偽りの王子と白い椿

沙竜

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プロローグ

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どこまでも水平線の続く東の海に、鳳櫻国(ほうおうこく)という小さな島国がある。

大小7つの島が寄せ集まって出来たこの島国は、元々一人の王が全ての島をまとめ上げ支配していたが、自分の息子達が成長すると、王は自分が討たれる危険を避けるため、それぞれに島を与え、統治するよう命令を下した。




ーー真大島(15歳長男・息吹)ーー

「息吹様、息吹様、どこですか?」

凛として張りのある低音が、ドーム状の高い天井を抜けるように広がる。
城の南にある美しい植物園の中心に置かれた足置きの付いた籐椅子に座り、第一王子である息吹は、ステンドグラスが嵌め込まれた窓を眺めていた。



「息吹様、ここでしたか。いらっしゃるなら、お返事を」
革帯で巻き上げた茶色の下足に、足首まで丈がある蒼色の長い羽織を風に靡かせ、スラリと背の高い男が、大股でこっちへ歩いて来る。
長い黒髪を頭の後ろで一つに束ね、口元を引き結び、濃く切れ長の瞳が鋭く光った。
羽織には名前の通り、椿の花が白一色で刺繍され、その美しさに一歩もひけを取らない男の凛々しい顔に嫌気が差す。
「椿・・」
うっとおしそうに見つめる息吹の視線を受け、彼の執事であり教育係でもある椿は溜め息を吐いた。
「そんな顔をしてもダメです。王宮から出たからと言って授業はなくなりませんよ」
「勉強なんて、飽き飽きだ。お前もわかっているだろう?父王は、私を厄介払いしたんだ」
「何をおっしゃいますか・・。父王様は、息吹様を信頼していらっしゃるからこそ、一番大きくて安全な真大島を預けられたのです。きっと、近い将来、貴方がこの島を立派に統治されている姿を見れば、父王様は次の王に息吹様を選んでくれる筈です。そのためにも、もっと勉強をして、博識を深め、弟御様達に負けぬよう精進する必要があります」
「椿、私は元々、王座など欲しくは・・」
「息吹様・・!」
それ以上は口にしてはいけないと、椿が息吹の口を手で塞いだ。
「私の夢を、どうか、奪わないで下さい・・っ」

貴方を新王にーーー

小さな頃から、事ある毎に囁かれてきた台詞だ。
「椿、私は父から見放されたのだ。もう、現実を見て、諦めたらどうだ?」
「何を根拠に・・、父王様は、息吹様を筆頭に、弟御様達全員に領土を与えたではありませんか・・。その中でも、貴方が一番いい場所を貰った。違いますか?」
「そうだな・・確かに、父は私に一番大きな島をくれた・・だが、それは・・弟達と争わせるためだろう・・。私を有利に見せ、弟達が、父を倒す前に私を倒しに来るよう仕向けているだけだ」

そう、まるで、私が父王と結託しているように見せてーーー兄弟で殺し合いをさせるつもりなのだ。

「お言葉ですがーー、弟御様は、まだ年端もいかぬ幼子ばかり・・。私は本心から、息吹様が次の新王と、父王様が期待しておられると感じております。さあ、駄々をこねず、この椿と参りましょう」
「椿・・」
椿の説得に、それでも納得はしていないという顔で、息吹は籐の椅子から立ち上がった。
見目麗しき王子だ。
やや丸みのある輪郭に、小さな鼻、目はぱっちりと大きく、毛羽立ったように濃い睫毛。
そして、少女のようにふっくらと赤みを帯びた唇ーーー。


いや、少女のようにではない。
彼は、ーー紛れもなく、少女なのだ。


父王は、いずれ訪れるだろう王位を巡る争いに備え、生まれた第一子を王子として世に公表した。
この秘密は、この15年間、数人の召使いと腹心だけが知らされている事実。
その一人に、椿は選ばれてはいない。
椿が息吹の教育係に就いたのは2年前だった。

若い頃から散々放蕩をしつくし、30も目前、流石に貴族の身とは言え、何の職にも就いていないというのは体裁が悪かった。
しかし学だけはあったので、親戚に職探しを頼ると、なんとも家庭教師という地味な仕事を当てがわれた。
が、聞けば、王宮の中の仕事だ。所謂、公務員で、この先のらりくらりとやっていけば、食いっ逸れは、まずない。
どの王子の相手をすればいいのかは、その時はまだ知らなかった。
給金はたっぷり貰えるし、少々堅苦しいが、楽な仕事にありつけたと喜んでいたくらいのもの。


そして、息吹の教育係として王宮に入り、時々退屈凌ぎに、侍女や尼僧を捕まえて影に引き込みイタズラをする。そんな甘い蜜花に囲まれて過す毎日は、まるでハーレムのようだった。


そんなある日、オレは息吹が女だということに気づいてしまった。



今日のように、息吹は時々、勉強が嫌で部屋を抜け出す事があった。
全く手間の掛かる、しょうがない馬鹿王子だと溜め息を吐きながら、息吹を探し出すと、今は亡き王妃(息吹の母)の部屋の長いソファーの上で寝ている姿を発見する。
「息吹様・・」
息吹が寝ているソファーセットの横から声を掛けて、途中で止めたのは、息吹の目の前に誰かが踞っているのが、見えたからだ。
息吹が寝ていたソファーは、テーブルを挟み、その四方を1人掛けのソファーと長椅子に囲まれていたため、それが死角となり、息吹の前に人がいるのが見えず、驚いて声を飲んだ。
そして、更に驚いたのは、それが息吹の弟、尊(みこと)の侍従だったからだ。
自分の姿を認め、慌ててその場から立ち去った侍従に首を傾げつつ、息吹の前へと近づくと、尊の侍従が慌てた理由が、全てわかった。

いつもはきちんと前を閉じてある煌びやかなベストの、上のボタンが外され、中に着ている白いドレスシャツの前が大きくはだけている。
日の陽りに一度も焼いた事のない白く柔らかな肌が曝け出され、まだ子どもだというのに、自分の目になんとも扇情的に映る光景に、ヒヤリとして頭を掻く。
「息吹様、起きて下さい」
そう肩を揺さぶろうと前屈みになり、見る共無しに見た息吹の胸が、女のもののようにふっくらとしているのに気づいた。

見た瞬間、ーーーまさか!と、目を凝らした。
いや、目の錯覚だろう、気のせいだ・・、と、自分に言い聞かせつつ、そっと息吹のシャツに手を伸ばす。
胸の真ん中から外へとゆっくりと滑らかな絹のシャツを開いていくと、まだほんのりとしか膨らんでいない小さな乳房と、その天辺には歯がゆい程に柔らかそうな淡く小さな桃色の突起が付いている。

女、だ・・・!
息吹は・・王子は、女だったのか!

そう認識すると、よくよく見れば、これ程可憐な少年などいないという事に気づいた。
やたらと見栄えのいい綺麗な侍女が多い宮中だからか、息吹が、一般的な少年に比べ、やけに色白で物腰が柔らかく、見たまま、まるで穢れの無い清楚な姫のような容姿なのに、それが目立って見えなかったのだ。
いや、元々、王子とは言え、自分が子どもに興味がなかったからか。
とにかく、息吹がそんな雰囲気を漂わせているのに、今の今まで、彼が女だと気づかなかったのは、『これは、王子という特別高貴な存在が発するオーラだからだろう』という、どこから湧いたのかわからない固定観念のせいだった。


そして、その時、息吹の存在を他の兄弟達が危ぶんでいる事に、オレは気づいた。
尊の侍従が、息吹が女である事を探りに来ていたという事は、王位継承権争いが、既に始まっているという事を示していた。


女である第一王子、その存在を誰かが脅かそうとしている。


オレがーー、護って差し上げなければ・・!


そう決心し、出来る限りの誠意と尽力を見せ、息吹の教育係から執事まで請け負う事を許された。
そうして2年が経ち、息吹は15歳になり元服を迎え、それと同時に父王の思いつきで、本州より東にある一番大きく安全な島、真大島に領地を分け与えられる事になる。





植物園の中の細い石畳の通路を、コツコツと足音を鳴らして歩く息吹の後ろ姿。
その後を歩きながら、椿は目を細めた。

美しく成長した・・。

顎の下まで伸ばした艶のある明るい茶色の髪。
男物の衣装を身に纏っているせいで、遠目に見れば、息吹が『王子』であると認識出来るが、触れる程近くから彼の顔を見れば、彼が女である事は一目瞭然だろう。

出来れば、これ以上、王子を誰の目にも触れさせたくない・・
が、かと言って、自分のものにする・・には、王族という血は恐れ多い。

だが、胸の内では、いつ箍が外れてもおかしくない程、息吹を欲している自分がいる。
何も知らない柔らかな肉の芽を摘み、自分の昂りで肉襞を割り裂き、その最奥を蜜で溢れさせたい。
何度も激しく突き上げて、善がり狂わせ、息吹の愛液を吹かせたい。


昏く淫らな妄想に耽っていると、不意に、息吹が自分を振り返った。
思わず、自分が不埒な想いを息吹に抱いていたのを見透かされた気がして、慌てて口元を隠すと、息吹が恥ずかしそうに顔を俯けた。
「あのさ・・椿」
「はい。なんなりと仰って下さい」
「あの・・、今度・・テストで満点取れたら・・ドレス、着ても・・いい?」
その台詞に、全ての思考が停止した。
目の前にいるのは、真っ白なドレスに身を包んだ息吹の姿。
「一度だけ、少しの時間だけでいいんだ・・。誰にも内緒で・・椿の前だけにするから・・」
そう頬を染めて自分を見上げる息吹に、思わず、その顎を手に取って、キスしてしまいそうになる。
「椿・・?やっぱり、ダメ?」
そう可愛く上目遣いに見られ、椿はテストの難易度を、めちゃくちゃ下げるべきか、上げるべきか悩んだ。
自分の欲望を抑えるためには、満点など取らせる訳にはいかない。
が、息吹の願いを叶えてやりたい気持ちもある。
自分が女である事を隠して生きている息吹は、今まで一度もドレスを着た事が無い。
社交場で、煌びやかで美しい姫達を見た時などは、それは落ち込んだ顔をしていた。
「わかりました。テストで満点が取れたら、私がプレゼントします」
気づけば、そう口を突いて出ていた。
それがどれだけ自分を苦しめる事になるかも、知らずーーー
「ありがとう!!椿!」
華が咲くように微笑まれ、椿は、少しだけ後悔をする。
この浅はかでいい加減な一言で、自分の理性がどれ程脆いものか、後日、知る羽目になるのだからーーー


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