4 / 7
3
しおりを挟む
ばあちゃんちで『UFOのビデオ』を見る。
「来いーってみんなでやるの。これ、うちの近所っ」
「まこちそりゃっかり見るねえ…」
「だって本当にUFO来るかもしれないし」
「ビデオやかい、内容は変わらんちゃ」
「ビデオの内容を変える超常現象もあるんだよう!」
隣に座るばあちゃんは、くしゃくしゃ笑って
俺の頭を撫でる、寸前で、手を引っ込めた。
この時の、ばあちゃんは、なんか変な感じだった。
夏なのにお気に入りの薄紫色のセーターを着ていて、全身ずぶ濡れ。
でもくしゃくしゃの笑顔は、いつも通り。
「母ちゃん、元気しちょるか?」
「なんか、ばあちゃんが心配するからって、お店でてる」
「 」
蝉が一斉に鳴き出して、テレビの音も、
ばあちゃんの声も、よく聞こえない。
どたどた
母ちゃんが、怒りながら階段を駆け上がってくる音はよく響く。
「真夏!おばあちゃんとこ行くちゃ言いよるやろっ」
「え、ばあちゃんなら」
あれ。
隣にいたんだけど。
つけたままのテレビ。
結局UFOは来ないまま、
『また挑戦する』清々しい顔つきのおじさんたちのコメントで締めくくられた。
次のコーナーのテロップが大袈裟な音と共に流れる。
「……まこち、そりゃっかり見るね」
母ちゃんは、ばあちゃんと同じことを言って、俺をぎゅっと抱きしめた。
床に落ちた薄紫色の菊の花束から、緑の香りがする。
久方ぶりに夢を見た。
朧げになって何を見ていたかわからなくなる。
緑の…。
山菜天ぷらの匂いがした。
お腹がいっぱいだと、夢を見る余裕もできるんだな。
スマホのアラームを止めて伸びをする。
関節からポキポキ、と音がした。
身支度を整え、昨日お裾分けして貰った山菜の佃煮をひとつまみ食べる。
しょっぱい越して辛いのに、不思議と健康って味。
早朝の外気を思いっきり吸って、背負子を預けた大安に向かう。
道中に置いてきた荷物は全て無事だった。
山菜カゴをおばさんの元に届けると
『週末山菜会』のお昼ご飯に誘われ、そのままご馳走になった。
打ち立ての蕎麦、揚げたての山菜天ぷら。
美味しいものと美味しいものが合わさると、最高だ。
「えっ!?真夏君、一見丘で働くの……?」
一見を、いっけん、と読んでいたが、正しい読みは、ひとみ。
言う前に知れて良かった。
「はい。山の、上の方にある休憩処氷屋っちゅう、お店です。
ギョクセツさんって方が─って、皆さんの方が詳しいですよね」
皆一様に目を伏せる。
俺が蕎麦を啜る音だけが、広間に響く。
村で唯一の診療所の院長、楠本先生が胡座を正し
神妙な面持ちで、俺に向き合う。
「1つ尋ねても良いかい」
真剣な眼差しは、診察中の医師のものだった。
一枚板の座卓に箸を置く。
「なんでしょうか?」
「真夏君が会ったという、ギョクセツさんは、一体、どんな、…方、なのかな」
何を聞くかと思えば、そんなことか。
「背ん高い男ん人ですね。
着物姿で、すらーって感じで。
圧がすごくて、後は、あと……おにぎり、ご馳走してくれました」
「お、おにぎり?」
「炙られたパリパリ海苔のぬくもりと冷飯が合うんですよ」
ギョクセツさんについて説明するつもりが
おにぎりの説明に切り替わってしまった。
「男の人、だって、はは、は。
楠本くんったら。まだお氷様信じてたの?」
向かいに座る桐乃さんは、引き攣った笑みを浮かべ
眼鏡の縁を、くい、と持ち上げた。
「上に住んでらっしゃるのは氷室様のご一族なんだから……。
ねえ花ちゃん。
貴女も1度くらいギョクセツさんって方に、お会いしているんでしょ。
お供物のお渡し、してるんだからさ。ここだけの話にするから
教えてよ」
眼鏡の縁を忙しなく触れながら捲し立てる桐乃さん。
花さんは静かに首を横に振った。
「お渡しは梅君がやってくれていたのよ。
私は指定された物を手順通り用意していただけで……」
「梅吉さんが亡くなってその後何にもしていなかったっていうの?」
桐乃さんは花さんに詰め寄る。
揚げたての天ぷら、早く食べたいな……。
けれどサクサク音を立て良い雰囲気では無かった。
「サイノメ神社から来た子が梅吉さんの代わりに
手伝ってくれていたの。……もう辞めてしまったけれど。
道の途中に、お供物用の置き箱があるって教えてくれたわ。
、それから、私、一度も、行けてなくて。
ごめんなさい」
初耳だ、と言わんばかりに、広間が騒つく。
「一度落ち着きませんか」
ずっと黙っていた上座の桃井さんが、皆を穏やかに宥めた。
品の良い通る声だった。
「過ぎてしまった間を責めても仕方がないでしょう。
花ちゃんにだけ負担を掛けていた私達にも責任はあるのよ」
「お、お供物の取り扱いは、大安家のお役目なんだから、」
「けれど上にいらっしゃるギョクセツさんという方は真夏君を雇われた。
上の方は、そもそも、お役目なんてもの
気にしていらっしゃらないのかも」
再び騒つくも、静かに言葉を続けた。
「どちらにせよ上の方がお決めになったコトに
私たちが意見するのは、差し出がましいのではなくて?
さあお蕎麦伸びちゃう前に食べましょう」
桃井さんの言葉に、皆渋々と食事に手を付け始め、
徐々に和やかな空気に戻っていった。
なんか終わったっぽい?
意気揚々と箸を手に持つ。
「ごめんな、真夏くん。
ここにいる干からびた連中は、氷室村の伝説を
嫌ってほど聞かされていた世代でねえ」
俺の隣に座る楠本先生も、優しげなじいちゃんに戻っていた。
「へえ伝説」
ひく、と、頬が引きつった。
悟られぬよう、わらびの天ぷらを頬張る。
苦い。
「今思うに、大地主様のお住まいにみだりに近づくなよ、とか。
敬意を持て、だとか。そういった内容なんだがね」
何かを振り払うように
楠本先生は氷室村の伝説を俺に聞かせてくれた。
まあ。
伝説というものは、どこも似たり寄ったり。
超常、猟奇、神秘に満ち溢れている。
1の本当に9の嘘を交えたお話だ。
氷室村の伝説も御多分に漏れず。
氷室村を統治していた一族は、触れたモノを氷漬けにして食らう異形の末裔であった。
ある日彼らは気まぐれに、村人に土地を与え、人見丘に棲まうようになった。
村に繁栄をもたらす代償に供物を要求し始める。
怒りに触れれば禍が降りかかるだとか。
バチが当たるだとか。
漠然とした薄暗い作り話を、よくもまあ語り継ぐものだ。
『伝説』をフィクションとして楽しむならば良い。
けれど、あの広間に居た者たちは。
朝の6時半。
営業前の大安に、電気が付いている。
店主の花さんが直々に荷物を用意してくれていた。
長方形の竹籠が、山のように乗った背負子。
まるで時代劇の小道具だ。
『お供物』なんて仰々しい呼び名まで付いている始末。
「結構な量ですねえ」
「真夏くんならこれぐらいのお供物大丈夫でしょ。
何せ私を背負って、お山を下りてくれたんですもの」
「荷と人は勝手が違うと思いますけど……」
氷室村で代々『お供物』の取り扱いを担うのは、大安家、と、昨日聞いたばかり。
つまり、これらを運ぶのは本来ならば花さん。
アルバイトの俺が来たからお役御免といった意気込みだ。
ちゃっかりしている。
この雑な感じ。
伝説に囚われきってはいないようだ。
しっかり荷積みされた背負子。
重さこそ感じるが、安定感は抜群だ。
一度通った緩やかな山道は、お散歩コース。
朝から容赦ない太陽光も、木々が影を落として守ってくれる。
距離も暑さも大して感じることなく、裏庭へ辿り着いた。
ぴしゃり。
水を撒く音が、裏庭に響く。
昨朝のことが脳裏をよぎり足がすくんだ。
「、来てくれたんだ。おはよう」
「お…おはよう、ございます」
草花に水やりをしている最中のギョクセツさんは
例の水掛けセットを手に、こちらへ歩み寄る。
目が合うと徐にセットを地面に置いて、その場に静止した。
「これで水はかけられないよ。大丈夫」
まるで武器に怯える動物への気遣い。
「……荷物どこ置けば良いですかねえ」
ビビりだと思われるのも癪なので、毅然と対応する。
作業台に背負子を置く。
「重かったでしょう。まだ時間あるから、それまで休んでいてね」
「ありがとうございます」
3席あるカウンターの、左端に腰を下ろす。
なんとなく昨日と同じ場所。
涼しい店内。
ちょっと気を緩めると眠ってしまいそうだ。
当然のように圏外。スマホで時間は潰せない。
荷物の整理をするギョクセツさんをそれとなしに眺める。
竹籠、藁縄、風呂敷、経皮、
白木の箱に敷き詰められた籾殻からイチゴ達が顔を覗かせている。
プラスチック類の無い梱包。
本当に『何』かに捧げる、供物のようだ。
ギョクセツさんはこの品々が、
『お供物』と呼ばれている事を知っているのだろうか。
『お供物』を捧げられている自身が
村人達から何と称されているのか。
知っているのだろうか。
……テーブルに置かれたメニュー表に目を逸らす。
白木の板に筆で記載された3種のかき氷。
いちご 宇治金時 あまづらせん
「あまづらせん?」
得体の知れなさに思わず声が出た。
扱うかき氷は3種と聞いてはいたが。
せんべい…?かき氷に?
「食べてみる?」
山のような荷物をすっかり整理し終えたギョクセツさんは
大量のイチゴを洗いながら、俺の独り言に応えてくれた。
襷掛けした着物から覗く白い手に、イチゴの熟れた赤が際立つ。
相当甘いやつだ。
流石、お供物と言うだけはある。
「食べてみたいです」
洗ったばかりのイチゴを丁寧に拭いて、包丁でヘタを取る。
そのうちの1粒を、小皿に乗せてくれた。
「後であまづらも用意してあげる」
「ありがとうございますっ」
赤々と熟れたイチゴをつまんで頬張る。
「う゛っ」
唾液が一気に溢れ出る。
イチゴのくせにレモンのよう。
「大丈夫?」
手渡されたコップの水を一気に流し込む。
「加工用だから酸っぱいよ」
そういうのは最初に言って欲しかった。
「来いーってみんなでやるの。これ、うちの近所っ」
「まこちそりゃっかり見るねえ…」
「だって本当にUFO来るかもしれないし」
「ビデオやかい、内容は変わらんちゃ」
「ビデオの内容を変える超常現象もあるんだよう!」
隣に座るばあちゃんは、くしゃくしゃ笑って
俺の頭を撫でる、寸前で、手を引っ込めた。
この時の、ばあちゃんは、なんか変な感じだった。
夏なのにお気に入りの薄紫色のセーターを着ていて、全身ずぶ濡れ。
でもくしゃくしゃの笑顔は、いつも通り。
「母ちゃん、元気しちょるか?」
「なんか、ばあちゃんが心配するからって、お店でてる」
「 」
蝉が一斉に鳴き出して、テレビの音も、
ばあちゃんの声も、よく聞こえない。
どたどた
母ちゃんが、怒りながら階段を駆け上がってくる音はよく響く。
「真夏!おばあちゃんとこ行くちゃ言いよるやろっ」
「え、ばあちゃんなら」
あれ。
隣にいたんだけど。
つけたままのテレビ。
結局UFOは来ないまま、
『また挑戦する』清々しい顔つきのおじさんたちのコメントで締めくくられた。
次のコーナーのテロップが大袈裟な音と共に流れる。
「……まこち、そりゃっかり見るね」
母ちゃんは、ばあちゃんと同じことを言って、俺をぎゅっと抱きしめた。
床に落ちた薄紫色の菊の花束から、緑の香りがする。
久方ぶりに夢を見た。
朧げになって何を見ていたかわからなくなる。
緑の…。
山菜天ぷらの匂いがした。
お腹がいっぱいだと、夢を見る余裕もできるんだな。
スマホのアラームを止めて伸びをする。
関節からポキポキ、と音がした。
身支度を整え、昨日お裾分けして貰った山菜の佃煮をひとつまみ食べる。
しょっぱい越して辛いのに、不思議と健康って味。
早朝の外気を思いっきり吸って、背負子を預けた大安に向かう。
道中に置いてきた荷物は全て無事だった。
山菜カゴをおばさんの元に届けると
『週末山菜会』のお昼ご飯に誘われ、そのままご馳走になった。
打ち立ての蕎麦、揚げたての山菜天ぷら。
美味しいものと美味しいものが合わさると、最高だ。
「えっ!?真夏君、一見丘で働くの……?」
一見を、いっけん、と読んでいたが、正しい読みは、ひとみ。
言う前に知れて良かった。
「はい。山の、上の方にある休憩処氷屋っちゅう、お店です。
ギョクセツさんって方が─って、皆さんの方が詳しいですよね」
皆一様に目を伏せる。
俺が蕎麦を啜る音だけが、広間に響く。
村で唯一の診療所の院長、楠本先生が胡座を正し
神妙な面持ちで、俺に向き合う。
「1つ尋ねても良いかい」
真剣な眼差しは、診察中の医師のものだった。
一枚板の座卓に箸を置く。
「なんでしょうか?」
「真夏君が会ったという、ギョクセツさんは、一体、どんな、…方、なのかな」
何を聞くかと思えば、そんなことか。
「背ん高い男ん人ですね。
着物姿で、すらーって感じで。
圧がすごくて、後は、あと……おにぎり、ご馳走してくれました」
「お、おにぎり?」
「炙られたパリパリ海苔のぬくもりと冷飯が合うんですよ」
ギョクセツさんについて説明するつもりが
おにぎりの説明に切り替わってしまった。
「男の人、だって、はは、は。
楠本くんったら。まだお氷様信じてたの?」
向かいに座る桐乃さんは、引き攣った笑みを浮かべ
眼鏡の縁を、くい、と持ち上げた。
「上に住んでらっしゃるのは氷室様のご一族なんだから……。
ねえ花ちゃん。
貴女も1度くらいギョクセツさんって方に、お会いしているんでしょ。
お供物のお渡し、してるんだからさ。ここだけの話にするから
教えてよ」
眼鏡の縁を忙しなく触れながら捲し立てる桐乃さん。
花さんは静かに首を横に振った。
「お渡しは梅君がやってくれていたのよ。
私は指定された物を手順通り用意していただけで……」
「梅吉さんが亡くなってその後何にもしていなかったっていうの?」
桐乃さんは花さんに詰め寄る。
揚げたての天ぷら、早く食べたいな……。
けれどサクサク音を立て良い雰囲気では無かった。
「サイノメ神社から来た子が梅吉さんの代わりに
手伝ってくれていたの。……もう辞めてしまったけれど。
道の途中に、お供物用の置き箱があるって教えてくれたわ。
、それから、私、一度も、行けてなくて。
ごめんなさい」
初耳だ、と言わんばかりに、広間が騒つく。
「一度落ち着きませんか」
ずっと黙っていた上座の桃井さんが、皆を穏やかに宥めた。
品の良い通る声だった。
「過ぎてしまった間を責めても仕方がないでしょう。
花ちゃんにだけ負担を掛けていた私達にも責任はあるのよ」
「お、お供物の取り扱いは、大安家のお役目なんだから、」
「けれど上にいらっしゃるギョクセツさんという方は真夏君を雇われた。
上の方は、そもそも、お役目なんてもの
気にしていらっしゃらないのかも」
再び騒つくも、静かに言葉を続けた。
「どちらにせよ上の方がお決めになったコトに
私たちが意見するのは、差し出がましいのではなくて?
さあお蕎麦伸びちゃう前に食べましょう」
桃井さんの言葉に、皆渋々と食事に手を付け始め、
徐々に和やかな空気に戻っていった。
なんか終わったっぽい?
意気揚々と箸を手に持つ。
「ごめんな、真夏くん。
ここにいる干からびた連中は、氷室村の伝説を
嫌ってほど聞かされていた世代でねえ」
俺の隣に座る楠本先生も、優しげなじいちゃんに戻っていた。
「へえ伝説」
ひく、と、頬が引きつった。
悟られぬよう、わらびの天ぷらを頬張る。
苦い。
「今思うに、大地主様のお住まいにみだりに近づくなよ、とか。
敬意を持て、だとか。そういった内容なんだがね」
何かを振り払うように
楠本先生は氷室村の伝説を俺に聞かせてくれた。
まあ。
伝説というものは、どこも似たり寄ったり。
超常、猟奇、神秘に満ち溢れている。
1の本当に9の嘘を交えたお話だ。
氷室村の伝説も御多分に漏れず。
氷室村を統治していた一族は、触れたモノを氷漬けにして食らう異形の末裔であった。
ある日彼らは気まぐれに、村人に土地を与え、人見丘に棲まうようになった。
村に繁栄をもたらす代償に供物を要求し始める。
怒りに触れれば禍が降りかかるだとか。
バチが当たるだとか。
漠然とした薄暗い作り話を、よくもまあ語り継ぐものだ。
『伝説』をフィクションとして楽しむならば良い。
けれど、あの広間に居た者たちは。
朝の6時半。
営業前の大安に、電気が付いている。
店主の花さんが直々に荷物を用意してくれていた。
長方形の竹籠が、山のように乗った背負子。
まるで時代劇の小道具だ。
『お供物』なんて仰々しい呼び名まで付いている始末。
「結構な量ですねえ」
「真夏くんならこれぐらいのお供物大丈夫でしょ。
何せ私を背負って、お山を下りてくれたんですもの」
「荷と人は勝手が違うと思いますけど……」
氷室村で代々『お供物』の取り扱いを担うのは、大安家、と、昨日聞いたばかり。
つまり、これらを運ぶのは本来ならば花さん。
アルバイトの俺が来たからお役御免といった意気込みだ。
ちゃっかりしている。
この雑な感じ。
伝説に囚われきってはいないようだ。
しっかり荷積みされた背負子。
重さこそ感じるが、安定感は抜群だ。
一度通った緩やかな山道は、お散歩コース。
朝から容赦ない太陽光も、木々が影を落として守ってくれる。
距離も暑さも大して感じることなく、裏庭へ辿り着いた。
ぴしゃり。
水を撒く音が、裏庭に響く。
昨朝のことが脳裏をよぎり足がすくんだ。
「、来てくれたんだ。おはよう」
「お…おはよう、ございます」
草花に水やりをしている最中のギョクセツさんは
例の水掛けセットを手に、こちらへ歩み寄る。
目が合うと徐にセットを地面に置いて、その場に静止した。
「これで水はかけられないよ。大丈夫」
まるで武器に怯える動物への気遣い。
「……荷物どこ置けば良いですかねえ」
ビビりだと思われるのも癪なので、毅然と対応する。
作業台に背負子を置く。
「重かったでしょう。まだ時間あるから、それまで休んでいてね」
「ありがとうございます」
3席あるカウンターの、左端に腰を下ろす。
なんとなく昨日と同じ場所。
涼しい店内。
ちょっと気を緩めると眠ってしまいそうだ。
当然のように圏外。スマホで時間は潰せない。
荷物の整理をするギョクセツさんをそれとなしに眺める。
竹籠、藁縄、風呂敷、経皮、
白木の箱に敷き詰められた籾殻からイチゴ達が顔を覗かせている。
プラスチック類の無い梱包。
本当に『何』かに捧げる、供物のようだ。
ギョクセツさんはこの品々が、
『お供物』と呼ばれている事を知っているのだろうか。
『お供物』を捧げられている自身が
村人達から何と称されているのか。
知っているのだろうか。
……テーブルに置かれたメニュー表に目を逸らす。
白木の板に筆で記載された3種のかき氷。
いちご 宇治金時 あまづらせん
「あまづらせん?」
得体の知れなさに思わず声が出た。
扱うかき氷は3種と聞いてはいたが。
せんべい…?かき氷に?
「食べてみる?」
山のような荷物をすっかり整理し終えたギョクセツさんは
大量のイチゴを洗いながら、俺の独り言に応えてくれた。
襷掛けした着物から覗く白い手に、イチゴの熟れた赤が際立つ。
相当甘いやつだ。
流石、お供物と言うだけはある。
「食べてみたいです」
洗ったばかりのイチゴを丁寧に拭いて、包丁でヘタを取る。
そのうちの1粒を、小皿に乗せてくれた。
「後であまづらも用意してあげる」
「ありがとうございますっ」
赤々と熟れたイチゴをつまんで頬張る。
「う゛っ」
唾液が一気に溢れ出る。
イチゴのくせにレモンのよう。
「大丈夫?」
手渡されたコップの水を一気に流し込む。
「加工用だから酸っぱいよ」
そういうのは最初に言って欲しかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる