夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?

里見

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本編

66、大狼

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十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、ブラド山岳地帯からの帰路にて、金翼騎士団に襲撃されていた。


一番剣を使えない者が、一番脅威になる秘技を扱うとは、何の皮肉だろうか。

「それにしても、わたくししか破閃を使っていないようですが……使い方をお忘れですか?」

白狼騎士団は、追い詰められていた。リュシアーナは、金翼の騎士に話しかけて、息を整える時間をつくる。

「……だまれ」

金翼の騎士が、怒りを抑えるような声を絞り出す。賊と金翼の騎士は、完全に白狼騎士団を包囲していた。

「あら? もしかして、使えなくなりましたか?」

時間を稼ぎたいリュシアーナは適当に言う。

だが、その言葉は、金翼の騎士たちに突き刺さったようだ。彼らに動揺が走る。妙な反応を訝しむが、絶体絶命なのは間違いない。

「知っていましたか? 破閃は、カヴァニス公爵家の前身、剣の一族から伝わったのです。剣の一族は、神のご加護を授かっていて、それを他の騎士に分け与えているそうですよ」

「……味方は残り二十三、なんとしても馬を奪って逃します」

隣にいたリシャルが、血を拭うふりして口元を隠し、リュシアーナに伝える。

「破閃が使えなくなったということは……どうやら相当罰当たりなことをしでかしたのですね」

「黙れ、第一皇子妃。ここにいる者全員には死んでもらう」

金翼の騎士が言った。それは、サガン・レスター伯爵の命令だろうか。

「宝剣を奪っても、使えないものは使えませんわ。わたくしだから使えるのです」

白狼と金翼は、ほぼ同数。ただし、向こうは、騎馬が四人。

(最悪よ。わたくし、護身術程度の腕しかないのに)

馬を奪えたところで、リュシアーナはあまり乗馬は得意ではない。金翼騎士団が破閃を使えないことだけが、救いか。

――どこかから、狼の遠吠えが聞こえた。

それが合図だった。

「行け」

金翼の騎士が賊に命じた。騎馬は突っ込んではこず、引き気味だ。おそらく逃亡者を刈り取るつもりだ。

(…………これがクラリーサの仕業だとしたら、わたくし、彼女に裏切られたのかしら?)

考えたものの、それはないとすぐに否定する。利点がない。

リュシアーナに向かってくる賊が見えた。きっと気づいているのだろう。リュシアーナに剣の腕がないことを……。

宝の持ち腐れだ。リュシアーナの野望は成就せず、ここで終わりを迎えるのだろうか。

「ウォォオオオオオン――!」

その時、先ほどよりも近く、そう、至近距離で狼の遠吠えが聞こえた。

気づいた時には、目の前にいた賊が頭を食いちぎられていた。大きな狼の魔物が、金の瞳にリュシアーナを映している。

「うあああ!!」

別のところでも悲鳴と獣の息遣いが聞こえた。

二匹だ。二匹の狼の魔物が、乱入してきたのだ。人間を易々と飲み込むほどの、非常に大きく獰猛な魔物だった。

「妃殿下!」

リシャルに呼ばれて我に返る。彼に手を引かれて、近くの林に飛び込んだ。白狼騎士団も金翼騎士団も賊も、突如現れた魔物に混乱し、散り散りになっている。

木の幹に足を取られそうになりながら、リュシアーナは走った。すぐに息があがって、呼吸が苦しくなる。思わず頭が下がった時、地面に落ちた血に気づいた。

リシャルの右腕から血が流れている。彼はふらつく体をなんとか動かしているようだった。

「血をっ……血を止めましょう!」

リュシアーナがそう言ったのと、リシャルが倒れたのはほぼ同時だった。

リュシアーナは、剣を捨てた。すぐにリシャルの体を上向にして、傷を確かめる。彼は荒い息を吐いていた。

右肩の傷は、思ったよりも深かった。傷口を押さえるくらいでは血が止まらない。

「妃殿下、できるだけ遠くにお逃げください」

リシャルがリュシアーナを押した。その力は弱々しかった。

リュシアーナは、ドレスの裾を裂いて、傷口を縛る。今は圧迫するしか手立てがない。

(傷口を……焼いて血を止める? いえ、知識もないのにできないわ)

医療の知識は、リュシアーナにはなかった。ブリジッタでもいれば、止血に効く薬草がわかっただろう。

「妃殿下、お願いです……」

止血するリュシアーナをリシャルは必死に逃がそうと懇願する。

「大丈夫ですわ。動かないで、血を止めることに……」

ざくっと草根を踏みつぶす足音が聞こえて、リュシアーナは言葉を止めた。

「第一皇子妃」

追手がきてしまったようだ。騎乗にいた金翼の騎士の一人だ。見通しの悪い林に入る際に馬は置いてきている。

血に染まった剣を片手にじりじりと距離を詰めてきた。

だが、リュシアーナは、剣を捨てたまま、リシャルの傷を押さえ続ける。

もう安心だと確信していたからだ。

「――ルカ、いるのでしょう?」

あの乱入してきた狼の魔物には、見覚えがある。大きさが十数倍にもなっていたが、ルカの配下だ。

「なんだ、格好良く登場しようと思ったのに」

上から声がした。そして、リュシアーナと金翼の騎士の間にルカが落ちてくる。

「青剣騎士団……?」

ルカは青剣騎士団の制服を着たままだ。金翼の騎士が、驚く声をあげる。

「そうだけど」

ルカはそう言うなり、剣を抜いた。そして、ただその剣を振り下ろす。

当然、単調なその攻撃を金翼の騎士は剣で受けた。が、両手が塞がった瞬間、ルカは急所を蹴り上げる。

容赦ない攻撃だった。金翼の騎士が泡を吹いて倒れ込んだところで、その喉に剣を突き立てる。ルカはほんの数秒で殺してみせた。

「ルカ、何か治療するものは?」

リュシアーナは、剣を振って血を払うルカに声をかけた。

「えー、そいつ助けるのー? 死ぬだろうから出てきたんだけど?」

リシャルの呼吸は浅く早い。

「早くしなさい」

リュシアーナがもう一度言うと、ルカは肩をすくめた。そして、彼の傍で膝をつくと、小瓶を懐から取り出す。

片手で蓋を開けると、その中の液体をリシャルに飲ませた。ルカはそれだけでそばを離れる。

「ルカ?」

薬を飲ませるだけなのかと、リュシアーナは呼びかける。

「……妃殿下」

だが、存外にリシャルの声は、はっきりしていた。彼ははっとしたように傷口に触り、抑えていた布を退けた。

――そこに傷は、一切存在しなかった。

「飲ませたのは、魔法の治療薬。怪我を治し、失われた血もすべて補ってくれる魔法のお薬だ」

リシャルが不思議そうな、現実味のない顔をしながら、立ち上がった。本当になんでも治してしまったのか。

「……ルカ殿、ありがとうございます。ですが、なぜあなたがここにいるのですか?」

リシャルがルカに尋ねた。彼は、リュシアーナをルカから守るように立つ。金翼騎士団に襲われたばかりだ。警戒するのもわかる。

「バウス卿、大丈夫です。ルカは味方ですわ」

「ですが、彼がここにいる理由がわかりません」

リシャルは立ち上がって、リュシアーナを庇う。そんな彼にルカはへらりと笑った。

「なんだリュシアーナ、いい番犬がいんじゃん。ま、俺の番犬の方がかわいいけど」

そして、ルカの後ろに二匹の大狼が現れる。口元や手を真っ赤に染めていた。ルカは顔を寄せてくる二匹の鼻先を撫でる。

リシャルが息を呑んで、剣を握り直したのがわかった。

「ルカ、あなたは金翼騎士団の襲撃を予測していたのかしら?」

リシャルが何か言う前にリュシアーナは問う。

「勿論」

「なぜ?」

「――だって、うちが喰らった手だもん」

ルカは、へらりと笑った。リュシアーナは頭を殴られたような衝撃を受ける。


――カヴァニス公爵家は、金翼騎士団に滅ぼされたのだ。




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