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第12章 Moving Voice
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今日は音楽の完成度を上げようという目標に向けて、須王が鬼教官となり、朝からびっしりと音楽のお稽古。
よたよた動くあたしは、皆に後ろ指をさされて笑われながらも、忍者のように気配を殺し(ているつもり)、女帝と懸命に須王のスタジオのお掃除をしている。
たかが音楽と思うこと勿れ。
須王が指揮する音楽の稽古はかなりハードで、本調子ではない小林さん以外の演者……裕貴くんと棗くんからは汗が流れ、女帝が用意したタオルで汗を拭う様などは、まるで体育会系の合宿のようだ。
「俺、なにかコンビニから冷たいもん買ってくるわ」
小林さんが申し訳なさそうに、店に調達に行くと名乗り出た。
「あ、それなら私もいいかしら。小麦粉とか欲しいのよね~」
女帝がついていくのは、小林さんがまた完全復活していないからの付き添いだ。そういう機転は、さすがだと思う。
そしてふたりがいなくなり、応接室にて最若手がへばり、棗くんは涼しい顔をして、ノート型パソコンでお仕事。
そんな彼らに、アイスティーをよたよたと出したあたしを、王様椅子で偉そうな王様座りをしていた須王は、にこにこ……いや、にやにやと見ていたが、あたしは無視をする。
ここは見ざる、聞かざる、言わざるで行こうと決めたあたしに、裕貴くんの手を引っ張りながら、わざとらしい須王の声が響く。
「なあ裕貴。柚さ、昨日より色っぽくなっただろう? 後学のために教えてやるよ。女は前も後ろも愛してやれば……」
「前? 後ろ?」
「なに未成年におかしなことを言っているのよ、この変態!! 後ろは No thank you!」
……三猿に徹しきれなかったあたしは、色々と考え込んでいる純な裕貴くんを須王から引き剥がした。
「くくくく」
なにがおかしいのかしら。
この王様は本当に意地悪なのに、あたしから精気を吸い取ったかのように、今朝また一段と若々しくお美しいのが腹が立つ。
一体どこまで艶々と若返るつもりなのかしら。
そしてあたしは、どこまでよぼよぼになるんだろうか。
……それでも、須王を拒みたい気持ちがないのが、惚れた弱み。
須王によって開発されてしまったあたしの体は、須王にすぐさま反応してしまうから。
彼に抱かれたいと思う、いやらしい女になってしまうから。
「ん? 誰か着信来てるぞ」
誰かの携帯のバイブ音が聞こえ、須王が声をかける。
途端に棗くんと裕貴くんがポケットからスマホを取り出して頭を振り、須王も同じことを繰り返し、三人の目があたしに向く。
あたしに電話をかける奇特なひとなんて、ここにいる皆以外にいない。
それでもかかって来たというのなら、それは――。
「あたしだわ」
身を捩れば、あたしの大腿骨付近がウィーンウィーンと震えており、その元凶とも言える、震えるスマホをあたしは取り出す。
「女帝か小林さんかな」
そういえば、帰りが遅い。
どこまで買い物に行っているのかしら。
全員、ひとりひとりの連絡先はスマホに登録している。
友達がいないあたしとしては、絶対に失いたくない貴重な登録情報でもある。
この人数の中、連絡にあたしを選んでくれたことにほくほくとして画面を見れば、まったく知らない携帯番号が表示されている。
「え? 間違い電話かな。ど、どうしよう……」
間違い電話を装って、振込詐欺へと誘うこのご時世。
普段かかってこない電話に見知らぬ電話番号があるだけで、条件反射的に身構えてしまうあたしは、おろおろとした。
そんなあたしに須王は、剣呑に目を細めて言う。
「棗」
「こちらはOK。上原サン、これ、充電の部分に差し込んで」
「う、うん……わかったわ」
なにやら棗くんがカタカタとキーボードを叩くパソコンと繋いだ、充電USBのような長くて細いケーブルを渡されたため、ずっと震え続けるスマホに慎重に接続する。
「柚。スピーカにして出ろ」
スマホは依然、見知らぬ電話番号からの着信を示している。
「わ、わかった。いくよ?」
頷く皆を見ながら、あたしは電話に出る。
「もしもし」
すると、電話から流れたのは――。
『ねぇ。お姉さんのパンツ、何色?』
……あたしは、脱力した。
さらに言えば、変声機と思われる機械じみた声にして、相手が誰だか特定されるのを防ごうとしているのが、姑息すぎる。
『ねぇ、何色だよぉ?』
「……」
なぜ、あたし?
そんなの、不特定多数に向けた間違い電話だからだろう。
ねぇ、変態さん。
どうしてよりによって、友達が少ないあたしにかけてくるかな。
もしかして、変態発言から友達になろうとしているとか?
『パンツだよぉ、パンツ。あれ、もしかしてノーパン?』
馬鹿にされているようで、イラッとした。
黙って切ろうとしたあたしに、須王が手を出して制止する。
え、答えろということ?
ジェスチャーでそう尋ねると、須王は顰めっ面をしてあたしの頭を叩く。
どうやら不正解だったらしい。
『それともパンツ、はき続けて黄ばんでるとか? ちゃんと洗って乾かさないとカビ生えちゃうよ?』
カチンと来たあたしは、思わず反応してしまう。
「失礼な! あたしのパンツは清潔な真っ白の……ふごふごふご!」
須王に口を塞がれ、須王の人差し指が一本あたしの前に立つ。
これは、黙っていろということらしい。
黙ってなにを聞きたいんだろうと思えば、パソコンの前に座ったままの棗くんも神妙な顔でなにかを聞き取ろうとしている。
なに?
変声機を使った変態のなにを?
電話の向こうもこちらも、シーンと静まり返った時、電話の向こう側でなにかの曲が流れている気がした。
本当に微かな旋律だけれど。
須王があたしのスマホの音量を大きくした。
そして――。
須王と棗くんが言葉を漏らすのは同時だった。
「「『殺生(せっしょう)』」」
『あははははははは』
すると電話から笑い声が聞こえ、ぶつりと電話は切れた。
須王が折り返し電話をかけたが、電源が入っていないことを知らせるアナウンスしか流れなかった。
「逃げられたな」
あたしは、舌打ちする須王からスマホを奪い、ネット検索をする。
……それは予想通り、十悪のひとつ。
ではあれは、ただの変態ではなく、わざと電話がかかってきたというのか。いまだ須王と棗くんを苦しめる、組織の者からなのだろうか。
つまり、また犠牲者が出るという予告?
牧田チーフ達を思い出すと、ぞくりとする。
「棗、どこからかけられたのか、逆探知は?」
なに、このケープルみたいのは逆探知出来るものなの?
これを差し込めば出来てしまうものなの?
いまだ棗くんが、どんな魔法の道具を隠し持っているのかわからない。
だって逆探知って、よくドラマとかで警察がヘッドホンみたいのをして、画面と睨めっこしているものだよね?
「今、出たわ」
棗くんがカタカタとキーボードを叩いていた手が止まる。
「どうした?」
須王が、黙っている棗くんの元に行きパソコンを見ると、押し黙る。
「なんだよ、一体どこだよ」
裕貴くんもあたしも画面を覗き込んだ。
その地図は――。
「どうして俺ん家……?」
なぜ、裕貴くんの家から?
「裕貴の家に、また行こう」
……嫌な予感がする。
どうか、どうか。
あの優しい裕貴くんのお母さんが、おばあさんが。
無事でありますように。
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