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第8章~転生王子は授業中

ユーリ

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「こっち!近道だから」
 ユーリの案内で市場を抜け、細い路地に入っていく。その細さは大人2人がギリギリ並んで歩けるほどで、まるで猫の道のようだった。ジグザグと曲がられて、すでに帰り道に自信がない。

 そんな俺の後ろで、はぁーっと深くため息を吐くレイがいた。このため息がいったい何度目のものかもうわからない。
 「何よさっきから」
 ウザイと言うようにライラが眉をひそめる。
 「俺が女の子を見抜けなかったなんて……」
 そう言ってレイはガックリと肩を落とした。

 見抜く能力あると思っていたことに驚いた。
 はじめて会ったとき、俺を女の子と間違えてナンパしたよね?
 そう思ったが、更に落ち込まれても面倒なのでそれは言わないでおく。

 「まぁ仕方ないと思うよ?話し方も男の子っぽいし。僕も間違えたよ」
 振り返って俺が小声で言うと、レイは情けない顔でズイッと寄ってきた。
 「初対面の女の子を疑うなんて、きっと悪い印象を与えたよな?!」

 知らんがな……。

 そうか。間違えただけで、やけに落ち込んでると思ったら。ユーリ女の子に対して悪い印象を与えたんじゃないかと心配してたのか。
 「フィル君相手しなくていいわ」
 ライラの言葉にコックリ頷いて歩を早めた。
 「あ!こら!真剣なんだぞ!」
 後ろで何か言ってるが、聞かなかったことにする。
 何だ。心配して損した。
 

 細道を抜けるといきなり視界が開けた。大通りに出たのだ。
 「あそこが、うち」
 ユーリが指さした方にはレトロな木戸があって、広い庭と小さな温室、奥に可愛らしい木の家があった。
 庭は広いけど、一般的な家だ。温室はあるが思ったより小さいし。
 「果物卸してるって言うから農園みたいなのかと思ってた」
 俺が拍子抜けしたように言うと、ユーリは振り返って笑う。

 「農園はまた別にあるよ。この季節のシャクの実は自分の家で使う分だけ。だから庭の温室でしか育ててねーんだ」
 そう言って木戸を開けて中に入る。
 「おじゃましまーす」
 口々に言いながら俺たちも中に入っていく。
 「ただいまー!」
 かごを置いたユーリが大きな声で帰りを告げる。するとその声を聞きつけ、家の中から男の子が2人飛び出してきた。ユーリの弟だろうか、真っ直ぐ駆け寄りユーリにしがみつく。
 顔が同じところを見るとどうやら双子のようだ。

 「おかえりねーちゃん!遅かったね!」
 「おかえり!遊んでたんだろー!ずるいぞ!」
 1人は嬉しそうに微笑み、1人はニシシとイタズラっぽく笑う。

 ユーリは2人の頭をわしゃわしゃ撫でた。
 「おう、セイン、タインただいま!遊んでねーっつーの。客連れてきたんだよ」
 「客?」
 そう言われて初めて俺たちの存在に気付いたらしい。
 バッとユーリの後ろに隠れ、ユーリを盾にしてこちらをソッと覗く。
 警戒しているのか人見知りなのか、2人はジッと見るだけで言葉を発さない。
 小動物みたいで可愛いな。

 「こんにちは」
 にっこり笑って挨拶すると、2人は隠れながらボソリと呟く。
 「……こんにちは」
 可愛いなー。ついなでなでしたくなってしまう。
 「客案内してくるから、お前ら中に入っとけよ」
 「えーー」
 不服そうな声を上げたが、ユーリが睨むと口をつぐんだ。

 「母さん1人にしたらダメだろ」
 「わかった……」
 今度は優しく撫でられ、2人はようやく納得したように家の中に入っていった。それを見届けたユーリは、俺たちを温室の方へと連れて行く。
 お母さん1人にできない何かがあるのだろうか?しかし、プライベートなこと聞いて失礼なことだったらマズイしなぁ。
 
 俺がそんなことを考えていると、温室の扉を開けたユーリが振り返った。
 「これがシャクの木だ。時期をずらして植えてるから、定期的に配達出来ると思うんだけど」
 言われて温室を覗く。
 温室には背の低いシャクの木が、5本ほど植わっていた。その中の1本はツヤツヤと輝く赤い実が鈴なりになっている。
 これはすごい。シャクの木も、実がなっているところも初めて見たが、南天みたいに実がなるんだな。

 「わぁ、美味しそう!こんなツヤツヤしてるシャクの実初めて見たかも」
 ライラが感動したように温室に入っていく。
 「味見してもいいよ」
 「本当?やった!」
 ひとつ摘んで口に入れたライラは、身を震わせてジタジタすると、にっこり笑顔になった。
 「美味しい!甘酸っぱくて、でも変に酸味がキツくなくて」
 ライラに一粒貰ったメイラーも、ピョロロロロロと長く鳴いた。
 【これは非常に美味しいですね。市場で売られているシャクの実より上等です!】
 喜びを表すかのように頭を左右に動かす。

 「本当だ。これは美味いな。フィル様もどうぞ」
 カイルが採ってくれた実を口に入れた。噛んだ途端ジュワッと果汁が出てくる。果肉は柔らか過ぎないのに、こんなに果汁が出るのかとビックリした。
 シャクの実ってこんなに美味しかったんだ?

 「美味い!」
 「美味しいね!」
 レイとトーマの感想に、俺も笑顔で頷く。
 「うん!美味しい」
 これほど果汁が出るなら生のシャクの実を潰してクッキーに混ぜたバージョンと、ドライフルーツにして混ぜたバージョン作ってみたいな。
 ほんのりピンクに色づいたクッキーと、赤い実が水玉のように広がるクッキーはきっと目を引くだろう。
 
 「値段なんだけど、小袋一つで30ダイル欲しいんだけど……どうかな?」
 300円か……相場より高めだが、この時期を考えれば仕方ないかもしれない。むしろこの品質だからもっと高いかと思っていた。
 ライラをチラッと見ると、息をひとつ吐いて頷く。彼女も商人の娘スキルで値切りたいところだが、この品質ではそれくらいでも致し方ないということか。
 「それでいいよ。それでこれってすぐ収穫する状態?」

 「これはそうかな。あと少ししたらまた次のが熟すけど」
 来週試作で再来週から売り出しだから、生のシャクの実使うんだったらちょうどいいな。ドライフルーツにするなら、もう作り始めなきゃだからこの実ってる分を買って……。
 シャクの実を眺めながら考えて、うんうんと頷く。

 「さっきも言ったけど、配達はアタシが責任持ってやるよ。まぁ信用してもらうには、母さんを会わせた方がいいんだけど。今体調崩してて……」
 そう言って困ったように眉を下げる。
 あぁ、さっきのやりとりはそういうことか。そんなに体調悪いのかな?

 「そんなに悪いの?僕らを相手にしてて大丈夫?」
 早く戻らないといけないんじゃないだろうか。
 心配そうにうかがうと、ユーリは首を振った。
 「母さん季節の変わり目に体調崩しやすいんだ。悪化しないか見てなきゃなんだけど、明後日父さんも出稼ぎから帰ってくるし。いつものことだからそんな深刻じゃないって」
 俺たちを心配させないように笑う顔はとても健気だ。初めて会った時は強そうな印象あったけど、実際は違うのかもしれない。

 すると突然レイが、ユーリの両手を握った。
 「え、な、何だよ」
 戸惑ったようにレイと、握られた自分の手を交互に見る。
 「さっきはごめん!疑ったりして!」
 「あ、ああ。もう気にしてねーよ。考えてみたらお前らが言ったこと当然だし」
 その言葉にレイは感動したのか、ユーリを見つめ打ち震える。
 「なんて心が広いんだ。今度から果物買うときは君の所で買うから!」
 さらに情熱的に手を強く握られ、ユーリは困ったように口元をひくつかせる。
 「あ、いやこれ以外の果物は市場に卸してるから……」

 「じゃあこのシャクの実を全…ブッッ!!!」
 言い切る前にライラに後頭を殴られた。頭を抱えて、うずくまる。
 「どこの富豪よ。実技で使う分だって言ってんでしょ」
 「俺の誠意を……」
 頭をさすりながら立ち上がるレイを、冷めた瞳で睨む。
 「そんなもんそこらの池に捨てなさいよ」
 容赦ないね。ライラ。
 
 ライラはようやく解放されたユーリに優しく微笑む。
 「ごめんね、ユーリ。個人じゃなくて実技だから余分に買ってあげられなくて。でも評判良かったら、後半は多めに買わせてもらうわ。約束する」
 「ああ、それで充分だよ」
 力強く言うライラにホッとしたように大きく頷く。
 よし!商談成立だ。


 「じゃあ、今日袋ひとつ買っていい?」
 「ああ、わかった」
 にっこり笑うと、ユーリは目の前で収穫を始めた。
 「フィル、もう買うの?あ、干すのか」
 トーマは傾げた首を戻して、ピンときたというような笑顔になる。
 「そう。だから初めは1日62ダイルまでってのよりはだいぶ使っちゃうかな」
 「先行投資は仕方ないわ。売り上げ分も多少は使う予定だし」
 買い物チェックに書き込みながらライラが呟く。

 「あ、そうだ」
 シャクの実を採るユーリを眺めながら、あることを思いついた。
 温室から出ると、ユーリを残した皆がゾロゾロと出てくる。
 「どうしたんですか?」
 不思議そうなカイルに、少し笑って口を開く。
 「テンガ」
 呼ぶと空間の歪みからテンガが現れた。
 【フィル様お呼びっすかっ?……あれ?いつもの部屋じゃないっす】
 キョロキョロと辺りを見回し、ハッとライラを見てさっと俺の足に隠れる。
 相変わらず初対面の人間には警戒心が強い。
 
 「これが噂の袋鼠フクロネズミのテンガちゃん?可愛いーっ!!」
 「うん、可愛いよねぇ!」
 ライラとトーマが声をあげると、ビクッとしてペタリと俺の足にくっついた。
 【騙されないっす】
 その様子に思わず吹き出す。
 いつも能天気な姿ばかり見てるから、こうしているとギャップが可愛いな。いや、テンガにしてみたら大変なことかもしれないけど。

 「何騒いで……うわ!獣?!」
 収穫が終わったらしいユーリは、テンガを見つけて袋を落としそうになる。
 「大丈夫、召喚獣だよ。テンガ、マクリナ茶出してくれる?」
 コクリと頷いてごそごそとお腹の袋をあさる。そしてマクリナ茶を取り出した。
 「どうもありがとう」
 俺はヨシヨシと頭を撫でる。撫でられたテンガは嬉しそうに目を細めた。

 「これお母さんにお見舞い。うちの実家で薬代わりにしているお茶なんだ。お湯でふやかして、葉はすりつぶして薬に。葉の成分が溶け出したお湯は薬湯として飲めるよ。まず薬湯飲ませて、様子見ながらすりつぶした薬を少しずつあげてみて」
 30ダイルとマクリナ茶を手渡し、代わりにシャクの実を貰う。しかしユーリは焦ったように30ダイルを返そうとした。
 「薬はありがたいけど、それじゃ代金貰えねぇよ」
 
 「だからお見舞いだって。授業と関係ない個人としてだから。授業に使うものを物々交換で手に入れたらこっちが困っちゃうよ。ね?」
 メイラーに返事を促すと、メイラーはピョロロと鳴いて頷いた。
 【物々交換はダメです】
 「ほらね」
 俺が肩をすくめて笑うと、ユーリはマクリナ茶を握りしめペコリとお辞儀した。

 
 
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