55 / 59
第3章
55.策士ライオネル
しおりを挟む
「ノアぁっっ!!!」
悲鳴にも似たライオネルの声が聞こえた。
俺は動けない。背中が焼けるように痛くて、意識も朦朧としてきた。
でも、まだ戦いは終わってない。起きて戦わなくちゃ……。ライオネルを守らなきゃ。
「ノアぁぁっ!!」
俺の頬に、冷たい雨が降った。
違う。雨じゃない。これはライオネルの涙だ。
泣くなよライオネル。
ちょっと意識が朦朧として身体が動かないだけ。俺はまだ戦えるよ。
そんなことされたら、俺がもうすぐ死ぬみたいじゃないか。
俺はライオネルを慰めたくて、腕を動かそうとする。
でもなぜか俺の腕は言うことを聞かない。ライオネルの涙を拭ってやりたいのに、指一本動かすだけで精一杯だった。
「誰かいないかっ!! 救護をーーーーっ!!!」
ライオネルの悲痛な叫び声。でも、誰もいないよ。俺はわざと教会に人がいない日を選んでここに来たんだ。
ズシン……。
床から振動が伝わってきて、ライオネルが息を呑んだ。
ライオネルは俺を静かに床に寝かせた。俺は虚ろな目でライオネルの足を眺めるだけ。瞼を開けるのもやっとだ。
ライオネルは剣を持ち、立ち上がる。
「…………」
ライオネルは聞いたことのない言語を話している。悪魔に話しかけている……?
「…………っ!」
なんだ……? 悪魔言葉か……?
ライオネルは、何を言っているのだろう。
「うらああぁぁっ!!」
ライオネルが思い切り駆けていく。剣を振るい悪魔に攻撃を仕掛けているが、まるで効いている様子はない。
ライオネルは、あっという間に、俺が吹き飛ばされた側の壁とは反対の壁に追いつめられている。
「ライオネル……逃げて……」
俺はありったけの声を出したのに、まるで声にならない。これじゃ遠くにいるライオネルに声は届かない。
ひとりじゃ絶対に無理だ。ここから逃げて、封印の魔法を使える魔術師を呼ぶなり、援軍を呼ぶなりしてほしい。
俺の祈りはライオネルには届かない。勇敢なライオネルは壁を背にしても逃げることをしなかった。
悪魔がライオネルに向かって強い光を放つ。あれを至近距離で食らったら、ひとたまりもない。
悪魔の放った強力な一撃は教会の壁を突き破った。
瓦礫が崩れる音と地鳴りのような衝撃。目の前が見えなくなるほどの砂埃が舞う。いきなり入り込んできた眩しい外の光に目がくらむ。
ライオネルは、どうなった……?
俺はひどい眩暈で歪む視界の中、ライオネルの姿を探す。
頭が痛い。背中が痛い。身体を起こしたくても俺は動けなかった。それでも霞む視界に、ライオネルの姿を捉える。
ライオネルは悪魔の背後に立っていた。攻撃の瞬間、前に走ったのかもしれない。
ライオネルは口笛を吹いた。
これは普通の口笛じゃない。竜騎士たちがドラゴンを操るときに使う特殊な音だ。
まさか、ライオネルはキールを操ろうとしている……?
十年も前の話だが、キールは二年間、城で竜騎士たちと訓練をしていた。だから竜の口笛の意味は理解しているかもしれない。
悪魔が壊した壁の方角から、強い風が吹いた。
そこに現れたのは白い皮膚を持つドラゴン、キールだ。
キールは悪魔に向かって炎を吐いた。キールの攻撃に悪魔はひるんでいる。
ライオネルはもう一度、キールに向けて竜の口笛を吹いた。今度は音が違う。指示が違うのだろうか。
キールはライオネルの口笛に反応したのか、眩しい光を放った。その光は悪魔の目に直撃する。
悪魔は目を覆い、苦しそうに唸り声を上げ身悶えている。その隙にライオネルは果敢に悪魔に突っ込んでいく。
「…………!!」
ライオネルが何かを叫んだ。跳躍し、剣を掲げて悪魔に斬りかかろうとしているところで、俺の目の前は暗くなり、意識が遠のいていった。
◆◆◆
俺は温かい光に包まれていた。
ひどく懐かしい感覚だ。
遠い、遠い昔の記憶。ここは実家のベッドかな。寒い夜に凍えそうになっていたときに、こうやって眠った夜があった。
あのころの俺は、世の中のことなんて何も知らない、素直ないい子だった。今は人の裏を読むことばかり考えて、すっかり心が汚れてしまった。
ライオネルはすごいよな。大人になっても清い心のままだ。人を陥れることも、蔑むことも、恨むこともなく、ただ真っ直ぐに今を生きている。
ライオネルは、本当にいい奴だ。そんなライオネルが、どうして俺なんかと一緒にいてくれたんだろう。
「ノア……ノア……」
ライオネルが俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
そうそう。俺はライオネルに名前を呼んでもらえると嬉しいんだ。存在を認めてもらって、ここにいていいと言われているようで、安心する。
「ノア」
ライオネルは俺を抱きしめてきた。
ああ。すごくあったかい。でも、血の匂いがする。いつものライオネルの匂いじゃない。
ライオネル、怪我をしているのかな。
早く起きて、ライオネルを治療してあげなくちゃ。
俺はゆっくり目を覚ます。
俺がいたのは実家のベッドではなかった。
俺はライオネルに身体を抱えられながら、キールの体に包まれている。キールは淡く光を放ち、その光が俺の身体を包んでいた。
これは治癒魔法だ。キールが魔力を持っていることは知っていたが、攻撃だけじゃなく治癒の力も持ち合わせていたとは知らなかった。
「ノア……? ノア? 起きたのかっ? 具合はどうだっ?」
ライオネルが俺を心配そうに見つめている。ひどく泣き腫らした目に、傷だらけの顔をしていて、せっかくの男前が台無しだ。
あれ。俺は何をしていた……?
たしか、えっと……ライオネルを助けたくて……。
「ライオネルは、無事なの……?」
「俺っ? 俺の心配してるのか!? そんなことより自分の心配をしろ!」
大丈夫だよ。俺は。憎まれっ子は世に憚るって言うだろ。死んでたまるか。俺はライオネルのそばにいるって決めたんだから。
「ノア、ノアが意識を取り戻した……キールのおかげだ。よかった……よかった……」
ライオネルは俺を抱きしめ嗚咽をもらす。
そんなに心配してくれてたの? こんな俺のことを……?
「あのさ、悪魔はどうなったの……?」
俺は途中で意識を手放してしまった。キールとライオネルは無事みたいだけど、あれからどうなったんだろう。
「ノアの言うとおり、契約解除を申し出た。話が通じなくて苦戦したが、キールの目くらましで気がついて、まともになってくれたところで俺は悪魔言葉で交渉したんだ」
「ライオネルは言葉を……話せる……の……?」
「少しな。ここ最近書物を読み漁って大切な言葉だけ習得した」
ライオネルはアルファだ。身体能力だけじゃなく、勉学にも長けているんだな。
「相手の言葉のほうが、話を聞いてもらえると思ったんだ。ノアが俺に払う必要はない、契約解除をすればいいと教えてくれたから」
ライオネルの話を聞きながら俺がめまいが辛くて目をつむると、ライオネルは「キール、もう少しだけ治癒魔法を頑張ってくれ」とキールを撫でた。
「契約解除した。俺の身体から嘘のようにアザが消えたよ」
ライオネルは微笑んだ。
その言葉をずっと聞きたかった。ライオネルの呪いは消えたんだ。ライオネルはこの先ずっと生きていけるってこと?
ライオネルはわざわざシャツをめくって腕を見せてくれた。
「本当だ……」
ライオネルの腕からあの痛々しいアザが消えていた。
代わりにフォルネウスの魔力はガタ落ちだろうな。おかしいと思ったんだ。いくら両親が魔導師とはいえ、あんなダメそうな奴が、やたらと魔力だけは強かった。
なんだよ、あれは悪魔ブーストだったのかよ。学校の魔法の授業の点数から付け直してもらいたい。
「悪魔も棲み処に帰っていった。キールにおののいたんだろう」
聞けば俺が気を失ってからすぐに決着はついたそうだ。契約解除のあと、キールは魔法陣へと悪魔を追いやった。ライオネルが悪魔言葉で意思を伝え、静かにお帰り願ったんだとか。
「ライオネルはどうしてここに?」
ずっと聞きたかった。ライオネルがここにいると悪魔に言われて俺は初めて知ったんだ。
「ノアが俺の言うことを聞かないからだ。自分を大事にしろと、城でティータイムをしていろと言ったのに、ノアはキールに乗って城を飛び出していった。ずっと嫌な予感がしていたんだ。ノアは俺のために悪魔を召喚したりしないかって疑っていた。特に今日は教会から人がいなくなる日だ。俺は警戒していたんだ」
「バレてたんだ……」
俺の策はライオネルに全部お見通しだったんだ。
ライオネルには敵わない。
俺が政略結婚を目論んだときも、ライオネルは最初から俺の目的に気がついていた。
今回も俺の用意周到な策は、ライオネルに見抜かれていた。
こんなんでどこが策士オメガだよ。
本当の策士はライオネルなんじゃないのか?
俺はライオネルの手のひらで転がされている気分だ。
「俺が教会に来てみたら、教会の隣にキールがいた。これは間違いないと思って、俺は突っ込んでいったんだ」
「え……? キールは森に置いてきたのに……」
森からここまではかなりの距離がある。なんでキールは移動してしまったんだろう。
「キールは賢い。お前がよからぬことをしていることを察知して、教会まで来たんじゃないか?」
「そうなの? キール……」
俺はキールのざらざらの肌を撫でる。
キール。俺があんなに「待て」と言ったのに、言うことを聞かなかったんだな。
でもキールが来てくれて本当によかった。そうでなければ俺もライオネルも助からなかったかも……。
「本当にキールは賢いドラゴンだ。俺の指示に的確に従ってくれたんだ。俺とキールが訓練を重ねたおかげだな」
「訓練……?」
「ああ。ノアと帰って来てから、俺は毎日のようにキールに口笛の指示を教え込んだんだ。十年前のことなのに、キールは覚えていたよ」
「ライオネル、いつの間に……」
俺の知らないことばかりだ。俺は自分が賢くてなんでもわかっているつもりでいたけど、本当は何も知らない。
ライオネルがキールと仲良くしていたことも、キールが密かに俺のあとを追って教会にくるなんてことがあるということも、ライオネルがすべてを見抜いていたことも、全然わかっていなかった。
「教会の聖堂はめちゃくちゃだ。ノアは悪魔召喚の罪に問われるかもしれない。本当にノアは、ひどいことをしてくれた」
「ごめん……」
本当だよ。結局、俺ひとりでは何も成し遂げられなかった。
「でも、俺にとっては感謝をしてもしきれない。ノアのおかげで俺は呪いから解放されたんだ」
ライオネルは俺を抱きしめ、額にキスをした。それから「ノアの覚悟と機転のおかげだ」と切々と俺のいいところを語り始めた。
俺が召喚しなければ、悪魔と会うことはできなかったって。悪魔を祓うことばかり考えていたが、その必要はないと気がつけたこと。他にもいろいろ褒めてくれるんだけど、俺は意識が戻ったばかりで、頭が朦朧としていて話半分だ。
俺がぐったりしてから「あ! すまない!」とライオネルは俺の体調に気がつき、話を中断してくれた。
その後、騒ぎを聞きつけた人が治療院をやっている魔術師を呼んできてくれた。
俺は体調が良くなるまで数日間、教会のベッドで休むことになった。その間、ライオネルが俺と一緒に教会に泊まってくれて、司祭たちに事情を説明してくれたらしい。
聖堂を派手に壊してしまい、多額の寄付金を送ることになったことには、さすがのライオネルも渋い顔をしていた。
悲鳴にも似たライオネルの声が聞こえた。
俺は動けない。背中が焼けるように痛くて、意識も朦朧としてきた。
でも、まだ戦いは終わってない。起きて戦わなくちゃ……。ライオネルを守らなきゃ。
「ノアぁぁっ!!」
俺の頬に、冷たい雨が降った。
違う。雨じゃない。これはライオネルの涙だ。
泣くなよライオネル。
ちょっと意識が朦朧として身体が動かないだけ。俺はまだ戦えるよ。
そんなことされたら、俺がもうすぐ死ぬみたいじゃないか。
俺はライオネルを慰めたくて、腕を動かそうとする。
でもなぜか俺の腕は言うことを聞かない。ライオネルの涙を拭ってやりたいのに、指一本動かすだけで精一杯だった。
「誰かいないかっ!! 救護をーーーーっ!!!」
ライオネルの悲痛な叫び声。でも、誰もいないよ。俺はわざと教会に人がいない日を選んでここに来たんだ。
ズシン……。
床から振動が伝わってきて、ライオネルが息を呑んだ。
ライオネルは俺を静かに床に寝かせた。俺は虚ろな目でライオネルの足を眺めるだけ。瞼を開けるのもやっとだ。
ライオネルは剣を持ち、立ち上がる。
「…………」
ライオネルは聞いたことのない言語を話している。悪魔に話しかけている……?
「…………っ!」
なんだ……? 悪魔言葉か……?
ライオネルは、何を言っているのだろう。
「うらああぁぁっ!!」
ライオネルが思い切り駆けていく。剣を振るい悪魔に攻撃を仕掛けているが、まるで効いている様子はない。
ライオネルは、あっという間に、俺が吹き飛ばされた側の壁とは反対の壁に追いつめられている。
「ライオネル……逃げて……」
俺はありったけの声を出したのに、まるで声にならない。これじゃ遠くにいるライオネルに声は届かない。
ひとりじゃ絶対に無理だ。ここから逃げて、封印の魔法を使える魔術師を呼ぶなり、援軍を呼ぶなりしてほしい。
俺の祈りはライオネルには届かない。勇敢なライオネルは壁を背にしても逃げることをしなかった。
悪魔がライオネルに向かって強い光を放つ。あれを至近距離で食らったら、ひとたまりもない。
悪魔の放った強力な一撃は教会の壁を突き破った。
瓦礫が崩れる音と地鳴りのような衝撃。目の前が見えなくなるほどの砂埃が舞う。いきなり入り込んできた眩しい外の光に目がくらむ。
ライオネルは、どうなった……?
俺はひどい眩暈で歪む視界の中、ライオネルの姿を探す。
頭が痛い。背中が痛い。身体を起こしたくても俺は動けなかった。それでも霞む視界に、ライオネルの姿を捉える。
ライオネルは悪魔の背後に立っていた。攻撃の瞬間、前に走ったのかもしれない。
ライオネルは口笛を吹いた。
これは普通の口笛じゃない。竜騎士たちがドラゴンを操るときに使う特殊な音だ。
まさか、ライオネルはキールを操ろうとしている……?
十年も前の話だが、キールは二年間、城で竜騎士たちと訓練をしていた。だから竜の口笛の意味は理解しているかもしれない。
悪魔が壊した壁の方角から、強い風が吹いた。
そこに現れたのは白い皮膚を持つドラゴン、キールだ。
キールは悪魔に向かって炎を吐いた。キールの攻撃に悪魔はひるんでいる。
ライオネルはもう一度、キールに向けて竜の口笛を吹いた。今度は音が違う。指示が違うのだろうか。
キールはライオネルの口笛に反応したのか、眩しい光を放った。その光は悪魔の目に直撃する。
悪魔は目を覆い、苦しそうに唸り声を上げ身悶えている。その隙にライオネルは果敢に悪魔に突っ込んでいく。
「…………!!」
ライオネルが何かを叫んだ。跳躍し、剣を掲げて悪魔に斬りかかろうとしているところで、俺の目の前は暗くなり、意識が遠のいていった。
◆◆◆
俺は温かい光に包まれていた。
ひどく懐かしい感覚だ。
遠い、遠い昔の記憶。ここは実家のベッドかな。寒い夜に凍えそうになっていたときに、こうやって眠った夜があった。
あのころの俺は、世の中のことなんて何も知らない、素直ないい子だった。今は人の裏を読むことばかり考えて、すっかり心が汚れてしまった。
ライオネルはすごいよな。大人になっても清い心のままだ。人を陥れることも、蔑むことも、恨むこともなく、ただ真っ直ぐに今を生きている。
ライオネルは、本当にいい奴だ。そんなライオネルが、どうして俺なんかと一緒にいてくれたんだろう。
「ノア……ノア……」
ライオネルが俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
そうそう。俺はライオネルに名前を呼んでもらえると嬉しいんだ。存在を認めてもらって、ここにいていいと言われているようで、安心する。
「ノア」
ライオネルは俺を抱きしめてきた。
ああ。すごくあったかい。でも、血の匂いがする。いつものライオネルの匂いじゃない。
ライオネル、怪我をしているのかな。
早く起きて、ライオネルを治療してあげなくちゃ。
俺はゆっくり目を覚ます。
俺がいたのは実家のベッドではなかった。
俺はライオネルに身体を抱えられながら、キールの体に包まれている。キールは淡く光を放ち、その光が俺の身体を包んでいた。
これは治癒魔法だ。キールが魔力を持っていることは知っていたが、攻撃だけじゃなく治癒の力も持ち合わせていたとは知らなかった。
「ノア……? ノア? 起きたのかっ? 具合はどうだっ?」
ライオネルが俺を心配そうに見つめている。ひどく泣き腫らした目に、傷だらけの顔をしていて、せっかくの男前が台無しだ。
あれ。俺は何をしていた……?
たしか、えっと……ライオネルを助けたくて……。
「ライオネルは、無事なの……?」
「俺っ? 俺の心配してるのか!? そんなことより自分の心配をしろ!」
大丈夫だよ。俺は。憎まれっ子は世に憚るって言うだろ。死んでたまるか。俺はライオネルのそばにいるって決めたんだから。
「ノア、ノアが意識を取り戻した……キールのおかげだ。よかった……よかった……」
ライオネルは俺を抱きしめ嗚咽をもらす。
そんなに心配してくれてたの? こんな俺のことを……?
「あのさ、悪魔はどうなったの……?」
俺は途中で意識を手放してしまった。キールとライオネルは無事みたいだけど、あれからどうなったんだろう。
「ノアの言うとおり、契約解除を申し出た。話が通じなくて苦戦したが、キールの目くらましで気がついて、まともになってくれたところで俺は悪魔言葉で交渉したんだ」
「ライオネルは言葉を……話せる……の……?」
「少しな。ここ最近書物を読み漁って大切な言葉だけ習得した」
ライオネルはアルファだ。身体能力だけじゃなく、勉学にも長けているんだな。
「相手の言葉のほうが、話を聞いてもらえると思ったんだ。ノアが俺に払う必要はない、契約解除をすればいいと教えてくれたから」
ライオネルの話を聞きながら俺がめまいが辛くて目をつむると、ライオネルは「キール、もう少しだけ治癒魔法を頑張ってくれ」とキールを撫でた。
「契約解除した。俺の身体から嘘のようにアザが消えたよ」
ライオネルは微笑んだ。
その言葉をずっと聞きたかった。ライオネルの呪いは消えたんだ。ライオネルはこの先ずっと生きていけるってこと?
ライオネルはわざわざシャツをめくって腕を見せてくれた。
「本当だ……」
ライオネルの腕からあの痛々しいアザが消えていた。
代わりにフォルネウスの魔力はガタ落ちだろうな。おかしいと思ったんだ。いくら両親が魔導師とはいえ、あんなダメそうな奴が、やたらと魔力だけは強かった。
なんだよ、あれは悪魔ブーストだったのかよ。学校の魔法の授業の点数から付け直してもらいたい。
「悪魔も棲み処に帰っていった。キールにおののいたんだろう」
聞けば俺が気を失ってからすぐに決着はついたそうだ。契約解除のあと、キールは魔法陣へと悪魔を追いやった。ライオネルが悪魔言葉で意思を伝え、静かにお帰り願ったんだとか。
「ライオネルはどうしてここに?」
ずっと聞きたかった。ライオネルがここにいると悪魔に言われて俺は初めて知ったんだ。
「ノアが俺の言うことを聞かないからだ。自分を大事にしろと、城でティータイムをしていろと言ったのに、ノアはキールに乗って城を飛び出していった。ずっと嫌な予感がしていたんだ。ノアは俺のために悪魔を召喚したりしないかって疑っていた。特に今日は教会から人がいなくなる日だ。俺は警戒していたんだ」
「バレてたんだ……」
俺の策はライオネルに全部お見通しだったんだ。
ライオネルには敵わない。
俺が政略結婚を目論んだときも、ライオネルは最初から俺の目的に気がついていた。
今回も俺の用意周到な策は、ライオネルに見抜かれていた。
こんなんでどこが策士オメガだよ。
本当の策士はライオネルなんじゃないのか?
俺はライオネルの手のひらで転がされている気分だ。
「俺が教会に来てみたら、教会の隣にキールがいた。これは間違いないと思って、俺は突っ込んでいったんだ」
「え……? キールは森に置いてきたのに……」
森からここまではかなりの距離がある。なんでキールは移動してしまったんだろう。
「キールは賢い。お前がよからぬことをしていることを察知して、教会まで来たんじゃないか?」
「そうなの? キール……」
俺はキールのざらざらの肌を撫でる。
キール。俺があんなに「待て」と言ったのに、言うことを聞かなかったんだな。
でもキールが来てくれて本当によかった。そうでなければ俺もライオネルも助からなかったかも……。
「本当にキールは賢いドラゴンだ。俺の指示に的確に従ってくれたんだ。俺とキールが訓練を重ねたおかげだな」
「訓練……?」
「ああ。ノアと帰って来てから、俺は毎日のようにキールに口笛の指示を教え込んだんだ。十年前のことなのに、キールは覚えていたよ」
「ライオネル、いつの間に……」
俺の知らないことばかりだ。俺は自分が賢くてなんでもわかっているつもりでいたけど、本当は何も知らない。
ライオネルがキールと仲良くしていたことも、キールが密かに俺のあとを追って教会にくるなんてことがあるということも、ライオネルがすべてを見抜いていたことも、全然わかっていなかった。
「教会の聖堂はめちゃくちゃだ。ノアは悪魔召喚の罪に問われるかもしれない。本当にノアは、ひどいことをしてくれた」
「ごめん……」
本当だよ。結局、俺ひとりでは何も成し遂げられなかった。
「でも、俺にとっては感謝をしてもしきれない。ノアのおかげで俺は呪いから解放されたんだ」
ライオネルは俺を抱きしめ、額にキスをした。それから「ノアの覚悟と機転のおかげだ」と切々と俺のいいところを語り始めた。
俺が召喚しなければ、悪魔と会うことはできなかったって。悪魔を祓うことばかり考えていたが、その必要はないと気がつけたこと。他にもいろいろ褒めてくれるんだけど、俺は意識が戻ったばかりで、頭が朦朧としていて話半分だ。
俺がぐったりしてから「あ! すまない!」とライオネルは俺の体調に気がつき、話を中断してくれた。
その後、騒ぎを聞きつけた人が治療院をやっている魔術師を呼んできてくれた。
俺は体調が良くなるまで数日間、教会のベッドで休むことになった。その間、ライオネルが俺と一緒に教会に泊まってくれて、司祭たちに事情を説明してくれたらしい。
聖堂を派手に壊してしまい、多額の寄付金を送ることになったことには、さすがのライオネルも渋い顔をしていた。
976
あなたにおすすめの小説
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる