17 / 167
17
しおりを挟む
声のぬしは壮年の人物で、衣装の端々になにやら“しみ”をつくっている。その様は話に聞く、戦場で怪我人に治療を施したあとの陣僧を連想させた。
「いや、こちは」
「さっさと参れ、病人が待ちわびておる」
在昌の返答を待たずにくだんの者は袖をつかんで引く。
その場に止める者はいない。家族や仁右衛門は屋内で白湯を馳走になっている。ただひとり、在昌だけが感無量の思いがおさえられなくなって表に出ていたのだ。
在昌は「いや、その」と抗議の声をあげようとするが、「なんだ」とこちらを一瞥した壮年の男の激しい怒気をはらんだ視線に射すくめられ結局、文句を呑みこんだ。
そのまま、北の建物へと連れていかれる。
「ここが病院だ」男は聞きなれない言葉を口にした。
「病院」
「病を得た者を、対価をもらわずに医師が施術するのだ」
在昌の疑問の声に男が以外にも丁寧な口調で応じる。どうも怒っているというより、そういうふうに感じられる態度、口調を常のものとしている人間らしいと在昌は推測した。
「対価を受け取らずに」在昌は衝撃をおぼえる。
たしかにアルメイダに妻の命を無償で救ってもらった身ではあるが、あれは火急の折だった。それを常時おこなっているとは信じられない。
「アルメイダ様のご尽力により、病院は建てられたのだ」
「アルメイダ様の」
どこか誇らしげな男のせりふに、なるほど、と在昌は得心がいった。
アルメイダの医術、後世でいう外科の業前の評判は病院開設から半年もたたないうちに京にまでひろがったという。彼は開院当初からひそかにマカオ貿易組合と提携し、生糸貿易に多額を投資して生糸を仕入れていた。そしてこれを売却しその利潤を病院の運営に当てていたのだ。
「されば、アルメイダ殿がおわす折にはあの御仁が医術をほどこされておられるのか」
在昌の問いかけに男の表情が苦渋に満ちたものとなる。
「いや、こちは」
「さっさと参れ、病人が待ちわびておる」
在昌の返答を待たずにくだんの者は袖をつかんで引く。
その場に止める者はいない。家族や仁右衛門は屋内で白湯を馳走になっている。ただひとり、在昌だけが感無量の思いがおさえられなくなって表に出ていたのだ。
在昌は「いや、その」と抗議の声をあげようとするが、「なんだ」とこちらを一瞥した壮年の男の激しい怒気をはらんだ視線に射すくめられ結局、文句を呑みこんだ。
そのまま、北の建物へと連れていかれる。
「ここが病院だ」男は聞きなれない言葉を口にした。
「病院」
「病を得た者を、対価をもらわずに医師が施術するのだ」
在昌の疑問の声に男が以外にも丁寧な口調で応じる。どうも怒っているというより、そういうふうに感じられる態度、口調を常のものとしている人間らしいと在昌は推測した。
「対価を受け取らずに」在昌は衝撃をおぼえる。
たしかにアルメイダに妻の命を無償で救ってもらった身ではあるが、あれは火急の折だった。それを常時おこなっているとは信じられない。
「アルメイダ様のご尽力により、病院は建てられたのだ」
「アルメイダ様の」
どこか誇らしげな男のせりふに、なるほど、と在昌は得心がいった。
アルメイダの医術、後世でいう外科の業前の評判は病院開設から半年もたたないうちに京にまでひろがったという。彼は開院当初からひそかにマカオ貿易組合と提携し、生糸貿易に多額を投資して生糸を仕入れていた。そしてこれを売却しその利潤を病院の運営に当てていたのだ。
「されば、アルメイダ殿がおわす折にはあの御仁が医術をほどこされておられるのか」
在昌の問いかけに男の表情が苦渋に満ちたものとなる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる