こんなに悩むのはあなたのせい

如月一花

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第五話

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 いつも芳樹を送り出す事はしていなかったが、さすがに朝は9時頃には起きていた。
 でも、ここ最近は眠くて昼近くまで寝ていたり、起きてもお昼寝は欠かせない。
 うっかり昼過ぎまで寝てしまうと、洗濯やら掃除やら、全てがかなり出遅れてしまい、終わる頃にはお昼ごはんも食べ損ね、朝と昼、一緒のご飯を遅い時間に食べるはめになっていた。
 そのご飯を美味しく食べれたかといえば、それも違った。
 
 空腹でムカムカ。食べてもムカムカ。
 
 白米を食べたくても、炊飯器を開けたら匂いで吐いてしまう為、食べれなかった。
 つわりは日に日に酷くなるようで、もはや何を食べたらいいのかも混乱して分からない状態にまでなっていた。

 それでもかろうじて食べていたのは、ゼリーとフルーツ。
 飲み物はなんとか飲めたけれど、飲めなくて吐くようになったら、もう病院に行くしかない。
 今だって、病院に行くべきか迷う。
 ただ、無償にフライドポテトやピザが食べたくなるという状態でもあった。
 それだけなら食べれたし、食べても吐かなかった。だからなんとか食べていたし、病院はまだだろうと思ったし行く勇気もない。
 しかし、芳樹は栄養が偏り過ぎているからと、つわりについて職場で訊いてくると言ったのだが、それが大間違いだった。

 そんな事があった翌日も、私は一日寝たきり状態だった。
 私は寂しくて不安で、芳樹にメールを打った。


『ご飯用意出来ないから、なにか買ってきて』
 

 それを打って、私は力尽きたように眠ってしまった。
 夕暮れと共に起きて、少しお腹が減ったなと思いゼリーを食べていた。
 この状態が赤ちゃんに良いのか分からないから、今度の検診で訊いてみようと思った。
 寝てばかりで、食べても栄養がないようなものばかり。
 そんな日々が良い筈がない。
 考えたら自分を責め、落ち込んで疲れてしまった。
 ぼーっとテレビを見ていたら、芳樹が帰ってきた。
 いつの間にかそんな時間だったかと時計を見た。

「ただいま、美恵。大丈夫か? ちゃんとベッドで寝ろよ」
 心配そうに、私に駆け寄る芳樹。
 顔を見て、少しホッとする。


「うん。でも、そこまで行く元気ないんだもん」


 甘えて言う。
 だって、今日初めてのまともな食事を芳樹は買ってきたんだから。
 そう思って、芳樹の手元を見るも何もない。カバンだけ。


「あれ? お弁当か、お惣菜は?」


「それよりさ。外に食いに行こう」


 は?


「美恵。家にこもりきりだろ? だから吐くんじゃないかなあ。空気悪いんだよ。会社の同僚に聞いたけど、妊娠中に外食したら喜んだって言うからさ」


 は? え? その方はどちらさま? 

「な。その方がいいだろうと思ったんだ。美味い所で食べたら、気持ちも楽になって、つわりも治まるよ」


「馬鹿! 私は一日動けなかったの。動きたいけど無理なの。それに、そんな外食なんてしたら、いろんな匂いで吐くじゃない!」
 体中の力を込めて言ったら、芳樹は肩をすくめた。


「でもさ・・・」


「いいから。今からお弁当買ってきて!」


「外食と弁当どう違うんだよ」


「全然違う!」
私は芳樹を怒鳴り、睨みつけた。
 芳樹はなぜ怒られたか分からないようで、酷く困った顔をした。 

 私が睨み続けると、芳樹は渋々財布を持って出て行った。
 私はやっと何か食べられると安堵した。しかし、しばらくして芳樹が買ってきたモノはサバ味噌弁当だった。しかも、2つとも。
 私は生魚の匂いだけで吐いていた。
 芳樹も分かっていると思ったのだけれど。
 全く分かっていないようで呆れから怒りに変わった。


「妊娠中は魚が良いと思ってさ! カルシウム取らないと! 見てたら俺も食べたくなっちゃってさあ」


「芳樹。もういいから。マック行ってフライドポテト買ってきて」


「なんだよそれ。こっちだって仕事で疲れてんのに」


「じゃあいらない。お弁当2つ食べて」


「美恵。怒るなよ。分かった。買ってくるから」
芳樹は私の怒りに慌てて、また出て行った。 

 芳樹は車で10分程度のマックまで行き、フライドポテトを買ってきた。
 しかし、食べる時はお互いに不機嫌だった。芳樹が不機嫌になるとは。
 意外だ。


「俺、2つも食べれないからな。お腹の子が腹減ったって言ってるぞ。ポテトやだって言ってるぞ。油っこいって、栄養くれって」


「分かってるわよ。私だって食べたいけど食べれないの」
 と、言うなり芳樹が食べているサバ味噌の匂いでまたトイレに直行した。

 せっかく食べていたポテトすら吐いてしまい、泣きたくなった。
 このまま食べれなかったらどうしよう。
 ゼリーとフルーツも食べれなくなったらどうしよう。
 不安で一杯のまま、トイレを出たら芳樹はテレビを見ながら食べ、くつろいでいた。

 さっきの赤ちゃんを心配する一言はなんだったのだろう。
 私の不安をよそに、芸人の一言にあはははと笑っている。

「大丈夫だったか?」


 私がトイレから戻ってきたのを察したようで振り向くも、それはどこか他人事のよう。


「ほら、早く座れよ」と言われたが、私は無視した。

 だって、サバの匂いと芳樹が喋るとサバ味噌臭い息が私には匂う。
 けれどそれを防ごうとすぐに食べ終えて、歯磨きをしてくれるわけでもない。
 ダラダラ食べて、芳樹はテレビを見ている。


「どうした。まだ怒ってるのか? なんだか怒りっぽくなったな」


「そんなことないわよ」


 芳樹が悪いのよ。
 私は急に泣きたくなって、階段を駆け上がり寝室に向かった。
 芳樹は驚いたようだったけれど、追って来なかった。部屋で泣いても気分は晴れず、芳樹も来なくて、私は孤独な気持ちになった。
たった独りで赤ちゃんと向き合うのが、辛かった。
 嬉しい事なのに、そこに芳樹はいない。

 せっかく妊娠したのに、なんだか芳樹と遠い。
 それからも、芳樹は私を気遣ってはいるのだけれど、的外れだった。

 堪忍袋の緒が切れたのは、妊娠が分かってから1週間後。
 その日は検診もあったが、関係なかった。
 検診は実家近くの産婦人科に予約すればいいと思った。

 もう耐えられない。

 私は荷物をまとめ、母に電話をした。


「今から帰りたいんだけど。いい?」


 母は驚きながらも受け入れてくれた。

 母も専業主婦だが、私と違って色々な事に興味を持つ人だった。
 資格を取得してみたり、趣味に没頭してみたり。

 その中に車の免許取得があった。
 私が大学を卒業し、特にやる事もなく、時間が出来たからやってみようと思ったなんて言っていたけれど、当時の 母の年齢は50代。はっきりいって無理だと思った。
 途中で止めると思ったら、執念で取得してしまったのだ。
 母は喜び、父より車に乗るようになった。 
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