エリュシオンでささやいて

奏多

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第9章 Changing Voice

 2.

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「つまり彼女だけ特殊だということですよね」

 あたしが特殊?
 なぜなのか。

「なぜ彼女だけ除外されているんですか?」

 須王の問いに社長は笑った。

「彼女は裏切らない」

「そう思える根拠は?」

 社長はあたしを見て言った。

「エリュシオンの唯一の生き残りだからだ」

 ……その言葉とは裏腹に、

「そして、上原家の娘だ」

 彼の目はとても冷たかった。

「ご、ご存知でしたか」

 思わずぶるりと身震いしてしまうほどに。

「ああ勿論。若い頃、何度かきみの家にも行ったからね」

「え?」

「……苦々しい記憶だ」

 そう皮肉気に言った社長の顔に、なにか見覚えがあるような気がした。
 
 遊んでくれたひと?
 苦々しいということは、屈辱的なことでも社長はしてたの?

 あたしには、あれが社長だと言い切れる明瞭な記憶がない。

 須王が冷ややかな声を出した。

「今村部長が口にした辞意があるという社員、その辞表かなにかを社長自ら確認されましたか?」

「いいや。この件の終結は今村くんに一任している。私は数人に声をかけただけ。結果は今村くんが拾うことになっている」

 そこに偽りがあるようには見えなかった。

 ……やはり今村部長しか、真実はわからない。
 だから、一斉に辞意を表明することに無理があるように思えても、また、その確認方法からなにからも、今村部長の一存でどうとでもなる――。

 今村部長の存在は怖い。
 だから須王も警戒して、毎日いる部長ではなく社長に報告すると言ったのか。

「社長は牧田チーフが入院されていることはご存知で?」

 須王も疑っている。牧田チーフを動かしたのが社長なら、なぜ牧田チーフはあの姿になったのかを。

「ああ。昨日の夜、報告を受けた」

「実際のところ、牧田チーフに声をかけましたか?」

「ああ。彼女は社員達と仲がいい。そこから切り崩しにかかった」

「では、なぜ入院しているのかはご存知で?」

「罪悪感からではないか? 肺炎になるほど消耗していたのなら」

「肺炎? 誰からお聞きに?」

 社長はきょとんとした顔で言った。

「谷口さんからだが、なにか?」

 谷口さんとは、美保ちゃんのことだ。

 須王は面会謝絶で入院していると、総務と今村部長に告げた。
 それを具体的に美保ちゃんが言えるのはなぜか。


   ・
   ・
   ・
  
   ・

 あまり重役達を待たせるわけにもいかず、社長に挨拶をして早々に切り上げ、社長室に消える後ろ姿を見送る。

 推定五十代前半。
 エリュシオンには月に数度しか来ていないが、来る度に成金趣味になっている気がする。

 エリュシオンが彼に金を貢いでいるのなら、その要たる須王の危機を女帝から連絡を受けながらも放置していて、ようやく来たと思えば、なんだか今日は、裏切った社員を切り捨てる宣告をしにきたようなものに思えた。

 須王なら損失を補填出来る仕事を創り出すと信頼しているのはあるだろう。さらに現時点、プロジェクトで大金はそこまで使われていないし、悲惨な損失を出したわけでもないために、そこまで切羽詰まったような危機感を抱いていない、と言われれば、それも一理ある。
 会社が本当に傾く前に、疑わしい社員を切り捨てたというのも、おかしい理屈ではない。

 だけどなんだろう、このもやもや。
 
 須王も怜悧な目を細めて、社長の後ろ姿をじっと見ていた。
 そしてあたしを連れて受付に行く。

「谷口!」
「は、はい」

 いつになく荒い口調に、怯えた様子で美保ちゃんが返事をする。

「なぜ牧田のことを、社長に告げた」

「なぜって……受付は社長に報告するのが義務で……」

「新人が社長に勝手に連絡していいと、三芳が教えたのか?」

 女帝は病室で言っていた。

――美保がもし仮にどこかのスパイだとしたら、規律破って私がいない隙に好き勝手し始めるはずよ、これ幸いと。

 その通りだった。

――私、美保に社長に勝手に連絡するなと言ってあるし、私がいない間になにかあったのなら、どんなに緊急と思っても、まず私に連絡をしろと言ってあるわ。私が社長にいうべきかを判断すると。

 言わば女帝は秘書の長。
 彼女の判断を、須王も高く買っている。

「……社長は、牧田チーフと仲がよかったから、よかれと思って……」

 美保ちゃんはわなわなと唇を戦慄かせ、ぽろぽろと涙を零す。
 いわゆる、女の武器。

 男は女の涙に弱い……そう思っていたのならご愁傷様。
 そんなもので王様は揺らがない。


「誰から聞いた、肺炎だと。俺は体調不良で入院したと、総務と今村部長に言っている。それを、肺炎だと限定して社長に言った理由はなんだ」

「ええと……」

 美保ちゃんの涙で濡れた目が斜め上を向く。
 きっと言い訳を考えているのだろう

「誰だ」

「な、なぜそんなことを? ご存知なんですか、早瀬さん。牧田チーフの入院の理由」

「ああ。見舞いにいった俺と上原チーフが救急車の手配をした。牧田チーフは相当なぎっくり腰でな。恥ずかしいから黙っていてくれと頼まれた」

 ぎっくり腰……須王はにやりと笑った。

「まさかそれ、知らないで肺炎など虚偽の報告をしたのではねぇだろう?」

「し、知ってます! 私だってぎっくり腰だとメールでご本人から連絡がきましたし。早瀬先生と同じ理由で、病名は隠したかっただけなんですぅ!」

 ……美保ちゃん、ダウト。
 わかっていながら、須王は追い詰める。

「ほう、ではそれが実は捻挫で今日退院することになったことは?」

「え……し、知ってます! だから昨日のうちに社長に連絡を……」

「いつ連絡来たんだ?」

「昨日の夜……」

 須王は笑った。
 冷ややかな美しい顔を凶器にさせて。

「残念だったが、今のはすべて嘘だ」
 
「え……」

「ひとつ本当のことを言うとな、牧田は昨日の夕方にはいなくなっている。入院したのは、ぎっくり腰でもなければ体調不良でもねぇ。俺達はその場に居合わせた。どんな姿で救急車を呼ばなければならなかったか、詳しく説明してやろうか?」

 酷薄にも思える冷たい笑みに、じり、と美保ちゃんが後退る。

「気をつけろよ? お前も牧田のように、血痕を残して消える羽目になる。嘘つきは許されねぇからな」

「な、なにを……」

「妄語」

「モウゴ?」

「わからないならいい。だが、次は……お前の番かもな?」

「え……?」

「柘榴」




 それから――。
 会議と称して、小会議室に須王と入り、中から鍵をかける。
 まずはもうクセのようになってしまった、棗くんから借りた小さな機械での、盗聴器ら怪しい器具がないかの探索。

 ここは大丈夫そうだ。

「ねぇ、須王。妄語ってなに?」

 脱力したままの美保ちゃんを思い出して、あたしは尋ねた。

「ああ、組織の掟で、妄語とは、でたらめなことや嘘を言うことだ」

「音楽ついている掟のこと?」

「ああ」

 須王は、会議室に入る前に持ってきた、彼の席から……使っているのを見たことがないノート型パソコンを広げると、ポケットからなにかを取り出してUSBで接続した。そして胸ポケットからいつも車でかけている眼鏡を取り出してつけて、キーボードを叩き始めた。

 完全お仕事モードだ。

「だが妄語の言葉は、谷口……きょとんとしていた。あいつが指示されていたのは、俺が知る掟があるエリュシオン関係ではなさそうだ。だが新生エリュシオンの実態を掴めねぇ限りは、無関係とも言い切れねぇ。現に谷口は、物騒な言葉には過敏に反応していた」

「柘榴……?」

 あたしは、真っ青になった美保ちゃんを思い出す。

「須王がいた組織でも、柘榴に意味があったの?」

「あったが、意味は単純だ。組織の主に捧げる、血塗られた献上物といったところか。それは物でありひとであり、主が欲しいと言えば俺達はそれを捧げねばならねぇ。もし出来ねば、心臓を捧げることになる」

「なにそれ……」

「元々柘榴は、生きた心臓で象徴されていた。絶対なる忠誠と、血塗られたものとして」

「そういえば前に朝霞さんが柘榴の話をしていたよね?」

「ああ。朝霞の意味するところは、俺の知る組織の片鱗だ。朝霞が柘榴の話をしたのは、柘榴はお前だと言いたかったとみている」

「へ……」

「つまり組織の主がお前を所望している。そのために黒服や、レベルアップした狙撃犯も駆り出されている。昔通りなら、失敗したら命で償わねばならねぇ」
 
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