江戸心理療法士(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 剣尖を送ってきた者に袈裟斬りをみまい、さらに次の相手に向かう。
 機敏な渋川に比べなめらかな動きだが、それでいて動きに緩慢さはない。剣鬼と元復讐の鬼、二匹の鬼は獅子奮迅の働きを見せていた。
「おのれ、新納」
 そこにめったに聞くことのない伊兵衛の怒声がひびく。
 油断なく構えながらも、むめは声のほうを見やった。そんな彼女をかばって渋川が側に寄り敵を威圧する。またたく間に数人が殺られたあとなだけに、残り三人となった藩士は攻めあぐねふたりと距離を置いてにらむ。
 敵の動向を視野のすみにおさめながら、むめは血を首から噴いて倒れる新納重政という光景に視線が釘づけになっていた。

 時間はすこしさかのぼる。
 伊兵衛は両の手から血を流していた。
 重政は剣をみずからとる必要のない地位であり、かつ高齢なのだがそういった要素とは対照的におどろくほどその技は冴え渡っている。
 間の読み方、足捌き、小太刀の操作が化物じみて巧みだ。上級者として当然の技能として動きを“消す”ために、伊兵衛は致命傷を避けるだけで精一杯だ。
 必死に剣尖を送っても、すでにそこに相手の姿はない。まるで影法師を相手にしているかのようだ。追いかけても遠ざかり、かといって消えることはない。
 このままではいずれ、とどめを刺される。
 ならば、賭けるしかなかった。
 伊兵衛はあせりやわきあがる本能的な恐怖を呼吸を意思の力で鎮める。
 重政が風を巻いて動く。こちらに傷を負わせた上で瞬時に距離を置いた。
 刹那、伊兵衛は血ですべった風をよそおって剣を取り落とす。が、新納重政は酷薄な笑みを浮かべたものの隙を見せはしない。
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