おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

文字の大きさ
43 / 80

二人でいるとお酒を飲み過ぎる

しおりを挟む
「うん、美味しい」

 紺さんは、厚揚げの煮物を食べながら細い目を余計に細くする。
 その表情をぼんやりと眺めながら、炬燵で温まりながらお猪口に注がれた熱燗に口をつける。
 石油ストーブの上に置かれた小鍋の中に、お銚子が二本入っている。
 出汁がしみ込んだ厚揚げの煮物は、自画自賛だけど美味しいと思う。
 刻んだネギとショウガをたっぷり入れて練ったひき肉を厚揚げの間に入れて、コトコト煮込んだものだ。ひじき煮はひじきと人参と糸こんにゃくと油揚げであっさり味に仕上げている。
 紺さんは、二つを交互に食べながら熱燗を飲んでから、おむすびに手を伸ばした。

「あ、梅干しだ。いい塩梅の塩加減、こういう昔ながらの梅干し好きだな」
「私、食事の時はこっちの梅干しの方が好きなんです。甘めな梅干しはお茶うけなイメージです」

 母が漬けた梅干しを送ってくれるけど、私も少しだけ毎年漬けている。
 梅仕事は、私が大切にしている行事だ。
 ベランダに梅を干す為の平たいザルを出し、その上に梅干しを並べ一緒に日向ぼっこするのも好きだ。

「もしかして、これ由衣の手作り?」
「良く分かったね。毎年漬けてるの、あとね梅酒も。今年漬けたのはまだ飲めないけど」

 紺さんなら私が梅干しを漬けていても、ぬか床を大切に育てていても笑ったりしないだろうと胸を張って話す。
 
「梅酒も、凄いね。もしかして、神社の朝市で梅を買ってる?」
「勿論、ここの朝市のファンだもの。毎月楽しみにしてるのよ」

 毎月第二土曜日の朝に神社で朝市が出る。
 梅干しと梅酒用の梅も、赤紫蘇も、お塩も朝市で購入したものを使っている。
 どこから来ているのか分からないけれど、並んでいる野菜は新鮮だし、時々山菜おこわとか煮物とかを売っている時もあるし、それがまたとっても美味しいので手作りのお惣菜とか並んでいるのを見つけるとつい買ってしまう。

「朝市は人気だからね」
「分かる分かる」

 うんうんと頷きながら、でも紺さんを朝市で見かけたことはないなと思い出す。
 朝市が出ている間、袴姿の神社の人が何人か手伝っているのは見かけた覚えがあるけれど、紺さんは……。

「朝市の時、紺さんは何か買ったりするの?」
「私はその時間は寝ているので、後で頂くことが多いかな」
「そうですか、紺さんは夜中起きているんですか」

 夜の管理って何をするんだろう。不寝番をするのかな、神社に盗みに入る人なんていないと思うけれど賽銭どろぼうとかあるのかな。
 疑問が浮かんで、そして何かを忘れている様な気がしながら、大きな狐の像の傍にいる小さな狐の像を思い出す。
 小さな狐は誰かを思い出すけれど、その姿は温くなったお酒を飲み干すとどこかに消えてしまった。
 まるで昼間、今村さんといた時に見た夢みたいだ。
 心の奥で夢の内容を覚えている気がするのに、夢を思い出そうとすると温かい気持ちになるのに、夢を思い出せない

「起きているような寝ている様な、ですね」
「そうなんだ」

 くいくいと話しながら飲んでしまう。
 厚揚げを箸で半分に割って、口に入れる。噛むとじゅわりと出汁が口の中に広がるそれを、何度も噛んで飲み込んで、熱燗でその味を流す。

「日が暮れて、夜になって、静かに時間が過ぎて行く。その時間は長くてずっと夜のままなのかと考える時がある」
「ずっと夜が」

 紺さんの言葉が悲しく聞こえる。
 紺さんが過ごす夜の時間は、石油ストーブで暖められたこの部屋ではなく、誰もいない外の寒々しい夜空の下の様な気がする。
 ぽつりと暗く寒い夜を、孤独に過ごす。何もせずただ時間が過ぎるのを待つだけの時間。

「だからこうして一緒にいられて嬉しいんだ」

 布巾を手に、紺さんが石油ストーブの上でくつくつと温められていたお銚子を一本取って私の手のお猪口に注いでくれる。
 
「紺さんが嬉しいと言ってくれると、私も嬉しいです」

 紺さんと出会って、今村さんと出会って、管理人さん、近田さんとも親しくなった。
 新しい出会いが、落ち込んでいた私を励ましてくれたからだろうか、私の気持ちはとても軽くなっている。
 
「先輩のことはとてもショックだったけれど、髪を切ったせいか私とても前向きな気持ちになってると思う」
「そうか」
「紺さんのお陰、話を聞いてくれて一緒に食事をしてくれたお陰」

 くいくいと注がれたばかりのお酒を飲み干す。
 紺さんと一緒だと、深酒してしまうのは何故だろう。
 安心して飲んでしまう、ここは安全だ紺さんは私を害さないしここは居心地がいい。
 そう最初からきっと思っていた。

「そうか、元気になって良かった」
「はい。だから私明日負けません。先輩が何を言って来ても、絶対によりを戻したりしないで、言ってやります。先輩は最低な人だって」

 また注がれたお酒を、くいっと飲み干して笑う。
 紺さんに、そう宣言したら本当に強気でいられる気がしたから。

「明日の晩、また来てもいいですか? 負けなかったって、そう報告したいんです」

 お猪口を握りしめそう言うと、紺さんは自分のお酒を飲み干してゆっくりと頷いてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...