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「それにしても、わたしを“近しい者”と存念してくれているのですね」
伊兵衛はいたずらっぽい表情でたずねた。
とたん、みきの顔が朱に染まる。澄んだ空の夕焼けもかくやという色合いだ。
「飯は食うわ、人の弟と将棋はさすわ、家族のごときふるまいをしていたのはおまえだろう」
声を張り上げるみきだが、
「ほう。ということは、わたしは家族のようなものだと認めると」
という伊兵衛の返しには黙らざるを得ない。ここで抗弁しても墓穴を掘るばかりだと理解したのだろう。
上の空でとはいえ、という悔しさがみきの表情からはつたわってきた。
面白い娘だ、と伊兵衛は彼女と出会って以来はじめて、みきのことを好意的にとらえた。
ただ、黙ったままなのは恥ずかしかったのか、
「元凶は、わたしが巻き込んだことにある。すまなかった」
と怒ったような表情で謝罪する。
傷の手当てを受ける前なら、謝るには謝るなりの態度があるだろうと腹が立っただろうが、今は素直でないそのようすに伊兵衛はいじらしさこそ感じても怒りはおぼえなかった。
「いいえ、これも縁というものでしょう。気に病むことはありません」
と、からかわずに告げた。
「そ、そうか」
みきは厳めしい顔でこたえようとするが、口角がつりあがっている。
と、そこへ廊下の板が鳴る音が聞こえ、
「しまった」
次いで由松の声が障子の向こうからもれてきた。
なんだ、と伊兵衛、みきと共にあっけにとられた顔をする。
とりあえず、といった調子でみきが障子を開けてみると、そこにはやはり由松の姿があった。
伊兵衛はいたずらっぽい表情でたずねた。
とたん、みきの顔が朱に染まる。澄んだ空の夕焼けもかくやという色合いだ。
「飯は食うわ、人の弟と将棋はさすわ、家族のごときふるまいをしていたのはおまえだろう」
声を張り上げるみきだが、
「ほう。ということは、わたしは家族のようなものだと認めると」
という伊兵衛の返しには黙らざるを得ない。ここで抗弁しても墓穴を掘るばかりだと理解したのだろう。
上の空でとはいえ、という悔しさがみきの表情からはつたわってきた。
面白い娘だ、と伊兵衛は彼女と出会って以来はじめて、みきのことを好意的にとらえた。
ただ、黙ったままなのは恥ずかしかったのか、
「元凶は、わたしが巻き込んだことにある。すまなかった」
と怒ったような表情で謝罪する。
傷の手当てを受ける前なら、謝るには謝るなりの態度があるだろうと腹が立っただろうが、今は素直でないそのようすに伊兵衛はいじらしさこそ感じても怒りはおぼえなかった。
「いいえ、これも縁というものでしょう。気に病むことはありません」
と、からかわずに告げた。
「そ、そうか」
みきは厳めしい顔でこたえようとするが、口角がつりあがっている。
と、そこへ廊下の板が鳴る音が聞こえ、
「しまった」
次いで由松の声が障子の向こうからもれてきた。
なんだ、と伊兵衛、みきと共にあっけにとられた顔をする。
とりあえず、といった調子でみきが障子を開けてみると、そこにはやはり由松の姿があった。
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