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白鐘 ここね編「水たまりの向こう、何度でも恋をした」
第一章「また会えたね、でもきっと君は知らない」
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朝。
目が覚めると、蝉の声がしていた。
部屋のカーテン越しに差し込む光が、まるでフィルムの中みたいに滲んでいる。
今日は、八月七日――だった。
「……うん、知ってる。だって、昨日もそうだったもん」
わたしは制服のリボンを結びながら、小さくつぶやいた。
そう。昨日も、きのうの昨日も、ずっとこの日を繰り返してる。
その始まりは、あの水たまりを踏んだ朝。
わたしの中では、もう七回目の八月七日だ。
この日を迎えるたびに、校門の前にはあの子がいて、
わたしの知らない顔で、わたしのことを「はじめまして」って言う。
律くん。
転校してきた、海みたいな瞳の男の子。
彼に会うために、この日をまた繰り返してる気がする。
それくらい、わたしのなかで彼はもう大きくなっていた。
通学路を歩く。
風景は変わらない。
ただ、わたしだけが“この夏”に飽きかけてる。
でも、飽きる前に――やっぱり、恋をしてしまう。
校門の前で、彼はきょうも笑っていた。
その笑顔は、きのうの彼とも、おとといの彼とも、少しだけ違う。
「はじめまして。転校してきた律です」
もう、慣れたやりとり。
だけど、わたしは毎回、胸をぎゅっとされる。
彼の中には、昨日のわたしは存在していない。
わたしだけが覚えているこの時間。
この恋。
「……白鐘ここね、です。よろしくね」
彼の手と、わたしの手が、すれ違いそうで――ふれない。
わたしが動けば、彼も動くけど、ズレる。
時計の針みたいに。
いつか、きっと重なると信じてるけど。
「このあいだ、見せてくれた本、なんだっけ?」
「“しあわせ缶詰”の話?」
「そう、それ! もっかい読みたいな。放課後、また図書室で会える?」
ここねは、こくんと頷いた。
彼の中では初めてのお願いなのに、
わたしの中では、たぶん三回目。
でも、言ってくれるたびに嬉しくて、胸がきゅうってする。
まるで、初恋を何度も味わってるみたい。
でも、ひとつだけ変わっていくものがある。
――わたしの気持ち。
放課後、図書室のいつもの隅で、わたしたちは並んで座った。
わたしの好きな絵本を膝に乗せて、律くんは興味津々でページをめくる。
その横顔が、なんだか遠くを見てるみたいに見える瞬間がある。
「……ここねって、変わってるね」
「え? わたし、変?」
「ううん。いい意味で。なんか、見てる景色が違う気がする」
わたしのほうこそ、彼を見つめながらそう思った。
律くんの横顔は、ずっと昔に好きになった人のようで、
でもたぶん、明日には忘れられてしまう存在。
ふと、指先がふれた。
ほんの少しだけ。
だけどその瞬間――彼の瞳がわずかに揺れた。
わたしは、息をのんだ。
「……律くん?」
「……なんでもないよ。ただ……不思議だなって」
その“なんでもない”のなかに、たしかに“なにか”があった。
わたしの記憶だけじゃない、彼の心にも、何かが残ってる気がした。
でも、それはまだ“確信”にはならない。
なにも始まっていない。
なのに、なにもかもが愛おしい。
図書室を出て、わたしたちは並んで歩いた。
校舎の廊下、誰もいない音が響く階段。
窓から吹きこむ夏の風。
わたしは、思い切って言ってみた。
「……また、会ってくれて、ありがとう」
律くんは、少しだけ不思議そうに笑った。
でも、どこか納得したみたいにうなずいた。
「うん。なんとなく……“また”って言葉、似合う気がする」
わたしは、その言葉だけで、
明日も同じ日でも、もう一度恋をしてもいいと思った。
それくらい、彼と過ごす時間が、わたしを強くしてくれる。
きっとこの先も、何度も同じ朝が来て、
何度もこの恋が始まって、そして終わる。
でも、それでもいい。
また会えるなら。
たとえ彼が覚えてなくても――
わたしが、彼を好きになれるなら。
「また、明日ね」
その言葉は、わたしにとっての祈りだった。
そして、呪いでもあった。
目が覚めると、蝉の声がしていた。
部屋のカーテン越しに差し込む光が、まるでフィルムの中みたいに滲んでいる。
今日は、八月七日――だった。
「……うん、知ってる。だって、昨日もそうだったもん」
わたしは制服のリボンを結びながら、小さくつぶやいた。
そう。昨日も、きのうの昨日も、ずっとこの日を繰り返してる。
その始まりは、あの水たまりを踏んだ朝。
わたしの中では、もう七回目の八月七日だ。
この日を迎えるたびに、校門の前にはあの子がいて、
わたしの知らない顔で、わたしのことを「はじめまして」って言う。
律くん。
転校してきた、海みたいな瞳の男の子。
彼に会うために、この日をまた繰り返してる気がする。
それくらい、わたしのなかで彼はもう大きくなっていた。
通学路を歩く。
風景は変わらない。
ただ、わたしだけが“この夏”に飽きかけてる。
でも、飽きる前に――やっぱり、恋をしてしまう。
校門の前で、彼はきょうも笑っていた。
その笑顔は、きのうの彼とも、おとといの彼とも、少しだけ違う。
「はじめまして。転校してきた律です」
もう、慣れたやりとり。
だけど、わたしは毎回、胸をぎゅっとされる。
彼の中には、昨日のわたしは存在していない。
わたしだけが覚えているこの時間。
この恋。
「……白鐘ここね、です。よろしくね」
彼の手と、わたしの手が、すれ違いそうで――ふれない。
わたしが動けば、彼も動くけど、ズレる。
時計の針みたいに。
いつか、きっと重なると信じてるけど。
「このあいだ、見せてくれた本、なんだっけ?」
「“しあわせ缶詰”の話?」
「そう、それ! もっかい読みたいな。放課後、また図書室で会える?」
ここねは、こくんと頷いた。
彼の中では初めてのお願いなのに、
わたしの中では、たぶん三回目。
でも、言ってくれるたびに嬉しくて、胸がきゅうってする。
まるで、初恋を何度も味わってるみたい。
でも、ひとつだけ変わっていくものがある。
――わたしの気持ち。
放課後、図書室のいつもの隅で、わたしたちは並んで座った。
わたしの好きな絵本を膝に乗せて、律くんは興味津々でページをめくる。
その横顔が、なんだか遠くを見てるみたいに見える瞬間がある。
「……ここねって、変わってるね」
「え? わたし、変?」
「ううん。いい意味で。なんか、見てる景色が違う気がする」
わたしのほうこそ、彼を見つめながらそう思った。
律くんの横顔は、ずっと昔に好きになった人のようで、
でもたぶん、明日には忘れられてしまう存在。
ふと、指先がふれた。
ほんの少しだけ。
だけどその瞬間――彼の瞳がわずかに揺れた。
わたしは、息をのんだ。
「……律くん?」
「……なんでもないよ。ただ……不思議だなって」
その“なんでもない”のなかに、たしかに“なにか”があった。
わたしの記憶だけじゃない、彼の心にも、何かが残ってる気がした。
でも、それはまだ“確信”にはならない。
なにも始まっていない。
なのに、なにもかもが愛おしい。
図書室を出て、わたしたちは並んで歩いた。
校舎の廊下、誰もいない音が響く階段。
窓から吹きこむ夏の風。
わたしは、思い切って言ってみた。
「……また、会ってくれて、ありがとう」
律くんは、少しだけ不思議そうに笑った。
でも、どこか納得したみたいにうなずいた。
「うん。なんとなく……“また”って言葉、似合う気がする」
わたしは、その言葉だけで、
明日も同じ日でも、もう一度恋をしてもいいと思った。
それくらい、彼と過ごす時間が、わたしを強くしてくれる。
きっとこの先も、何度も同じ朝が来て、
何度もこの恋が始まって、そして終わる。
でも、それでもいい。
また会えるなら。
たとえ彼が覚えてなくても――
わたしが、彼を好きになれるなら。
「また、明日ね」
その言葉は、わたしにとっての祈りだった。
そして、呪いでもあった。
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