19 / 167
19
しおりを挟む
「こ、ここは」とうめきながら在昌は思わず後退った。
彼の視線の先、病院の一室にひろがる光景は日の本の因習に照らし合わせれば絶対にありえないものだ。
「癩者(らいしゃ)だ。病院ではこの者たちも面倒をみておる」
トーマスは哀切の念を双眸にやどしていた。
「されど、業病であろう」
「耶蘇教ではさようには教えておらぬ」
在昌がなかば無意識のうちに発した言葉に、今度こそ本物の怒気のこもる声でトーマスは応じる。
あ、と在昌は胸のうちで声をもらした。たしかにそんな教えは受けていない。
日の本では前世で罪を犯した報いとして業病である癩を病むとされているが、それはあくまで“日の本の”宗門の教えだ。こちもまた知らぬうちに因習に囚われていたのか――在昌はそのことを思い知らされた。
と、そこへ新たな人物が姿を現す。
「みなさま、お待たせしました」
廊下を通り在昌の脇をすり抜け、たどたどしい日本語でしゃべりながら壮年の南蛮人が陽気な顔で癩者の部屋へ入室した。女性と見紛うような顔立ちをした彼は手に、琵琶の大きさを小さくし“くびれ”させたような鳴り物らしき代物をたずさえている。
呆然自失の態に陥っている在昌の前で、南蛮人はくだんの代物を首のあたりに当てもう一方の手に握った棒のようなものを弦にはわせた。
彼の視線の先、病院の一室にひろがる光景は日の本の因習に照らし合わせれば絶対にありえないものだ。
「癩者(らいしゃ)だ。病院ではこの者たちも面倒をみておる」
トーマスは哀切の念を双眸にやどしていた。
「されど、業病であろう」
「耶蘇教ではさようには教えておらぬ」
在昌がなかば無意識のうちに発した言葉に、今度こそ本物の怒気のこもる声でトーマスは応じる。
あ、と在昌は胸のうちで声をもらした。たしかにそんな教えは受けていない。
日の本では前世で罪を犯した報いとして業病である癩を病むとされているが、それはあくまで“日の本の”宗門の教えだ。こちもまた知らぬうちに因習に囚われていたのか――在昌はそのことを思い知らされた。
と、そこへ新たな人物が姿を現す。
「みなさま、お待たせしました」
廊下を通り在昌の脇をすり抜け、たどたどしい日本語でしゃべりながら壮年の南蛮人が陽気な顔で癩者の部屋へ入室した。女性と見紛うような顔立ちをした彼は手に、琵琶の大きさを小さくし“くびれ”させたような鳴り物らしき代物をたずさえている。
呆然自失の態に陥っている在昌の前で、南蛮人はくだんの代物を首のあたりに当てもう一方の手に握った棒のようなものを弦にはわせた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
半蔵門の守護者
裏耕記
歴史・時代
半蔵門。
江戸城の搦手門に当たる門の名称である。
由来は服部半蔵の屋敷が門の側に配されていた事による。
それは蔑まれてきた忍びへの無上の褒美。
しかし、時を経て忍びは大手門の番守に落ちぶれる。
既に忍びが忍びである必要性を失っていた。
忍家の次男坊として生まれ育った本田修二郎は、心形刀流の道場に通いながらも、発散できないジレンマを抱える。
彼は武士らしく生きたいという青臭い信条に突き動かされ、行動を起こしていく。
武士らしさとは何なのか、当人さえ、それを理解出来ずに藻掻き続ける日々。
奇しくも時は八代将軍吉宗の時代。
時代が変革の兆しを見せる頃である。
そしてこの時代に高い次元で忍術を維持していた存在、御庭番。
修二郎は、その御庭番に見出され、半蔵門の守護者になるべく奮闘する物語。
《連作短編となります。一話四~五万文字程度になります》
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる