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面白いと言われても
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「ははっ! 由衣は面白いな」
根田さんは、夜中だと言うのに大声で笑う。
結界が張ってあるから音を気にする必要なんてないと言われても、ちょっと気になる大きさだ。
不快な声では無いけれど、ちょっと声の大きさに驚き過ぎて身構えてしまう、なにしろもの凄く声が響くのだ。
驚く、だけど、この音の響き方に覚えがある。
そうこれは、幼い頃一緒にお参りをした際、祖母が神社で柏手を打っていた時の音の響き方だ。
祖母と神社にお参りに行くと、まず鳥居の前で一礼して中に入る、小さな元々は赤かったのだろう、ところどころその赤色が残っている鳥居が連なる参道の端を歩き、手水舎で手と口を清める。そうして鈴を鳴らしお賽銭を入れてから深く頭を二度下げるのだ。その後で、パンッパンッと祖母が柏手を打つと神社の境内の空気が澄んでいくような気がして子供心に不思議だった。
お参りの時はいつも空が綺麗に晴れていた気がするけれど、急に日が差し込んで来たような、そんな不思議な気持ちになったのだ。
柏手と笑い声、音は全く異なるのになぜ似ていると感じたのか分からないけれど、急に祖母の柏手の音を思い出してしまったのだ。
「どうした」
「いえ、なぜか急に祖母と一緒に田舎の、紺さんの神社にお参りした時の事を思い出してしまって」
面白いと今言われたけれど、今度は何を言い出すと首を傾げられるだろうか。あまりにも唐突過ぎるから、根田さんの私への印象が面白いから変に変わるかもしれない。
けれど私のそんな心配は、根田さんには関係なかったみたいだ。
「ああ、由衣の祖母か。信心深い良き心根の女人だったな。そうか、そうか」
まるで、生前の祖母ととても親しかったから良く知っているのだと言わんばかりの根田さんの反応に、私の方が首を傾げてしまう。
「由衣、私達はどこの社に来ていた者でも知っているし覚えているんだよ。その者が心から祈りを捧げていれば、特にね」
「紺さん?」
さっきまで動揺していた紺さんは、今は落ち着いた微笑みを浮かべて私を見ている。
「由衣のおばあさんは、晴れた日は必ずお参りに来てくれた。由衣も田舎に泊まりに来ていた時はおばあさんと一緒に来てくれたよね」
「はい」
兄は一緒にお参りした記憶はないけれど、私は一緒に行っていた。
それを思い出しながら、今はあの場所はもう無いのだと悲しくなる。
祖母の家も、神社もない。
紺さんが狐だと知り、夢を思い出したから知っている。あの神社はもう無いのだ。
あの場所にもう、神様はいない。
「由衣の祖母の願いのお陰で紺は消えなかった。恨みも持たずに済んで、祟り神になることもなく、また稲荷神のお使いの狐になれたのは、由衣の祖母と由衣のお陰、感謝する」
淡々と根田さんが言って頭を下げるから、慌ててしまう。私は感謝される様なことはしていない。
むしろ、私が助けてもらったのだ。
もう、物凄く前に思えるけれど、たった数日前の出来事だ。
私は酔っ払って、寒い夜に稲荷神社の境内で眠ってしまい死にかけた。
紺さんと十和が、私を死なせたくないと稲荷神様にお願いしてくれて、稲荷神様がそれに応えてくれ助けてくれたのだ。
眠り込む前に、狐の像においなりさんとお酒をお裾分けしていたから、命が助かったのだ。
「感謝するのは私の方です。あっ!」
そう言いながら思い出した。
夢の中で紺さんは、稲荷神様もお供えされないと人の食べ物は食べられないと言っていた。
近田さんや今村さんが、私の作ったものをこれだけ喜んでくれるなら、神様だって喜んで食べてくれるかもしれないのに、なんにも食べてもらってないのだ。
「どうしたの? 由衣」
「私、神様に」
「神様? 稲荷様のこと?」
「うん、稲荷神様。紺さん、おいなりさんを神様も喜んでくれたって夢で言ってたのに、私何も……」
ちょっと焦ってそう言うと、根田さんがまた笑い出した。
「由衣、お前はやっぱり面白いな。稲荷様に人の食べ物を食べさせていないと、そんな風に慌てる人間は由衣くらいのものだぞ」
「でも、私が出来る感謝はそれくらいですし、後なにが出来ることは……あ、鳥居!」
「鳥居?」
「はい、鳥居を奉納するのはどうでしょう」
そう提案したら全員に微妙な反応をされてしまったけれど、鳥居奉納は願いが叶った時に神様へのお礼として奉納するんじゃ無かったっけ?
「由衣の感謝の気持ちなら、旨い料理を供えてもらった方が喜ばれそうだな。由衣は人の身だが紺の眷属であり番でもある。由衣が真心と感謝を込めて作ったものなら喜ばれることだろう」
「そうですか、それならば張り切って作ります」
神様に喜んで貰える料理ってなんだろう、なんだかよく分からないけれど、皆さんに食べて貰った様に沢山食べて貰えたら嬉しいと思う。
「どうした、由衣。急に嬉しそうにして」
「根田さん、私そんな顔してました? 神様の好みが分かりませんが、美味しいって食べて貰えたら嬉しいなあって、思っちゃっただけなんですが」
へへっと笑うと、根田さんは「好みは私にもわからないが、何を作るかではないし豪華である必要もない。お前の食べて貰えたら嬉しいと思うその心が大切なのだからな」と教えてくれた。
「分かりました。ありがとうございます!」
凄く良いアドバイスを貰ってお礼を言うと、今村さんが「由衣さんのお料理もお菓子もとても美味しいですから!」と言ってくれた。
そんな嬉しいこと言われたら、また沢山作って食べて欲しくなる。
これはあれだ、所謂久しぶりに実家に帰ると料理がエンドレスで出てくる。実家あるある、張り切るお母さんおばあさんの図だ。
でも、それでいいと思う。
私は料理もお菓子も、自分だけ食べるより食べて欲しいのだ。
先輩と違って、皆喜んで美味しいと食べてくれるのだから、作りたくなって当然だ。
「今村さん、ありがとうございます。また料理とかお菓子作りますね。先輩の件でお金頂けることになったので、資金はバッチリですから」
慰謝料的に頂けるらしいお金、貯金するのは違う気がするし、鳥居奉納が微妙なら料理に姿を変えてしまうのはありだと思う。
私は料理が出来て幸せ、皆さんは食べられて幸せで、それを見る私も幸せ。
「資金はバッチリって、由衣。自分が辛い思いをした故のものなのに」
「紺さん、おかしいですか?」
「由衣が良いならそれで良しだ、紺細かいことは気にするな。それに由衣の金運はこれからどんどん上がる一方だ。金銭的に困ることはない」
どうして金運が上がるのだろう? 私の疑問をよそに根田さんは笑いながら消えてしまった。
根田さんは、夜中だと言うのに大声で笑う。
結界が張ってあるから音を気にする必要なんてないと言われても、ちょっと気になる大きさだ。
不快な声では無いけれど、ちょっと声の大きさに驚き過ぎて身構えてしまう、なにしろもの凄く声が響くのだ。
驚く、だけど、この音の響き方に覚えがある。
そうこれは、幼い頃一緒にお参りをした際、祖母が神社で柏手を打っていた時の音の響き方だ。
祖母と神社にお参りに行くと、まず鳥居の前で一礼して中に入る、小さな元々は赤かったのだろう、ところどころその赤色が残っている鳥居が連なる参道の端を歩き、手水舎で手と口を清める。そうして鈴を鳴らしお賽銭を入れてから深く頭を二度下げるのだ。その後で、パンッパンッと祖母が柏手を打つと神社の境内の空気が澄んでいくような気がして子供心に不思議だった。
お参りの時はいつも空が綺麗に晴れていた気がするけれど、急に日が差し込んで来たような、そんな不思議な気持ちになったのだ。
柏手と笑い声、音は全く異なるのになぜ似ていると感じたのか分からないけれど、急に祖母の柏手の音を思い出してしまったのだ。
「どうした」
「いえ、なぜか急に祖母と一緒に田舎の、紺さんの神社にお参りした時の事を思い出してしまって」
面白いと今言われたけれど、今度は何を言い出すと首を傾げられるだろうか。あまりにも唐突過ぎるから、根田さんの私への印象が面白いから変に変わるかもしれない。
けれど私のそんな心配は、根田さんには関係なかったみたいだ。
「ああ、由衣の祖母か。信心深い良き心根の女人だったな。そうか、そうか」
まるで、生前の祖母ととても親しかったから良く知っているのだと言わんばかりの根田さんの反応に、私の方が首を傾げてしまう。
「由衣、私達はどこの社に来ていた者でも知っているし覚えているんだよ。その者が心から祈りを捧げていれば、特にね」
「紺さん?」
さっきまで動揺していた紺さんは、今は落ち着いた微笑みを浮かべて私を見ている。
「由衣のおばあさんは、晴れた日は必ずお参りに来てくれた。由衣も田舎に泊まりに来ていた時はおばあさんと一緒に来てくれたよね」
「はい」
兄は一緒にお参りした記憶はないけれど、私は一緒に行っていた。
それを思い出しながら、今はあの場所はもう無いのだと悲しくなる。
祖母の家も、神社もない。
紺さんが狐だと知り、夢を思い出したから知っている。あの神社はもう無いのだ。
あの場所にもう、神様はいない。
「由衣の祖母の願いのお陰で紺は消えなかった。恨みも持たずに済んで、祟り神になることもなく、また稲荷神のお使いの狐になれたのは、由衣の祖母と由衣のお陰、感謝する」
淡々と根田さんが言って頭を下げるから、慌ててしまう。私は感謝される様なことはしていない。
むしろ、私が助けてもらったのだ。
もう、物凄く前に思えるけれど、たった数日前の出来事だ。
私は酔っ払って、寒い夜に稲荷神社の境内で眠ってしまい死にかけた。
紺さんと十和が、私を死なせたくないと稲荷神様にお願いしてくれて、稲荷神様がそれに応えてくれ助けてくれたのだ。
眠り込む前に、狐の像においなりさんとお酒をお裾分けしていたから、命が助かったのだ。
「感謝するのは私の方です。あっ!」
そう言いながら思い出した。
夢の中で紺さんは、稲荷神様もお供えされないと人の食べ物は食べられないと言っていた。
近田さんや今村さんが、私の作ったものをこれだけ喜んでくれるなら、神様だって喜んで食べてくれるかもしれないのに、なんにも食べてもらってないのだ。
「どうしたの? 由衣」
「私、神様に」
「神様? 稲荷様のこと?」
「うん、稲荷神様。紺さん、おいなりさんを神様も喜んでくれたって夢で言ってたのに、私何も……」
ちょっと焦ってそう言うと、根田さんがまた笑い出した。
「由衣、お前はやっぱり面白いな。稲荷様に人の食べ物を食べさせていないと、そんな風に慌てる人間は由衣くらいのものだぞ」
「でも、私が出来る感謝はそれくらいですし、後なにが出来ることは……あ、鳥居!」
「鳥居?」
「はい、鳥居を奉納するのはどうでしょう」
そう提案したら全員に微妙な反応をされてしまったけれど、鳥居奉納は願いが叶った時に神様へのお礼として奉納するんじゃ無かったっけ?
「由衣の感謝の気持ちなら、旨い料理を供えてもらった方が喜ばれそうだな。由衣は人の身だが紺の眷属であり番でもある。由衣が真心と感謝を込めて作ったものなら喜ばれることだろう」
「そうですか、それならば張り切って作ります」
神様に喜んで貰える料理ってなんだろう、なんだかよく分からないけれど、皆さんに食べて貰った様に沢山食べて貰えたら嬉しいと思う。
「どうした、由衣。急に嬉しそうにして」
「根田さん、私そんな顔してました? 神様の好みが分かりませんが、美味しいって食べて貰えたら嬉しいなあって、思っちゃっただけなんですが」
へへっと笑うと、根田さんは「好みは私にもわからないが、何を作るかではないし豪華である必要もない。お前の食べて貰えたら嬉しいと思うその心が大切なのだからな」と教えてくれた。
「分かりました。ありがとうございます!」
凄く良いアドバイスを貰ってお礼を言うと、今村さんが「由衣さんのお料理もお菓子もとても美味しいですから!」と言ってくれた。
そんな嬉しいこと言われたら、また沢山作って食べて欲しくなる。
これはあれだ、所謂久しぶりに実家に帰ると料理がエンドレスで出てくる。実家あるある、張り切るお母さんおばあさんの図だ。
でも、それでいいと思う。
私は料理もお菓子も、自分だけ食べるより食べて欲しいのだ。
先輩と違って、皆喜んで美味しいと食べてくれるのだから、作りたくなって当然だ。
「今村さん、ありがとうございます。また料理とかお菓子作りますね。先輩の件でお金頂けることになったので、資金はバッチリですから」
慰謝料的に頂けるらしいお金、貯金するのは違う気がするし、鳥居奉納が微妙なら料理に姿を変えてしまうのはありだと思う。
私は料理が出来て幸せ、皆さんは食べられて幸せで、それを見る私も幸せ。
「資金はバッチリって、由衣。自分が辛い思いをした故のものなのに」
「紺さん、おかしいですか?」
「由衣が良いならそれで良しだ、紺細かいことは気にするな。それに由衣の金運はこれからどんどん上がる一方だ。金銭的に困ることはない」
どうして金運が上がるのだろう? 私の疑問をよそに根田さんは笑いながら消えてしまった。
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