『スプラッシュ・サマー・キス♡』〜アイドル達の夏と恋と″ホラー″〜

『スプラッシュ・サマー・ラブソング♡ 〜この夏、キミに出会えてよかった〜』

幽谷しずく『あの夏の、鏡の向こうできみを見てた』

空気が変わった。

ライトがすっと落ちて、舞台にひとつの白いスポットが灯る。



中央に立つのは、銀髪にロングスカートをまとった少女――幽谷しずく。

ほかの誰よりも静かで、淡く、儚い存在感。



「……七不思議ってね、数を増やしちゃいけないんだって。

　でも……わたしだけが知ってる“八つ目”が、あるの」



観客が息を呑む。

それが現実なのか、幻想なのか――しずくの声は境界をぼかしてしまう。



（あの夜、鏡の奥から現れたきみ。

　花嫁の姿のまま、わたしは笑った。だって、怖くなかったから。

　だって――きみは、わたしの名前を、ちゃんと呼んでくれたから）



イントロが始まる。

水音のようなピアノと、やさしく響くバイオリン。



《Glass Lover》――曲名は「ガラスの恋人」。



しずくは舞台の上をふわりと歩く。

ゆっくりと手を伸ばし、まるで見えない誰かと踊るように。



（はじめて恋をした。幽霊なんて、ただの噂だって思ってた。

　でも――わたし、心が透けてく感覚を、ちゃんと知ってしまったんだ）



照明が水に反射するようなゆらぎを見せ、

ステージがまるで“校舎の夜”のように見える。



（きみと過ごした時間は、たった数日だった。

　でも、何十年分よりも濃かった。優しい声、遠慮がちに触れる指先。

　そして……消える直前、言ってくれたよね。“好き”って）



サビの直前、しずくがくるりと一回転する。

スカートが花のように広がって、まるでそこに“誰か”がいたみたいに空気が揺れる。



（わたし、ちゃんと伝えられたかな。

　この気持ち、鏡の奥じゃなくて、この世界で残せたかな）



歌声は柔らかく、けれど芯があった。

ゆらぐ水面のようで、でも心に沈んでいく確かな重み。



「――あなたが消えても、わたしは、恋していたって、言えるよ」



静かに告白のように歌うセリフは、音楽と一体化していた。



（最後の儀式のあと、校舎の鏡を見たら、そこにきみがいた。

　ほんとうに、一瞬だけ。でも、ちゃんと笑ってた。

　“ありがとう”って――それだけで、充分だったのに）



後奏が始まる。

しずくはそっと胸に手を当て、観客を見つめる。



その紫の瞳は、過去と未来を超えて、確かに“いま”を映していた。



「それがわたしの――《スプラッシュ・サマー・キス♡》。

　もしきみがまた、どこかでさまよってたら……そのときは、また、迎えにいくね」



やさしい笑みとともに、ステージの照明がゆっくりと落ちていく。

まるで夢の中へ還っていくように。