64 / 80
狐たちとの酒宴3
しおりを挟む
「貰いすぎ?」
根田さんは何を思ってそう言うのだろう。
私にはそれが分からなくて首を傾げてしまう。
「そうだ。貰いすぎ、だから紺と由衣に私の力を分け与えよう」
貰いすぎたから、根田さんが力を分けてくれる。
根田さんの意図が分からず、私は根田さんと紺さんを交互に見るけれど、紺さんは「そんな、貰えるわけない」と拒否している。
「紺さん?」
「由衣への礼で、私に力をなんて」
紺さんの拒絶に根田さんは、がしりと紺さんの両肩を掴み顔を近付ける。
「由衣はお前の眷属、つまりお前の力が弱ければ眷属の守りも弱まる。今回は私達がいたからお前は由衣の助けを求める声を聞きこの場に来られたが、今のお前にその力はない。無理をして神の囲いから出ようとすれば、その瞬間お前の体は形を保てなくなって、ただ空を漂う存在となっていただろう。実際お前は今こんなにも脆い存在になっている」
紺さん達は今人の形をしていても本当は人ではなく、稲荷神の使いの狐。
四人の中で、紺さんは一番体が小さく毛艶も悪い様に見えたけれど、それは力に関係しているのだろうか。
同じ狐でも、根田さんの目には、紺さんは弱過ぎる存在と見えているのかもしれない。
「それは、でも私は……」
根田さんの言葉に、紺さんは何か言おうとしながら私を見て口をつぐんでしまった。
私を見た紺さんの顔があまりにも悲しそうで、でも何を言ったらいいのか分からない。
だって、私が出来ることなんて料理を作ることくらいなのだ。
ただの人でしかない私に出来るのは、それくらいしかないのが悲しくて紺さんから目を逸らしてしまう。
「力を分けよう。これから先、お前が望めば外に出られる様に、存在を強くしてやる」
根田さんの提案に、私はハッとして顔を上げ根田さんを見た。
彼は自信があるとばかりに胸を張り、腕を組んで私と紺さんを見ている。
その姿に、この人は別格なのだと何故か理解してしまった。なんというか、この人自体が神様なんじゃないかと思う程に神々しいのだ。
さっきお腹を鳴らし、恥ずかしそうにしていた人とは思えない。
真夜中の部屋の中なのに、妙に明るくて眩しい光を根田さんから感じるし、空気も清々しい様に思えてきてしまう。
「それは、でも」
「今のままだと、お前はずっと夜の中、あの神の守りの囲いの中で生きるだけの存在のままだ」
紺さんは人の形を保つのがやっと、何かあればすぐに消えてしまう程の存在なのだろうか、さっき根田さんが言った通り、うっかり神社の外に出たらその瞬間消えてしまうような、儚い存在。
もしも紺さんと会えなくなったら? そんなの考えたくない。
紺さんが消えてしまうかもしれないなんて、考えたくない。
「私は長く存在し、あの家を守って来た。それは今後も続く、あの家の者は一人を除いて信心深く善良だ。善良な者からの変わらぬ信仰それが私の力だ」
一人というのは、先輩のことなんだろう。
善良な人達を家族に持っていて、どうして先輩だけああだったのか、それはもう問いただすことも出来ないし、私は二度と先輩に関わらないから知ることは永遠に無い。
「紺、お前は一度消えかけた。稲荷神の一柱だったお前は信仰を失い、雷に打たれその力を失った」
「……はい。私は神だったけれど、その力を失い存在は消えかけました。今こうしていられるのは、この地を守る稲荷神の温情です。私は弱い、でも由衣を見守り続けたい。そのためだけに私は……」
項垂れながら打ち明ける、私を見守りたいと言うその紺さんの体が透け始めた。
「こ、紺さん! 体が」
思わず紺さんの腕に縋ると、その感触はとても頼りなくて、確かに腕を掴んでいるのに今にも消えてしまいそうだ。
「馬鹿者! 強い意志を持て! ただでさえ弱いお前が囲いの外で気持ちが揺らげば存在が消えると分かっているだろう!」
「紺さん!」
「由衣」
「紺さん! 私はずっと紺さんと一緒に居たい。十和も一緒に、ずっとずっとっ」
叫んでいた、その瞬間手首に着けたお守りが熱くなった。
「由衣、お前は紺の側にずっといると誓えるか」
「由衣、駄目だよ。誓っちゃ駄目だ」
根田さんは誓えるかと問い、紺さんは駄目だと言う。
近田さんと今村さんは、二人の後ろに立ち心配そうに見ている。
「誓います。私は紺さんに消えて欲しくない。私はずっと紺さんの側にいますっ!」
睨むように根田さんを見ながら、そう宣言する。
その瞬間、お守りが火傷しそうに熱を持ち、その熱が私と紺さんを包むのを感じた。
「承知した。由衣の誓いは永遠に続く、私の力を紺に分けよう。由衣の誓いが破られぬ限り与えた力は紺を守る力となる」
根田さんはそう言うと、私と紺さんを包んだ熱に両手で触れる。
その瞬間、私と紺さんを包む熱が青い炎に変化した。
「由衣の誓いは本心か」
「本心?」
「紺と共にいると、由衣は永遠に紺の側にいると本心から誓えるか」
目の前に根田さんはいるのに、何故か頭の中からその声は響いて、止めようとする紺さんを遮り私は叫んだ。
「ずっと一緒にいます! 紺さんが私を見守りたいと、そのために今の紺さんがあるなら、私はずっと紺さんの側にいます!」
祖母の願いを叶えたい、私が幸せになるのを見守りたい。その思いで紺さんが神の力を失っても私の近くにいてくれようとした。
それなら、私は紺さんと一緒に幸せになる。
「紺さんと美味しいもの食べて、美味しいお酒飲んで、今日も一日平和に終わったねと笑い合う。そうして毎日過ごすんです。ずっとずっと!」
私の叫び声に「その誓い、確かに稲荷神が受け取った。これより三浦由衣は紺の番なり」とどこからか声が響いた。
根田さんは何を思ってそう言うのだろう。
私にはそれが分からなくて首を傾げてしまう。
「そうだ。貰いすぎ、だから紺と由衣に私の力を分け与えよう」
貰いすぎたから、根田さんが力を分けてくれる。
根田さんの意図が分からず、私は根田さんと紺さんを交互に見るけれど、紺さんは「そんな、貰えるわけない」と拒否している。
「紺さん?」
「由衣への礼で、私に力をなんて」
紺さんの拒絶に根田さんは、がしりと紺さんの両肩を掴み顔を近付ける。
「由衣はお前の眷属、つまりお前の力が弱ければ眷属の守りも弱まる。今回は私達がいたからお前は由衣の助けを求める声を聞きこの場に来られたが、今のお前にその力はない。無理をして神の囲いから出ようとすれば、その瞬間お前の体は形を保てなくなって、ただ空を漂う存在となっていただろう。実際お前は今こんなにも脆い存在になっている」
紺さん達は今人の形をしていても本当は人ではなく、稲荷神の使いの狐。
四人の中で、紺さんは一番体が小さく毛艶も悪い様に見えたけれど、それは力に関係しているのだろうか。
同じ狐でも、根田さんの目には、紺さんは弱過ぎる存在と見えているのかもしれない。
「それは、でも私は……」
根田さんの言葉に、紺さんは何か言おうとしながら私を見て口をつぐんでしまった。
私を見た紺さんの顔があまりにも悲しそうで、でも何を言ったらいいのか分からない。
だって、私が出来ることなんて料理を作ることくらいなのだ。
ただの人でしかない私に出来るのは、それくらいしかないのが悲しくて紺さんから目を逸らしてしまう。
「力を分けよう。これから先、お前が望めば外に出られる様に、存在を強くしてやる」
根田さんの提案に、私はハッとして顔を上げ根田さんを見た。
彼は自信があるとばかりに胸を張り、腕を組んで私と紺さんを見ている。
その姿に、この人は別格なのだと何故か理解してしまった。なんというか、この人自体が神様なんじゃないかと思う程に神々しいのだ。
さっきお腹を鳴らし、恥ずかしそうにしていた人とは思えない。
真夜中の部屋の中なのに、妙に明るくて眩しい光を根田さんから感じるし、空気も清々しい様に思えてきてしまう。
「それは、でも」
「今のままだと、お前はずっと夜の中、あの神の守りの囲いの中で生きるだけの存在のままだ」
紺さんは人の形を保つのがやっと、何かあればすぐに消えてしまう程の存在なのだろうか、さっき根田さんが言った通り、うっかり神社の外に出たらその瞬間消えてしまうような、儚い存在。
もしも紺さんと会えなくなったら? そんなの考えたくない。
紺さんが消えてしまうかもしれないなんて、考えたくない。
「私は長く存在し、あの家を守って来た。それは今後も続く、あの家の者は一人を除いて信心深く善良だ。善良な者からの変わらぬ信仰それが私の力だ」
一人というのは、先輩のことなんだろう。
善良な人達を家族に持っていて、どうして先輩だけああだったのか、それはもう問いただすことも出来ないし、私は二度と先輩に関わらないから知ることは永遠に無い。
「紺、お前は一度消えかけた。稲荷神の一柱だったお前は信仰を失い、雷に打たれその力を失った」
「……はい。私は神だったけれど、その力を失い存在は消えかけました。今こうしていられるのは、この地を守る稲荷神の温情です。私は弱い、でも由衣を見守り続けたい。そのためだけに私は……」
項垂れながら打ち明ける、私を見守りたいと言うその紺さんの体が透け始めた。
「こ、紺さん! 体が」
思わず紺さんの腕に縋ると、その感触はとても頼りなくて、確かに腕を掴んでいるのに今にも消えてしまいそうだ。
「馬鹿者! 強い意志を持て! ただでさえ弱いお前が囲いの外で気持ちが揺らげば存在が消えると分かっているだろう!」
「紺さん!」
「由衣」
「紺さん! 私はずっと紺さんと一緒に居たい。十和も一緒に、ずっとずっとっ」
叫んでいた、その瞬間手首に着けたお守りが熱くなった。
「由衣、お前は紺の側にずっといると誓えるか」
「由衣、駄目だよ。誓っちゃ駄目だ」
根田さんは誓えるかと問い、紺さんは駄目だと言う。
近田さんと今村さんは、二人の後ろに立ち心配そうに見ている。
「誓います。私は紺さんに消えて欲しくない。私はずっと紺さんの側にいますっ!」
睨むように根田さんを見ながら、そう宣言する。
その瞬間、お守りが火傷しそうに熱を持ち、その熱が私と紺さんを包むのを感じた。
「承知した。由衣の誓いは永遠に続く、私の力を紺に分けよう。由衣の誓いが破られぬ限り与えた力は紺を守る力となる」
根田さんはそう言うと、私と紺さんを包んだ熱に両手で触れる。
その瞬間、私と紺さんを包む熱が青い炎に変化した。
「由衣の誓いは本心か」
「本心?」
「紺と共にいると、由衣は永遠に紺の側にいると本心から誓えるか」
目の前に根田さんはいるのに、何故か頭の中からその声は響いて、止めようとする紺さんを遮り私は叫んだ。
「ずっと一緒にいます! 紺さんが私を見守りたいと、そのために今の紺さんがあるなら、私はずっと紺さんの側にいます!」
祖母の願いを叶えたい、私が幸せになるのを見守りたい。その思いで紺さんが神の力を失っても私の近くにいてくれようとした。
それなら、私は紺さんと一緒に幸せになる。
「紺さんと美味しいもの食べて、美味しいお酒飲んで、今日も一日平和に終わったねと笑い合う。そうして毎日過ごすんです。ずっとずっと!」
私の叫び声に「その誓い、確かに稲荷神が受け取った。これより三浦由衣は紺の番なり」とどこからか声が響いた。
36
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる