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第七部 鬼夢花
第二十三話 売られた喧嘩
しおりを挟むぎし、ぎし――……誰かが通る、足音。
よく目を凝らして少し遠くの廊下を見れば、そこには誰かが着物を引きずって徘徊してる跡が見られて。着物の裾が見える。
陽炎は思わず其方に歩いて追いかけると、そこには翡翠が居て、まともに彼の顔を見る陽炎は思わず見惚れてしまった。
「――陽炎、そちか」
「あ……翡翠」
「……――そちは妖仔の見舞いか。しかし、よくもやってくれたな……あと少しで完成するところだったのに、此処で菫が欠けようとは手痛いぞ。それにこの時間に出歩き、予の顔を勝手に見たことも許し難い」
「……すみません」
「――この城から出て行け。それで許してやろう」
「!」
陽炎は目を見開き、言葉を失う――その後で出た言葉は、強い言葉。
「出られません。此処には俺の仲間が居ます」
「――仲間、か。そちを守り行方不明になった、黒玉の主人が持つ、従僕のことか? それともそちが従僕にした兄のことか?」
「……嫌な物言いを。両方です。それに、菫のことも気がかりだし……死にに向かう命なんて、酷い」
「それを早めたのは、そちだ、陽炎。彼奴はもうすぐ、オニを殺す兵器を作って、己の宿命を成し遂げて死すことが出来たのに、それを妨げたのがそちだ、陽炎。無駄な時間を、菫に与えるでない」
「……無駄な時間あってこその人間だと思うけど」
「それは十分な時間を持つ人間の言って良い言葉でないことが、判らんか。予にも、そちにもそれを言える資格はない。菫と同じ短命の者しか口にすることは許されん!」
翡翠は――どう見ようとも、苛立ってるようにしか見えなかった。
陽炎はまともに、翡翠の妖しの力が深くこもっているような目から睨み付けられたので、少し怯んだが、もしかして、とふと思ったことを口にせずにはいられなかった。
「菫が死ぬのが、怖いのか?」
「――……? 何を……」
「だって、何だか悔しそうに見えたから」
「……――陽炎、……予は…予は……」
「陽炎、その人、僕のこと何とも思っておらんで」
声がしたかと思えば、医療室からやってきたのか、菫がそこにいた。
鴉座も欠伸しながら居たので、陽炎は思わず鴉座! と叫んで胸に飛び込んだ。鴉座は胸に飛び込まれると踏鞴を踏んだものの、陽炎を力強く抱きしめ、陽炎に無言で己は大丈夫であることを告げる。
「――菫」
「せやろ、おとん。こう呼んでも無反応やったもんなぁ、翡翠様。こん人は、僕の死を恐れてるんとちゃう。ただ、万華鏡が完成せんのが嫌なだけや。安心しぃ、さっき抜け出してこっそり力入れておいたわ。あれで十分に動くやろ」
「菫! 体調が万全でないのに……!」
「翡翠様、そう命じたのはあんたやろ。……陽炎を追い出すなら、僕とこのアホウドリも出て行く。追放の命をしてや」
「――……この愚息が。もうよい。そちなど知らぬ。勝手に出て行くがいい。陽炎、それから鴉、この城に戻ってくるのを二十日間禁ずる。菫、そちはクビだ――あとは自由に生きろ」
菫はそれを聞くと、退職金もなしか、と肩を竦めたが、すぐにそのまま身支度もせず、外へ出て行く。
陽炎に「後でな」と声をかけてから。
陽炎はそれを聞いてから、鴉座から手を離し、ふと翡翠を振り返る――。
彼はもう背を向け、城の別の場所へ徘徊しようとしていた。
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