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春風ももか編『夏の図書館と、最後のナゾ』
第二章「七つ目の問いと、濡れたページの告白」
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少年――そう、名前をまだ知らないその人と過ごす時間は、
どうしてこんなに、優しくて、苦しいんだろう。
わたしは、図書館の中の“問い”を、彼と一緒にひとつずつ解いていった。
本棚のすき間から現れる、手書きの紙切れ。
それぞれに、短い文章が綴られていた。
《問い二 きみは 名前を だれかに 託したことがあるか》
《問い三 いちばん 強く 心を動かした音は なにか》
《問い四 それは 本当に 自分の気持ちだったか》
どれも、なんてことない言葉に見えて、でも本当は深く刺さってくる。
彼は、わたしの答えを急かさなかった。
「いまはわからない」って言うたびに、「それが一番素直な答えだね」と、笑ってくれた。
「ねえ……あなたは、わたしのこと、誰だと思ってるの?」
ふいに聞いてみたくなった。
彼は、一瞬だけ沈黙して、そしてこう言った。
「“ももか”って名前に出会うたび、嬉しかった。
だけど、いつも――少しずつ違ってた。
だから、君が初めてなんだ。“ちゃんとここにいる”って思えたのは」
「……どういう、こと?」
「むかし、ある夏の日にね、ひとりの女の子が来たんだよ。この図書館に。
彼女は、ぼくの初恋の人だった。名前は――春風ももか」
わたしの心臓が、音を立てて跳ねた。
「え、それって――」
「君と同じ名前。でも、顔も声も、少し違った。でもね、気配が似てるんだ。心の匂いっていうのかな……。君は、きっと――」
彼はそれ以上言わなかった。
わたしは何も言えなくて、ただ、胸が熱くなってた。
こんなにも、誰かに必要とされる感覚。
名前を、見つけてもらえるっていう実感。
それだけで、涙がこぼれそうになった。
「……キミの、名前。教えて」
ぽつんと呟いた。
「教えてくれなきゃ、フェアじゃないよ」
彼は、ちょっとだけ照れくさそうに笑ってから、口を開いた。
「……ユウ。ぼくの名前は、汐見しおみ 悠ゆう」
「悠くん……」
言葉にした瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
なんだろう。たったそれだけで、涙がこぼれそうになるなんて。
「“ユウ”って、なんか……雨っぽいね」
「よく言われる。でも、それって“水の名前”なんだ。潮見って名字も含めて」
「水、かあ……」
図書館の中で、かすかに波音が響いていた。
「最後の問い、もうすぐ出ると思う」
そう言って、悠くんが棚の奥を指差した。
そこに、一冊の本があった。
タイトルは消えていて、表紙は水に濡れたみたいにふやけてる。
わたしがそっとページを開くと――中には何も書かれていなかった。
ただ、ところどころにインクの滲んだ手書きの文字が、かろうじて残っていた。
《問い七 きみは その恋が 終わってもいいと 思えるか》
恋。
終わっても、いいのか。
「……やだよ、そんなの」
わたしは、つぶやいた。ほとんど反射的に。
「まだ始まってもないのに、終わらせるなんて、やだ」
本がふわっと光った。
そしてそのとき、悠くんの身体が透けはじめた。
「……ももか。君が、答えを出したから、ぼくは――」
「え? なに? どういうこと!?」
「ぼくは、ここの“記憶”なんだ。
あの夏、溺れて死んだ――“もうひとりのももか”を、助けようとして。
だけど間に合わなかった。君の名前だけが、残った」
信じられない。けど、今なら信じてしまう。
「じゃあ、わたし……わたしは、その子の代わりなの?」
「違うよ。君は、君。だけど……君が“ももか”でいてくれたから、ぼくは、やっと想いを伝えられた」
彼の手が、わたしの頬にふれる。あたたかくて、やさしくて――泣きそうになる。
「ねえ、ももか」
「……うん」
「“恋をする”ってことが、どういうことか、わかった気がする。
怖くて、でも嬉しくて、触れたら泣きたくなるくらい――君が好きだよ」
その言葉に、わたしの胸が破裂しそうになった。
わたしも、好き。
あなたの声も、匂いも、指も、ぜんぶ。
たった数時間しか知らないはずなのに、心が、体が、あなたに“溶けて”いく。
気づけば、わたしは彼に唇を重ねていた。
最初で、最後のキス。
なのに、これ以上ないくらい――深く、優しい、時間だった。
触れた身体が、まるで水に溶け合うようだった。
わたしと、彼が、“ひとつ”になっていく感覚。
怖くない。あたたかい。
それでも、キスの終わりと同時に、彼の姿が淡く揺らぎ始める。
「ありがとう、ももか。君が、答えてくれたから……ぼくは、やっと、夏を終えられる」
「……待って。行かないで。まだ、言いたいこと……いっぱいあるよ」
「でも、もう時間だよ。潮が引いていく。
ここは、“終わらなかった恋”を閉じこめてきた場所だから」
わたしは――泣いていた。
でも、笑っていた。
初めて恋をして、初めてキスをして、
そして初めて、誰かを“見送る”ってことを知った。
どうしてこんなに、優しくて、苦しいんだろう。
わたしは、図書館の中の“問い”を、彼と一緒にひとつずつ解いていった。
本棚のすき間から現れる、手書きの紙切れ。
それぞれに、短い文章が綴られていた。
《問い二 きみは 名前を だれかに 託したことがあるか》
《問い三 いちばん 強く 心を動かした音は なにか》
《問い四 それは 本当に 自分の気持ちだったか》
どれも、なんてことない言葉に見えて、でも本当は深く刺さってくる。
彼は、わたしの答えを急かさなかった。
「いまはわからない」って言うたびに、「それが一番素直な答えだね」と、笑ってくれた。
「ねえ……あなたは、わたしのこと、誰だと思ってるの?」
ふいに聞いてみたくなった。
彼は、一瞬だけ沈黙して、そしてこう言った。
「“ももか”って名前に出会うたび、嬉しかった。
だけど、いつも――少しずつ違ってた。
だから、君が初めてなんだ。“ちゃんとここにいる”って思えたのは」
「……どういう、こと?」
「むかし、ある夏の日にね、ひとりの女の子が来たんだよ。この図書館に。
彼女は、ぼくの初恋の人だった。名前は――春風ももか」
わたしの心臓が、音を立てて跳ねた。
「え、それって――」
「君と同じ名前。でも、顔も声も、少し違った。でもね、気配が似てるんだ。心の匂いっていうのかな……。君は、きっと――」
彼はそれ以上言わなかった。
わたしは何も言えなくて、ただ、胸が熱くなってた。
こんなにも、誰かに必要とされる感覚。
名前を、見つけてもらえるっていう実感。
それだけで、涙がこぼれそうになった。
「……キミの、名前。教えて」
ぽつんと呟いた。
「教えてくれなきゃ、フェアじゃないよ」
彼は、ちょっとだけ照れくさそうに笑ってから、口を開いた。
「……ユウ。ぼくの名前は、汐見しおみ 悠ゆう」
「悠くん……」
言葉にした瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
なんだろう。たったそれだけで、涙がこぼれそうになるなんて。
「“ユウ”って、なんか……雨っぽいね」
「よく言われる。でも、それって“水の名前”なんだ。潮見って名字も含めて」
「水、かあ……」
図書館の中で、かすかに波音が響いていた。
「最後の問い、もうすぐ出ると思う」
そう言って、悠くんが棚の奥を指差した。
そこに、一冊の本があった。
タイトルは消えていて、表紙は水に濡れたみたいにふやけてる。
わたしがそっとページを開くと――中には何も書かれていなかった。
ただ、ところどころにインクの滲んだ手書きの文字が、かろうじて残っていた。
《問い七 きみは その恋が 終わってもいいと 思えるか》
恋。
終わっても、いいのか。
「……やだよ、そんなの」
わたしは、つぶやいた。ほとんど反射的に。
「まだ始まってもないのに、終わらせるなんて、やだ」
本がふわっと光った。
そしてそのとき、悠くんの身体が透けはじめた。
「……ももか。君が、答えを出したから、ぼくは――」
「え? なに? どういうこと!?」
「ぼくは、ここの“記憶”なんだ。
あの夏、溺れて死んだ――“もうひとりのももか”を、助けようとして。
だけど間に合わなかった。君の名前だけが、残った」
信じられない。けど、今なら信じてしまう。
「じゃあ、わたし……わたしは、その子の代わりなの?」
「違うよ。君は、君。だけど……君が“ももか”でいてくれたから、ぼくは、やっと想いを伝えられた」
彼の手が、わたしの頬にふれる。あたたかくて、やさしくて――泣きそうになる。
「ねえ、ももか」
「……うん」
「“恋をする”ってことが、どういうことか、わかった気がする。
怖くて、でも嬉しくて、触れたら泣きたくなるくらい――君が好きだよ」
その言葉に、わたしの胸が破裂しそうになった。
わたしも、好き。
あなたの声も、匂いも、指も、ぜんぶ。
たった数時間しか知らないはずなのに、心が、体が、あなたに“溶けて”いく。
気づけば、わたしは彼に唇を重ねていた。
最初で、最後のキス。
なのに、これ以上ないくらい――深く、優しい、時間だった。
触れた身体が、まるで水に溶け合うようだった。
わたしと、彼が、“ひとつ”になっていく感覚。
怖くない。あたたかい。
それでも、キスの終わりと同時に、彼の姿が淡く揺らぎ始める。
「ありがとう、ももか。君が、答えてくれたから……ぼくは、やっと、夏を終えられる」
「……待って。行かないで。まだ、言いたいこと……いっぱいあるよ」
「でも、もう時間だよ。潮が引いていく。
ここは、“終わらなかった恋”を閉じこめてきた場所だから」
わたしは――泣いていた。
でも、笑っていた。
初めて恋をして、初めてキスをして、
そして初めて、誰かを“見送る”ってことを知った。
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