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白鐘 ここね編「水たまりの向こう、何度でも恋をした」
第四章「それでも私は、君に会いにゆく」
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あの日から、わたしは毎朝、あの交差点の水たまりを探してる。
でも、どんなに雨が降っても、
どんなに空が泣いても――
あの水たまりは、もう現れなかった。
だけど、
わたしの胸の中には、
律くんが、ちゃんと生きてる。
八月八日から、世界はあたりまえのように続いている。
ユニット《SPLASH☆SUGAR》のレッスンも、収録も、イベントも、
あっという間に目の前を過ぎていく。
だけど、心だけが、あの夏の一日に取り残されてるみたいだった。
「……ここね、大丈夫? 最近、ちょっとぼーっとしてる」
スタジオの控室で、ももかちゃんが心配そうに声をかけてくれた。
わたしは慌てて笑ってごまかす。
「うん、大丈夫……ちょっとだけ、考えごと」
「そっか……ならいいけど。でも、無理しないでね」
ももかちゃんの声は優しくて、
だけどそのやさしさが、胸にしみて、涙が出そうになった。
「ありがとう、ももかちゃん」
夜の帰り道。
駅までの道を歩きながら、ふと見上げた空に、
大きな月が浮かんでいた。
「律くん……今、どこにいるの?」
風が頬をなでていく。
名前を呼ばれた気がして振り返ったけど、
そこには誰もいなかった。
――ほんとうに、もう会えないのかな。
そう思ったときだった。
ふいに、街灯の下の水たまりが、
月の光を反射して、静かに揺れた。
わたしは目を見開く。
数日前まで、何度探しても見つからなかった“あの水たまり”が――
まるで律くんの気配に呼ばれたように、そこにあった。
足が、自然と動いた。
水たまりのふちに立って、そっと覗き込む。
鏡のように映るのは、わたしの顔……だけじゃなかった。
その向こうに、
微笑む律くんの姿が、確かにあった。
「……律くん!」
思わず叫んで、
わたしは――もう迷わず、踏み出した。
目を開けたとき、
そこは“あの校舎”の屋上だった。
でも、空が――違った。
夕焼けじゃない。
夜じゃない。
朝焼け。
初めて見る“続きの時間”。
「……ここね」
声がして振り向くと、
そこに、律くんが立っていた。
風に揺れる髪。
やさしい笑顔。
触れたら消えてしまいそうな存在感――
でも、確かにそこに“生きていた”。
「どうして……また会えたの?」
「君が、願ったからだよ。
あの日、君が“終わり”を受け入れてくれたから……
ぼくも、自分の意志で、ここに来れたんだ」
わたしは駆け寄って、
彼の胸に飛び込んだ。
「……もう、いなくならない?」
「わからない。でも、今はここにいる。
君が、心からぼくを想ってくれたから」
「わたし……もう一度、きみに恋してもいい?」
律くんは、わたしの頬をそっと撫でてから、
言葉の代わりに、唇を重ねてきた。
ふたりは、何も言わずに朝を迎えた。
肌にふれた指の熱、
鼓動の重なり。
くちづけの先で、
世界が震えた。
この夏、
わたしは初めて、自分が“生きている”と感じた。
数日後。
ユニットのラジオ収録で、リスナーからの質問が届いた。
『最近、恋しましたか?』
わたしはマイクに向かって、すこしだけ笑って答えた。
「……しました。
一度じゃなく、何度も――同じ人に」
他のメンバーが「えーっ!?」って騒ぐ中で、
わたしは心の中で、もう一度彼の名前を呼んだ。
夜の帰り道。
あの水たまりは、もう消えていた。
でも、わたしはもう、寂しくなかった。
彼の名前も、姿も、誰も知らなくても。
わたしだけは、知ってる。
あの夏のすべてを。
**
その夜、夢の中で
彼がもう一度、わたしに言った。
『君と出会えてよかった。
君がいてくれたから、ぼくはこの夏に、生きていたよ』
わたしは、彼の胸の中で微笑んだ。
でも、どんなに雨が降っても、
どんなに空が泣いても――
あの水たまりは、もう現れなかった。
だけど、
わたしの胸の中には、
律くんが、ちゃんと生きてる。
八月八日から、世界はあたりまえのように続いている。
ユニット《SPLASH☆SUGAR》のレッスンも、収録も、イベントも、
あっという間に目の前を過ぎていく。
だけど、心だけが、あの夏の一日に取り残されてるみたいだった。
「……ここね、大丈夫? 最近、ちょっとぼーっとしてる」
スタジオの控室で、ももかちゃんが心配そうに声をかけてくれた。
わたしは慌てて笑ってごまかす。
「うん、大丈夫……ちょっとだけ、考えごと」
「そっか……ならいいけど。でも、無理しないでね」
ももかちゃんの声は優しくて、
だけどそのやさしさが、胸にしみて、涙が出そうになった。
「ありがとう、ももかちゃん」
夜の帰り道。
駅までの道を歩きながら、ふと見上げた空に、
大きな月が浮かんでいた。
「律くん……今、どこにいるの?」
風が頬をなでていく。
名前を呼ばれた気がして振り返ったけど、
そこには誰もいなかった。
――ほんとうに、もう会えないのかな。
そう思ったときだった。
ふいに、街灯の下の水たまりが、
月の光を反射して、静かに揺れた。
わたしは目を見開く。
数日前まで、何度探しても見つからなかった“あの水たまり”が――
まるで律くんの気配に呼ばれたように、そこにあった。
足が、自然と動いた。
水たまりのふちに立って、そっと覗き込む。
鏡のように映るのは、わたしの顔……だけじゃなかった。
その向こうに、
微笑む律くんの姿が、確かにあった。
「……律くん!」
思わず叫んで、
わたしは――もう迷わず、踏み出した。
目を開けたとき、
そこは“あの校舎”の屋上だった。
でも、空が――違った。
夕焼けじゃない。
夜じゃない。
朝焼け。
初めて見る“続きの時間”。
「……ここね」
声がして振り向くと、
そこに、律くんが立っていた。
風に揺れる髪。
やさしい笑顔。
触れたら消えてしまいそうな存在感――
でも、確かにそこに“生きていた”。
「どうして……また会えたの?」
「君が、願ったからだよ。
あの日、君が“終わり”を受け入れてくれたから……
ぼくも、自分の意志で、ここに来れたんだ」
わたしは駆け寄って、
彼の胸に飛び込んだ。
「……もう、いなくならない?」
「わからない。でも、今はここにいる。
君が、心からぼくを想ってくれたから」
「わたし……もう一度、きみに恋してもいい?」
律くんは、わたしの頬をそっと撫でてから、
言葉の代わりに、唇を重ねてきた。
ふたりは、何も言わずに朝を迎えた。
肌にふれた指の熱、
鼓動の重なり。
くちづけの先で、
世界が震えた。
この夏、
わたしは初めて、自分が“生きている”と感じた。
数日後。
ユニットのラジオ収録で、リスナーからの質問が届いた。
『最近、恋しましたか?』
わたしはマイクに向かって、すこしだけ笑って答えた。
「……しました。
一度じゃなく、何度も――同じ人に」
他のメンバーが「えーっ!?」って騒ぐ中で、
わたしは心の中で、もう一度彼の名前を呼んだ。
夜の帰り道。
あの水たまりは、もう消えていた。
でも、わたしはもう、寂しくなかった。
彼の名前も、姿も、誰も知らなくても。
わたしだけは、知ってる。
あの夏のすべてを。
**
その夜、夢の中で
彼がもう一度、わたしに言った。
『君と出会えてよかった。
君がいてくれたから、ぼくはこの夏に、生きていたよ』
わたしは、彼の胸の中で微笑んだ。
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