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二人でいるとお酒を飲み過ぎる
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「うん、美味しい」
紺さんは、厚揚げの煮物を食べながら細い目を余計に細くする。
その表情をぼんやりと眺めながら、炬燵で温まりながらお猪口に注がれた熱燗に口をつける。
石油ストーブの上に置かれた小鍋の中に、お銚子が二本入っている。
出汁がしみ込んだ厚揚げの煮物は、自画自賛だけど美味しいと思う。
刻んだネギとショウガをたっぷり入れて練ったひき肉を厚揚げの間に入れて、コトコト煮込んだものだ。ひじき煮はひじきと人参と糸こんにゃくと油揚げであっさり味に仕上げている。
紺さんは、二つを交互に食べながら熱燗を飲んでから、おむすびに手を伸ばした。
「あ、梅干しだ。いい塩梅の塩加減、こういう昔ながらの梅干し好きだな」
「私、食事の時はこっちの梅干しの方が好きなんです。甘めな梅干しはお茶うけなイメージです」
母が漬けた梅干しを送ってくれるけど、私も少しだけ毎年漬けている。
梅仕事は、私が大切にしている行事だ。
ベランダに梅を干す為の平たいザルを出し、その上に梅干しを並べ一緒に日向ぼっこするのも好きだ。
「もしかして、これ由衣の手作り?」
「良く分かったね。毎年漬けてるの、あとね梅酒も。今年漬けたのはまだ飲めないけど」
紺さんなら私が梅干しを漬けていても、ぬか床を大切に育てていても笑ったりしないだろうと胸を張って話す。
「梅酒も、凄いね。もしかして、神社の朝市で梅を買ってる?」
「勿論、ここの朝市のファンだもの。毎月楽しみにしてるのよ」
毎月第二土曜日の朝に神社で朝市が出る。
梅干しと梅酒用の梅も、赤紫蘇も、お塩も朝市で購入したものを使っている。
どこから来ているのか分からないけれど、並んでいる野菜は新鮮だし、時々山菜おこわとか煮物とかを売っている時もあるし、それがまたとっても美味しいので手作りのお惣菜とか並んでいるのを見つけるとつい買ってしまう。
「朝市は人気だからね」
「分かる分かる」
うんうんと頷きながら、でも紺さんを朝市で見かけたことはないなと思い出す。
朝市が出ている間、袴姿の神社の人が何人か手伝っているのは見かけた覚えがあるけれど、紺さんは……。
「朝市の時、紺さんは何か買ったりするの?」
「私はその時間は寝ているので、後で頂くことが多いかな」
「そうですか、紺さんは夜中起きているんですか」
夜の管理って何をするんだろう。不寝番をするのかな、神社に盗みに入る人なんていないと思うけれど賽銭どろぼうとかあるのかな。
疑問が浮かんで、そして何かを忘れている様な気がしながら、大きな狐の像の傍にいる小さな狐の像を思い出す。
小さな狐は誰かを思い出すけれど、その姿は温くなったお酒を飲み干すとどこかに消えてしまった。
まるで昼間、今村さんといた時に見た夢みたいだ。
心の奥で夢の内容を覚えている気がするのに、夢を思い出そうとすると温かい気持ちになるのに、夢を思い出せない
「起きているような寝ている様な、ですね」
「そうなんだ」
くいくいと話しながら飲んでしまう。
厚揚げを箸で半分に割って、口に入れる。噛むとじゅわりと出汁が口の中に広がるそれを、何度も噛んで飲み込んで、熱燗でその味を流す。
「日が暮れて、夜になって、静かに時間が過ぎて行く。その時間は長くてずっと夜のままなのかと考える時がある」
「ずっと夜が」
紺さんの言葉が悲しく聞こえる。
紺さんが過ごす夜の時間は、石油ストーブで暖められたこの部屋ではなく、誰もいない外の寒々しい夜空の下の様な気がする。
ぽつりと暗く寒い夜を、孤独に過ごす。何もせずただ時間が過ぎるのを待つだけの時間。
「だからこうして一緒にいられて嬉しいんだ」
布巾を手に、紺さんが石油ストーブの上でくつくつと温められていたお銚子を一本取って私の手のお猪口に注いでくれる。
「紺さんが嬉しいと言ってくれると、私も嬉しいです」
紺さんと出会って、今村さんと出会って、管理人さん、近田さんとも親しくなった。
新しい出会いが、落ち込んでいた私を励ましてくれたからだろうか、私の気持ちはとても軽くなっている。
「先輩のことはとてもショックだったけれど、髪を切ったせいか私とても前向きな気持ちになってると思う」
「そうか」
「紺さんのお陰、話を聞いてくれて一緒に食事をしてくれたお陰」
くいくいと注がれたばかりのお酒を飲み干す。
紺さんと一緒だと、深酒してしまうのは何故だろう。
安心して飲んでしまう、ここは安全だ紺さんは私を害さないしここは居心地がいい。
そう最初からきっと思っていた。
「そうか、元気になって良かった」
「はい。だから私明日負けません。先輩が何を言って来ても、絶対によりを戻したりしないで、言ってやります。先輩は最低な人だって」
また注がれたお酒を、くいっと飲み干して笑う。
紺さんに、そう宣言したら本当に強気でいられる気がしたから。
「明日の晩、また来てもいいですか? 負けなかったって、そう報告したいんです」
お猪口を握りしめそう言うと、紺さんは自分のお酒を飲み干してゆっくりと頷いてくれた。
紺さんは、厚揚げの煮物を食べながら細い目を余計に細くする。
その表情をぼんやりと眺めながら、炬燵で温まりながらお猪口に注がれた熱燗に口をつける。
石油ストーブの上に置かれた小鍋の中に、お銚子が二本入っている。
出汁がしみ込んだ厚揚げの煮物は、自画自賛だけど美味しいと思う。
刻んだネギとショウガをたっぷり入れて練ったひき肉を厚揚げの間に入れて、コトコト煮込んだものだ。ひじき煮はひじきと人参と糸こんにゃくと油揚げであっさり味に仕上げている。
紺さんは、二つを交互に食べながら熱燗を飲んでから、おむすびに手を伸ばした。
「あ、梅干しだ。いい塩梅の塩加減、こういう昔ながらの梅干し好きだな」
「私、食事の時はこっちの梅干しの方が好きなんです。甘めな梅干しはお茶うけなイメージです」
母が漬けた梅干しを送ってくれるけど、私も少しだけ毎年漬けている。
梅仕事は、私が大切にしている行事だ。
ベランダに梅を干す為の平たいザルを出し、その上に梅干しを並べ一緒に日向ぼっこするのも好きだ。
「もしかして、これ由衣の手作り?」
「良く分かったね。毎年漬けてるの、あとね梅酒も。今年漬けたのはまだ飲めないけど」
紺さんなら私が梅干しを漬けていても、ぬか床を大切に育てていても笑ったりしないだろうと胸を張って話す。
「梅酒も、凄いね。もしかして、神社の朝市で梅を買ってる?」
「勿論、ここの朝市のファンだもの。毎月楽しみにしてるのよ」
毎月第二土曜日の朝に神社で朝市が出る。
梅干しと梅酒用の梅も、赤紫蘇も、お塩も朝市で購入したものを使っている。
どこから来ているのか分からないけれど、並んでいる野菜は新鮮だし、時々山菜おこわとか煮物とかを売っている時もあるし、それがまたとっても美味しいので手作りのお惣菜とか並んでいるのを見つけるとつい買ってしまう。
「朝市は人気だからね」
「分かる分かる」
うんうんと頷きながら、でも紺さんを朝市で見かけたことはないなと思い出す。
朝市が出ている間、袴姿の神社の人が何人か手伝っているのは見かけた覚えがあるけれど、紺さんは……。
「朝市の時、紺さんは何か買ったりするの?」
「私はその時間は寝ているので、後で頂くことが多いかな」
「そうですか、紺さんは夜中起きているんですか」
夜の管理って何をするんだろう。不寝番をするのかな、神社に盗みに入る人なんていないと思うけれど賽銭どろぼうとかあるのかな。
疑問が浮かんで、そして何かを忘れている様な気がしながら、大きな狐の像の傍にいる小さな狐の像を思い出す。
小さな狐は誰かを思い出すけれど、その姿は温くなったお酒を飲み干すとどこかに消えてしまった。
まるで昼間、今村さんといた時に見た夢みたいだ。
心の奥で夢の内容を覚えている気がするのに、夢を思い出そうとすると温かい気持ちになるのに、夢を思い出せない
「起きているような寝ている様な、ですね」
「そうなんだ」
くいくいと話しながら飲んでしまう。
厚揚げを箸で半分に割って、口に入れる。噛むとじゅわりと出汁が口の中に広がるそれを、何度も噛んで飲み込んで、熱燗でその味を流す。
「日が暮れて、夜になって、静かに時間が過ぎて行く。その時間は長くてずっと夜のままなのかと考える時がある」
「ずっと夜が」
紺さんの言葉が悲しく聞こえる。
紺さんが過ごす夜の時間は、石油ストーブで暖められたこの部屋ではなく、誰もいない外の寒々しい夜空の下の様な気がする。
ぽつりと暗く寒い夜を、孤独に過ごす。何もせずただ時間が過ぎるのを待つだけの時間。
「だからこうして一緒にいられて嬉しいんだ」
布巾を手に、紺さんが石油ストーブの上でくつくつと温められていたお銚子を一本取って私の手のお猪口に注いでくれる。
「紺さんが嬉しいと言ってくれると、私も嬉しいです」
紺さんと出会って、今村さんと出会って、管理人さん、近田さんとも親しくなった。
新しい出会いが、落ち込んでいた私を励ましてくれたからだろうか、私の気持ちはとても軽くなっている。
「先輩のことはとてもショックだったけれど、髪を切ったせいか私とても前向きな気持ちになってると思う」
「そうか」
「紺さんのお陰、話を聞いてくれて一緒に食事をしてくれたお陰」
くいくいと注がれたばかりのお酒を飲み干す。
紺さんと一緒だと、深酒してしまうのは何故だろう。
安心して飲んでしまう、ここは安全だ紺さんは私を害さないしここは居心地がいい。
そう最初からきっと思っていた。
「そうか、元気になって良かった」
「はい。だから私明日負けません。先輩が何を言って来ても、絶対によりを戻したりしないで、言ってやります。先輩は最低な人だって」
また注がれたお酒を、くいっと飲み干して笑う。
紺さんに、そう宣言したら本当に強気でいられる気がしたから。
「明日の晩、また来てもいいですか? 負けなかったって、そう報告したいんです」
お猪口を握りしめそう言うと、紺さんは自分のお酒を飲み干してゆっくりと頷いてくれた。
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