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第八部 大嫌い
第二十五話 素直な子だね
しおりを挟む「柘榴――? か、鴉座ッ!」
「ああ、かげ君……漸く、会えた」
スノードームを壊すまいと、必死に何者かからの攻撃を一身に受け、傷つき、虚ろな意識の鴉座。
それから、マントがぼろぼろでも、大剣を支えに立っている雹の姿――。
対峙しているのは……柘榴。
柘榴は、昔、助けてくれると言ったときのような、朗らかな笑みを浮かべた。
ふと懐かしさを感じ、あれからの年月を、陽炎は感じるも、状況に頭が追いつかず、混乱していた。
混乱していると、雹が己を庇うように柘榴から隠し、陽炎に言葉を向けた。
「おめでとう。世界最強の仲間入りまで、もう少し。さて、貴殿はその世界最強の環の中に、あの蛮族が入ってると知ってますか? ――知ってて、尚、倒せますか?」
あの日から、幾年も歳月は過ぎ、春も秋も――彼のような夏も、己のような冬も、共に笑って一緒に歩んできた。
恋人ではない。兄弟でもない。ただの赤の他人。それも、ガンジラニーニの説歌いと、誓約書を破った国の皇子。
……長い間、共にいた。星座達には負けるけれど、一番近くに居てくれていた。
その親友と、何故戦わなくちゃならないのか判らなくて、陽炎は、雹を見上げた。
雹は、苦笑を浮かべ、よく見ていて、と囁いた。
「貴殿に継ぐ、剣技。奥義を、しかと目で覚え、受け取りなさい。――いざ、参る、蛮族めぇ!」
陽炎には、何故、雹が柘榴を蛮族と呼ぶのか、理解できなかった。
そして何故、柘榴の目にも、雹を通してこの国への憎しみが宿っているのかも――それでも、師である雹の剣技はしかと目に焼き付いた。
焼き付き、柘榴にダメージを与えたが……柘榴が、妖術で呪いをかけ、雹の体を腐らせていく。
嗚呼、これは――。
「お師匠さん!」
「あちゃ、かげ君、そいつ抱かない方がいいよ、臭くなるから。腐化させてるからね」
「柘榴――何を、お前……お師匠さん!」
陽炎は倒れかける雹を抱き留め、雹のきちんと開かれた瞳を見つめた。
雹の眼には己がきちんと映っていて、そして逆もまた。雹は陽炎の瞳に己と――ネクストを見いだした。
「ねぇ、糸遊。お金は、ちゃんと払ってくださいね――お墓に。ああ、女医に渡してもいいですよ。ちゃんと、ちゃんと払って……くださいね。それだけのことは、してさしあげた筈……」
「何、バカなことを! 死ぬみたいなことを……ッ」
「ふふ。無傷の名を、貴殿に差し上げる……無傷の闘将……。こう、俺のように、死にたくなかったら、……妖術の痛み虫をお兄様から貰うんですよ。……師として、最後に……蛮族を殺せなかったのは無念だが……楽しみですよ。蒼の弟子と、俺の弟子が最強の環に入ったことは……。……――長い、長い旅路が、貴殿には、ある……」
腐食していく体は徐々に、土塊になっていき、足の指から腐れおち、徐々に足も手も無くなっていく。
陽炎は目を見開き驚き、咄嗟に柘榴を見やった。柘榴はきょとんとしていて、益々陽炎は混乱するだけだ。
雹の言葉は続く。
「――長い旅路、後悔しても振り返っても悲しんでも結構。だけど、誰かを連れ添いにするのなら、何時の日も、幸せと、笑いなさい。笑うと、幸せがくる。貴殿は笑わないから……ああ、笑みを見せてくれませんか……ネクスト」
「俺、ネクストじゃないよ、お師匠さん」
雹は、苦笑してみせた。
「バカですね、こんな死ぬ間際くらい、夢を見させるというのが、お約束なのに。貴殿は、正直なのが、いけないところ、……だ……――」
腐食が心臓にまで――やられた。
そこで、雹から表情が抜け、目を閉じた。力は抜け、体は無傷という彼の二つ名の通りなのに、徐々に土塊になり、涙で視界が滲んでいた内に、全てが土塊となった。陽炎の手から、ぼろぼろとこぼれ落ちていく。
陽炎は、言葉を失い――柘榴を見やった。
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