在に気づくことはまずないだろう。
 とりあえず隊にいれば、ライオネルの動向は確認できる。何かあれば魔法でフォローしてやろう。

 問題は急激に増えたモンスターをなんとかすることだ。
 ライオネルの読みどおり、森に入ることで何か手がかりが見つかればいいが、こればかりは俺でも予想がつかない。森でいったい何が起きているんだろう。


 ライオネルを先頭に、調査のための選抜隊は進んでいく。途中何度かモンスターとの戦闘はあったが、難なく倒して進軍には今のところ問題ない。
 俺は魔術師なので怪我の治療や後方から魔法で補助するような支援部隊だが、騎士団はすごい。生身で自分よりデカいモンスターに斬りかかるとか、俺なら無理かも……。

 特にライオネルの戦い方は見ていて惚れ惚れする。モンスターに襲われたときに、もっとも強いモンスターと対峙するのはいつもライオネルとエルドリックだ。辺境伯自らが先頭切って斬り込んで、他の兵士のサポートまでしている。
 ライオネルの部隊の士気が異常に高いのはこのせいだ。誰よりも死闘を繰り広げる君主の姿を見たら、誰だって必死で剣を振るうことだろう。

 でも俺は気が気じゃない。あんな戦い方を続けていたら、ライオネルは早死にする。ライオネルが捨て身過ぎて、見てるこっちが恐ろしくなるくらいだ。




 あたりが暗くなってきたので、森の中で野営をすることになった。野営の場所は、木が少なく開けた草原だ。夜にもモンスターは襲ってくる可能性があるから、少しでも見晴らしがいい場所を選んだみたいだ。 

「誰か、ライオネル様の怪我の治療をお願いできないか」

 エルドリックがフォルネウスの魔術師部隊に声をかけてきた。部隊に混ざっていることを知られたくない俺は当然エルドリックを無視しようとしたのに、「貴殿、お願いできないか」とエルドリックに肩を叩かれてしまった。

 え、なんで俺? 思って周りを見渡すと、みんな蜘蛛の子を散らしたように逃げていた。自分の休む時間を少しでも失いたくないから逃げたんだろう。俺だけ背中を向けていて、逃げなかったからエルドリックの餌食になった。
 フォルネウスの部隊は自分のことばかりで全然やる気がないな。ライオネルの部隊とは大違いだ。

「はい」

 俺は声色を変えて返事をした。顔をできるだけ隠してエルドリックに深々と頭を下げる。こうすれば、まさか俺だとは気づかれまい。
 だって他にライオネルの治療を引き受けるような魔術師はここにはいない。ライオネルは誰も治療をしたがらなければ、いつもの傷薬だけの治療で我慢するような奴だ。
 それはダメだ。何も話さず、治療だけしてサッといなくなれば大丈夫だろう。
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