巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

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 勢いに任せて叫んだルイはポカンと口を開けたカミルにソワソワと落ち着かない気持ちになる。
 朝からあれだけ囲まれてたんだ。きっと僕の話は知ってるはず……。まあ、何と言おうと彼には僕と友達になってもらうけど……。
 傲慢だろうと強引だろうと許される。なんて言ったってルイは権力を持つ公爵家の息子だから。ついでにこの学園ではこれ以上落ちる評判もないため、ルイは本当に何でもできる。
 ソワソワモジモジとしながらも目が完全に据わっているルイを暫し眺めていたカミルは、少し考え込むような様子を見せた後に、そっと口を開く。
「……まず、あんたの名前を教えてもらってもいいか?」
「はっ!」
 そういえば、ルイは彼の名前を知っているが、カミルへと自己紹介をした覚えがない。公爵家云々の前にまず人としての礼儀がなってないなんて……!と慌ててルイは立ち上がり、手を胸に当て軽く腰を曲げる。
「名前も申し上げず、大変失礼致しました。私はルイ。……ルイ・コレットと申します。以後お見知りおきを。」
「コレット……、確か、公爵家だったか?」
「……はい。」
「へえ、そんじゃ改めてオレの自己紹介もしとくかな。……オレはカミル・バドゥール。海の向こう側にあるソアレってところからきた。」
 コレットと確かに名乗り、公爵家ということも伝えたのに軽く流され、とくに態度も変わらないカミルに驚きながらも、ソアレという単語に引っかかる。
「ソアレ……?たしか、うちの国と国交はなかったはずだけど……?」
「今まではな。友好を示すために交換留学をしようってことでオレがきた。」
 ソアレとは、海の向こう側にあるとある国のことだ。そこに住む人々たちは類い稀なる身体能力をもち、国民の結束力がとても強く、建国以来一度も落とされたことのない難攻不落の国として伝え聞いている。といっても国交のない、ましてや海の向こう側の国のことなど眉唾物の噂話程度しか流れてこないため、カルタナ王国でこれ以上の話を知っている者はいないだろう。……ルイを除いて。
「なるほど……。ソアレというと元は戦闘民族のアビドゥル族が起源といわれていて、あらゆる人種を受け入れる他民族国家……だったはず。確か建国に携わったアビドゥル族が今は太陽の民と呼ばれていて、特徴として高い身体能力とどこまでも見通す黄金の瞳……。」
 はたと思い浮かんだ考えに、ぶつぶつと1人考え込んでいたルイは目の前に立つ男を見上げる。相変わらず美しい黄金の瞳を見て、ルイは最初にまるでと思ったことを思い出す。
「もしかして、貴方は太陽の民?」
「……驚いた。この国に来てからソアレの存在すらまず知らない貴族が多いってのに。まさか太陽の民なんて言葉まで知ってるなんてな。」
「……別名は黄金の番人。」
「!?」
「建国の時からソアレに眠る黄金を守る役目を持った鉄壁の番人。……ああ、そうか、それで急に国交なんて言い出したんだね。カタリナ王国は最近農作物の収穫量が落ちて税収が厳しくなってる。それに加えて防衛戦の要の辺境の砦が大雨で流されて、今こっちはてんやわんやしてる。早急に前線を立て直す必要がある、なのに国の予算が足りない。そこでソアレに眠るっていう黄金に目をつけたんじゃない?だから今になって海の向こう側の国と国交を始めた……。どう?いい線いってる?」
「……いい線どころか御名答だよ。」
 本気で驚いていたようで、まあるく目を見開いてカミルは唖然としている。しかし、自分の世界に入り込み、夢中になっていたルイはそれに気づかず、自分の考えをつらつらと口に出す。
「……でもそうなると、ソアレがうちの国と国交を持とうとする理由が分からないな……。黄金と引き換えにできるようなものなんてあったっけ?しかも太陽の民がこっちに来てまで欲しがるもの……?……うーん……。」
 すっかり自分の世界に入り込んでいたルイは、そんなルイを見てニヤリと口角を引き上げたカミルに気づくことは無かった。
「……いいぜ。なってやるよ、。」
「えっ?」
「よろしくな、コレット様?」
 そう言って差し出された片手にルイは先ほどまでうんうんと考え込んでいたことが全て消し飛び、目の前にある手を見つめることしかできない。
 何がどうなって、こんなことになったのかは分からないが、そういえばそもそもルイはカミルに友達になって欲しいとお願いをしたのだった。すっかり話題は逸れてしまっていたが、どうやらカミルはルイと友達になってくれるらしい。
 何が何でも約束は守ってもらうつもりだったが、笑みさえ浮かべながら友好を示されるとそれはそれで怖い。
 しばらくピシッと固まっていたルイだが、ごくりと一度喉を鳴らすと、ええい、ままよ!と勢いで差し出された手をこれでもかと握った。騙されていてもいい。何か企んでいようとも、どうせルイはあと一年の命。それが早いか遅いかの違いでしかない。
「ルイって呼んで!僕もカミルって呼ぶから!よろしく!!」
「おう。」
 そして手を離しながらボソリとカミルはこの国では使われない言葉で呟いた。
 『おもしれーガキ。』
 童顔であることを薄らと気にしているルイは聞き捨てならない言葉に反射的に口を開く。
 『……馬鹿にしてる?同い年だと思うけど!』
「は!?あんた、この言葉まで分かるのか?どうやって習った?」
「日常会話くらいだよ。本で見たから何となくの文法と発音は分かるよ。単語はちょっと怪しいけど……。ふふん、僕、勉強は得意なの!」
 王家の婚約者として死に物狂いで勉強をしていた。その中には当然国交のある国の言葉や文化を学ぶこともあった。しかし、ルイはそれに加えていまだに国交のない国のことまで詰め込んで勉強していた。全てはアーノルドの婚約者として完璧であるために。まさか今になってその時の知識が役立つ時が来るとは露ほども思っていなかったが。
「そんだけ完璧に発音してて、得意で括っていいもんか……?まあ、もういいか。」
「……?」
「何でもねえよ。それよかあんたさっきまで昼飯食ってただろ。俺も一緒に食っていいか?」
 まさかの提案にルイはついに自分の耳がおかしくなってしまったのかと思ってしまった。だってあんなに勇気を出して誘おうとしていたルイと比べて、ちょっとそこまでくらいの軽い感じで誘ってきた。
「……えっ!?ご飯?一緒に食べてくれるの?」
「ん?嫌なら別のとこで食うけど……。」
「いっ、嫌なわけあるもんか!死んでも隣で食べてもらうから!」
「いや、そこまでするほどか?」
 ルイが大袈裟に反応してしまったため、さっさとこの場を後にしようとしたカミルを文字通り必死に引き留めるルイ。ちょっと過激なことを言ってしまった気もするが、カミルが素直にルイの隣に腰掛けたため結果オーライとする。
 ゴソゴソと取り出したカミルの昼食は食堂で買ってきたのであろう大量のパンだった。やっぱり体が大きい人は食べる量も多いのだろうかと思いながら、ルイもぎこちなくカミルの隣で昼食を再開する。
 初めは緊張していたルイもカミルがぽんぽんと気負わず話しかけてくるため、その内少し混じっていた敬語も無くなり、テンポよく会話に花を咲かせていった。ついぽろっとどんな手を使ってでも友達になってもらうつもりだったことをこぼしてしまい、ドン引いた視線を向けられながらも、2人の間には穏やかな時間が流れていた。




 

「ベス、ベス!聞いて!僕、友達ができた!あ、ただいま!」
 初めての友達ができた実感がじわじわと湧いたのは学園から帰って、ベスが出迎えてくれたのを見た時。
 興奮そのままにベスに報告すると、磨いていたのであろう食器をカシャーン!と落として口を覆い、プルプルと震え出す。
「ご飯も一緒に食べた!」
 ふんす!と鼻息も荒くドヤ顔をしながら放ったその言葉にトドメを刺されたように、ベスは滝のような涙を流し始めた。
「うっ、ううっ、あの坊ちゃんにお友達が!今までずっとぼっちだった坊ちゃんに、お友達が!!」
「うん?あれ?ベスってば今ちょっと馬鹿にした?」
「ああ、こうしちゃいられない!ルイ!今日はお祝いだ!あと、おかえり!」
 そうして張り切ったベスによっていつもより豪華な食事を食べて、いつにもなく充実した気持ちでベッドへと潜り込んだ。
 ああ、いい1日だった!
 
 その後、黄金の番人の件や太陽の民の話をうまい具合にカミルに誤魔化されたことに気づくのは完全な蛇足である。
 
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