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第八部 大嫌い
第十九話 見たくない未来ばかりが
しおりを挟む字環は、水晶で、その光景を見つめ、溜息をついた。
雲の城の居心地は、特別悪くないが、柘榴も蒼刻一もいないこの城は何処か寒気がした――。と、思えば、来客がきた。
「蒼、いるか?」
「おや、久しぶり、呉クン。それから、亜弓クンも。族長が来ちゃっていいのかな?」
「しーっ、内緒で、呉に連れてきてもらったんだ! 今、柘榴兄が大変なことになってるんだって?!」
亜弓はまだまだ小さな身なりで、あたふたと喚いて、呉から撫でられる。
撫でられれば、亜弓は黙り込み、落ち込んだ。呉はそれを見て、苦笑してから、字環を見やった。
「デビルから、現在の状況を教えて貰った。何故、あの理性の塊が暴走した?」
「――不老不死による反動、かな。あと、蒼の記憶を引き継いで、自分の祖先が処刑される瞬間を見てしまったんだよ、脳みそで。彼は人一倍想像力が豊かだから、それはもう鮮明だっただろうねぇ!」
くすくすと笑う字環を見ると、亜弓は字環を殴ろうと拳を振り上げた。
だがそれは呉に止められた。呉は、落ち着き払って、亜弓を止めて、字環を睨んだ。
「何故止めなかった――」
「……柘榴様の力が、もう蒼レベルだからさ。蒼以上かもしれない。そんな化け物を、止められると思う?」
「――……言い方を変えようか、ゲス野郎。最初から、占い結果を見ておけば、防げたんじゃねぇの?」
「――そういう意味か」
字環は呉から睨み付けられると、にこりと微笑み――禍々しい笑みを二人に向けた。
怒りのような、怨念のようなものが籠もったおぞましい笑みだ。
亜弓は怯まなかったが、呉は少し怯んでしまった。
「僕の可愛い水晶が、最近、とても困った子でね――僕の望む結果と反対のことしか見せてくれないんだ」
「君の願いが歪んでるだけだ!」
「――……陽炎さんと柘榴様がすれ違わないことが、願いだとしてもか?」
「え……」
「僕の水晶が見せたもの。何だと思う? 想像できないよねぇ、だってあんなに仲が良い二人だしね。でも、しょうがないんだ――水晶が出したなら、結果はもう変わらない」
「何を見たの?」
亜弓は不安げに、尋ねた。声を出すのもびくびくとしながら。
字環に怯んだわけじゃない、ただ字環の見たという物に怯えているだけだ。何となく、言葉の端々から想像できてしまって。
亜弓は、呉の手をぎゅっと握りながら、字環を睨み付けた。
「何を見た……何を、見たんだよ! 二人がどうなるんだっていうんだ?! あんなに優しい人たちが、どうなるんだ!? 何でそれを防ごうとしなかった?! 酷いよ、馬鹿! どうして、どうして、……ッ」
「亜弓クン、言ってご覧? 正解かどうか教えてアゲル。二人にはどんな結果が待っていると思う?」
「――……ッ」
「字環、テメェ……亜弓を虐めんじゃねぇよ」
「虐めてるんじゃないよ。真実を教えようとしてるんだ――陽炎さんと柘榴様が、対立するという未来を……」
「そんなのあり得ない! だって、柘榴兄も陽炎さんも二人とも、互いを大事にしていたもん!」
亜弓は、ついに泣き出して、泣き出したままの潤んだ眼で、字環を見やった。
字環の近くにある水晶を見やると、さっと血が頭に上り、かつかつと近づき字環から水晶を奪った。
そして――それを、己の握力だけで、罅入れた。
字環は、昔だったら、狂ったように怒ったが、今は怒る気持ちにもなれなかった。
――望む結果が、どんなに足掻いても出せないなんて。
どんな運命も、この手の中だと思っていた。どんな平和も、己が叶えるのだと思っていた。
でも、己ができることなんて、この城で留守番くらいで。
亜弓に水晶を割られて、少しすっきりしたかもしれない字環は、苦笑を浮かべ、亜弓を撫でた。
「安心しなよ――二人は死なない結果だったよ。ただ……」
「ただ?」
「――何でもないよ。これ以上は、口にしたくない。そうさ、僕にだって口にしたくない出来事はあるんだ。判るか、二人とも。例えば、陽炎さんの未来だとか、蓮見の未来だとかね」
「……――そんな」
「そして――蒼の未来。蒼には未来ができて、漸く未来が見えた。見たくない未来だったよ……絶対に」
はじめは、水晶が映したのは、陽炎のへの嫉妬だろうと思った。水晶が陽炎に嫉妬したのだろうと。
だが蒼刻一の人生の結末とまでなると、それは嫉妬の問題ではなく、全部真実になる予定の未来なのだと知った。
見たくない未来は、陽炎達の未来よりも色強く、鮮明だった。
――だからこそ、口になんてしたくなかった。
呉は字環の表情から何かをくみ取ったのか、字環の頭を撫でた。
字環は撫でられた手をはね除け、外へと出てしまった。きっと、城を守る位置からは離れないのだろうけれど。
呉はその背中を見やると、泣きじゃくって雲の床を叩き付けてる亜弓を抱き上げた。
「あゆ、泣くな――」
「酷い、酷いよ――ッ。僕が、こうして君と触れ合えるようにしてくれたのは、あの二人のお陰なのにっ」
亜弓はぎゅっと呉の首もとに抱きつくと、ぐすぐすと鼻を鳴らした。
呉は溜息をついて、懐かしい従者達を呼んだ。
「デビル、ゴースト。蒼はいない、出てこい」
「――あー、居るの、ばれてたんだね」
「……全く、ゴーストが起きたなら、遊びに来いと言ったのに」
「あ、弓、様、泣かない、でぇえ……亜弓様、泣くと、ぼくぅも悲しい……」
「だって、だって……! 二人が、……何で……何で?! あんなに、大事にしていたのにっ」
悪魔座が泣きじゃくる亜弓の頭を撫でようとしたら、呉から殺気漂い、悪魔座は苦笑した。
撫でて慰めるのは呉に任せようと思い、己は、幽霊座と亜弓を納得させる言葉を吐き出そうと努力する。
こんな言葉は使いたくなかったが。
「大事にすれば必ず報いることが出来る――そんな分かりやすい世界じゃないんだね、人間世界は」
「どうして?!」
「分かりやすい事も、複雑にしてしまう人間だからだね。そう、例えば、ぼくちゃんと仮ご主人の最初のときみたいに、好きなのに好きといえない事情のようにね。直面してしまっても、上手く立ち回ることが出来ない。上手く立ち回って、無意識に悪になっていたのがご主人――蒼様なんだけどね」
悪魔座の言うことは、いつも難しい。難しいけれど、理解しなくちゃいけないことなのだろうか。
彼は己のために必死に言葉を使っている――でも、理解したくない。
そんな葛藤を呉は読み取り、亜弓にキスをした――。目の前で見てしまった幽霊座は顔を真っ赤に黙り込んで、悪魔座を見やり、おろおろとした。
「――……あ? 呉……? ん……」
「……。亜弓、……判らないのと、判りたくない、は違うんだ。理解したくないなら、理解しようとしなくていい。今、テメェは族長の亜弓じゃなく、オレのバカで甘ったれな、ガキの亜弓だ」
「……呉……――うん。でも、それじゃあいけないと思うんだ。……陽炎さんが理解してくれたように、僕も陽炎さんたちの事情を理解したいんだ……何より、どんな現実にも立ち向かわなくちゃ、族長の名は背負えない」
幾らか背丈も伸びて、少年から大人になりかけの愛しい族長。いつだってこの男は真っ直ぐで、誠実なのだな、と呉は苦笑した。
やはり、己の心にはこの男の綺麗事がじんわりと響くのだと、実感した。
「カラス様、とか、に、教えなくて、いいの……?」
「ゴースト、星の巡りは、下手なことをすると思いがけぬ結果を招き寄せる。カラス兄さん達は、そうした結果だね。星の巡りから、反し続けた。そのツケが回ってきてる。なのに、今、また反すると、より悪い結果で何かが起きてしまうんだね」
「――あの二人がすれ違う、以上、に、悪いことって……?」
「どっちかが、どっちかを殺してしまう、とかだね」
悪魔座は苦笑して、他にも例をあげようか迷ったが、その場にいる者達が悲しげな表情をしていたので、黙った。
呉は割れた水晶の欠片を見つめ、己にも何かが見えないかと祈る。
これでも蒼刻一の手で育った者だ、占いなら少しは心得ている。
――水晶はそれに答えるようにきらりと光り、呉の目に、字環が見た、蒼の未来を映した。
「……――どうにか、できる運命だったらよかったのになァ」
呉は少し悔しげに笑った。
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