『スプラッシュ・サマー・キス♡』〜アイドル達の夏と恋と″ホラー″〜

のびすけ。

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白鐘 ここね編「水たまりの向こう、何度でも恋をした」

第三章「それでも世界は、君を知らない」

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朝。

蝉の声が、今日はやけに遠く聞こえた。



まぶたを開けると、わたしの部屋のカーテンがいつもより少しだけ強く揺れていた。

時計を見る。日付を見る。

一瞬、思考が止まる。



「……え?」



スマホの画面には、8月8日の文字。

八月七日じゃない――?



わたしはベッドから飛び起きて、制服に着替えながら何度もカレンダーを確認した。

間違いじゃない。

今日は八月八日。

初めて、“昨日”が終わった。



どうして? 何が変わったの?

答えは、ひとつしか思いつかなかった。



――律くんに、真実を話したこと。



わたしが、“繰り返してる”ってこと。

律くんに出会うために、何度も、何度もこの日を繰り返していたこと。

そして、ふたりが心と体を重ねたこと。



あの夜、確かに世界が一瞬、息を呑んだように静まり返った。

あれはきっと、“魔法”だったんだ。

恋という魔法。



そして、時が――動いた。



学校は、何もかもが一日ぶりに進んでいた。

昨日まで何度も繰り返していた光景とは、ほんの少しだけ違って見えた。



だけど――



「律くん、いる?」



わたしは教室を覗いた。

そこに、彼の姿はなかった。



職員室で先生に尋ねてみると、笑顔でこう言われた。



「律くん? 誰だっけ? ああ、ごめんね、そんな名前の転校生は来てないよ?」



わたしは、その場に立ち尽くした。



「うそ……」



まるで、この世界から彼だけが消えてしまったみたいに、

律くんの存在は誰の記憶にも残っていなかった。



放課後、屋上に上がって風に吹かれながら、

わたしはカメラを取り出して何枚かシャッターを切った。



「……ねぇ、律くん」



レンズの向こうに青空が広がっていた。



「わたし、きみと何度も出会ったんだよ。毎日、何度も、恋して……」



声がふるえた。



「どうして、いなくなっちゃったの……?」



思い返すと、彼の言葉の端々には、違和感があった。

“誰かを待っている気がする”

“きみって、何者なの?”



もしかしたら、律くんは――最初から、この世界の人じゃなかったんじゃないか。

水たまりに映った、もうひとつの世界から来た“誰か”。

わたしの“想い”が、その影を引き寄せたのかもしれない。



でも、わたしは、

本当に彼と出会ったんだ。

触れて、恋をして、心も体も通わせた。

それは夢なんかじゃなかった。



その夜。

わたしは帰り道、

いつもの交差点の水たまりの前で、立ち止まった。



そこに映っていたのは――わたしひとり。

いつもはそこに、律くんが立っていたのに。



「……どうして、いなくなったの?」



声を漏らしたとき、不意に、水たまりがゆらりと揺れた。

誰かが、向こう側から覗いている気配。



「……律くん?」



わたしは恐る恐る、その水たまりに足を踏み入れた。

ぬるりとした水音とともに、視界が一瞬、白く染まる。



気がついたとき、

わたしは、誰もいない校舎の廊下に立っていた。



時間は止まっていた。

壁の時計の針が、カチリとも動かない。



「……ここは……?」



ゆっくりと歩き出す。

何も聞こえない。

空気が、まるで水の中のように重たかった。



理科室の扉を開けると――そこに、

彼がいた。



「律くん……!」



「ここね……来てくれたんだ」



律くんは、わたしを見て微笑んだ。

でも、その笑顔は、どこか切なかった。



「ほんとは、ぼくはこの世界の人間じゃないんだ。

きみの“願い”がつくった、夏の幻みたいなもの」



「……そんなの、いや……! きみは本物だよ。だって、ちゃんとわたしと……!」



律くんはそっと、わたしの手をとった。

ぬくもりが、確かにあった。



「ぼくも、そう思ってたよ。

でも、きみが真実を打ち明けてくれて、心をくれたから……

時間が動き始めた。

ぼくは、きみの願いの中にしかいられない存在なんだ。

でも、君の中でだけ、本物になれたんだよ」



涙がこぼれた。

もう、止まらなかった。



「……お願い、行かないで。

きみがいない夏なんて、もういらない……」



律くんは黙って、わたしを抱きしめた。

それは、世界でいちばんやさしい、さよならの仕方だった。



「ねえ、ここね。

きみがぼくを忘れないかぎり、ぼくは……ずっときみの中にいるよ。

きみの未来に、きっと、もう一度……出会えるから」



気がつくと、

わたしはひとり、交差点の前に立っていた。



水たまりは、

もうそこにはなかった。



スマホの日付は、変わらず八月八日。

世界は、もう“進んで”いる。



でも――胸の中には、

律くんの声が、手のぬくもりが、確かに残っていた。



たとえ世界が彼を知らなくても。

わたしの中では、永遠に消えない。



それが、“本当の恋”だと、思った。
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