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第6章~転生王子は学校で

シエナ先生

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 その女性は紺のタイトなロングワンピースを着ていた。その上に白衣のような薄いコートを羽織り、ゆったりとした動作でこちらに歩いてくる。
 扉側に並んだ俺たちの前で止まると、ウェーブがかった長い髪がふわりと揺れた。
 切れ長の目を細め、咥えていた極細の葉巻を指で挟み口から離した。

 あれはミントの葉巻だ。葉巻と言っても、こちらの世界では火を付けて吸うものではなく。噛んで清涼感を味わう葉巻型のミントガムみたいなものだ。
 子供が使用しても害はないのだが…多分子供はやらないだろうなぁ。俺も一回試したことあるが、葉っぱなので青臭いし使ってるミントが尋常じゃないほど辛い。辛すぎてしばらく舌が痺れるくらいだ。
 子供どころか大人でも敬遠しがちなのに、何事もないように噛むとは……。
  
 彼女は葉巻を持っていない方の手で、顔にかかる髪をけだるそうにかきあげた。長く白い指先からアッシュグレーの髪がこぼれ落ちる。
 「ふぅん。今年はお前らだけか……。」
 俺たちをゆっくり見渡して、片側だけ口角を上げる。
 少しハスキーな声は何だか色っぽくて、ちょっとだけドキドキした。レイなんて頬が赤くなっている。
 
 彼女の名前はシエナ・マイルズ。鉱石の授業担当教師だ。年齢は30代前半くらいだろうか?
 噂ではとても気難しい人だと聞いていたので、厳つい年配の女性なのかと想像していたのだが……予想と大分違った。
 化粧っけがないのに美人で、けだるげに髪をかきあげるしぐさはとても様になっていた。そしてすべてを見据えているかのような、グレーの瞳に見つめられるとドキリとしてしまう。

 シエナ先生は身をひるがえすと、奥に置いてある大きな椅子にどっかりと座った。椅子の近くには小さなサイドテーブルと、大きめのクッション、ひざ掛けがある。どうやらそこが彼女の定位置のようだ。
 「とりあえずそこらに座れ。置物みたいに並ばれても邪魔だ。」
 座るところと言っても……。
 きょろきょろと部屋を見渡す。

 ここはシエナ先生の教務担当室だ。広さは8畳ほどで縦に長い。横にいくつかドアがあるところを見ると、他にも部屋があるのかもしれない。
 奥に大きな窓がひとつあり、その前には書物の積まれた机とシエナ先生が座っている大きな椅子がある。
 鉱石の先生なだけあって、両脇の棚や机に色々な鉱石や鉱石関係の書物が置かれていた。窓から入る光が鉱石を煌めかせ、鉱石屋の風景を彷彿とさせる。

 しかし…ないじゃん座れそうなもの。まさかこの石の床に直に座れと言うのか?冷たそうだなぁ。
 床を見つめながら躊躇していると、アリスがシエナ先生の所へすたすたと歩いて行った。
 「先生。そちらの絨毯お借りしてもよろしいですか?」
 指さす先をよく見ると、丸められた60センチ幅ぐらいの絨毯が置いてあった。
 シエナ先生のひざ掛けがかかってて気付かなかったな。なるほど。それを敷いて座るのか。
 「ああ、構わない。ついでにそこにあるクッションも使え。」
 チラリと確認してシエナ先生が頷くと、アリスがぺこりとお辞儀をする。 
 「ありがとうございます。」
 
 アリスが絨毯を掴んだので、俺たちは慌てて手伝いに向かった。小さくても毛足が長く目の詰まっている絨毯は、持つとズッシリと重量があった。
 「アリスとライラはクッションお願い。」
 俺とカイルとレイとトーマで先生の座る椅子の前に絨毯を敷き、アリスとライラがいくつかあったクッションを置く。2メートルほどの長さがある絨毯は、6人が横並びで腰かけるのにちょうど良かった。
 痛くない!冷たくない!
 「ありがとうアリス。」
 さすがアリスだ。よく気が付くなぁ。
 俺がにっこり笑うと、ちょっと頬を染めて首を振った。
 「お礼なんて、大げさよ。」
 「そんなことないよ。」
 洞察力と機転が効かないとなかなかできないことだ。
 
 「しかし6人ねぇ……。校長もいっその事授業やんなきゃいいのに。」
 シエナ先生は俺たちを見下ろしてため息を吐くと、葉巻を加え直して椅子の背にもたれかかる。
 いかにも面倒だと言わんばかりの口ぶりだ。
 俺もまさか鉱石の授業がこれほどまでに人気ないと思わなかった。選択したのが俺たちだけなんて…。余程気難しくて単位取れにくいと言う噂が広まっているのだろう。

 「失礼ですが、授業の需要がなくなったら先生が困るんじゃないですか?」
 真っ直ぐ見据えて言うカイルに、俺たちはいっせいに彼を見た。
 めちゃくちゃ言いにくい事をズバリと!
 まぁ、俺も思ったことだけどさ。だって、ただでさえ鉱石なんて必要ないと思われがちな授業だ。需要なくなったらシエナ先生だって学校を追い出されちゃうのではないだろうか。

 しかしそんな俺たちに向かって、シエナ先生はニヤリと笑う。
 「別に困らないさ。私はこの部屋をステア王国から買い取ってるからな。」
 は?買い取ってる???
 俺たち全員の頭の上に疑問符が浮かぶ。
 ライラが「あの…。」と声を上げた。
 「つまり…この部屋は、シエナ先生の自宅…ってことですか?」
 言いながらも自分の質問に不安が残るのだろう。眉間にしわが寄っている。

 「そうだよ。」
 シエナ先生は椅子の肘掛けに頬杖をついた。
 学校の一室を自宅に…?聞いたことない。普通あり得ないよな。
 こちらの世界じゃあることなのかとも思ったが、いろんな情報に精通しているレイでさえ驚いた顔しているんだからやはり珍しい事なんだろう。
 「ど…どういったいきさつで…。」
 レイが身を乗り出して聞く。

 「この学校にライオネル・デュラントがいるだろう?私はもともとあいつの話し相手だったんだ…。」
 ライオネル・デュラント先輩。2年の生徒総長だ。この学校を管理しているステア王国の第3王子なのだが…。王子をあいつ呼ばわり…。そんなに親しい仲なのだろうか?
 「王子の話し相手ですか…?」
 トーマが驚きながら首を傾げる。
 「そう。幼い頃から体は弱いが知識に関して貪欲でね。鉱石のことが知りたいと、王宮での話し相手に私が呼ばれたんだ。」
 さすがはデュラント先輩だ。小さい頃から探究心に溢れてたんだなぁ。
 思わず「ほぉ~」と感心した声が出る。

 「で、あいつが学校に行くことになった時に、教師として誘われたんだ。」
 シエナ先生はため息を吐いた。
 「断ろうとしたんだけどね。ライオネルは聡い子だが、他のガキどもの教師なんてまっぴらごめんだ。だから、学校の一室を自宅として買い取らせること。学校行事は参加しない。授業以外の時間は研究に充てさせること。授業内容についての指図や文句は一切受け付けない。って条件を出した。」
 
 む…むちゃくちゃな条件だ。だがシエナ先生がここにいると言うことは、ステア王国はその条件を飲んだと言うことだろう。それだけ生徒の知識として、シエナ先生の授業は必要だと判断したのだろうか。
 「でも、何でわざわざここを買い取ったんですか?町に教師用の部屋を無料で借りられたはずですけど。」
 アリスが首を傾げる。シエナ先生はゆったりと頷いた。

 「そうだな…だが、ここには巨大図書館があるし、皆寮や家に帰るから夜は静かで研究向きだ。誰かに頼めば購買で食事も買って来てもらえるし、仕事である授業もそこのドアを通ればつながっている。そして…。」
 シエナ先生は悠然とほほ笑んだ。
 「仕事を辞めることになっても、追い出されることなくこの環境が守られるだろう?」

 ……引きこもりライフ。
 そんな言葉が頭に浮かんだ。
 そう言えば入学式どころか、学校が始まってしばらく経つのに、シエナ先生のことを学内で見かけ事がなかった。
 当然だよな…。この部屋に引きこもってるんだから。

 「私の知識は教えてやるが、それ以上は望むなよ。」
 微笑むシエナ先生に、俺はゴクリと息を飲んだ。



 ※感想・お気に入り登録ありがとうございます!
 薦めたいと思っていただけて本当に嬉しいです。投稿しがいがあります。
 
 フィルにとって人も設定も増え始めてる時期でして、毎回説明多くてすみません。
 もうしばらくお付き合いください。新キャラの情報もここがひと段落したら載せるつもりです。

 そういえば、先日アプリの方で書き進めている時に、プレビューで確認しようと思ったんですが・・。
 深夜でうとうとしてたせいか、『作品をプレビュー』のすぐ下の段にある『作品を削除』に触って「ヒッ!」となりました。震える指でキャンセル押しましたが・・・怖かった。ビビりました。
   

 
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