7 / 7
6
しおりを挟む
誰もいない裏庭。
水を与えられた草花たちが、木漏れ日の下で心地良さそうに揺れている。
心算は、見事に崩れた。
──庭先で会ったら、いつものように挨拶して
極めてさりげなく『頂き物ですがご一緒にどうですか?』と言おう。
台詞まで考えていた。
帰ろう。
休日に押しかけるなんてやっぱり非常識だった。
野菜もスイカも、その場に集まった人たちと食べれば良い。
来た道を戻ろうとした、時だった。
ぱしゃ、
聞き馴染みのある水音に、振り返る。
さりげなさ、なんて、休日に押しかけている時点で皆無。
意を決し、まっすぐ伸びる敷石から離れ
水やりをしているであろうギョクセツさんを探すことにした。
敷石から逸れた途端、歩きにくい石畳に変わる。
しばらく進むと苔むした岩壁に阻まれた。
庭の端まで来てしまったようだ。
──やっぱり、聞き間違いだったのかな。
ぱしゃん。
木々と岩壁の間、隠れるようにして伸びる小道。
その奥から確かに聞こえた。
これ以上他所様の庭を彷徨くのは憚られる。
けれど足は音の方へと向かった。
枝豆の詰まった紙袋もスイカも、ずっと持っていると当然ながら重い。
受け取ってくれなくてもいい。
持ってきたということだけは、知ってほしい。
恩着せがましい意地が歩みを進めた。
緩い坂の小道。
木々を挟んだ下方から、せせらぎが聞こえる。
この音ではない。
聞いたのは、もっと不自然な水を撒く音だ。
音を追った先。
濃緑の木々、ごつごつとした岩に囲まれた空間に辿り着いた。
柔らかに立ち込める湯気。木漏れ日を反射する水面。
こぢんまりとした黒い岩の湯船に白いかげ──
ずる、と落ちそうになった紙袋を慌てて持ち直し、立ち尽くす。
白いかげが、静かにこちらを向く。
「あがるから。お店で待ってて」
ギョクセツさんは、いつもと変わらぬ調子で淡々と述べた。
まるで業務連絡。
だからこそ平静を努めた。
「た。大変失礼しました」
緩い坂をさっさとのぼって、庭を抜け、店の中へ駆け込んだ。
荷物をカウンターの上に置いて
どうしても転がろうとするスイカを両手に抱えて
定位置とかした端の席に座り突っ伏す。
心臓がうるさい。
走ったせい。
荷物を持って急に走ったせいだ。
プライベートの時間をぶち壊してしまって
本当に申し訳ない。申し訳なさしかない。
だから
襷掛けした時に見える冷たそうな腕の先の肩もやっぱり白くて
だけどうっすら紅色も帯びていてちゃんと血が通っているんだなあとか
そういうことは思ってもいないし考えてもいない。
……。
血が通っている。
何を今更。
わかりきったことを。
水を与えられた草花たちが、木漏れ日の下で心地良さそうに揺れている。
心算は、見事に崩れた。
──庭先で会ったら、いつものように挨拶して
極めてさりげなく『頂き物ですがご一緒にどうですか?』と言おう。
台詞まで考えていた。
帰ろう。
休日に押しかけるなんてやっぱり非常識だった。
野菜もスイカも、その場に集まった人たちと食べれば良い。
来た道を戻ろうとした、時だった。
ぱしゃ、
聞き馴染みのある水音に、振り返る。
さりげなさ、なんて、休日に押しかけている時点で皆無。
意を決し、まっすぐ伸びる敷石から離れ
水やりをしているであろうギョクセツさんを探すことにした。
敷石から逸れた途端、歩きにくい石畳に変わる。
しばらく進むと苔むした岩壁に阻まれた。
庭の端まで来てしまったようだ。
──やっぱり、聞き間違いだったのかな。
ぱしゃん。
木々と岩壁の間、隠れるようにして伸びる小道。
その奥から確かに聞こえた。
これ以上他所様の庭を彷徨くのは憚られる。
けれど足は音の方へと向かった。
枝豆の詰まった紙袋もスイカも、ずっと持っていると当然ながら重い。
受け取ってくれなくてもいい。
持ってきたということだけは、知ってほしい。
恩着せがましい意地が歩みを進めた。
緩い坂の小道。
木々を挟んだ下方から、せせらぎが聞こえる。
この音ではない。
聞いたのは、もっと不自然な水を撒く音だ。
音を追った先。
濃緑の木々、ごつごつとした岩に囲まれた空間に辿り着いた。
柔らかに立ち込める湯気。木漏れ日を反射する水面。
こぢんまりとした黒い岩の湯船に白いかげ──
ずる、と落ちそうになった紙袋を慌てて持ち直し、立ち尽くす。
白いかげが、静かにこちらを向く。
「あがるから。お店で待ってて」
ギョクセツさんは、いつもと変わらぬ調子で淡々と述べた。
まるで業務連絡。
だからこそ平静を努めた。
「た。大変失礼しました」
緩い坂をさっさとのぼって、庭を抜け、店の中へ駆け込んだ。
荷物をカウンターの上に置いて
どうしても転がろうとするスイカを両手に抱えて
定位置とかした端の席に座り突っ伏す。
心臓がうるさい。
走ったせい。
荷物を持って急に走ったせいだ。
プライベートの時間をぶち壊してしまって
本当に申し訳ない。申し訳なさしかない。
だから
襷掛けした時に見える冷たそうな腕の先の肩もやっぱり白くて
だけどうっすら紅色も帯びていてちゃんと血が通っているんだなあとか
そういうことは思ってもいないし考えてもいない。
……。
血が通っている。
何を今更。
わかりきったことを。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる