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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー
第五話 不老不死という嫌がらせ
しおりを挟む――暗い母体。
暗い羊水。羊水は己を衝撃から守ってくれるために存在する。暖かな温もり――その温もりには心から安心できる。
だからなのかは分からないが、眠るとき、蝋燭をつけて部屋を暗くし、そのまま眠ると決まって羊水に漂ってる浮遊感がするのだ。
いつまでも羊水に包まれて眠っていたい、そんな感覚が彼を襲う。
――だがいつまでも羊水に浸っているわけにはいかない。
蝋燭の火を消して、部屋の電気をつけて、ぱっと部屋を明るくする。
羊水の感覚から抜け出して一気に、生まれたような夢からの目覚めで白雪は部屋に居る気配に、感覚を研ぎ澄ます。
部屋の隅にいる、黒い影は不機嫌そうな顔をして、白雪を睨んでいた。
「――陽炎さんは鴉座くんと結ばれているの?」
「……言わなくても分かってるだろう、察しの良い君には。それとも手にある水晶玉で占えないのかな?」
「……占いは嫌いだ。そう、でも鴉座くんのことは忘れさせよう。忘れさせる能力があるから、僕には」
「……字環? オレを怒らせるような真似はご遠慮願いたいな――君には、感じるはずだ。オレへの絶え間なき恐怖を」
白雪がそっとサングラスを持ち上げる動作一つでさえ、字環は警戒をしなければならない。
白雪は己の行動を制限出来る唯一の存在だから――そう、彼の言うとおり、恐怖を感じるのだ。
陽炎に過去、心の痛み虫を与えた本人だということもあって、酷く怖く感じて仕方がない。
――白雪はそんなことを見透かしているようで、くすりと笑ってから、本を一つ手にとって、サングラスをしまい込む。
「大人しくしてくれよ――それで、それを言いに来たの?」
「違う……蒼のやりたいことが分かったから、報告に来たんだ」
「そう。彼の狙いが分かったとして、君を信じて良い可能性は? 君は人を謀りそうなイメージがあるからね」
「……信じなくても良い。僕に信じて貰って得るメリットはない――」
「メリット? あるよ。オレに怯えなくて良いと言うことだ――」
白雪はそう言うと、持っていた本を字環に投げつけて、字環が本に気を取られてる隙に一気に間合いをつめて、字環の首を片手でゆるりと締め付ける。
そっと触れるだけの力なのに、それは物凄い圧迫を感じる――恐怖も。底知れぬ恐怖も感じる。
つつっと喉を撫でるように、締め付けてくる手を上下させられた……何処か艶めかしい動作なのに、恐ろしい光景に感じる。
多分、普通の存在で彼に恐怖を感じない人間として生まれていても、恐怖を感じていただろう。
「どうだい? 怯えたくないだろう?」
「……信じて、くだ、さい。白雪様」
「――情報を聞いてから、だね。判断は。このままの体勢で教えてくれるよね? いつでも君を消滅出来るように……。出来ないと思うだろう。君は。だけど、オレは君たちを消滅に近く出来る式をもう見つけたんだよ――」
「……ッ話を聞け! いいか、陽炎さんと柘榴様が狙われてる! 狙いは二人を、不老不死にすることだっ! 蒼は二人を不老不死にしてから、僕に殺されるのが狙いなんだ!」
「……殺されたがる人間が、居るのかな? 不老不死のあいつが?」
「不死は嫌だと彼は常に言っていた!」
「じゃあ、彼が死にたがりだとしよう、ね? それで――」
白雪は上から見下し、薄ら笑いを浮かべる。
きっと妻にも見せたことのない酷薄な異相で、字環は背中が汗ばむのを感じた。
嫌な汗だ、嫌な汗が滝汗のように流れている。
それを見透かしたように、この男は笑って恐怖心を煽っている。
「それで、どうして彼らが不老不死にされようっていうの? 何の意味が?」
「前に言っただろう! あいつのやることには意味があることから、ないことまであるんだ!」
「――確実に信じられる材料を集めてから、出直しておいで。それまで陽炎君に会うのも許さないよ……勝手に会ったときは……」
白雪は、笑う。
優しい顔で、父性を感じさせるような笑みで――だからこそ、恐ろしい。
「君に消える恐怖を、味わわせてあげる――」
白雪が手を放せば、すぐにも消える気配。
それと同時に部屋に入ってきたのは、射手座。射手座は鬼面を片手で少しあげて、仮面の中からでは見にくい白雪の表情を見やり、少し驚く。
白雪がサングラスを外す事なんて滅多にないからだ。
「――? どうされた、白雪」
「いいや。何でもないよ、人馬の妖仔。陽炎君に会いたいんだけれど、彼は今忙しいかな――?」
「御屋形様の同胞が訪ねてきて、話してるで御座る」
「……そうか。じゃ、彼の言ってることも、少しは信用出来るのかな?」
「? 白雪?」
「……何でもないよ。ねぇ、気づいてる――かい? 人馬の妖仔」
「――……そなた様の国のことか?」
「うん……最近、この家に母国の兵士が、変装して来ている……感じがする。蒼刻一が何かやったのかもしれない。調べてくれないかな」
「それが、尼の幸せになるのなら、何でも致そう――さらば」
白雪が言うなり、すぐに扉を閉じて何処かへ駆けていく射手座。
その姿を見て、白雪はため息をついて、己も部屋から出て行こうとする。
「……――不老不死、か。大層な嫌がらせだこと」
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