切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 天蓬(てんぽう)、と唱え在昌は部屋を横切る形で左足を踏み出す。そこに右足をつけ、天内(てんない)、と呪文を口にし右足を出して左足をつける。同じ要領で“反閇(へんばい)”という儀式をつづけ、清水の周囲をめぐった。並行して彼は手にしている弓をかき鳴らす。
 鼓の低い音、鳴弦の高い音、在昌の声がまじわり一種異様な気配がかもしだされた。
 闇のなかで光る清水のまなざしが段々と焦点をぼやけさせていく。ついに眠気に耐え切れなくなったという感じではなく、“なにかに魅入られた”そんな風情だ。
 頃合やよし、と判断したところで在昌は清水の前で足を止める。
「貴様は、先祖伝来の太刀を幼いころに持ち出しふるうてみたことがあるな」
 声色を変えおごそかな調子でたずねた。
「さ、さよう」
 それに清水が茫洋とした顔で応じる。
「好奇の念からふるい、切先を折ったな」
「お、折りもうした」
「その上、盗まれたことにするために土に埋めたな」
「う、埋めましてござる」
 清水の声にわずかだがおどろきのひびきが混じった。
 当人にしてみれば、誰にもあかしていない秘事を言い当てられた、ということになろう。
 だが、真相は違う。そもそも、太刀を埋める場面を清水の妹が目撃していたのだ。ただ、気性の激しい父に知らせればその場で兄を手打ちにしかねないと危惧して口を閉ざした、それを仁右衛門が清水の不在の折におとずれて聞きだしたのだ。
 むろん、兄のために必要なのだ、当人に陰陽道の術を施すよう頼まれている、という事実をあかした上で。
 これは、後世の陰陽師もおこなっていた。なんらかの理由で祈祷のために呼ばれるとき、彼らは前申しと呼ばれる者をつかわして依頼した者の仔細を探る。その役割を仁右衛門は果たしたのだ。
 同じ調子で在昌はいくつか清水の秘事を明かす。
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