おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

文字の大きさ
59 / 80

狐の正体は

しおりを挟む
「な、なんで……」

 言葉が通じるみたいに、私の顔を見てじっとしている三匹と、先輩の喉元に噛みつきそうな勢いで先輩の抵抗を抑えているもう一匹に怖気づき後退りしかけてドアに背中が触れる。

「キャン」

 鳴き声に下を向くと、十和が足に擦り寄っていた。

『由衣に守りを、由衣に仇なす者はそれ相応の罰を受ける様に、今出来る精一杯の守りを』

 私を見上げる十和の顔を見ていたら、急に紺さんの言葉を思い出した。
 なぜ急に、思い出したんだろう。
 
「離せっ、離せっ! うわあぁっ!!」

 先輩の叫ぶ声が通路に響いている。
 ジタバタと先輩は足をバタつかせ抵抗しているのに、狐は先輩の抵抗をものともせずに押さえつけている。

「どうして急に……紺さん?」

 そんな場合じゃないのに、私は呑気に思い出したばかりの言葉の意味を考えていて、そうしているうちに先輩を押さえつけている狐と紺さんの姿が重なって見えた。

「止めておけ、お前の力はまだまだ弱い。悪しき者を害したらその悪がお前に移る」

 先輩を取り囲む三匹の狐の中で一番大きな狐が急に話し始めたから、私は驚いてその狐を見た。

「そうだ、君は力が戻っていないんだよ。それにそれを罰するのは根田さんに任せると決めたよね」

 二番目に大きな狐が、根田さんと名前を出すから私はまた驚いてしまう。
 根田さんとは、先輩のお父さんが言っていた根田さんなのだろうか。でも、どうして狐たちがその人を知っているのだろう。

「根田、嫌だっ。あの人は駄目だっ。由衣! 助けてくれ、あの人から匿ってくれっ! 俺本当に殺される! うわあああっ!!」

 根田さんの名前が出た途端、先輩が暴れ始める。
 その動きを、一番大きな狐が先輩の頭を前足で踏みつけてあっさりと止めてしまった。

「私が押さえておく、お前は退け」

 大きな狐が前足一本で先輩の頭、額の辺りを踏んでいるだけで先輩は声は出しているものの、手足は動けなくなっている様に見える。

「でも」
「こいつに触れているだけで、お前の力は削がれていく。まだお前は悪しきものに対抗できる程の力はない。体に喰らいつこうとする等しようものなら、お前はまた形を留めていられなくなるぞ」

 先輩の体に乗ったままの狐を一番大きな狐が諭すと、しぶしぶと狐は先輩の上から退いて私の方へ歩いて来た。

「由衣、ごめんね助けが遅くなって。怖かったよね」

 私の足にすりすりと顔をすり寄せている十和の傍に座り、狐が私を見上げながら何度もごめんと繰り返す。
 この狐は、本当に紺さんなの?

「あなたは、紺さんなの? 本当に? え、手、どうしてそんなに黒くなって。どうしたの?」
「これは、この馬鹿の悪しき心に触れて穢れた。力が弱いのに無理をするからだ」
「そんなっ。あの、どうしたら。あ、そうだ!」

 慌ててドアの鍵を開け、部屋の中に掛けこみキッチンのカウンターに置いたままの日本酒と、キッチンの調味料棚に並べてあったお塩と食器棚から小さなグラスを取り出しトレイに載せて外へ出る。

「こ、これ。お清めに使えませんか」

 祖母が時々玄関に塩と日本酒を撒いていた。
 母も確かそうしていた時があった。
 悪い事が続いた時、嫌な人が訪ねて来た時、玄関を掃除して最後に塩を撒き、玄関と外を境界線で分けるかの様に
日本酒で一文字を書いていた。
 お清めだと、確か祖母はそう言っていた。

「清めか、そうだな。お前がこれを清めてやれ。お前はこれの眷属なのだろう? お前なら出来る筈だ」

 大きな狐が私をじぃっと見た後で、頷いた。
 眷属って何だろう? 首を傾げながらふと左手首を見た。
 紺さんがくれたお守り、これに今日は沢山励まされたと思う。そして時々不思議なことがあった様にも思う。

「眷属、このお守りを着けているから?」
「そうだ。それはこれがやっと取り戻した力を使って作った守りだ、それでお前と繋がりが出来たからお前が関わったものは私達狐が食せる様になったはずだ」
「私が関わったもの? 日本酒なんて作ったことないですが」

 そう言えばお供えしたもの以外は食べられないんだっけ、そう考えてどこでそんな知識を得たのだろうとまた首を傾げる。

「酒をグラスに注ぐ、それで十分だ。清めはそのまま撒けばいい」
「グラスに注ぐだけ、分かりました」

 置き場所がないから、トレイを通路の床に直置きして、日本酒の封を開けグラスに注ぐ。

「酒をまず私の前に」
「はい。えっ」

 言われるまま大きな狐の前にグラスを差し出すと、赤い舌がぺろりとお酒を舐めた。

「力はある。お前の関わったものは味が良い。お前が作ったものは私達好みの味になるだろう」
「好みの味? 美味しいって感じてくれるってことですか。それは嬉しいです」

 もしも目の前の狐が本当に紺さんなら、紺さん好みのものを私が作れるとしたらそれは嬉しいに決まっている。

「嬉しいか」
「はい。作ったもの美味しいって食べて貰えるの嬉しいです。沢山作って一緒に美味しいねって食べたいです」

 紺さんと食べたものを思い出す。美味しい出汁の味、暖かい部屋で食べて飲んだ時間。
 それを思い出し、目を細める。

「そうか、ならばその思いを念じながらこれに振りかけろ。まずは塩、そして酒だ」
「最初が塩、そしてお酒。分かりました」

 大きな狐に言われるまま、私は紺さんらしい狐に塩を振りかけ日本酒を掛けた。

「……たまえ、清め……。もう一度塩だ。その後グラスに酒を注ぎ飲ませろ」

 大きな狐の声、それを見守る二匹の狐と十和。
 言われるままにもう一度塩を振りかけてから、グラスにお酒を注ぎ紺さんの前に差し出す。

「……由衣……ありがとう」

 ぺろぺろとお酒を舐めた紺さんの体から、なにか湯気の様なものが出て、黒くなっていた体が白に戻る。
 それと同時に、先輩が唸り声を上げ痙攣した様に体を震わせ始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...