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春風ももか編『夏の図書館と、最後のナゾ』
第三章「夏の終わらない部屋」
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わたしの唇には、まだ彼のぬくもりが残っていた。
それは、まるで濡れたページにそっと触れたような……やさしくて、壊れそうで、
それでいて、もう二度と忘れられないものだった。
わたしの初恋は、きっともう、叶ってしまった。
でも、叶ったその瞬間に、彼は消えてしまった。
「……悠くん」
わたしは呟くように名前を呼んだ。
でも返事はない。
さっきまでいたはずの場所には、ただぽつんと一冊の本だけが置かれていた。
開いてみると、そこには、わたしと悠くんが出会ってからのことが手書きで綴られていた。
わたしが図書館に入った時間、最初の言葉、彼が笑ったしぐさ。
それはまるで、見えない誰かがそっと記録してくれていた日記みたいだった。
でも――その文字も、だんだん滲んでいく。
ページの下から水が染みて、黒いインクがにじみ、やがて溶けて消えていく。
「まって……まだ終わってないよ……!」
わたしは叫んでいた。誰に? 何に?
わからない。
でも、叫ばずにはいられなかった。
図書館の天井から、水が滴り落ちてくる。
あのキスの後から、世界が変わったみたいに、建物そのものが「泣いている」ようだった。
“終わらなかった恋”が、水になって、わたしたちを包みはじめている。
わたしは――このままこの場所に沈んでしまうんだろうか。
「……それでもいい、かも」
ふと、そんな気持ちが心をかすめた。
だって、あのキスは、わたしの全部だった。
あれ以上の恋なんて、もうきっとできない。
この図書館で、悠くんと一緒に、時の外側で眠ってしまえたら――
「……それが、“七つ目の問い”なんだよ」
唐突に、あの声がした。悠くんの声。
でも彼の姿は、どこにもなかった。
声だけが、わたしの頭の中にふわっと届いた。
《問い七 きみは その恋が 終わってもいいと 思えるか》
その言葉の意味を、わたしはようやく、はっきり理解した。
――この恋を、終わらせるか。
それとも、終わらせずに、ここに留まるか。
それはつまり、
わたしが「この夏を終わらせるかどうか」の、最終選択だったんだ。
「ううん……ちがう」
わたしは、そっと口にした。
「終わらせないんじゃない。“つなげる”の。ちゃんと、“次”につなげるんだよ」
恋をすることは、ここで終わることじゃない。
彼と出会った記憶を、生きて持ち帰って、わたしはまた――新しい季節に進んでいく。
そのとき。図書館の中に、風が吹いた。
窓が、ひとりでに開く。
そして、最初に通ったあの扉が、きい、と音を立てて開いた。
潮の香りと一緒に、午後の日差しが差し込んでくる。
まるで、それが「出口」だと言っているみたいに。
わたしはゆっくりと立ち上がった。
まだ足元はぐっしょり濡れているけれど、心は……不思議と軽かった。
図書館の出口で、わたしはもう一度、振り返る。
「ありがとう、悠くん。わたし、ちゃんと生きるね。
この夏を終わらせて、また……恋をするよ」
光の中で、ほんの一瞬だけ、彼の笑顔が見えた気がした。
それは、たしかにわたしの記憶に刻まれた――
世界でいちばん、やさしい笑顔だった。
それは、まるで濡れたページにそっと触れたような……やさしくて、壊れそうで、
それでいて、もう二度と忘れられないものだった。
わたしの初恋は、きっともう、叶ってしまった。
でも、叶ったその瞬間に、彼は消えてしまった。
「……悠くん」
わたしは呟くように名前を呼んだ。
でも返事はない。
さっきまでいたはずの場所には、ただぽつんと一冊の本だけが置かれていた。
開いてみると、そこには、わたしと悠くんが出会ってからのことが手書きで綴られていた。
わたしが図書館に入った時間、最初の言葉、彼が笑ったしぐさ。
それはまるで、見えない誰かがそっと記録してくれていた日記みたいだった。
でも――その文字も、だんだん滲んでいく。
ページの下から水が染みて、黒いインクがにじみ、やがて溶けて消えていく。
「まって……まだ終わってないよ……!」
わたしは叫んでいた。誰に? 何に?
わからない。
でも、叫ばずにはいられなかった。
図書館の天井から、水が滴り落ちてくる。
あのキスの後から、世界が変わったみたいに、建物そのものが「泣いている」ようだった。
“終わらなかった恋”が、水になって、わたしたちを包みはじめている。
わたしは――このままこの場所に沈んでしまうんだろうか。
「……それでもいい、かも」
ふと、そんな気持ちが心をかすめた。
だって、あのキスは、わたしの全部だった。
あれ以上の恋なんて、もうきっとできない。
この図書館で、悠くんと一緒に、時の外側で眠ってしまえたら――
「……それが、“七つ目の問い”なんだよ」
唐突に、あの声がした。悠くんの声。
でも彼の姿は、どこにもなかった。
声だけが、わたしの頭の中にふわっと届いた。
《問い七 きみは その恋が 終わってもいいと 思えるか》
その言葉の意味を、わたしはようやく、はっきり理解した。
――この恋を、終わらせるか。
それとも、終わらせずに、ここに留まるか。
それはつまり、
わたしが「この夏を終わらせるかどうか」の、最終選択だったんだ。
「ううん……ちがう」
わたしは、そっと口にした。
「終わらせないんじゃない。“つなげる”の。ちゃんと、“次”につなげるんだよ」
恋をすることは、ここで終わることじゃない。
彼と出会った記憶を、生きて持ち帰って、わたしはまた――新しい季節に進んでいく。
そのとき。図書館の中に、風が吹いた。
窓が、ひとりでに開く。
そして、最初に通ったあの扉が、きい、と音を立てて開いた。
潮の香りと一緒に、午後の日差しが差し込んでくる。
まるで、それが「出口」だと言っているみたいに。
わたしはゆっくりと立ち上がった。
まだ足元はぐっしょり濡れているけれど、心は……不思議と軽かった。
図書館の出口で、わたしはもう一度、振り返る。
「ありがとう、悠くん。わたし、ちゃんと生きるね。
この夏を終わらせて、また……恋をするよ」
光の中で、ほんの一瞬だけ、彼の笑顔が見えた気がした。
それは、たしかにわたしの記憶に刻まれた――
世界でいちばん、やさしい笑顔だった。
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