部下に秘密を知られたから口止めとしてセフレになったのに思ってたのとなんか違う!

丸井まー(旧:まー)

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23:下町探検

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 アルノーは優しく頭を撫でられる感覚で目覚めた。しぱしぱする目を開ければ、ダミアンがアルノーの唇に触れるだけのキスをした。


「おはようございます。腰に痛み止めかけますね」

「おはよう。お願いするよ」

「はい。今日の朝ご飯は挽肉と野菜たっぷりのオムレツがメインですよ」

「いいね。美味しそう」


 アルノーがのろのろと起き上がると、ダミアンが温かい濡れタオルで顔を拭いてくれた。

 季節は秋の終わりが近づいている。少しずつ冬の足音が聞こえるようになってきた。
 久しぶりに2人の休みが重なったので、昨夜はダミアンが泊まり、濃厚なセックスをした。身体は疲れているが、気分はスッキリと満たされている。

 温かくて美味しい朝食を食べ、食後の紅茶を楽しんでいると、ダミアンが口を開いた。


「アル。一応下町に出かけられる準備はしてあるんですけど、どうします?」

「ありがとう。下町探検がしてみたいな」

「分かりました。アルに似合いそうな服を用意してますから、片付けが終わったら出かけましょうか。身体は大丈夫ですか?」

「うん。ちょっと疲れてるけど問題ないよ」

「じゃあ、今日はちょっと冒険しましょうか」

「ふふっ。なんだかワクワクする」

「あはは。途中に市場もありますから覗いてみます?」

「うん」

「さて。じゃあ、お風呂に入ってきてください。しっかり温まってきてくださいね。その間に片付けと洗濯をしておくので」

「ありがとう」


 ダミアンがにこっと笑って、アルノーの唇に触れるだけのキスをしてからお盆を持って立ち上がった。
 階下の風呂場へ行けば、温かいお湯が溜めてあった。アルノーは髪と身体を洗い、のんびりとお湯に浸かった。
 身体を拭いているタイミングで、ダミアンがやって来た。いつものように髪を乾かして香油を使って手入れをされる。用意されていた庶民の服を着ると、ダミアンがアルノーの髪を丁寧に梳いてから、髪を三つ編みに結い始めた。

 ダミアンが用意してくれた服は、淡い水色のシャツと黒いセーター、細身の黒いズボン、焦げ茶色のブーツと、フード付きの紺色のローブだった。
 髪を結い終わったダミアンが、アルノーの耳にシンプルな銀色のリング状の耳飾りをつけた。


「これ、認識阻害の魔導具なんです。アルは美しすぎて目立つから、念の為」

「色々用意してくれてありがとう。助かるよ」

「いえ。洗濯物も干し終わりましたし、出かけましょうか」

「うん」


 アルノーはズボンのポケットに財布と家の鍵を入れて、ローブのフードを被って家を出た。
 ダミアンと並んで歩きながら、下町を目指す。

 初めて見る市場は、とても人が多くて賑やかだった。市場の者達の威勢のいい声が聞こえてくる。
 アルノーがちょっと気後れしていると、ダミアンがアルノーの耳元で囁いた。


「食べたいものがあれば買います?」

「えっと、ご母堂が好きなものはあるかな。手土産に持っていきたいんだけど」

「気を使わなくても大丈夫ですよ?」

「お邪魔するのだから、ちょっとした手土産くらいはね」

「ありがとうございます。うちの母は葡萄が一番好きです」

「じゃあ、葡萄を買って行こう。美味しい葡萄ってどんなのだろ」

「俺が選んでいいですか? 毎年買ってるから、それなりに目利きできますよ」

「じゃあ、選ぶのはお願いするよ」

「はい」

「君は本当になんでもできるなぁ」

「あはは。できることしかできませんよ」


 楽しそうに笑うダミアンに、小さく心臓が跳ねた。アルノーからすると、ダミアンの方が完璧人間に見える。仕事はできるし、美味しい料理が作れるし、他の家事もできるし、食材の目利きまでできてしまう。
 アルノーはなんだか今すぐにキスをして欲しくなったが、ぐっと堪えた。人が多い往来でキスなんかしたら悪目立ちする。
 アルノーはダミアンの市場解説を興味深く聞きながら、葡萄を沢山買って、いよいよ下町にあるダミアンの家へと向かい始めた。

 雑多で人が多い下町の景色は、アルノーにとっては新鮮なものだった。こぢんまりとした二階建ての家の前でダミアンが足を止めた。


「どうぞ。狭い家ですけどね」

「お邪魔するよ」


 なんだかドキドキする。ダミアンの家に来てしまった。ダミアンの母と会うのも緊張してしまう。ダミアンは、アルノーのことをなんと紹介するのだろうか。

 ダミアンと一緒に家の中に入ると、すぐに50代前半くらいの落ち着いた色合いのワンピースを着た女がやって来た。ちょっと吊り気味の目元がダミアンとよく似ている。
 ダミアンの母親がこちらを見て、にっこりと笑った。柔らかい笑顔もダミアンとそっくりだ。



「いらっしゃいませ。ダミアンの母のナタリアです。いつも息子がお世話になっております」

「あ、はじめまして。アルノー・ラプンツォと申します。えっと、ダン。もしかして、今日来ることご母堂……ナタリアさんに言ってた?」

「えぇ。突然連れてきたらビックリどころじゃないので。駄目でした?」

「いや、駄目じゃないよ。ありがとう」

「狭い家ですけど、どうぞ居間へ。ダン。紅茶を淹れてちょうだいよ。今日はちょっと冷えるから蜂蜜入りでね」

「うん。あ、母さん。アルノー魔術師長から葡萄をいただいたよ」

「まぁ! ありがとうございます。葡萄は大好物なんです」 

「甘くて美味しいといいです」


 ニコニコ笑っているナタリアの案内で居間に行けば、素朴で飾り気がないが、なんとも温かみのある内装だった。アルノーは居間の柱の一つに、いくつもの傷があるのを見つけた。傷の隣には数字が刻んである。


「ナタリアさん。この柱の傷と数字はなんでしょうか」

「あぁ。それはダンの成長記録ですよ。成人するまでは、毎年誕生日に身長をそこに刻んでいたんです。成人してからも背が伸びたんですけどねぇ」

「へぇ。こんなに小さかったんですね」

「子供の頃は小柄な方でしたわ。本格的に背が伸びだしたのは……17過ぎたくらいからかしら?」


 アルノーは、自分の胸くらいの高さの傷をそっと指先で撫でた。この家には、ダミアンが生きてきた証である色んなものが詰まっているのだろう。
 ダミアンがお盆を持って居間にやって来たので、テーブルの椅子に座る。

 アルノーとナタリアは硝子のカップで、ダミアンの分は陶器のカップだった。アルノーの家にあるものと同じものなので、ダミアンがナタリアへの土産で買ったものなのだろう。
 紅茶と共にイチジクのパイを差し出してくれた。ナタリアが作ってくれたものらしい。お礼を言って食べてみれば、程よい優しい甘さが素直に美味しい。紅茶も安物とは思えない味だ。ダミアンの淹れ方が上手いからだろう。


「すごく美味しいです。ダンが料理上手なのは、ナタリアさんに似たんですね」

「あら! お口に合って嬉しいです。ダンは子供の頃からよくお手伝いをしてくれる子でしたから」

「いつも細やかな気遣いをしてくれて、本当に助かっていますよ。研究者としても魔術師としても優秀で、今後が本当に楽しみです」

「まぁまぁ! それはよかったです。ふふっ。ダンが褒められちゃったわ」


 ナタリアが本当に嬉しそうに笑った。
 ダミアンはナタリアの前で、『アル』と呼ばずに、『アルノー魔術師長』と呼んだ。ナタリアの言動から、どうやら上司を連れてくると言っていたようだ。
 できたら、『恋人』とか『好きな人』と紹介して欲しかった気がする。正直ちょっとガッカリだが、ダミアンがナタリアに男が好きだと伝えていない可能性もある。

 アルノーはダミアンとナタリアと他愛のないお喋りを楽しみながら、心の隅っこがチクチク針で刺されるような微かな痛みを感じた。

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