エリュシオンでささやいて

奏多

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第8章 Loving Voice

 17.

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 ショッピングモールはまだ真新しく、どこもぴかぴかに磨かれていて、天井が高いアーケード式になっている。
 デパートではないため、上階に店が入っているわけではなく、東西南北のエリアにわけられ、それぞれが三階建てとなっており、パワーストーンのお店は雑貨にあたるだろうと、エリアマップを開いて見た。
 
「ええと……『星の秘密』はどこかな……」

 案内板で、小林さんから聞いたお店を探す。
 ネットで調べたところ、なんでも「Secret Stone」と呼ばれる会社のチェーン店らしく、店名が星以外にもお店は『月の秘密』『鏡の秘密』『時の秘密』など、東京にたくさんあるらしい。

 中でも『月の秘密』は木場をちょっと過ぎたあたりだから、会社帰りにでも行けそうだ。

「WESTの二階だな」

 須王の指さしたところには、目的の名前がある。

 ショッピングモールはアトリウムみたいなところから各エリアに行くか、連絡通路を通らないと行き来できないようで、一階のアトリウムからWESTエリアに手を繋いで歩いて行く。
 
 洒落たショッピングモールを颯爽と歩く須王の姿に、買い物客がざわめくこともあったが、彼は心配するあたしを一笑に付して、あたしと手を離すことはなかった。

「ま、マスコミに知られたら……」

「俺、ただの音楽家だから。他の奴に夢を売っているのは俺の音楽で、俺じゃねぇ。だからいいんだよ、誰が言ってこようが、俺の女はお前だけだ。別に隠す必要もねぇよ。これからも長い付き合いなんだ、今からそんなんでどうするよ」

 長い付き合いなんだ。
 ……そうなんだ。

「おい、こら。にやにやするんじゃねぇよ。そんな顔してると、ここでディープかますぞ?」

 あたしは顔からは、さっと笑いが消える。

「あはははは。残念」

 須王はあたしの鼻を摘まんで笑った。

 ……なにか彼は、恋人という形をはっきりさせたことで、甘々度と元気度が一段とパワーアップしているようにも見える。

 今日だって会議や打ち合わせ以外にも、嫌いなはずの宮坂専務や長谷さんとも会っていたし、六階で(モニョモニョ)。
 それなのにまるで疲れを顔に出さないで、笑って楽しそうな顔ばかり見せてくる。

 棗くんを邪推していた須王はかなり辛そうで、あたしに過去を語る時並の深刻さを見せていたから、だから一層、彼の笑顔が見えるのはあたしも嬉しい。

 飾られた植物やお店を覗き込むあたしと、隣で微笑む須王。
 
 ねぇ、少しでも恋人らしく見えるかな。
 九年前、こうやって校外で遊ぶことがなかったあたし達は、九年の時を経て、カップルの『普通』を味わった。




 二階『星の秘密』――。

 上りエスカレーターを降りて数件行ったところにある、小さなパワーストーンショップだ。
 少し化粧が濃いけれど快活な雰囲気がする店員が、にこやかに声をかけてきた。

「いらっしゃいま……あ!」

「げっ」

 須王と顔を見合わせ、お互いに驚いた顔をする。

「あらぁ、須王さまぁ! 会いに来てくれたの!?」

 ……ああ、小林さんの奥様って確か、幻の逸品ばかりを持たせてくれたひとだよね。須王の大ファンなんだよね。

 美味しく皆で頂きましたなんて、絶対言えない。
 口が裂けても言えない。

 須王は小林さんを借りている手前、かなり引き攣って完全に引き気味で相手をしているが、奥様はかなり肉食系なのか須王をロックオン状態のようだ。

 女の扱いに慣れているだろうはずの須王の、押され気味の様子を見ていたら、彼が以前にぼそっと、嫁は苦手だと口にしていた意味がわかった気がする。

 嫁は、世間体を気にせず、直球でパワフルだ。
  
 クマみたいなおおらかな小林さんだからこそ、そんな夫人を包み込んであげられるのだろう。
 離婚していないところを見れば、やはり須王は、非現実的な偶像……アイドルにしか過ぎないのだろう……とは思うものの、夫人が作る世界から除外されているあたしは、他人事のように物珍しい店内に引き寄せられた。

 壁の前にあるガラスの棚に陳列されているのは、クラスターと名札が掲げられている、手乗りサイズの天然水晶の山。
 さすがに水晶やエメラルドはすぐわかったが、その剣が逆さまに突き出しているような刺々しい山に、様々なブレスレットがかけられているのを凝視。

 小さな石、大きな石、大きさも色も色々あり、ミックスしたのも格好いい。
 全員お揃いで片手の手首にしているところを思い浮かべて、ひとりにやにやしてしまった。

 どんなデザインや石にしようかと腰を屈めながら魅入ってしまえば、須王に声をかけられ、助けてくれと言わんばかりに手を強く握ってくる。

 あたしの護衛でもある彼としては、この場から逃げ出したいのは山々だろうけれど、あたしをひとりにさせたくない……そんな煩悶とした心境なのかもしれない。

 女なんて数多相手にしてきたはずなのに、今にも須王を食らわんばかりのパワフルな人妻は、須王を辟易とさせている。
 これは見物かもしれないと、くすりと笑ってしまう。

 でもそろそろ、助けて上げなきゃ。
 須王が怒り出して、デパートでお仕置きし始めたら怖いもの。

「あの、すみません。ちょっと作って頂きたいものがあるんですが」

 助け船の如く、だけど客としては正当な権利で尋ねる。
 
「はい、なにか?」

 そういいながら小林夫人は、彼と手を握っている(正確には須王が助けを求めている)のをじっと見て、あたしの顔を見ずに言う。

「ブレスレットを6つ作って頂きたいんです」

「あら、ありがとうございます」

 売り上げの方に反応した夫人は、途端ににこやかな顔となる。

「はい。共通な石と個人的な石を入れて貰いたいんですが」

 絆のように皆を結びつける共通の石と、そのひとにしかない個性的な石。
 それがあたしの目論んでいるブレスレットだ。
 ……お値段と相談する部分はあるかもしれないけれど。

「共通な石というと、なにか決めていますか?」

「それが、パワーストーンというものはあたしさっぱりで」

 夫人はあたしをレジの横にある机のところに案内し、あたしと須王を椅子に座らせた。

「共通ということは、皆さんに願うことはなんですか?」

「皆に願うことは……元気で仲良く笑っていて欲しいということです」

 夫人は、綺麗な笑みを見せた。

「お好きな色はあるかしら」

「特にはないんですが……」

「でしたら直感でお選びくださいね」

 夫人は次々に、大きな棚のような引き出しにある、小箱に入った色々な種類の石を見せてくる。

「あ、この石の色が綺麗。うわあ、素敵。こんなのもあるんですか」

 見ていたら時間だけが経ってしまい、選ぶことを忘れてしまう。
 その中で好きだと思って指をさした石が、棚から出されていく。

 あたしが選んだ石の種類は三十個あった。
 その中で、紫系統、黒系統、赤系統とそれ以外に分けていく。

「元気で仲良く笑っていて欲しい……ひっくり返せば、ずっと元気ではいられない事情がある、仲良くなれない事情がある、笑えなくなる事情がある……いずれ関係が、お客様の意図とは反対に破綻してしまう不安が、お客様にはあるのだと思います」

 鋭い指摘に、あたしはびくっとした。

「その人間関係の破綻を怖れる理由も様々なパターンがあります。社交性やコミニュケーション不足、相手を激怒させてしまったため、不安と恐怖によるトラブル。どういった種類でしょう?」

 難しい。
 なんと言えばいいのか。

「ええとですね、こうあたし達の力でどうにも出来ない、理不尽な悪意というか、そうしたもので否応なくトラブルに巻き込まれ、危険が迫っていて。少なくとも仲間を疑う環境にはしたくない」

 夫人は石を選別していく。

「お望みなのは、安らぎですか、絆を強くすることですか、愛情の補填ですか」

「すべてですね。とにかく、仲間内で疑心暗鬼になりたくないです。それが結束になりますから。絶対裏切らないと思えるだけの信用も欲しいです」

 また夫人は石をわけていく。

「トラブルを、皆さんでどう解決したいですか? 打ち勝ちたい、逃げ切りたい、他に助けを求めたい……」

「打ち勝ちたいです。逃げたり他をあてにもしたくない。解決出来ないと危険は続きますので」

「……わかりました。恐らくお客様を呼んでいる石はこちらになります。悪縁切りと絆の修復はアゲート(瑪瑙)」

 赤やら茶やら灰色やら混ざった石の山を差し出す。

「セレスタイト(天青石)は、昂ぶった感情を抑えるのに適した博愛の石。感情からくる不和を防ぎます」

 綺麗な水色の石が差し出される。

「ライトニングクォーツ(雷水晶)は、ネガティブな思考を改善して、想いが強ければ強いほど共鳴してパワーを増大させます」

 なにやら中が白く濁ったような模様がある水晶が現われた。

「モリオン(黒水晶)は、理不尽な災厄を防ぐ、魔除けの石。パワーがある石です」

 今度は黒い水晶が差し出された。

「勿論、別のものでも構いませんし……」

 あたしは、黒水晶と雷水晶を魅入ってしまう。
 棚を見ていた時から、なにか透明なクリスタルばかり見ていた気がする。

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