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断罪の後で3
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「あぁ、分かるかも。透さん、出来る男の雰囲気漂わせてるのにどこか抜けてて、それを知ってるのは私だけとか思ってたわ」
神田さんに同調するように、美紀ちゃんが話し始める。
「流行りのお店とか食べ物に詳しいのに、キャベツとレタスの区別ついてないとか」
「ブランド物のお財布使ってるのに、小銭入れのとこパンパンになってたりして、コンビニのレジで小銭入れすぎてエラーにしちゃったりとか。あれ、小銭?」
二人で盛り上がっている中小銭と口にして、二人がハッとした顔で私を見た。
「小銭、五百円玉が沢山入っていたわ」
「透さんが由衣から盗んだのって」
私に問いながら、二人は答えをすでに理解している様に見える。
人って驚き過ぎると、無の顔になるんだなって、そんな感想を持ってしまう私は動揺してるのかしていないのか、もうそれすら分からない。
さっき会議室で見た先輩の醜態は、それだけ私の心に衝撃を与えていたのかもしれない。
「先輩が盗んだお金はね、就職してからずっと五百円玉貯金してたものなの。貯金箱一杯に貯まったら、母を温泉に連れて行ってあげたいって思ってた。それを楽しみにコツコツ貯めてたのよ」
お金が本当に貯まったとして、実際に旅行に行ったかどうかは分からないし、母を温泉にというのも思いつきに過ぎない。
私も母も兄も、旅行とかたいして興味が無く家族で旅館とか泊まった記憶は無かった。
お金が無かったから旅行に行けなかったのではないと思う、ただ興味が無かった。
遠出すると考え浮かぶのは、祖母の家位だった。
「お母さんだけ?」
「両親は私が産まれてすぐに離婚してるから、父とは疎遠なの。今どこで何をしているのかも知りません」
そう言うと、神田さんは驚いたとばかりに目を見開いて私を見た。
「あなたが住んでるの、賃貸じゃないのよね?」
「……今の話の流れのどこに関係するのか分かりませんけれど、住んでるのは賃貸じゃないです。母方の祖母が亡くなった時、少しですが私も遺産相続したんてす。それを頭金にして買いました」
祖母の遺産だけではマンション購入には少し足りなかったけれど、運良く宝くじが当たったおかげでローン無しに買えた。なんてわざわざ話はしない。
祖母の遺産を相続しマンションを買ったのは事実だから、それだけ話せば後は勝手に相続してくれるだろうと思い嘘と真実を混ぜて話す。
「遺産を頭金に……」
「ええ、駅近とかじゃ無いので、私でも何とか支払い出来てますね」
「そう。私色々誤解して妬んでたのね」
神田さんは一人で納得しているけれど、私は理解出来ずに美紀ちゃんに視線を向ける。
「新築マンションに一人暮らし、髪も爪も手入れが行き届いていて、服も高そうなものばかり着ていてお金に不自由したことがなさそうなお嬢様っぽい外見、性格が良くて仕事も出来ると社内で評判。その上自分の恋人が事ある毎にあなたを素直で可愛いって褒める。これで妬まない方がおかしくない?」
神田さんは早口で捲し立てるけれど、一体誰の話をしているのか分からない。
高そうな服とか、お金に不自由したことが無さそうなお嬢様っぽい外見とか、誰のことを言っているのか分からない。
母は私と兄を一人で育ててくれた。子供の頃家が貧乏だと思ったことはないけれど、それは贅沢が出来たという意味ではないしお嬢様というにはほど遠い。
「それ、私ですか? マンションに一人暮らし以外合ってるところありませんけど」
爪はセルフネイル、髪は定期的に毛先を切ってた以外は市販のシャンプーとコンディショナー、服は先輩の好きそうなデザインを選んではいたけれど、手入れをきちんとしていただけで高い物は一着もなかった。
だいたい、先輩に素直で可愛いなんて言われたことは一度もない。
「何怒ってるの」
「私、素直で可愛いなんて褒められたこと一度もないもの。先輩には駄目出しばっかりされてた。見た目も仕事も料理も、駄目駄目駄目ばっかり」
「嘘でしょ、私の前では褒めまくりだったわ」
神田さんは、また大きく目を見開いて私を見る。
「……私の前でも褒めてたけど、あれ本心からじゃないわ。私が反応するのが面白かったんだって今なら分かる」
「美紀ちゃん?」
「女三人、いいえ四人か。皆透さんと付き合っていると互いには知らなくても、嫉妬しあう様にしむけて透さんは楽しんでいたのね。趣味が悪いわ」
そんなことされていたなんて、私がそれすら気が付かなかった。
私の前で、他の人を褒めることは無かった。ただ、私は駄目だ、俺がいないとって、そう言っていただけだった。
「私達見る目が無さすぎましたね」
「本当ね。『俺殺されるよ!』って怖がってる姿見たら情けなさ過ぎて、百年の恋も一瞬で冷めたわ」
「あはは、それ分かりますっ。指差して笑ってやりたくなったわ」
ため息を吐きながら私が言えば、神田さんはやれやれとばかりに先輩を落とし、美紀ちゃんは笑いだす。
美紀ちゃんの笑い声に釣られて、私もちょっとだけ笑って、こんな風に気持ちを切り替える方法もあるのかと内心驚いてしまう。
紺さんに悲しみを吐露した時とは違う、同じ人に裏切られた私達なりの気持ちの整理の方法だ。
「あれ? 三人一緒にいなくなるから何かあったのかと思ってたけど書類整理させられてたんだ」
「……びっくりしたわ。どうしたの?」
急に背後から声がして、神田さんが驚きの声を上げる。
「課長からシュレッダーかけるのがあるならここに持って行けって言われてさ、。ここ寒くない? 暖房の温度上げなよ」
段ボールを抱え「寒い、寒い」と言っているのは、先輩と同期の営業の人だ。
そう言われて部屋の温度が低すぎると気が付いた。暖房は一応ついているみたいだけど、寒いなんて今まで思わなかったのは、その余裕が無かったからだと思う。
「シュレッダー早めに終わらせないといけないとはいえ、ずっとこんな寒いところでシュレッダーかけさせられるって、罰ゲームみたいだな。風邪ひくなよ、ええとエアコンのスイッチどこだったかな」
段ボールを床に置き、営業さんはエアコンのスイッチを探しに離れていく。
「課長、私達が呼ばれた理由を隠す為に?」
「そうかもしれないです」
こそこそと神田さんと美紀ちゃんが話す。
課長は元々気を遣ってくれる人だって思ってたけれど、私達がここにいたとさりげなく教えるために彼をここに誘導したとしか思えない。
「後でお礼言おうね」
「「はい」」
三人が先輩と付き合っていて、金銭トラブルまであったなんて、この会社にこれからも勤める以上誰にも知られたくない話だ。
課長は私達を守ろうとしてくれてるんだ、そう気が付いて胸の奥が熱くなった。
神田さんに同調するように、美紀ちゃんが話し始める。
「流行りのお店とか食べ物に詳しいのに、キャベツとレタスの区別ついてないとか」
「ブランド物のお財布使ってるのに、小銭入れのとこパンパンになってたりして、コンビニのレジで小銭入れすぎてエラーにしちゃったりとか。あれ、小銭?」
二人で盛り上がっている中小銭と口にして、二人がハッとした顔で私を見た。
「小銭、五百円玉が沢山入っていたわ」
「透さんが由衣から盗んだのって」
私に問いながら、二人は答えをすでに理解している様に見える。
人って驚き過ぎると、無の顔になるんだなって、そんな感想を持ってしまう私は動揺してるのかしていないのか、もうそれすら分からない。
さっき会議室で見た先輩の醜態は、それだけ私の心に衝撃を与えていたのかもしれない。
「先輩が盗んだお金はね、就職してからずっと五百円玉貯金してたものなの。貯金箱一杯に貯まったら、母を温泉に連れて行ってあげたいって思ってた。それを楽しみにコツコツ貯めてたのよ」
お金が本当に貯まったとして、実際に旅行に行ったかどうかは分からないし、母を温泉にというのも思いつきに過ぎない。
私も母も兄も、旅行とかたいして興味が無く家族で旅館とか泊まった記憶は無かった。
お金が無かったから旅行に行けなかったのではないと思う、ただ興味が無かった。
遠出すると考え浮かぶのは、祖母の家位だった。
「お母さんだけ?」
「両親は私が産まれてすぐに離婚してるから、父とは疎遠なの。今どこで何をしているのかも知りません」
そう言うと、神田さんは驚いたとばかりに目を見開いて私を見た。
「あなたが住んでるの、賃貸じゃないのよね?」
「……今の話の流れのどこに関係するのか分かりませんけれど、住んでるのは賃貸じゃないです。母方の祖母が亡くなった時、少しですが私も遺産相続したんてす。それを頭金にして買いました」
祖母の遺産だけではマンション購入には少し足りなかったけれど、運良く宝くじが当たったおかげでローン無しに買えた。なんてわざわざ話はしない。
祖母の遺産を相続しマンションを買ったのは事実だから、それだけ話せば後は勝手に相続してくれるだろうと思い嘘と真実を混ぜて話す。
「遺産を頭金に……」
「ええ、駅近とかじゃ無いので、私でも何とか支払い出来てますね」
「そう。私色々誤解して妬んでたのね」
神田さんは一人で納得しているけれど、私は理解出来ずに美紀ちゃんに視線を向ける。
「新築マンションに一人暮らし、髪も爪も手入れが行き届いていて、服も高そうなものばかり着ていてお金に不自由したことがなさそうなお嬢様っぽい外見、性格が良くて仕事も出来ると社内で評判。その上自分の恋人が事ある毎にあなたを素直で可愛いって褒める。これで妬まない方がおかしくない?」
神田さんは早口で捲し立てるけれど、一体誰の話をしているのか分からない。
高そうな服とか、お金に不自由したことが無さそうなお嬢様っぽい外見とか、誰のことを言っているのか分からない。
母は私と兄を一人で育ててくれた。子供の頃家が貧乏だと思ったことはないけれど、それは贅沢が出来たという意味ではないしお嬢様というにはほど遠い。
「それ、私ですか? マンションに一人暮らし以外合ってるところありませんけど」
爪はセルフネイル、髪は定期的に毛先を切ってた以外は市販のシャンプーとコンディショナー、服は先輩の好きそうなデザインを選んではいたけれど、手入れをきちんとしていただけで高い物は一着もなかった。
だいたい、先輩に素直で可愛いなんて言われたことは一度もない。
「何怒ってるの」
「私、素直で可愛いなんて褒められたこと一度もないもの。先輩には駄目出しばっかりされてた。見た目も仕事も料理も、駄目駄目駄目ばっかり」
「嘘でしょ、私の前では褒めまくりだったわ」
神田さんは、また大きく目を見開いて私を見る。
「……私の前でも褒めてたけど、あれ本心からじゃないわ。私が反応するのが面白かったんだって今なら分かる」
「美紀ちゃん?」
「女三人、いいえ四人か。皆透さんと付き合っていると互いには知らなくても、嫉妬しあう様にしむけて透さんは楽しんでいたのね。趣味が悪いわ」
そんなことされていたなんて、私がそれすら気が付かなかった。
私の前で、他の人を褒めることは無かった。ただ、私は駄目だ、俺がいないとって、そう言っていただけだった。
「私達見る目が無さすぎましたね」
「本当ね。『俺殺されるよ!』って怖がってる姿見たら情けなさ過ぎて、百年の恋も一瞬で冷めたわ」
「あはは、それ分かりますっ。指差して笑ってやりたくなったわ」
ため息を吐きながら私が言えば、神田さんはやれやれとばかりに先輩を落とし、美紀ちゃんは笑いだす。
美紀ちゃんの笑い声に釣られて、私もちょっとだけ笑って、こんな風に気持ちを切り替える方法もあるのかと内心驚いてしまう。
紺さんに悲しみを吐露した時とは違う、同じ人に裏切られた私達なりの気持ちの整理の方法だ。
「あれ? 三人一緒にいなくなるから何かあったのかと思ってたけど書類整理させられてたんだ」
「……びっくりしたわ。どうしたの?」
急に背後から声がして、神田さんが驚きの声を上げる。
「課長からシュレッダーかけるのがあるならここに持って行けって言われてさ、。ここ寒くない? 暖房の温度上げなよ」
段ボールを抱え「寒い、寒い」と言っているのは、先輩と同期の営業の人だ。
そう言われて部屋の温度が低すぎると気が付いた。暖房は一応ついているみたいだけど、寒いなんて今まで思わなかったのは、その余裕が無かったからだと思う。
「シュレッダー早めに終わらせないといけないとはいえ、ずっとこんな寒いところでシュレッダーかけさせられるって、罰ゲームみたいだな。風邪ひくなよ、ええとエアコンのスイッチどこだったかな」
段ボールを床に置き、営業さんはエアコンのスイッチを探しに離れていく。
「課長、私達が呼ばれた理由を隠す為に?」
「そうかもしれないです」
こそこそと神田さんと美紀ちゃんが話す。
課長は元々気を遣ってくれる人だって思ってたけれど、私達がここにいたとさりげなく教えるために彼をここに誘導したとしか思えない。
「後でお礼言おうね」
「「はい」」
三人が先輩と付き合っていて、金銭トラブルまであったなんて、この会社にこれからも勤める以上誰にも知られたくない話だ。
課長は私達を守ろうとしてくれてるんだ、そう気が付いて胸の奥が熱くなった。
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