真夏の氷

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カウンターの中に入れてもらうと、店全体が見渡せた。
店で扱う品は、3種のかき氷。
カウンターに3席、2人掛けのテーブルが3席。
限定された品数、席数。
人を雇わなくとも、十分回るのでは?
なんてお節介なことを浮かべていると

「朝、来る前にお使いを頼めるかな」
「お使い?」
「穂村くんがチラシを貰ってきた大安ってお店。
ちょうどココの下にあるでしょう。
これ持って、上の用事できましたって言えば、見繕ってくれるから」
そう言いながらギョクセツさんは
カウンター下の引き出しから、梯子のような木枠を取り出し
「はい」と俺に手渡した。

藁縄がぐるぐると巻かれた木枠。
藍色の平たい紐が2本、しっかりと括り付けられている。
二宮金次郎像が背負っている、アレだ。

「……ちなみに、お使いの品ってどんげんもんでしょうか」
「その日に使ういちごとか。大体2斗の荷物だね」
「にと?」
「30キロぐらい」
量。
「えっ。この、藁縄と布の絡まった木枠、で」
「背負子ね」
……途中で壊れたりしないか?
上げ下げしてみたり、肩にかけてみる。
丈夫ではあるようだが。
「今までも、これで持って来て貰っているから。大丈夫」
前例を持ち出されてしまった。

港に届いた小包を、上の方に住むじいちゃんやばあちゃんに
届けたりしていたが、あれはあくまでも小包。
そして自転車やらリュックやら
現代技術の詰まった品を使ってのこと。
歩くだけでもきつい山道を、30キロ担いで登る。
その後に接客か……。
無言で逡巡していると、納得したと思われたのか
「荷運び用の道、教えるね」
群青の暖簾の奥へと案内された。

うっすら暗い台所。
生活空間に立ち入ってしまったようで、そわそわする。
左に襖、右手に石造りの流し台、かまど。
店内がレトロなら、ここは歴史、といった感じ。
一番奥の引き戸が開く。ぬるい風が室内を通り過ぎた。

「暑い…」
「ですねえ」
室内が涼しいと、余計に外の熱が際立つ。
「……。戸を開けた瞬間出たくない気持ちが湧いてくるんだ」
うんうん、と大きく頷く。
気温の話題は万人共通だ。
ギョクセツさんは、ふ、と大きく息を吐いて
意を決したように暑さの中へ飛び込んだ。
習うように深く呼吸する。
みずみずしい土の香り。
木々の合間から真っ直ぐ差し込む陽の光に、お互い目を細めた。

「夏は、嫌いじゃないのだけどね」
平たい敷石の両側で、キラキラと輝く草花たち。
夏場の水やりは大変だろうな。


「こっちは商い用に舗装されているから、表よりも、ずっと楽だと思う。
みちなりに降りていけば、大安の裏に出るよ」
「繋がちょるんですね。あっ、系列店、ですか?」
「当たらずとも遠からず……」
言葉を濁すようにギョクセツさんは袂を探る。
チラとのぞく腕。
うわ、白。
あんまり外に出ないのかな……。
渋い色の鍵を取り出すと、手渡された。

「下の扉の鍵。開いてなかったら使って」
「ありがとうございます」
ひんやりと重い。責任って感じの重さだ。
落とさないようにリュックの奥へとしまう。

挨拶を済ませ、みちなりに沿って歩く。
ふと、背中の方に視線を感じて、振り向くと
木戸の前に立つギョクセツさんが、こちらを、見据えていた。

体の芯から熱を奪っていくような、冷たい威圧感。
初見で感じた得体の知れなさが再び湧く。
どうにか前を向き直し、歩く。
いつの間にか早足になって
駆け降りていた。

急に走ると危ないよ。

なんて聞こえたような気がした。

……見送ってくれていたのかな。
だとしたら、悪いことしたな。
道の傍、深い草むらの奥で、流れているであろう沢のせせらぎが
茹だる頭を冷やしてくれる。

表が険しい山道なら、裏のこっちはお散歩コース。
穏やかな坂を軽い足取りで進んでいると
ガサ、ガサリ。草をかき分ける音がした。
音は、こちらに真っ直ぐ向かってくる。

えっ……。
曲がりなりにもここ、東京なのに。獣がいるの?
一体、何が、いるんだ。熊、とか?
スマホを取り出すも安定の圏外。
とにかく刺激しないよう静かに素早く移動しよう。
そう考えている合間に傍の草むらは大きく揺れた。

カゴを背負ったおばあさんが這うように出てくる。
「ど、どんげんしたんですかっ」
獣じゃないにしろ、心臓は跳ね上がった。
おばあさんは、は、は、と荒い呼吸を何度か繰り返し
「足、挫い、ちゃって……」
絞り出た掠れ声。
背負っていた荷物を草むらの影に置く。
「おばちゃん、背中、乗るる?動けん?」
腰をかがめて尋ねる。
「え、!?いい、いいのよ」
おばあさんは、大丈夫、と言わんばかりに起き上がって
すぐに、尻餅をついてしまった。
ある程度は動けるようだ。

「麓に人いるから。声かけてくれたら、助かるから、ね」
戸惑うおばあさんの前に、低くしゃがむ。
「こんな場所で倒れちょったら茹ってしまいますよ。
俺も下るる途中やじ、気にせんでください」
おばあさんは、おずおずと、山菜でいっぱいのカゴを草むらに降ろし、
遠慮がちに背中へ体重をかけた。
しっかり背負えたのを確認して、おばあさんの太ももの下に腕を通す。
そのまま手首を掴む。

「なんだか随分、慣れていらっしゃるのね」
「階段やらでばあちゃんじいちゃんらからうてたんで」
「ん、ん…?お兄さん、お国はどちらでいらっしゃるの?」
「九州ん方の離れ島です。灯島ちゅう」
「ああ」
「有名なんな、ロウソクと、あと、港に猫が、多め、で。
写真ん撮りに、たまーに本土から人が来て」
「へえ」

興味、知名度、故郷に対する、『無さ』が、背中から伝わる。
尋ねてきたのはおばあさんの方なのに……。
良い場所なんですよ!と手放しに褒められぬ故郷。
環境の変化を求め上京した身だ。
興味を持たれないのは、良いことだ。

「こっち、夏でも山菜、あるんですね!」
「そ。そおね。奥の沢は涼しいから。
山わさびもあるしワラビも、まだ柔らかいのがあってね。
欲張って深く入り込んでしまったのよ……。
迷惑かけて本当に、ごめんなさい」

「うちの、ばあちゃ、…祖母も。
生きてたころ、よく山菜とり行ってましたよ。
他の人が行かんようなトコに良いのがあるとかで。
奥の方によく行っちょりましたね。
心配した母に毎回がられてましたけんども」
「…心配も迷惑も、かけちゃダメってわかっているのだけども。
つい行っちゃうのよねえ」
「あはは」

この人、今まさに痛い目に遭っているのに
またやらかしそうだな……。
おばあさんと会話しているうちに穏やかな坂は、平地へ変わる。
瓦屋根のついた立派な門の前に、人が集まっていた。

「やだまあどうしたの!?」
カゴや袋を背負ったおばあさんやおじいさん達が、わらわらと寄ってくる。
心配を浮かべる面々に、背中のおばあさんは
今までの出来事をかいつまんで説明した。
ぞろぞろと門の中に案内される。

おばあさんを、縁側にゆっくり降ろす。
一人のおじいさんが、おばあさんの足の具合を確認すると
「捻挫だな。いつも出してる湿布貼っときゃいい」
医者(?)のおじいさんの診断に
皆は、呆れ、笑い、安堵、さまざまな表情を浮かべた。
おばあさんの無事は確認できた。
縁側から立ち上がり、門へ向かう。
「ちょっと、ちょっとどこ行くの、お兄さん!」
おじいさんおばあさんの表情が和らぐ最中、俺の血の気は完全に引いていた。

「荷物、取り行ってきます……っ」

まずい。
まずいまずい。

下りてきた道を急いで駆け登る。
リュックも鍵も背負子も全部置いてきてしまった。
自分で置いてきたにも関わらず、
頼む、あってくれ!祈りながら走る。
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