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狐の正体は
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「な、なんで……」
言葉が通じるみたいに、私の顔を見てじっとしている三匹と、先輩の喉元に噛みつきそうな勢いで先輩の抵抗を抑えているもう一匹に怖気づき後退りしかけてドアに背中が触れる。
「キャン」
鳴き声に下を向くと、十和が足に擦り寄っていた。
『由衣に守りを、由衣に仇なす者はそれ相応の罰を受ける様に、今出来る精一杯の守りを』
私を見上げる十和の顔を見ていたら、急に紺さんの言葉を思い出した。
なぜ急に、思い出したんだろう。
「離せっ、離せっ! うわあぁっ!!」
先輩の叫ぶ声が通路に響いている。
ジタバタと先輩は足をバタつかせ抵抗しているのに、狐は先輩の抵抗をものともせずに押さえつけている。
「どうして急に……紺さん?」
そんな場合じゃないのに、私は呑気に思い出したばかりの言葉の意味を考えていて、そうしているうちに先輩を押さえつけている狐と紺さんの姿が重なって見えた。
「止めておけ、お前の力はまだまだ弱い。悪しき者を害したらその悪がお前に移る」
先輩を取り囲む三匹の狐の中で一番大きな狐が急に話し始めたから、私は驚いてその狐を見た。
「そうだ、君は力が戻っていないんだよ。それにそれを罰するのは根田さんに任せると決めたよね」
二番目に大きな狐が、根田さんと名前を出すから私はまた驚いてしまう。
根田さんとは、先輩のお父さんが言っていた根田さんなのだろうか。でも、どうして狐たちがその人を知っているのだろう。
「根田、嫌だっ。あの人は駄目だっ。由衣! 助けてくれ、あの人から匿ってくれっ! 俺本当に殺される! うわあああっ!!」
根田さんの名前が出た途端、先輩が暴れ始める。
その動きを、一番大きな狐が先輩の頭を前足で踏みつけてあっさりと止めてしまった。
「私が押さえておく、お前は退け」
大きな狐が前足一本で先輩の頭、額の辺りを踏んでいるだけで先輩は声は出しているものの、手足は動けなくなっている様に見える。
「でも」
「こいつに触れているだけで、お前の力は削がれていく。まだお前は悪しきものに対抗できる程の力はない。体に喰らいつこうとする等しようものなら、お前はまた形を留めていられなくなるぞ」
先輩の体に乗ったままの狐を一番大きな狐が諭すと、しぶしぶと狐は先輩の上から退いて私の方へ歩いて来た。
「由衣、ごめんね助けが遅くなって。怖かったよね」
私の足にすりすりと顔をすり寄せている十和の傍に座り、狐が私を見上げながら何度もごめんと繰り返す。
この狐は、本当に紺さんなの?
「あなたは、紺さんなの? 本当に? え、手、どうしてそんなに黒くなって。どうしたの?」
「これは、この馬鹿の悪しき心に触れて穢れた。力が弱いのに無理をするからだ」
「そんなっ。あの、どうしたら。あ、そうだ!」
慌ててドアの鍵を開け、部屋の中に掛けこみキッチンのカウンターに置いたままの日本酒と、キッチンの調味料棚に並べてあったお塩と食器棚から小さなグラスを取り出しトレイに載せて外へ出る。
「こ、これ。お清めに使えませんか」
祖母が時々玄関に塩と日本酒を撒いていた。
母も確かそうしていた時があった。
悪い事が続いた時、嫌な人が訪ねて来た時、玄関を掃除して最後に塩を撒き、玄関と外を境界線で分けるかの様に
日本酒で一文字を書いていた。
お清めだと、確か祖母はそう言っていた。
「清めか、そうだな。お前がこれを清めてやれ。お前はこれの眷属なのだろう? お前なら出来る筈だ」
大きな狐が私をじぃっと見た後で、頷いた。
眷属って何だろう? 首を傾げながらふと左手首を見た。
紺さんがくれたお守り、これに今日は沢山励まされたと思う。そして時々不思議なことがあった様にも思う。
「眷属、このお守りを着けているから?」
「そうだ。それはこれがやっと取り戻した力を使って作った守りだ、それでお前と繋がりが出来たからお前が関わったものは私達狐が食せる様になったはずだ」
「私が関わったもの? 日本酒なんて作ったことないですが」
そう言えばお供えしたもの以外は食べられないんだっけ、そう考えてどこでそんな知識を得たのだろうとまた首を傾げる。
「酒をグラスに注ぐ、それで十分だ。清めはそのまま撒けばいい」
「グラスに注ぐだけ、分かりました」
置き場所がないから、トレイを通路の床に直置きして、日本酒の封を開けグラスに注ぐ。
「酒をまず私の前に」
「はい。えっ」
言われるまま大きな狐の前にグラスを差し出すと、赤い舌がぺろりとお酒を舐めた。
「力はある。お前の関わったものは味が良い。お前が作ったものは私達好みの味になるだろう」
「好みの味? 美味しいって感じてくれるってことですか。それは嬉しいです」
もしも目の前の狐が本当に紺さんなら、紺さん好みのものを私が作れるとしたらそれは嬉しいに決まっている。
「嬉しいか」
「はい。作ったもの美味しいって食べて貰えるの嬉しいです。沢山作って一緒に美味しいねって食べたいです」
紺さんと食べたものを思い出す。美味しい出汁の味、暖かい部屋で食べて飲んだ時間。
それを思い出し、目を細める。
「そうか、ならばその思いを念じながらこれに振りかけろ。まずは塩、そして酒だ」
「最初が塩、そしてお酒。分かりました」
大きな狐に言われるまま、私は紺さんらしい狐に塩を振りかけ日本酒を掛けた。
「……たまえ、清め……。もう一度塩だ。その後グラスに酒を注ぎ飲ませろ」
大きな狐の声、それを見守る二匹の狐と十和。
言われるままにもう一度塩を振りかけてから、グラスにお酒を注ぎ紺さんの前に差し出す。
「……由衣……ありがとう」
ぺろぺろとお酒を舐めた紺さんの体から、なにか湯気の様なものが出て、黒くなっていた体が白に戻る。
それと同時に、先輩が唸り声を上げ痙攣した様に体を震わせ始めた。
言葉が通じるみたいに、私の顔を見てじっとしている三匹と、先輩の喉元に噛みつきそうな勢いで先輩の抵抗を抑えているもう一匹に怖気づき後退りしかけてドアに背中が触れる。
「キャン」
鳴き声に下を向くと、十和が足に擦り寄っていた。
『由衣に守りを、由衣に仇なす者はそれ相応の罰を受ける様に、今出来る精一杯の守りを』
私を見上げる十和の顔を見ていたら、急に紺さんの言葉を思い出した。
なぜ急に、思い出したんだろう。
「離せっ、離せっ! うわあぁっ!!」
先輩の叫ぶ声が通路に響いている。
ジタバタと先輩は足をバタつかせ抵抗しているのに、狐は先輩の抵抗をものともせずに押さえつけている。
「どうして急に……紺さん?」
そんな場合じゃないのに、私は呑気に思い出したばかりの言葉の意味を考えていて、そうしているうちに先輩を押さえつけている狐と紺さんの姿が重なって見えた。
「止めておけ、お前の力はまだまだ弱い。悪しき者を害したらその悪がお前に移る」
先輩を取り囲む三匹の狐の中で一番大きな狐が急に話し始めたから、私は驚いてその狐を見た。
「そうだ、君は力が戻っていないんだよ。それにそれを罰するのは根田さんに任せると決めたよね」
二番目に大きな狐が、根田さんと名前を出すから私はまた驚いてしまう。
根田さんとは、先輩のお父さんが言っていた根田さんなのだろうか。でも、どうして狐たちがその人を知っているのだろう。
「根田、嫌だっ。あの人は駄目だっ。由衣! 助けてくれ、あの人から匿ってくれっ! 俺本当に殺される! うわあああっ!!」
根田さんの名前が出た途端、先輩が暴れ始める。
その動きを、一番大きな狐が先輩の頭を前足で踏みつけてあっさりと止めてしまった。
「私が押さえておく、お前は退け」
大きな狐が前足一本で先輩の頭、額の辺りを踏んでいるだけで先輩は声は出しているものの、手足は動けなくなっている様に見える。
「でも」
「こいつに触れているだけで、お前の力は削がれていく。まだお前は悪しきものに対抗できる程の力はない。体に喰らいつこうとする等しようものなら、お前はまた形を留めていられなくなるぞ」
先輩の体に乗ったままの狐を一番大きな狐が諭すと、しぶしぶと狐は先輩の上から退いて私の方へ歩いて来た。
「由衣、ごめんね助けが遅くなって。怖かったよね」
私の足にすりすりと顔をすり寄せている十和の傍に座り、狐が私を見上げながら何度もごめんと繰り返す。
この狐は、本当に紺さんなの?
「あなたは、紺さんなの? 本当に? え、手、どうしてそんなに黒くなって。どうしたの?」
「これは、この馬鹿の悪しき心に触れて穢れた。力が弱いのに無理をするからだ」
「そんなっ。あの、どうしたら。あ、そうだ!」
慌ててドアの鍵を開け、部屋の中に掛けこみキッチンのカウンターに置いたままの日本酒と、キッチンの調味料棚に並べてあったお塩と食器棚から小さなグラスを取り出しトレイに載せて外へ出る。
「こ、これ。お清めに使えませんか」
祖母が時々玄関に塩と日本酒を撒いていた。
母も確かそうしていた時があった。
悪い事が続いた時、嫌な人が訪ねて来た時、玄関を掃除して最後に塩を撒き、玄関と外を境界線で分けるかの様に
日本酒で一文字を書いていた。
お清めだと、確か祖母はそう言っていた。
「清めか、そうだな。お前がこれを清めてやれ。お前はこれの眷属なのだろう? お前なら出来る筈だ」
大きな狐が私をじぃっと見た後で、頷いた。
眷属って何だろう? 首を傾げながらふと左手首を見た。
紺さんがくれたお守り、これに今日は沢山励まされたと思う。そして時々不思議なことがあった様にも思う。
「眷属、このお守りを着けているから?」
「そうだ。それはこれがやっと取り戻した力を使って作った守りだ、それでお前と繋がりが出来たからお前が関わったものは私達狐が食せる様になったはずだ」
「私が関わったもの? 日本酒なんて作ったことないですが」
そう言えばお供えしたもの以外は食べられないんだっけ、そう考えてどこでそんな知識を得たのだろうとまた首を傾げる。
「酒をグラスに注ぐ、それで十分だ。清めはそのまま撒けばいい」
「グラスに注ぐだけ、分かりました」
置き場所がないから、トレイを通路の床に直置きして、日本酒の封を開けグラスに注ぐ。
「酒をまず私の前に」
「はい。えっ」
言われるまま大きな狐の前にグラスを差し出すと、赤い舌がぺろりとお酒を舐めた。
「力はある。お前の関わったものは味が良い。お前が作ったものは私達好みの味になるだろう」
「好みの味? 美味しいって感じてくれるってことですか。それは嬉しいです」
もしも目の前の狐が本当に紺さんなら、紺さん好みのものを私が作れるとしたらそれは嬉しいに決まっている。
「嬉しいか」
「はい。作ったもの美味しいって食べて貰えるの嬉しいです。沢山作って一緒に美味しいねって食べたいです」
紺さんと食べたものを思い出す。美味しい出汁の味、暖かい部屋で食べて飲んだ時間。
それを思い出し、目を細める。
「そうか、ならばその思いを念じながらこれに振りかけろ。まずは塩、そして酒だ」
「最初が塩、そしてお酒。分かりました」
大きな狐に言われるまま、私は紺さんらしい狐に塩を振りかけ日本酒を掛けた。
「……たまえ、清め……。もう一度塩だ。その後グラスに酒を注ぎ飲ませろ」
大きな狐の声、それを見守る二匹の狐と十和。
言われるままにもう一度塩を振りかけてから、グラスにお酒を注ぎ紺さんの前に差し出す。
「……由衣……ありがとう」
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