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第2章
30.ライオネルの残したもの
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俺がキールの世話から帰ってくると、エルドリックに「ノア様、お話がございます」と呼び止められた。
連れて行かれたのは、いつもの城のお偉いさんたちが集まっている会議場だった。みんな神妙な顔つきで俺を見ている。
「ノア様。今日でライオネル様がいなくなられて七十五日になります」
「ああ、そうだね……」
爵位を持った者が行方知れずになった場合、七十五日が過ぎれば死亡したものとみなされ、爵位の継承が許される。
俺がライオネルの死を信じられないまま、もうそんなに月日が経ってしまったんだ。
「ここに、ライオネル様が生前残された遺言書があります」
「えっ! そんなものがあったのっ?」
俺はエルドリックが手にしている封書を見て驚いた。ライオネルは二十九歳だ。遺言書なんて残す年齢じゃないだろ。
「はい。ございます。王都にいる国王陛下にも認印をいただいた、正式な遺言書です」
ライオネル、いつの間にそんなものを作成したんだ?
俺はひと言も聞いていない。俺とライオネルは一緒にいたのに、お互いのことを全然話さなかった。ライオネルは基本的に物静かだし、俺は秘密を抱えていたから、心を開いて話をしたことなんてなかった。
そのことを今になって後悔するけど、ライオネルはもう俺の隣にはいない。
「開封しますね。皆さま、よろしいでしょうか?」
その場にいた者たちが頷いた。エルドリックは短剣で封書を開封した。
「私の身に不慮のことが起こった場合、この遺言書をもって、私の意志とする。以下、私の持つ位と財を譲る者の名を記す」
エルドリックはライオネルの遺言書を読み上げる。
「サージュ子爵位 ゴードン・レンデル」
名前を呼ばれたレンデル卿はハッとした顔をしたあと密かにニヤニヤしている。まぁ、ライオネルから領土を譲り受ければ金になるもんな。
「ダノーゲン男爵位 ノア・フォーフィールド」
ダノーゲンの領地はジャンたちが開墾していた麦畑のある領地だ。あそこは俺も気に入っている場所だから、ライオネルから継承できるのは嬉しいな。
「スラー子爵位 ノア・フォーフィールド」
え? スラーの領地を主に管理しているのはそこにいるハゲのオッサンだ。ライオネルの遠い親戚って聞いてたけど、そこが俺のものになったらオッサン怒るんじゃないかな。
ほら、やっぱりオッサンが俺を睨みつけている。 ライオネル容赦ないな。俺よりもオッサンの方がライオネルとの付き合い期間長いだろうに。
「バーノン公爵位 ノア・フォーフィールド」
ああ。俺はついにライオネルからバーノン司教の爵位を奪うことに成功したんだ。
俺は国の重役を推薦することができる、この強大な権力が欲しくてライオネルに近づいたんだから。
俺はバーノン公爵の血族ではないのに、法の隙間をかいくぐったようなずるい爵位継承だ。
「辺境伯領の管理、辺境伯代理 ノア・フォーフィールド」
「セント・ファラール教会 総理事代理 ノア・フォーフィールド」
「その他、ライオネル・バーノン私財のすべて ノア・フォーフィールド」
ライオネルの遺言書は驚くべき内容だった。
周りにいる偉そうなオッサンたちがイライラするくらいに、ライオネルは全部を俺に譲った。
みんなライオネルから少しは何かもらえるんじゃないかと期待していたんだろう。多分、ライオネルに長らく仕えてきたんだろうから。
俺はまだ十九歳だし、ここに来てたった数ヶ月の嫁だ。そんな奴がライオネルの全権を握るなんてありえないと思っているっぽいな。みんな、俺のことを悪者みたいな目で見てる。
当の俺だってそうだ。ライオネルがここまで俺に譲るとは思わなかった。
ライオネルがわざわざ遺言状を残したのは、俺のためなんじゃないか。
これ、七十五日経っても遺言状がなければ、もめにもめて、爵位は俺のものにならなかったと思う。
ライオネルの帰還を待つ、みたいな話になり、オッサンたちに都合のいいようにされたかもしれない。
でもライオネルの意志ということになれば、誰も異論は唱えない。
今日から俺は、この辺境伯の城の代理当主で、公爵で、大金持ちだ。
ライオネルは最後に俺に、とんでもない贈り物をしてくれたんだ。
「ライオネル様は、異議は一切認めないとのことです。以上となります」
エルドリックは最後にこの遺言書が書かれた日付とライオネルのサインと刻印があることを告げる。
「え……? エルドリックちょっと待って」
俺は遺言書が書かれた日付を聞いて耳を疑った。だってそれは、俺とライオネルが結婚した日だ。
ライオネルは俺と結婚してすぐに遺言書を書いた……?
なんで? 結婚が決まったときから、俺に全部譲る気だった……?
でも間違いじゃない。エルドリックが手にしている遺言書を覗いてみても、日付は俺とライオネルが結婚した日になっているし、ライオネルの刻印は本物だ。
そういえば、ライオネルは財産すべてを俺が自由に使えるように念書を書いてくれた。
俺がライオネルから奪おうとしなくてもよかったんだ。俺がなんにもしなくても俺の欲しかったものは今、手中にある。
でも、この虚しさはなんだ。
これが本当に俺の欲しかったもの?
俺がライオネルに求めていたのは、地位でも財産でもない。そんなものは、ライオネルに近づくための言い訳だ。
多分、俺は最初からライオネルに愛してもらいたかったんじゃないかな。それなのに昔、ライオネルに振られたショックとキールを攻撃されたことのショックで、心を開けなかった。
でも今ならわかる。
ライオネルにはそうしなければならない、何か理由があったんじゃないか。
連れて行かれたのは、いつもの城のお偉いさんたちが集まっている会議場だった。みんな神妙な顔つきで俺を見ている。
「ノア様。今日でライオネル様がいなくなられて七十五日になります」
「ああ、そうだね……」
爵位を持った者が行方知れずになった場合、七十五日が過ぎれば死亡したものとみなされ、爵位の継承が許される。
俺がライオネルの死を信じられないまま、もうそんなに月日が経ってしまったんだ。
「ここに、ライオネル様が生前残された遺言書があります」
「えっ! そんなものがあったのっ?」
俺はエルドリックが手にしている封書を見て驚いた。ライオネルは二十九歳だ。遺言書なんて残す年齢じゃないだろ。
「はい。ございます。王都にいる国王陛下にも認印をいただいた、正式な遺言書です」
ライオネル、いつの間にそんなものを作成したんだ?
俺はひと言も聞いていない。俺とライオネルは一緒にいたのに、お互いのことを全然話さなかった。ライオネルは基本的に物静かだし、俺は秘密を抱えていたから、心を開いて話をしたことなんてなかった。
そのことを今になって後悔するけど、ライオネルはもう俺の隣にはいない。
「開封しますね。皆さま、よろしいでしょうか?」
その場にいた者たちが頷いた。エルドリックは短剣で封書を開封した。
「私の身に不慮のことが起こった場合、この遺言書をもって、私の意志とする。以下、私の持つ位と財を譲る者の名を記す」
エルドリックはライオネルの遺言書を読み上げる。
「サージュ子爵位 ゴードン・レンデル」
名前を呼ばれたレンデル卿はハッとした顔をしたあと密かにニヤニヤしている。まぁ、ライオネルから領土を譲り受ければ金になるもんな。
「ダノーゲン男爵位 ノア・フォーフィールド」
ダノーゲンの領地はジャンたちが開墾していた麦畑のある領地だ。あそこは俺も気に入っている場所だから、ライオネルから継承できるのは嬉しいな。
「スラー子爵位 ノア・フォーフィールド」
え? スラーの領地を主に管理しているのはそこにいるハゲのオッサンだ。ライオネルの遠い親戚って聞いてたけど、そこが俺のものになったらオッサン怒るんじゃないかな。
ほら、やっぱりオッサンが俺を睨みつけている。 ライオネル容赦ないな。俺よりもオッサンの方がライオネルとの付き合い期間長いだろうに。
「バーノン公爵位 ノア・フォーフィールド」
ああ。俺はついにライオネルからバーノン司教の爵位を奪うことに成功したんだ。
俺は国の重役を推薦することができる、この強大な権力が欲しくてライオネルに近づいたんだから。
俺はバーノン公爵の血族ではないのに、法の隙間をかいくぐったようなずるい爵位継承だ。
「辺境伯領の管理、辺境伯代理 ノア・フォーフィールド」
「セント・ファラール教会 総理事代理 ノア・フォーフィールド」
「その他、ライオネル・バーノン私財のすべて ノア・フォーフィールド」
ライオネルの遺言書は驚くべき内容だった。
周りにいる偉そうなオッサンたちがイライラするくらいに、ライオネルは全部を俺に譲った。
みんなライオネルから少しは何かもらえるんじゃないかと期待していたんだろう。多分、ライオネルに長らく仕えてきたんだろうから。
俺はまだ十九歳だし、ここに来てたった数ヶ月の嫁だ。そんな奴がライオネルの全権を握るなんてありえないと思っているっぽいな。みんな、俺のことを悪者みたいな目で見てる。
当の俺だってそうだ。ライオネルがここまで俺に譲るとは思わなかった。
ライオネルがわざわざ遺言状を残したのは、俺のためなんじゃないか。
これ、七十五日経っても遺言状がなければ、もめにもめて、爵位は俺のものにならなかったと思う。
ライオネルの帰還を待つ、みたいな話になり、オッサンたちに都合のいいようにされたかもしれない。
でもライオネルの意志ということになれば、誰も異論は唱えない。
今日から俺は、この辺境伯の城の代理当主で、公爵で、大金持ちだ。
ライオネルは最後に俺に、とんでもない贈り物をしてくれたんだ。
「ライオネル様は、異議は一切認めないとのことです。以上となります」
エルドリックは最後にこの遺言書が書かれた日付とライオネルのサインと刻印があることを告げる。
「え……? エルドリックちょっと待って」
俺は遺言書が書かれた日付を聞いて耳を疑った。だってそれは、俺とライオネルが結婚した日だ。
ライオネルは俺と結婚してすぐに遺言書を書いた……?
なんで? 結婚が決まったときから、俺に全部譲る気だった……?
でも間違いじゃない。エルドリックが手にしている遺言書を覗いてみても、日付は俺とライオネルが結婚した日になっているし、ライオネルの刻印は本物だ。
そういえば、ライオネルは財産すべてを俺が自由に使えるように念書を書いてくれた。
俺がライオネルから奪おうとしなくてもよかったんだ。俺がなんにもしなくても俺の欲しかったものは今、手中にある。
でも、この虚しさはなんだ。
これが本当に俺の欲しかったもの?
俺がライオネルに求めていたのは、地位でも財産でもない。そんなものは、ライオネルに近づくための言い訳だ。
多分、俺は最初からライオネルに愛してもらいたかったんじゃないかな。それなのに昔、ライオネルに振られたショックとキールを攻撃されたことのショックで、心を開けなかった。
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