77 / 114
本編
70、混乱の最中
しおりを挟む
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、公開処刑が行われる帝都でルカが事件を起こし始めた。
地震とともに大きな爆発音が聞こえて、リュシアーナたちは外に出た。
地面は一度大きく揺れたが、揺れは続かなかった。しかし、まだ地鳴りは続いている。
「なんなんだ……あれは……」
メルデンの言葉にリュシアーナも彼と同じ方角を見る。大地から何かが蠢きながら空に登っていた。巨大な蛇のような影だ。体を左右にくねらせて空へと登っていく。
その方角には、ブラド山岳地帯がある。
「天井の竜……?」
思わず言葉をこぼれた。
(あんな大きなもの……どこから? いえ、それ以前にあんなものが山岳地帯にあるなんて聞いたことがない……!)
あれほどの巨体と異形なら、必ず伝承やら記録に残っているはずだ。しかし、リュシアーナは全く知らなかった。
(いえ……ルカが壁画を利用しただけだったら? あれは幻影か何かよ)
ルカの使う幻影魔法である可能性に気づき、リュシアーナは一度深く息を吐いた。
問題は竜ではない。これだけの光景を再現して、ルカがしようとしていることはなんだろうか。
皇子宮の外に出て確認したいところだが、わざわざルカが警告しにきたことを鑑みるにそれは避けるべきなのだろう。
「ステファン、一度兵舎に行って情報を得てきてくれるかしら」
「はい、姉上は?」
「わたくしは、あの子の言う通りここにいます」
リュシアーナの答えを聞いて、ステファンはすぐに兵舎に向かった。
「メルデン、あなたもしばらくはここにとどまった方がよろしいでしょう」
「いや、俺は竜を見にいく」
リュシアーナの申し出をメルデンは断った。丁度戻ってきたランから資料を受け取り、彼は指笛を吹く。
「気をつけて。あの子はわたくしたち以外に容赦しないから」
「お嬢さんは本当にあいつに好かれてんだな。見てわかるくらいに俺とお嬢さんとで態度が違う」
メルデンはそう言うと、空から降りてきたグリフォンに跨った。
「じゃあな、また何かわかったら連絡する」
「ええ」
そして、メルデンはグリフォンに乗って、竜が蠢く空へと駆けて行ったのだった。
その後、すぐに竜は天に登って見えなくなった。
だが、断続的に爆発音が続いている。おそらくこの爆発音は、帝都の広場で起こっているのだろう。
空の異形と広場の爆発、二段構えの作戦だと、リュシアーナは気づいた。リュシアーナは、私室で待とうかと思ったが、白狼騎士団の作戦室に向かう。
残っていた白狼騎士団の騎士たちが慌ただしく内外を駆け抜けて行く。リュシアーナが作戦室に入ると、第二騎士のリシャルが気づいたが、手で制した。リュシアーナはそのまま隅の方で、入ってくる情報を聞くことにしたのだった。
「皇帝陛下が狙われました!」
少しすると、一人の騎士が駆け込んでくる。驚いたリシャルが勢いよく立ち上がった。
「陛下は? 殿下は無事か?」
「はい、どちらもご無事です。ベルティ辺境伯の残党の仕業です。それと、広場に突然魔物が現れて、安全な退路を確保するのに手間取っています。今すぐ増援を……!」
騎士の報告を聞いて、リュシアーナは考え込む。
(カリナの部下たちは……ルカが指揮権を引き継いだのね)
百人程度の残党が生き残っているのは知っていた。まさか帝都に潜伏しているとは思わなかったが……。
(それに魔物だなんて、侵略者じみた真似を……)
公開処刑には多くの民たちが押し寄せていたはずだ。かなりの数が犠牲になっているのではないだろうか。こんなにも白昼堂々と帝都の中心を攻撃するなんて、ファリーナ帝国の面子は丸潰れだ。
リシャルが指示を出して、待機していた騎士を広場に向かわせている。おそらく私設騎士団だけでなく、帝国騎士団も広場に人手を割くだろう。
リュシアーナは、ルカの次の一手がわかった。
増援の騎士たちを見送ってから、少しすると、近くで爆発音が鳴り響いた。この皇子宮ではないが、皇宮内のどこかが爆破されたのだ。
(おそらく、後宮ね。ルカは最初から目をつけていたもの)
ルカが表立って動き出したのは、後宮の門にデュラハンのふりして血を撒き散らしたことから始まる。血に汚されただけでなく、破壊されたとなれば、余計に破滅の預言が際立つ。
(もう、計画も最終段階に入ったということかしら)
リュシアーナは、エヴァリストの執務机を見た。
「妃殿下、先ほどの爆発を確認してきます。席を外しますが、何かあれば近くの騎士に従って避難をお願いします」
そこにリシャルが声をかけてきて、リュシアーナは神妙な顔で頷いた。
「ええ。お気をつけて」
リシャルは数人の騎士を連れて、皇子宮の外に向かう。残っているのは、比較的若い騎士たちだ。彼らは備品を抱えて、作戦室を忙しなく出入りしている。
リュシアーナは、静かに立ち上がると、エヴァリストの執務机に座った。
そして、何食わぬ顔で抽斗を探る。いくつか引き出していると、鍵の束を見つけた。それを持って、今度は奥にある金庫の前に立つ。
鍵穴に合いそうな鍵をさしてみると、簡単に開いた。
(まぁ、あっけないこと……)
簡単すぎて少し驚いたが、リュシアーナは中から書類を取り出す。重要書類の中から、一枚だけを抜き取って、金庫を閉じた。振り返ると、誰もリュシアーナの行動に注視していない。
抜き取ったのは、皇位委任状だ。第二皇子ラウルの署名が為されており、誰に皇位を譲るかは空欄になっている。
リュシアーナはそれを封筒に入れて、ちょうどやってきたステファンに渡した。
「父に急ぎで届けてちょうだい。私兵をお借りできれば、エヴァリスト様の助けになると思うの」
そして、リュシアーナは周りの騎士に聞こえるようにそう言う。
「わかりました!」
ステファンは中身を問うことなく、駆け出して行ったのだった。
地震とともに大きな爆発音が聞こえて、リュシアーナたちは外に出た。
地面は一度大きく揺れたが、揺れは続かなかった。しかし、まだ地鳴りは続いている。
「なんなんだ……あれは……」
メルデンの言葉にリュシアーナも彼と同じ方角を見る。大地から何かが蠢きながら空に登っていた。巨大な蛇のような影だ。体を左右にくねらせて空へと登っていく。
その方角には、ブラド山岳地帯がある。
「天井の竜……?」
思わず言葉をこぼれた。
(あんな大きなもの……どこから? いえ、それ以前にあんなものが山岳地帯にあるなんて聞いたことがない……!)
あれほどの巨体と異形なら、必ず伝承やら記録に残っているはずだ。しかし、リュシアーナは全く知らなかった。
(いえ……ルカが壁画を利用しただけだったら? あれは幻影か何かよ)
ルカの使う幻影魔法である可能性に気づき、リュシアーナは一度深く息を吐いた。
問題は竜ではない。これだけの光景を再現して、ルカがしようとしていることはなんだろうか。
皇子宮の外に出て確認したいところだが、わざわざルカが警告しにきたことを鑑みるにそれは避けるべきなのだろう。
「ステファン、一度兵舎に行って情報を得てきてくれるかしら」
「はい、姉上は?」
「わたくしは、あの子の言う通りここにいます」
リュシアーナの答えを聞いて、ステファンはすぐに兵舎に向かった。
「メルデン、あなたもしばらくはここにとどまった方がよろしいでしょう」
「いや、俺は竜を見にいく」
リュシアーナの申し出をメルデンは断った。丁度戻ってきたランから資料を受け取り、彼は指笛を吹く。
「気をつけて。あの子はわたくしたち以外に容赦しないから」
「お嬢さんは本当にあいつに好かれてんだな。見てわかるくらいに俺とお嬢さんとで態度が違う」
メルデンはそう言うと、空から降りてきたグリフォンに跨った。
「じゃあな、また何かわかったら連絡する」
「ええ」
そして、メルデンはグリフォンに乗って、竜が蠢く空へと駆けて行ったのだった。
その後、すぐに竜は天に登って見えなくなった。
だが、断続的に爆発音が続いている。おそらくこの爆発音は、帝都の広場で起こっているのだろう。
空の異形と広場の爆発、二段構えの作戦だと、リュシアーナは気づいた。リュシアーナは、私室で待とうかと思ったが、白狼騎士団の作戦室に向かう。
残っていた白狼騎士団の騎士たちが慌ただしく内外を駆け抜けて行く。リュシアーナが作戦室に入ると、第二騎士のリシャルが気づいたが、手で制した。リュシアーナはそのまま隅の方で、入ってくる情報を聞くことにしたのだった。
「皇帝陛下が狙われました!」
少しすると、一人の騎士が駆け込んでくる。驚いたリシャルが勢いよく立ち上がった。
「陛下は? 殿下は無事か?」
「はい、どちらもご無事です。ベルティ辺境伯の残党の仕業です。それと、広場に突然魔物が現れて、安全な退路を確保するのに手間取っています。今すぐ増援を……!」
騎士の報告を聞いて、リュシアーナは考え込む。
(カリナの部下たちは……ルカが指揮権を引き継いだのね)
百人程度の残党が生き残っているのは知っていた。まさか帝都に潜伏しているとは思わなかったが……。
(それに魔物だなんて、侵略者じみた真似を……)
公開処刑には多くの民たちが押し寄せていたはずだ。かなりの数が犠牲になっているのではないだろうか。こんなにも白昼堂々と帝都の中心を攻撃するなんて、ファリーナ帝国の面子は丸潰れだ。
リシャルが指示を出して、待機していた騎士を広場に向かわせている。おそらく私設騎士団だけでなく、帝国騎士団も広場に人手を割くだろう。
リュシアーナは、ルカの次の一手がわかった。
増援の騎士たちを見送ってから、少しすると、近くで爆発音が鳴り響いた。この皇子宮ではないが、皇宮内のどこかが爆破されたのだ。
(おそらく、後宮ね。ルカは最初から目をつけていたもの)
ルカが表立って動き出したのは、後宮の門にデュラハンのふりして血を撒き散らしたことから始まる。血に汚されただけでなく、破壊されたとなれば、余計に破滅の預言が際立つ。
(もう、計画も最終段階に入ったということかしら)
リュシアーナは、エヴァリストの執務机を見た。
「妃殿下、先ほどの爆発を確認してきます。席を外しますが、何かあれば近くの騎士に従って避難をお願いします」
そこにリシャルが声をかけてきて、リュシアーナは神妙な顔で頷いた。
「ええ。お気をつけて」
リシャルは数人の騎士を連れて、皇子宮の外に向かう。残っているのは、比較的若い騎士たちだ。彼らは備品を抱えて、作戦室を忙しなく出入りしている。
リュシアーナは、静かに立ち上がると、エヴァリストの執務机に座った。
そして、何食わぬ顔で抽斗を探る。いくつか引き出していると、鍵の束を見つけた。それを持って、今度は奥にある金庫の前に立つ。
鍵穴に合いそうな鍵をさしてみると、簡単に開いた。
(まぁ、あっけないこと……)
簡単すぎて少し驚いたが、リュシアーナは中から書類を取り出す。重要書類の中から、一枚だけを抜き取って、金庫を閉じた。振り返ると、誰もリュシアーナの行動に注視していない。
抜き取ったのは、皇位委任状だ。第二皇子ラウルの署名が為されており、誰に皇位を譲るかは空欄になっている。
リュシアーナはそれを封筒に入れて、ちょうどやってきたステファンに渡した。
「父に急ぎで届けてちょうだい。私兵をお借りできれば、エヴァリスト様の助けになると思うの」
そして、リュシアーナは周りの騎士に聞こえるようにそう言う。
「わかりました!」
ステファンは中身を問うことなく、駆け出して行ったのだった。
2
あなたにおすすめの小説
冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
氷の公爵は、捨てられた私を離さない
空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。
すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。
彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。
アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。
「君の力が、私には必要だ」
冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。
彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。
レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。
一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。
「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。
これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。
【完結】エレクトラの婚約者
buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー
エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。
父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。
そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。
エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。
もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが……
11万字とちょっと長め。
謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。
タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。
まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる