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春風ももか編『夏の図書館と、最後のナゾ』
第四章「扉の向こうで、もう一度恋をする」
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カラン――。
図書館の扉に取り付けられた、あの古びた鈴の音。
たしかにその音が鳴った瞬間、わたしの世界は“こちら側”に戻ってきた。
まぶしい光。
蝉の声。
潮風の香りと、遠くに聞こえる波の音。
全部、まるで最初からここにいたみたいに、自然だった。
けれど、足元はまだ濡れていて、指先にはかすかに紙のインクの香りが残ってる。
それが――夢じゃなかった証拠。
「……うそみたい……」
わたしは図書館の前で、しゃがみこんでいた。
通り過ぎていく町の人は、誰も気にとめない。
まるで、この場所が最初から“存在していなかった”かのように。
わたしはポケットの中を探った。
あった。あの、濡れた本のページの切れ端。
ぼんやりと文字がにじんでいて、もう読めないけど、
それでも――これは、彼と過ごした記憶の欠片。
この夏の、恋の証。
わたしはそっと、それを胸にしまった。
「もーもーかーっ!!」
坂道の下から、りりあの声が聞こえる。
振り返ると、メンバーのみんなが、心配そうにこっちを見ていた。
「ちょっと! いなくなったと思ったら、何してたの? もう夕方だよ?」
「ご、ごめん……ちょっと、ね。寄り道してただけ」
「まさか、ひとりで幽霊図書館とか入ってたんじゃないでしょうね~?」
しずくが意味ありげに笑ってくる。
ドキッとしたけど、わたしは笑ってごまかす。
「それは、ひみつ」
みんなの笑い声が、太陽の下に弾けた。
だけど、わたしの中でひとつだけ、昨日とは違うことがある。
わたしは、ちゃんと恋をして、
心も、体も、誰かとふれあって、
そして、あの場所から“帰ってきた”。
もう、子どもじゃない。
夜、宿のベランダから海を見下ろしていた。
星がひとつ、またひとつ増えていく。
風が吹いて、スカートのすそが揺れた。
「悠くん……いま、どこにいるんだろ」
空に問いかけても、返事はない。
でも、わたしはもう寂しくない。
“終わった”んじゃなくて、“続いてる”。
心のなかに、ちゃんと“いる”。
わたしの名前を呼んでくれた人。
わたしの初恋。
わたしの――はじめてのキス。
それは、身体の奥にいまも熱を残していて、
触れられた場所が、時々じんわり疼くの。
あの夜のことは、誰にも言えない。
でも、だからこそ、きっとずっと忘れない。
「……ありがとう、悠くん」
わたしはそっと、胸に手を当てた。
心臓の鼓動が、彼に触れられたときと同じリズムで鳴ってる気がした。
翌朝。
帰りのロケバスに乗る前、最後にもう一度だけ図書館に行ってみた。
けれど、そこにはもう建物はなかった。
雑草の生い茂った空き地。古い案内板だけが風に揺れている。
まるで、最初から存在していなかったかのように――
「……ううん、ちゃんとあったよ。だって、あそこはわたしの“夏”だったから」
わたしは微笑んで、ポケットからあの紙片を取り出した。
そして、そっと海風にのせて空へ放つ。
風に乗ってくるくると舞い、太陽の光に透けて、最後には空の向こうへ消えていった。
そのときだった。
遠く、波打ち際に、白いシャツの少年が立っているのが見えた。
逆光で顔は見えない。
でも、そのシルエットは――
「……悠くん……?」
わたしがつぶやくと、彼はゆっくりと手をあげた。
まるで、「またね」とでも言うように。
わたしも、そっと手を振り返した。
また会えるなんて、信じられない。
でも、あのときキスでつながった心と身体が、
いまもわたしのなかにあるから、
きっと、いつか――
もう一度、恋をする。
今度は現実の世界で。
この手で、ちゃんと彼に触れて、名前を呼んで、
「好き」って言うために。
そしてそのときこそ、絶対に、終わらせない。
これは、わたしの“ファーストラブ”じゃない。
“運命”の始まりなんだから。
――そして、次の夏。
彼は、本当に、現れた。
図書館の扉に取り付けられた、あの古びた鈴の音。
たしかにその音が鳴った瞬間、わたしの世界は“こちら側”に戻ってきた。
まぶしい光。
蝉の声。
潮風の香りと、遠くに聞こえる波の音。
全部、まるで最初からここにいたみたいに、自然だった。
けれど、足元はまだ濡れていて、指先にはかすかに紙のインクの香りが残ってる。
それが――夢じゃなかった証拠。
「……うそみたい……」
わたしは図書館の前で、しゃがみこんでいた。
通り過ぎていく町の人は、誰も気にとめない。
まるで、この場所が最初から“存在していなかった”かのように。
わたしはポケットの中を探った。
あった。あの、濡れた本のページの切れ端。
ぼんやりと文字がにじんでいて、もう読めないけど、
それでも――これは、彼と過ごした記憶の欠片。
この夏の、恋の証。
わたしはそっと、それを胸にしまった。
「もーもーかーっ!!」
坂道の下から、りりあの声が聞こえる。
振り返ると、メンバーのみんなが、心配そうにこっちを見ていた。
「ちょっと! いなくなったと思ったら、何してたの? もう夕方だよ?」
「ご、ごめん……ちょっと、ね。寄り道してただけ」
「まさか、ひとりで幽霊図書館とか入ってたんじゃないでしょうね~?」
しずくが意味ありげに笑ってくる。
ドキッとしたけど、わたしは笑ってごまかす。
「それは、ひみつ」
みんなの笑い声が、太陽の下に弾けた。
だけど、わたしの中でひとつだけ、昨日とは違うことがある。
わたしは、ちゃんと恋をして、
心も、体も、誰かとふれあって、
そして、あの場所から“帰ってきた”。
もう、子どもじゃない。
夜、宿のベランダから海を見下ろしていた。
星がひとつ、またひとつ増えていく。
風が吹いて、スカートのすそが揺れた。
「悠くん……いま、どこにいるんだろ」
空に問いかけても、返事はない。
でも、わたしはもう寂しくない。
“終わった”んじゃなくて、“続いてる”。
心のなかに、ちゃんと“いる”。
わたしの名前を呼んでくれた人。
わたしの初恋。
わたしの――はじめてのキス。
それは、身体の奥にいまも熱を残していて、
触れられた場所が、時々じんわり疼くの。
あの夜のことは、誰にも言えない。
でも、だからこそ、きっとずっと忘れない。
「……ありがとう、悠くん」
わたしはそっと、胸に手を当てた。
心臓の鼓動が、彼に触れられたときと同じリズムで鳴ってる気がした。
翌朝。
帰りのロケバスに乗る前、最後にもう一度だけ図書館に行ってみた。
けれど、そこにはもう建物はなかった。
雑草の生い茂った空き地。古い案内板だけが風に揺れている。
まるで、最初から存在していなかったかのように――
「……ううん、ちゃんとあったよ。だって、あそこはわたしの“夏”だったから」
わたしは微笑んで、ポケットからあの紙片を取り出した。
そして、そっと海風にのせて空へ放つ。
風に乗ってくるくると舞い、太陽の光に透けて、最後には空の向こうへ消えていった。
そのときだった。
遠く、波打ち際に、白いシャツの少年が立っているのが見えた。
逆光で顔は見えない。
でも、そのシルエットは――
「……悠くん……?」
わたしがつぶやくと、彼はゆっくりと手をあげた。
まるで、「またね」とでも言うように。
わたしも、そっと手を振り返した。
また会えるなんて、信じられない。
でも、あのときキスでつながった心と身体が、
いまもわたしのなかにあるから、
きっと、いつか――
もう一度、恋をする。
今度は現実の世界で。
この手で、ちゃんと彼に触れて、名前を呼んで、
「好き」って言うために。
そしてそのときこそ、絶対に、終わらせない。
これは、わたしの“ファーストラブ”じゃない。
“運命”の始まりなんだから。
――そして、次の夏。
彼は、本当に、現れた。
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