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第10章 Darkness Voice
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スマホの向こう側から棗くんの声が聞こえる。
『須王~、帰りにシーバスリーガル17年ものとチータラとお醤油とクレンジングオイル買って来て』
「なんだよ、緊急性がねぇのかよ」
『あら、緊急じゃないと出ないつもりなんて、今なにをしているの?』
棗くん強し。須王がなにも言えない。
「……その一貫性がねぇ注文はなんだ」
『ここに置き去りにされた、全員の要望』
「お前ら、俺をパシリにする気かよ……」
疲れたような声を出す須王の横で、あたしはくふりと笑ってしまった。
一貫性がないとはいえ、きっとシーバスリーガル……ウイスキーは小林さんで、チータラは裕貴くんで、お醤油はきっとあたしとお料理担当の女帝で、クレンジングオイルは棗くんだとわかる。
……棗くん、すっぴんになるんだ。まあそうだよね、お肌スベスベそうだったもの、ちゃんと化粧を落としているからだよね。
すっぴんのお顔を見てみたい。
すっぴんでも美人さんなのは間違いないだろうけれど。
『そりゃあ、パシらせるでしょう。勝手に抜け駆けした罰として』
「抜け駆けって、連絡したじゃねぇかよ、お前に」
『ふふふ、須王。上原サンって人気者なのよ。その人気者を突然かっ攫った時点で抜け駆けなの。ほら、さっさと買ってこないと、増えるわよ。買ってこないと、あんたのパソコンの中のデータ、裕貴にSNSで拡散させるわよ?』
「お前……わかったよ。わかった! 今から一時間以内で帰るから」
『そんな遠くにいるの? 今どこよ』
「……品川」
『だったら一時間もかからないわね。はい、ダッシュ!』
「くそ……」
須王は電話を切って、盛大なため息をついた。
「まだまだ抱き足りねぇのに……。久しぶりに触れたというのに……」
恨みがましそうな目をあたしに向けて、がぶりとあたしの首に噛みついた。
「ちょ……っ」
「どこにいても、上手そうなお前が悪い!」
「な、なにそれ!」
まったく理不尽なことを吐き捨てると、須王は運転席に戻りエンジンをかける。
しかし棗くんの言葉には服従する須王が、なにか可愛い。
いつも不遜な王様は、女王様の命令は却下せずに無下にしない。
「須王は……棗くんには素直だよね」
すると須王は、ふんと鼻を鳴らした。
「棗くんが女だったら須王を尻に敷きながらも、とってもお似合いのいいカップルになりそう」
いつも思うが、ちょっとやそっとの美しさではない超絶系美男美女。
身長は須王の方がちょっと高いが、棗くんだってモデルのように長身だ。
ちんちくりんのモグモグなんて及びじゃない。
「……気持ち悪ぃこと言うのやめろよ、棗は男だろうが」
「男でもあんなに美人じゃない。くらっと来たことくらい……」
「ねぇよ!」
「そ、そう?」
王様は本当に嫌そうに口を尖らせた。
須王は、男に走ることはなさそうだ。
「あれだけの美人なら、男装したら須王と張り合うんじゃないの?」
「さっきからなんなんだよ、棗棗って。棗がいい男だったら、お前棗に乗り換えてぇの?」
「え、そっちの思考に行っちゃう?」
「そっちもこっちもねぇよ。お前は俺のもんだろう? さっきはあんなに可愛く俺の名前を呼んで、俺が欲しいって蜜垂れ流してたのに」
「な、ななななな!」
「なんだよ、終われば棗棗って。やっぱりもう三回ほどイキまくらせればよかった。これから抱いていい?」
「お買い物でしょう!? いいの、須王のデータSNSに拡散しても!」
不機嫌そうに舌打ちをした須王の瞳には、きらきらと夜景が映る。
「大体あたし、イケメンぶりだけでくらくらする女なら、とっくの昔に須王におちていたわ。いまだ棗くんの顔、まだ思い出せないのよ、高校時代の。十二年前の女装している棗くんの方が、ぼんやりと思い出せるのに、どうして学び舎では思い出せないのか。ねぇヒント頂戴よ」
「駄目。自力で思い出せ」
「もう、棗くんと同じこと言う。同じクラスの男子生徒なんでしょう? 白城くん……ぼんやりとでも思い浮かばないし。どんな髪型? クラスで友達いたの? それともいつもクラスを出て須王と一緒にいたのかなあ? だったらわからないや」
「そういやお前、すげぇ取り巻きが多かったよな。お前を守っている壁みたいな」
「ああ、家族に群がってね。音大に推薦決まった時まで集まってきたのに、取り消された途端、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。わかりやすい同級生だったな」
須王が悔いを滲ませるようなため息をついた。
「もしそのまま音大行ってたら、あたしはプロのピアニストになって、上原家に恥じない活躍が出来たのか……というとそれまた微妙。あたしお兄ちゃんのように天才的な才能はなかったから、高校時代で既にこの先に不安を覚えていたし。だけど親が決めた道だから仕方がなく、音楽の道を行くつもりで」
「………」
「親の敷いたレールの上で走っていても、いずれ行き詰まり、遅かれ早かれ取り巻きも家族も、あたしの元からいなくなっていたと思うんだ。あたしは、音楽が出来る娘でなければいけなかったから。もしも親が須王を見ていたら、その才能に間違いなくあたしを捨てて、須王を育てると思う。養子にしたりして、一緒にメディアに出ていたかも」
走行車のヘッドライトが目に眩しい。
「そうなれば、もしも九年前にあたしと須王が両想いになって付き合っていたとしても、いずれ別れさせられたかもしれないね。或いはあたしが僻んでいなくなるか、須王が忙しくてすれ違うか」
母は凄く面食いで、外に父以外のたくさんの愛人がいたことは知っている。
姉もそうだと思っていたけれど、須王の組織に飼われていたのなら、そういう素振りだけをしていたのかもしれない。
少なくとも上原家の女に、須王は奪われただろう。
「……あたしは、それがベストな人生だとは思わないんだ。音楽を奏でられなくなったからこそ、須王の音楽を純粋に感じ取って心酔出来ると思うから」
「柚……」
「今、結構あたしの記憶とかもぐちゃぐちゃになっているのがわかって、〝もしも〟という仮定を考えてしまうんだ。もしも過去がこうであったのなら……だけどどう考えても、須王と一緒にいるのが幸せだと思えるのは、今の状況しかないの。他の選択肢には、バッドエンドになりそうな気がして」
少し黙り込んでしまったあたしに、須王が静かに言った。
「……俺もよく考えるよ。もしも俺の母親が違う女だったら。もしも俺を捨てずに愛情を注いで育ててくれたら、組織に行き着かなかっただろう。……だけどそうしたら俺は、唯一無二の親友を持たず、あいつを助けることも出来ず。音楽とは無縁の世界で、普通の会社に就職してサラリーマンをしているとしたら……。そう考えると、組織で受けた苦痛がねぇ分、生温い世界でつまんない人生送っているだろうなと思っちまう」
「………」
「組織に入っていなければ、お前と出会えたとしてもお前を守れねぇ。なによりお前と会えねぇ人生はまっぴらご免だ。だけどこうも思う。俺の人生が別のものであったとしても、きっとお前は俺の前に現われ、俺はお前を好きになるってさ。今の俺の人生を変えた影響力を、どのお前も持っている。俺がいるのなら、お前をバッドエンドにしねぇよ」
須王の言葉は力強くて、あたしは目頭が熱くなった。
どのパラレルワールドにも須王がいてくれたのなら、きっとあたしは巡り会える……そう思ったら、どんな結果になろうとも須王と相対できること自体が、素敵なもののように思えた。
「柚」
「なに?」
いつでも須王に巡り会えるのなら、きっとそれは運命。
それだけが真理ならば、どんな苦難も乗り越えられそうな気がするのは、あたしが単純だからだろうか。
「明日のブルームーン、一緒に見よう」
「うん」
「俺の部屋に来いよ。抱き足りねぇ分、明日に回して一緒に寝る」
どくりと心臓が鳴る。
本当にこの男の不意打ちのような率直かつ本能的な言葉に、どれだけあたしの心臓は早められているのだろう。このまま寿命を早める気なのだろうか。
「……ブルームーンを見るんでしょう?」
「それはお前への誘い文句だ。……買い物ついでにゴムも大量に買うか」
「あ、あなた有名人でしょう? そんなの見られたら……」
「構わねぇよ。お前とのことを隠す気なんてさらさらねぇよ。なんでひとの目を気にして、お前との付き合いをセーブしねぇといけねぇんだよ。十二年ごしの俺の片想いが実ったんなら、やりてぇことさせろってんだよ」
……ここまで来たら清々しい気もする。
「それに、こんなんじゃお前は満足してねぇだろ。お前の身体をそう変えたのは俺だ。お前の身体のことはわかっている」
……正直、もっとくっついていたかった。
また繋がりたいと言われる度に、今ですらあたしの身体は熱く潤ってしまうんだ。彼を迎え入れたいと、胎内が疼く。
「べ、別にいやらしいことをしたいわけじゃなくて!」
「俺の愛、もう欲しくねぇの?」
「……っ」
「俺、ただいやらしいとしか、お前は感じねぇ?」
「……その言い方反則だよ」
それが答えだ。
心が通い合うセックスは、心も満たされる。
……愛されていると、幸せになる。
「じゃあ了解だな?」
「………」
「ゆーず? 明日、俺の部屋に来いよ。待ってるから」
「……行かなかったら?」
「押しかける」
「もう決定事項じゃない」
「当然」
「なんていうか……もう、あはははは」
さすがは強引な王様だ。
もう本当に完敗だ。
「なんで笑うんだよ」
「いや、その……あはははは」
あたしに感情を与えるのはいつだって須王だ。
あたし本当にこのひとのことが好きだ。
笑っていながらでも、可愛いとか愛おしいとかの気持ちにしかならない。
「柚……」
信号が止まると、彼は熱の籠もった声を出す。
それだけであたしの身体は、反応してしまうんだ。
須王はあたしの顔を両手で挟み、静かに顔を傾けてキスをする。
ただ唇を押し当てるだけのキスだったが、うっとりとしたような互いの視線を絡ませたまま唇が離れれば、名残惜しくてまた唇が重なる。
角度を変えて柔らかく押しつけられる須王のキスは優しすぎて、大事にされているということがわかったあたしは、胸の奥が悦びにきゅっとなる。
暗闇に光る信号機の赤い光を反射させたダークブルーの瞳は、いつまでも欲情の炎を消すことはなく、ずっと瞳の奥に燻らせていながらも、自制心により外に出ることなく、やがて細められた微笑みの影に見えなくなった。
「お前が好きだ」
暗闇に小さく響く甘い声が切なく震えて、あたしの心も震撼した。
「俺はもう消えねぇから。この先もずっと、お前の傍にいると決めたから」
まるで自分に言い聞かせるような、譫言みたいに。
……明日は、皆で病院に行く。
遥くんとHARUKA、そして天使の関連性は、なにかわかるのか。
妙にざわざわとした心を紛らわすように、静謐な暗闇の中で心までをしっとりと重ね合わせた。
『須王~、帰りにシーバスリーガル17年ものとチータラとお醤油とクレンジングオイル買って来て』
「なんだよ、緊急性がねぇのかよ」
『あら、緊急じゃないと出ないつもりなんて、今なにをしているの?』
棗くん強し。須王がなにも言えない。
「……その一貫性がねぇ注文はなんだ」
『ここに置き去りにされた、全員の要望』
「お前ら、俺をパシリにする気かよ……」
疲れたような声を出す須王の横で、あたしはくふりと笑ってしまった。
一貫性がないとはいえ、きっとシーバスリーガル……ウイスキーは小林さんで、チータラは裕貴くんで、お醤油はきっとあたしとお料理担当の女帝で、クレンジングオイルは棗くんだとわかる。
……棗くん、すっぴんになるんだ。まあそうだよね、お肌スベスベそうだったもの、ちゃんと化粧を落としているからだよね。
すっぴんのお顔を見てみたい。
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「お前……わかったよ。わかった! 今から一時間以内で帰るから」
『そんな遠くにいるの? 今どこよ』
「……品川」
『だったら一時間もかからないわね。はい、ダッシュ!』
「くそ……」
須王は電話を切って、盛大なため息をついた。
「まだまだ抱き足りねぇのに……。久しぶりに触れたというのに……」
恨みがましそうな目をあたしに向けて、がぶりとあたしの首に噛みついた。
「ちょ……っ」
「どこにいても、上手そうなお前が悪い!」
「な、なにそれ!」
まったく理不尽なことを吐き捨てると、須王は運転席に戻りエンジンをかける。
しかし棗くんの言葉には服従する須王が、なにか可愛い。
いつも不遜な王様は、女王様の命令は却下せずに無下にしない。
「須王は……棗くんには素直だよね」
すると須王は、ふんと鼻を鳴らした。
「棗くんが女だったら須王を尻に敷きながらも、とってもお似合いのいいカップルになりそう」
いつも思うが、ちょっとやそっとの美しさではない超絶系美男美女。
身長は須王の方がちょっと高いが、棗くんだってモデルのように長身だ。
ちんちくりんのモグモグなんて及びじゃない。
「……気持ち悪ぃこと言うのやめろよ、棗は男だろうが」
「男でもあんなに美人じゃない。くらっと来たことくらい……」
「ねぇよ!」
「そ、そう?」
王様は本当に嫌そうに口を尖らせた。
須王は、男に走ることはなさそうだ。
「あれだけの美人なら、男装したら須王と張り合うんじゃないの?」
「さっきからなんなんだよ、棗棗って。棗がいい男だったら、お前棗に乗り換えてぇの?」
「え、そっちの思考に行っちゃう?」
「そっちもこっちもねぇよ。お前は俺のもんだろう? さっきはあんなに可愛く俺の名前を呼んで、俺が欲しいって蜜垂れ流してたのに」
「な、ななななな!」
「なんだよ、終われば棗棗って。やっぱりもう三回ほどイキまくらせればよかった。これから抱いていい?」
「お買い物でしょう!? いいの、須王のデータSNSに拡散しても!」
不機嫌そうに舌打ちをした須王の瞳には、きらきらと夜景が映る。
「大体あたし、イケメンぶりだけでくらくらする女なら、とっくの昔に須王におちていたわ。いまだ棗くんの顔、まだ思い出せないのよ、高校時代の。十二年前の女装している棗くんの方が、ぼんやりと思い出せるのに、どうして学び舎では思い出せないのか。ねぇヒント頂戴よ」
「駄目。自力で思い出せ」
「もう、棗くんと同じこと言う。同じクラスの男子生徒なんでしょう? 白城くん……ぼんやりとでも思い浮かばないし。どんな髪型? クラスで友達いたの? それともいつもクラスを出て須王と一緒にいたのかなあ? だったらわからないや」
「そういやお前、すげぇ取り巻きが多かったよな。お前を守っている壁みたいな」
「ああ、家族に群がってね。音大に推薦決まった時まで集まってきたのに、取り消された途端、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。わかりやすい同級生だったな」
須王が悔いを滲ませるようなため息をついた。
「もしそのまま音大行ってたら、あたしはプロのピアニストになって、上原家に恥じない活躍が出来たのか……というとそれまた微妙。あたしお兄ちゃんのように天才的な才能はなかったから、高校時代で既にこの先に不安を覚えていたし。だけど親が決めた道だから仕方がなく、音楽の道を行くつもりで」
「………」
「親の敷いたレールの上で走っていても、いずれ行き詰まり、遅かれ早かれ取り巻きも家族も、あたしの元からいなくなっていたと思うんだ。あたしは、音楽が出来る娘でなければいけなかったから。もしも親が須王を見ていたら、その才能に間違いなくあたしを捨てて、須王を育てると思う。養子にしたりして、一緒にメディアに出ていたかも」
走行車のヘッドライトが目に眩しい。
「そうなれば、もしも九年前にあたしと須王が両想いになって付き合っていたとしても、いずれ別れさせられたかもしれないね。或いはあたしが僻んでいなくなるか、須王が忙しくてすれ違うか」
母は凄く面食いで、外に父以外のたくさんの愛人がいたことは知っている。
姉もそうだと思っていたけれど、須王の組織に飼われていたのなら、そういう素振りだけをしていたのかもしれない。
少なくとも上原家の女に、須王は奪われただろう。
「……あたしは、それがベストな人生だとは思わないんだ。音楽を奏でられなくなったからこそ、須王の音楽を純粋に感じ取って心酔出来ると思うから」
「柚……」
「今、結構あたしの記憶とかもぐちゃぐちゃになっているのがわかって、〝もしも〟という仮定を考えてしまうんだ。もしも過去がこうであったのなら……だけどどう考えても、須王と一緒にいるのが幸せだと思えるのは、今の状況しかないの。他の選択肢には、バッドエンドになりそうな気がして」
少し黙り込んでしまったあたしに、須王が静かに言った。
「……俺もよく考えるよ。もしも俺の母親が違う女だったら。もしも俺を捨てずに愛情を注いで育ててくれたら、組織に行き着かなかっただろう。……だけどそうしたら俺は、唯一無二の親友を持たず、あいつを助けることも出来ず。音楽とは無縁の世界で、普通の会社に就職してサラリーマンをしているとしたら……。そう考えると、組織で受けた苦痛がねぇ分、生温い世界でつまんない人生送っているだろうなと思っちまう」
「………」
「組織に入っていなければ、お前と出会えたとしてもお前を守れねぇ。なによりお前と会えねぇ人生はまっぴらご免だ。だけどこうも思う。俺の人生が別のものであったとしても、きっとお前は俺の前に現われ、俺はお前を好きになるってさ。今の俺の人生を変えた影響力を、どのお前も持っている。俺がいるのなら、お前をバッドエンドにしねぇよ」
須王の言葉は力強くて、あたしは目頭が熱くなった。
どのパラレルワールドにも須王がいてくれたのなら、きっとあたしは巡り会える……そう思ったら、どんな結果になろうとも須王と相対できること自体が、素敵なもののように思えた。
「柚」
「なに?」
いつでも須王に巡り会えるのなら、きっとそれは運命。
それだけが真理ならば、どんな苦難も乗り越えられそうな気がするのは、あたしが単純だからだろうか。
「明日のブルームーン、一緒に見よう」
「うん」
「俺の部屋に来いよ。抱き足りねぇ分、明日に回して一緒に寝る」
どくりと心臓が鳴る。
本当にこの男の不意打ちのような率直かつ本能的な言葉に、どれだけあたしの心臓は早められているのだろう。このまま寿命を早める気なのだろうか。
「……ブルームーンを見るんでしょう?」
「それはお前への誘い文句だ。……買い物ついでにゴムも大量に買うか」
「あ、あなた有名人でしょう? そんなの見られたら……」
「構わねぇよ。お前とのことを隠す気なんてさらさらねぇよ。なんでひとの目を気にして、お前との付き合いをセーブしねぇといけねぇんだよ。十二年ごしの俺の片想いが実ったんなら、やりてぇことさせろってんだよ」
……ここまで来たら清々しい気もする。
「それに、こんなんじゃお前は満足してねぇだろ。お前の身体をそう変えたのは俺だ。お前の身体のことはわかっている」
……正直、もっとくっついていたかった。
また繋がりたいと言われる度に、今ですらあたしの身体は熱く潤ってしまうんだ。彼を迎え入れたいと、胎内が疼く。
「べ、別にいやらしいことをしたいわけじゃなくて!」
「俺の愛、もう欲しくねぇの?」
「……っ」
「俺、ただいやらしいとしか、お前は感じねぇ?」
「……その言い方反則だよ」
それが答えだ。
心が通い合うセックスは、心も満たされる。
……愛されていると、幸せになる。
「じゃあ了解だな?」
「………」
「ゆーず? 明日、俺の部屋に来いよ。待ってるから」
「……行かなかったら?」
「押しかける」
「もう決定事項じゃない」
「当然」
「なんていうか……もう、あはははは」
さすがは強引な王様だ。
もう本当に完敗だ。
「なんで笑うんだよ」
「いや、その……あはははは」
あたしに感情を与えるのはいつだって須王だ。
あたし本当にこのひとのことが好きだ。
笑っていながらでも、可愛いとか愛おしいとかの気持ちにしかならない。
「柚……」
信号が止まると、彼は熱の籠もった声を出す。
それだけであたしの身体は、反応してしまうんだ。
須王はあたしの顔を両手で挟み、静かに顔を傾けてキスをする。
ただ唇を押し当てるだけのキスだったが、うっとりとしたような互いの視線を絡ませたまま唇が離れれば、名残惜しくてまた唇が重なる。
角度を変えて柔らかく押しつけられる須王のキスは優しすぎて、大事にされているということがわかったあたしは、胸の奥が悦びにきゅっとなる。
暗闇に光る信号機の赤い光を反射させたダークブルーの瞳は、いつまでも欲情の炎を消すことはなく、ずっと瞳の奥に燻らせていながらも、自制心により外に出ることなく、やがて細められた微笑みの影に見えなくなった。
「お前が好きだ」
暗闇に小さく響く甘い声が切なく震えて、あたしの心も震撼した。
「俺はもう消えねぇから。この先もずっと、お前の傍にいると決めたから」
まるで自分に言い聞かせるような、譫言みたいに。
……明日は、皆で病院に行く。
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