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第11章~転生王子と秘密基地

番外編 ステラ姉さんとの再会

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 日の明けきらぬ闇に紛れ、俺はカイルと共にコクヨウの背に乗り、国境を越えようとしていた。
 ここはステア王国とティリア王国の国境である。
コクヨウの漆黒の毛色は、カイルの闇妖精により包まれ、影そのものになっていた。
 国境には高い壁が設けられていたが、コクヨウにとっては無いにも等しい。
 【行くぞ】
 コクヨウの呟きに、俺とカイルはコクヨウの毛を掴んで身構える。
 グンと体が引っ張られた瞬間には、俺たちはすでにティリア王国領内にいた。
 見張りの兵に気付かれた様子はない。
 俺は少し安心して、コクヨウを先に進ませることにした。

 疾風の如き足は、空を飛ぶように地を駆ける。
 しばらく行くと、高い柵に囲まれた大きな白亜の洋館があった。
 薄暗い中でも、壁に控えめながら美しい装飾が、施されているのが見えた。洋館の前には庭園もあるようだ。
 うわぁ、綺麗な洋館だな。センスもいいし。さすがティリア王国家の別荘だ。
 それを眺めながら感嘆の息をつき、門の前でコクヨウから降りる。
 「コクヨウありがとう」
 抱きついて、もふもふと毛を撫でコクヨウ労う。それからコクヨウに向かって、呟いた。
 「コクヨウ、我が身に控えよ」
 コクヨウは空間に搔き消える。それと同時に、カイルが闇妖精の能力を解除した。
 「な、何者だっ!!!」
 闇から突然現れた俺たちに、衛兵は動揺したように声をあげた。
 俺たちは被っていたコートのフードを取る。
 子供とわかって、衛兵達はさらに困惑したようだ。
 カイルはすぐさま、玄関前の衛兵に向かって礼をする。
 「こちらの御方は、グレスハート王国第三王子フィル・グレスハート様でいらっしゃいます。私は侍従のカイル・グラバー。フィル様のお姉さまである、ティリア王国皇太子妃殿下ステラ様とお約束しているのですが……」
 カイルの言葉に、衛兵は俺の髪色を見て慌てて頭を下げる。
 「確かに言付かっております。では、どうぞこちらへ」
 衛兵たちは、門の扉を開けた。

 衛兵に案内されて庭園を通り、館の扉を叩く。扉が開くと、執事のようなおじいさんが現れた。
 「この別荘を管理しております。ハンス・マウェルと申します」
 ハンスは深々と頭を下げる。
 「フィル・グレスハートです。彼はカイル・グラバー。しばらくの間、よろしくお願いします」
 俺が微笑むと、ハンスは微笑みを深くした。
 「こちらこそよろしくお願いします。皇太子妃殿下の、おっしゃっていた通りの方でらっしゃいますな」
 はて?ステラ姉さんから、なんて聞いてるんだろう。
 俺がキョトンとしていると、ハンスは更に微笑んで「さぁ、こちらへ」と片手を広げた。
 「何か不都合がございましたら、おっしゃってください。では、皇太子妃殿下の元へ、ご案内いたします」
 案内されながら、館内を見回す。外観と同じで、品の良い装飾が施されていた。

 長い廊下を行くと、広間らしき大きな扉の前に着いた。
 「皇太子妃殿下、フィル殿下ご到着なさいました」
 開けられた扉から、俺とカイルが中に入る。ハンスは一礼すると、扉を閉めた。
 暖炉の灯りと、パチパチと燃える音がする。暖炉の前でステラ姉さんが、佇んでいた。ステラ姉さんは俺の姿を確認すると、柔らかく微笑む。
 「ステラ姉様っ!」
 俺が駆け寄ると、ステラ姉さんは優しく抱きとめ、頭を撫でてくれる。
 「フィル。見ない間に少し大きくなったかしら?」
 「なってます?」
 俺は嬉しくなって、ステラ姉さんの顔を見上げた。ステラ姉さんは微笑みながら、頷く。
 ステラ姉さんと会えなくなって、もう一年ほどになるもんな。
 そうかそうか、俺も大きくなってるか。
 思わずニヤニヤしてしまう。
 「手紙で言っていたように、今日はこちらに泊まれるのでしょう?」
 「はい。寮にも外泊届け出しました」
 にっこりと微笑むと、ステラ姉さんも微笑み返してくれる。
 「嬉しいですわ。たまにはフィルを、独り占めしたいですもの。アルフォンス兄様が、羨ましがるでしょうね」
 それを聞いて、俺はガクリと頭を下げる。
 「昨日手紙に書いたら、涙に濡れた手紙が返ってきました……」
 「……相変わらずですのね」
 ステラ姉さんは小さくため息をつくと、俺の肩に手をかけて暖炉近くのソファに連れて行く。
 「カイルもおいでなさい」
 ステラ姉さんは、カイルを振り返った。カイルは恐縮するように、視線を彷徨わせる。
 「いえ、俺は……」
 「フィルの体がこんなに冷たいのですもの。あなたも同じでしょう?」
 有無を言わせぬステラ姉さんの声色に、カイルはおずおずとこちらにやってくる。
 俺達がソファに腰掛けると、ステラ姉さんが暖かいお茶を入れてくれた。
 暖炉の暖かさと、お茶の熱さにホッと息をつく。

 改めて部屋を見ると、絨毯もカーテンも壁に掛けられたタペストリーも豪華な織物だった。
 さすが織物の国であるティリア王国家の別荘だなぁ。
 「ティリア王国の織物は、やっぱり美しいですね。ステラ姉様のドレスもそうですよね?」
 ドレスの織物の上から、さらに刺繍がされている。金糸銀糸を使っていないのに、その刺繍は見事でとても美しかった。
 「織物に刺繍なんて。ティリアには、すごい職人がいるんですね」
 するとステラ姉さんは、言いにくそうに俯く。
 「このドレス……アンリ殿下が作ってくださいましたの」
 思わず俺は、口を開けて固まった。
 「は?…………え?アンリ義兄様が?」
 ティリア王国皇太子、アンリ・ラングレー。まだ19歳だと言うのに、燻し銀の渋さがある人である。
 あの無骨そうな人が、こんな細かい刺繍してるのか……。
 俺はマジマジと、ステラ姉さんの袖に施された刺繍を見る。ステラ姉さんは、そんな俺の様子に苦笑した。
 「私も練習しているのですけど、全然ダメなのです」
 「でもステラ姉様も刺繍お上手でしょう?」
 不器用なレイラ姉さんと違って、ステラ姉さんの腕前は相当なものだったはずだ。
 「このように薄い織物の美しさを損なうことなく、細かい刺繍なんて出来ませんわ。ティリアでも、そうはいないのじゃないかしら?」
 マジか……義兄さん。国宝級の腕前か……。
 大きな体でチマチマ刺繍している姿を想像して、噴き出しそうになった。
 でも、それもステラ姉さんへの愛あってだよな。
 「仲良さそうで良かったです」
 俺がニコリと微笑むと、ステラ姉さんは頬を紅潮させた。

 それから誤魔化すように、コホンとひとつ咳払いする。
 「それはそうと、学校生活はどうですか?お父様の頭痛の元を作っていないでしょうね?」
 からかうように微笑むステラ姉さんに、俺はギクリとした。だがすぐニコッと笑ってみせる。
 「大丈夫です!何にも問題ないです!ね?カイル?」
 俺がカイルを見ると、カイルは人形のようにコクコクと頷く。そんな俺たちにステラ姉さんは、困ったような息を一つついた。
 「その様子じゃ、色々あったようですわね」
 ぐっ!さすがステラ姉さん勘がするどいっ!
 「で、でも!僕がグレスハートの王子とはばれてないですし、コクヨウのこともばれてないですし!」
 俺が身振り手振りをつけて言うと、ステラ姉さんは苦笑する。
 「はいはい、わかりました。とにかく、怪我をするような無理はしないで下さいね」
 「…………はい」
 すでに山犬の魔獣を倒したと言えない。
 
 それから、学校の当たり障りのない内容を話してひと段落ついた頃、ステラ姉さんが人を呼び寄せ箱が運ばれてきた。
 「今日こちらに呼んだのは、直接贈り物をあげたかったからなのです」
 ステラ姉さんに促されて目の前に置かれた箱を開けると、それは手編みのマフラーと手袋だった。
 しかも、青とグリーンの二組ある。
 「こちらは寒いでしょう?フィルとカイルにと思いまして……」
 「お、俺にもですか?」
 驚くカイルに、ステラ姉さんが頷く。
 「ありがとうございますステラ姉様」
 俺はペコリと頭を下げ、カイルはソファから起立して頭を下げる。
 「ありがとうございます!」
 それから、二人でもらったマフラーと手袋を早速つけて見た。
 マフラーも手袋もふかふかモコモコで、とても暖かかった。

 冬に外出する楽しみが、ひとつ増えたな。

 
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