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第二部――第三章 大事な人を守る聖戦
第二十四話 偽りの愛の言葉
しおりを挟む鷲座は、陽炎の言うとおり、好きな人に会って大分癒されたがその分少し苦渋の思いをしながら言わなければいけない言葉がある。
「――こんな所へどんな御用事でしょうか、悪魔」
「……ん、水瓶座に会いに。ほら、休む暇なく働かされてるみたいだから」
「隣の方は、――どなたですか?」
「嗚呼、朝にこっちについた赤蜘蛛がよこした護衛――」
その言葉にはほっとした。
赤蜘蛛が来てくれた、これで柘榴について制限されず主人は漸く行動を起こせる。
「鷲座、今度会うとき怪我してても、気にするなよ」
「誰が君を気遣うなど。小生らを悪事に使っていたの……にッ」
最後に言葉が震えてしまったミスに、鷲座は悔しかったがそれと同時に嬉しい思いをした。
怪我をするイコールこれから痛み虫を集める、ということだ。
陽炎に人知れず味方が増えるのだ。
(――早く、早くこの悪夢が終わってしまえばいい)
「教祖に会いに行きま……」
言いかけて、失言だと鷲座は頭を抱える。
教祖は今、蟹座とお楽しみ中だ。正午から元気な女だ。それに付き合える蟹座も元気な男だ。
鷲座の様子をすぐに悟ったのか、鴉座が口を出す。
「胡蝶という方が陽炎様に会いたがっているのでしょう? それなら、胡蝶という方をお呼びできませんか? 彼に水瓶座と会いたいと言った方が、話が少なくとも貴方よりは通ると思います」
「嗚呼、では呼んできます――」
鷲座は鴉座を意味深に、見つめてから、その場を去った。
鴉座は、ため息をつく。
(どいつもこいつも、この方を守る手が私だと心配のようだ――)
鷲座ではない者が胡蝶の元へ案内しにやってきた。
鷲座は、どうしたのだろうか、と少し心配になった陽炎は鴉座へ視線をやる。
鴉座は訝しみながらも世間用の笑みは絶やさず、有難う御座います、と案内を受け入れることを示した。
陽炎は鴉座に続いて、歩いていくと、大きな通路に扉があって、そこには胡蝶が居て、人差し指を立てて、此方へと声を出さずに手招く。なので、陽炎は少し早足で歩み寄ろうとした。ゆったりと歩く鴉座を追い越して。
「胡蝶? 鷲座は、何処へ――」
「嗚呼、君にとても楽しいことを教えようとしたのに反対したから、あの本物かどうか疑わしいプラネタリウムに戻るよう命じました」
「楽しい事って……」
陽炎が尋ねるよりも先に、胡蝶の顔から何かを悟った鴉座が陽炎の両耳を塞ぐ。
が、時遅く、陽炎の耳には、蟹座を熱っぽく呼び続ける教祖の声が宿り、陽炎は顔を赤くして、胡蝶を睨み付けた。
鴉座も陽炎の後ろから胡蝶を冷たい視線で睨み、口元は笑みを携えていた。
「失礼、この方は高貴な方なので、そういう下品な声は聞かせられないのです。楽しいという感覚も、きっと庶民とは違いますから――」
鴉座の行動と言葉に、漸く存在に気づき、嗚呼これが陽炎が何か自分に対して思っていた原因の人物かと悟り、胡蝶は微笑む。
「それは失礼。そういえば、彼は皇子、でしたよね? お兄さんは元気?」
「……――すみません、それには何ともお答えできません」
「ふぅん……。嗚呼、安心してください、これは民の方々には内緒にしてありますので。では、その高貴な方にあうかどうか判りませんが、お茶を一緒に飲みましょうか?」
「いいえ、そんな時間はないんです。長く此処にいられては此方とて困るでしょうし、用事もありますから。ただ、水瓶座に会いたいとこの方が仰せになってるので、貴方の権力でお会いできないか、とお願いしに来たのです」
その言葉に、ふぅんと胡蝶は眼を見開き、自分を頼ったのが相当意外だったのか、にやにやとして、陽炎へ顔を近づける。
陽炎は、殴りたい衝動を抑えて、皆我慢していると必死に己に言い聞かせた。
それでも冷たい視線になるのはしょうがないことだ。
「離して大丈夫だ、離せよ、耳」
「判りました」
鴉座はそれでも少しでも声が聞こえないように陽炎の扉に近い側の耳へ己が音避けになるべく立ち寄る。
「ねぇ、陽炎様、さっきの鷲座、あれは本当に忠実の姿?」
「嗚呼、厳しいだろ? あいつ、結構甘やかさないから」
「ふぅん。でも妖しいな――教祖に言っちゃおうかな。……君が僕に何か声をかけてくれれば、でもそんなことも忘れてしまうかもね?」
それは暗に口説け、と言ってることで。陽炎は、嫌悪と同時に戸惑う。人を口説いたことなど、ない。女性に声をかけられたことは昔二回あったが、己からそういう言葉を口にしたことはない。
「――なんて言ったらいいか分かんねぇ」
「あいつとは大違いなんだな。……んー、じゃあ、単純に僕への思いを言って?」
「き……」
嫌いと言いかけたが、それを言うと密告されるし、水瓶座には会えないので、大人しく言いたくもない言葉を口にする。
「好き」
「……それをもっと深くした言葉は? 嗚呼それは、もう隣の思い人には言われたのかな? 彼の前じゃ嫌?」
「っぶ!! お、思い人じゃない!!」
陽炎は思わず噴き出して、全否定しようとするが、それよりも先に鴉座がにこやかに微笑んで、胡蝶へ言葉をかける。
それはそれは誰が見ても、聖人君子のような笑みで。
「嗚呼、私は言われるよりも言って愛でたい方なので、お気になさらず」
「……ふぅん。付き合ってるの?」
「まさか。護衛が、高貴なこの方と付き合えるわけがないでしょう。私が思ってるだけです。初めまして、私は――十五夜(じゅうごや)と申します」
ペテンにかけては流石というべきか、鴉座の容姿には違和感のない名前を鴉座は連ねて、それから陽炎へ手を差し出して、どうぞ? と、言葉の先を続けるよう促す。
鴉座の意思表示、聞かなかったことにする、ということだろう。
陽炎は、躊躇い戸惑い怒りつつ、その深くしたと思われる言葉を口にする。
「愛してる」
「……じゃあ直接的な――」
「失礼、本当に時間が無いので、そろそろ――」
そういって、鴉座は胡蝶がもっと要求しようとしていた頃合いに通路にかけられた時計を指さして、興味なさそうにそう言う。
胡蝶は、ため息をついて、しょうがないと言わんばかりに水瓶座の元へ招く。
金持ちの人間へ、たっぷりの水をあげたあとで誰もが疲れていると判っていたからか、その水瓶座だけに作られた間には誰もいなくて休憩を貰っていた。
水瓶座は少し死んだように眠っていて、顔が青ざめていた。
陽炎は、以前に感じた死の恐怖を目の当たりにして、水瓶座! と名を叫び、駆け寄る。
それを鴉座は、無感情に眺めて、何やら感慨にふける。
(狡い人――貴方も事件を起こした人なのに、貴方はあんなに心配してもらえるのですね、このネガティブ)
などと、考えていると胡蝶が話し掛けてきたので、それに鴉座は答えて、なるべく主人と水瓶座の会話を聞かれないように会話を心がける。
世間にいい顔をするのは大の得意なのだ。それに――そこへ嫌味を投じることも。
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