17 / 55
幽谷 しずく編『旧校舎の七番目、恋する幽霊』
第三章「わたしを忘れても、恋してた証を残して」
しおりを挟む
八月一日。
セミの声がけたたましく鳴く午後。
わたしの体に、再び“異変”が起きた。
目が覚めると、
枕に長い銀の髪が絡みついていた。
自分の髪……じゃない。
「……夢?」
手の甲を見た。
まるで誰かに引っかかれたような、白い跡が残っている。
赤くはない。痛みもない。
でも、明らかに“そこにあった証”だった。
前の晩、わたしは――
カナトと、指を絡めた。唇を重ねた。
そして……もう一度、深く繋がってしまった。
鏡の中で、じゃない。
現実の世界に、カナトは“出てきていた”のだ。
「……最近さ、しずく元気ないよね」
スタジオでの撮影中、ももかが心配そうに声をかけてきた。
「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと夢見がちになってるだけ」
「それが大丈夫じゃないんだってばー!」
そう言って、ももかは笑ったけど、
わたしの心には届かなかった。
わたしはもう、“こっちの世界”だけで生きていけない。
カナトの世界――“あの水の底”に、
わたしの心は半分、沈んでしまっていた。
夜。
旧校舎の音楽室。
鏡の前で、わたしは立ち尽くした。
「……カナト?」
呼んでも、応えてくれなかった。
姿がない。
声も、ぬくもりも、なにも残っていない。
まるで、
最初から誰もいなかったみたいに、静かだった。
「……どうして」
震える手で鏡を撫でた瞬間、
冷たい水の音が跳ねた。
鏡の中に、うっすらと“しみ”のような影が浮かんだ。
「しずく……ごめん。僕、もう……長くはいられない」
その声は、もう、風の音と変わらなかった。
「ダメ……! そんなのダメだよ……!」
わたしは叫んでいた。
せっかく出会えたのに。
せっかく“心と体”で触れ合えたのに。
どうして、こんな終わり方があるの?
「わたし……ずっときみのこと、忘れないから……っ!」
涙があふれた。
鏡に頬を寄せた。
冷たいガラスが、まるで彼の肌のようで。
それが、また胸を締めつけた。
「だったら……」
かすれた声が、鏡の中から響いた。
「ぼくの“想い”を、君にあげる。
そうすれば、きみが生きている限り、ぼくは……消えない」
「……どういうこと?」
「きみの体に、ぼくの存在を“宿す”んだ。
この世界に、ぼくがいた証を――残す」
その瞬間、鏡がぐらりと揺れた。
部屋の空気が歪み、水音が一斉に鳴り響く。
「いいの? それをしたら……」
「ぼくは、きみの中で“眠る”だけ。
そして、きみが思い出してくれるたび、また目を覚ます」
水面のような光が、鏡から溢れた。
わたしの足元に、青い波紋が広がる。
その中心に、カナトが立っていた。
もう、完全に“人間”の姿をしていた。
髪は濡れて、頬はほんのり赤くて、
手のひらは、あたたかく――現実のものだった。
「最後に……もう一度だけ、いい?」
「うん」
わたしは目を閉じた。
唇が重なる。
熱が走る。
体の奥、心の芯、ぜんぶが繋がっていく。
――わたしは、きみに恋をした。
たとえ、忘れてしまっても。
たとえ、みんなが信じてくれなくても。
その証は、この身体の奥に、ちゃんと残っているから。
朝。
目覚めたベッドの上。
カーテン越しに差し込む日差しは、やけに眩しかった。
鏡を見ると、
首筋に、指先の跡のような痕が――
重なって、残っていた。
「……夢じゃないよね、カナト」
呟いた瞬間、胸の奥で、ぽうっとあたたかいものが灯った。
“わたしが恋をした証”が、たしかにそこに、いた。
セミの声がけたたましく鳴く午後。
わたしの体に、再び“異変”が起きた。
目が覚めると、
枕に長い銀の髪が絡みついていた。
自分の髪……じゃない。
「……夢?」
手の甲を見た。
まるで誰かに引っかかれたような、白い跡が残っている。
赤くはない。痛みもない。
でも、明らかに“そこにあった証”だった。
前の晩、わたしは――
カナトと、指を絡めた。唇を重ねた。
そして……もう一度、深く繋がってしまった。
鏡の中で、じゃない。
現実の世界に、カナトは“出てきていた”のだ。
「……最近さ、しずく元気ないよね」
スタジオでの撮影中、ももかが心配そうに声をかけてきた。
「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと夢見がちになってるだけ」
「それが大丈夫じゃないんだってばー!」
そう言って、ももかは笑ったけど、
わたしの心には届かなかった。
わたしはもう、“こっちの世界”だけで生きていけない。
カナトの世界――“あの水の底”に、
わたしの心は半分、沈んでしまっていた。
夜。
旧校舎の音楽室。
鏡の前で、わたしは立ち尽くした。
「……カナト?」
呼んでも、応えてくれなかった。
姿がない。
声も、ぬくもりも、なにも残っていない。
まるで、
最初から誰もいなかったみたいに、静かだった。
「……どうして」
震える手で鏡を撫でた瞬間、
冷たい水の音が跳ねた。
鏡の中に、うっすらと“しみ”のような影が浮かんだ。
「しずく……ごめん。僕、もう……長くはいられない」
その声は、もう、風の音と変わらなかった。
「ダメ……! そんなのダメだよ……!」
わたしは叫んでいた。
せっかく出会えたのに。
せっかく“心と体”で触れ合えたのに。
どうして、こんな終わり方があるの?
「わたし……ずっときみのこと、忘れないから……っ!」
涙があふれた。
鏡に頬を寄せた。
冷たいガラスが、まるで彼の肌のようで。
それが、また胸を締めつけた。
「だったら……」
かすれた声が、鏡の中から響いた。
「ぼくの“想い”を、君にあげる。
そうすれば、きみが生きている限り、ぼくは……消えない」
「……どういうこと?」
「きみの体に、ぼくの存在を“宿す”んだ。
この世界に、ぼくがいた証を――残す」
その瞬間、鏡がぐらりと揺れた。
部屋の空気が歪み、水音が一斉に鳴り響く。
「いいの? それをしたら……」
「ぼくは、きみの中で“眠る”だけ。
そして、きみが思い出してくれるたび、また目を覚ます」
水面のような光が、鏡から溢れた。
わたしの足元に、青い波紋が広がる。
その中心に、カナトが立っていた。
もう、完全に“人間”の姿をしていた。
髪は濡れて、頬はほんのり赤くて、
手のひらは、あたたかく――現実のものだった。
「最後に……もう一度だけ、いい?」
「うん」
わたしは目を閉じた。
唇が重なる。
熱が走る。
体の奥、心の芯、ぜんぶが繋がっていく。
――わたしは、きみに恋をした。
たとえ、忘れてしまっても。
たとえ、みんなが信じてくれなくても。
その証は、この身体の奥に、ちゃんと残っているから。
朝。
目覚めたベッドの上。
カーテン越しに差し込む日差しは、やけに眩しかった。
鏡を見ると、
首筋に、指先の跡のような痕が――
重なって、残っていた。
「……夢じゃないよね、カナト」
呟いた瞬間、胸の奥で、ぽうっとあたたかいものが灯った。
“わたしが恋をした証”が、たしかにそこに、いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる