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第四部 三章――月の誕生
十六話 この名残の恋を手折らないで
しおりを挟むばさばさっと灰色の羽が地面にばらまかれるように、散らばりながら羽ばたく。
見ていて痛そうだった流血は止まらない。これ以上は良心が咎める。
だから、陽炎は鷲座に人気がなさそうな小屋を見つけるなり、そこで止まるよう言いつける。
もう主人ではないから命令を聞かなくてもいいのに、鷲座は命令を聞くことが自然なような気がして少し笑えた。
少女は疲れ切って鷲座の腕の中でぐったりとしていた。恐らく、恐怖感から逃れられた安堵から、気を抜くことを覚えて、気を抜きすぎたのだろう。
陽炎は地面に着くなり、掴みすぎた鷲座の赤くなっている腕から手を離して、少女を鷲座から受け取り、抱きかかえた。
「大丈夫か?」
「ええ……ああ、何だかママの腕の中みたい……落ち着く」
「俺はパパだっつの、性別的に」
陽炎がそういってからかうように笑うと少女はつられて笑い、くすくすと声をたてた。
そして落ち着いたという彼女の言葉通り、もう規則正しい一定のリズムで呼吸をし、疲れたのか眠りだした。
陽炎は小屋の中に誰もいないことを確認してから、ドアを開けて、少女を横にすると、鷲座に背中を見せるよう言いつける。
「……――ほんの少し、切っただけですから」
「いや、駄目だ。傷を見せろ。見てて痛そうだったんだから、痛いに決まってる」
「――見かけ倒しかもしれませんよ?」
「だとしても! 何でそんなに見せたがらない?」
陽炎が鷲座の体を掴み、背中を見るために、ぐるんと回すと、鷲座は「うわぁ」と驚いた様子もなさそうな抑揚のない声で、驚いた。
陽炎が傷の手当てを見てくれているのに、鷲座は申し訳なさと、このまま陽炎を独り占めしていたい気持ちでいっぱいだった。
(……そうやっていつまでも小生を見つめてくださっていてくれたら、なんて。なんて女々しい……)
鷲座はため息をついて、片眼鏡を掛け直す。
陽炎も同じタイミングで掛け直したようで、掛け直しながら、痛むか?と聞いてくる。
(痛むのは心――貴方と一緒に居る時間が長ければ長いほど、過ちを犯す可能性が高くなりそうで)
なんて、言えるわけが無くて、鷲座は見えないように自嘲気味な笑みを浮かべた。
「鷲座?」
「いえ、何でもありませんよ。痛い、と思います。傷の回復ならば、小生が妖術で出来ると思うので、お放しください」
言われてみれば、確かにそういう妖術があるのだ。
そういえば柘榴が以前、応急処置で誰かに使っていたのを見たことがあるな、と思い出せば、陽炎は何処か恥ずかしくなり、手に持ってる傷薬をポケットにしまい込んだ。
陽炎の仕草に気づくと、鷲座は妖術を回りくどく唱えて、傷を治して、「お気持ちだけ頂きます」と口にした。
「……なんかもう、鷲座は強いな。一人でも生きていけそうだ」
「妖仔には生きるという概念があまりないのですけれど、そうですね、多分一人でも小生はもう……やっていけるでしょうね」
「……そう思うと寂しいな。でもまぁそんな予感はしてたけれどな」
「予感?」
鷲座が少し驚いて陽炎の方を向き直ると、陽炎は苦笑を浮かべて、そう、と頷いた。
何処か散りゆく花弁を思い出させるような苦さの、笑みで。
「昔、初めて会ったときから、何だか一人で強く生きていけそうなタイプだと思ったから」
「……何故」
「……――主人にも厳しく出来る、お前だったから。あの時は、愛属性が多くて大変だったな」
くすくすと遠い昔の話にしてしまう陽炎に、鷲座は我慢が出来なかった。
今も恋心を持つ己を、否定されてしまったから――。
「陽炎どの、小生のお話を――」
鷲座は陽炎の手を取って、手のひらに口づけた。手のひらの口づけは、お願いごとの意だ。
だがそんなこと陽炎は知らず、ただ手のひらに口づけられたということに驚き、きょとんとする。
「小生は――まだ、君が好きだ」
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