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第七章、力の解放と新たな魔王の誕生
新魔王の誕生
しおりを挟む「だから言ってるだろ。そっちこそオレの話を聞け。アレはカプリスじゃない。他人の空似だ」
『何言ってるんですか! 新魔王本人がカプリス・グルマルディだと名乗っていたじゃないですか!』
「カプリスに成り替わりたいだけだろ。カプリスは店の警護をしていたし、今だってちゃんとここにいる。毛色も違うだろ? とりあえずこっちも話し合いするから後でな」
一方的に通話を終了させたタナリサースがこっちに向き直る。
己が寝ている間に話は厄介な方向へと進んでいるらしい。「今のどういう事だ?」と問いかけると「聞いたままだ」と答えられた。
「分離したブラックさんとやらがカプリスを名乗ってるんだよ。しかもご丁寧に全国民に向けて生放送。何だよあの巨大な魔法陣……カプリスだけでも手に負えないっていうのにおかしくなりそうだぜ。双子たちの店も一旦閉めさせて貰った。オレも魔王に聞きたい。店から移動した後何があったんだ?」
いつになく真剣な表情をしていたタナリサースだったが、両側のこめかみを押さえながら悶えているのが分かって、己の腕を見つめる。
——ハイエルフのままだったか……。
姿を変えるとタナリサースの様子が瞬時に元に戻った。扱い易い奴だ。隣にいるカプリスには手首を握られたままだが。
「魔石を埋め込んでいたのはあの男だった。店の前で会った三人は俺の昔の側近たちだ。原っぱに飛んだ直後あの男も現れ、一度目の時を真似ただけだとも言われた。アイツらは酷く苦しんでいたから、俺は……第五の呪文でアイツらを魔石の呪縛から解放した。もう一つ気になる事がある。連れ去られようとした時、あの男は俺の母に姿を変えやがった。何故母の容姿を知っていたんだ? 俺はその理由が知りたい」
「え……」
動揺したようなカプリスの声音を聞いて視線を向ける。
「どうした?」
「あの人が知っているとなれば私も知っていると思います。それを踏まえて考えると、一番初めに会ったハイエルフの女性は貴方の母親という事になりますよね。亡くなられたのは随分前じゃないんですか?」
——どういう事だ?
魂がカプリスの言うハイエルフが書いた本に取り込まれていたのか? それとも……。
「そうだ。軽く五百年は経過している。カプリス、俺もお前に聞きたい。一番初めの時何があった? 俺の母らしきハイエルフが出て来たのはその時なんだろう? もしそうなら俺が歌った子守り唄を聞いた事があると言っていたのもあながち間違いじゃないかもしれん。あの歌はハイエルフしか知らない歌だ。俺は母にそう聞かされ歌って貰っていたからな」
歌というのにも引っ掛かりを覚える。カプリスも聞いたという事は、あれは単なる子守り唄ではなく、何か意味のある歌のように感じるのだ。
——第十の解放はあの歌なのか? だとすれば俺には無理だ。肝心な呪文を覚えていない……。
思考回路を一旦止めて隣にいるカプリスを見上げる。
困ったように眉尻を下げて破顔した後で「聞けば私の事がもっと嫌いになると思います」と続けられた。
「構わん。お前のキチガイ具合は初めっからだ」
「ダンジョン内にいた魔族全員と貴方が関係を持った方々を集めて、貴方の前で何千という軍隊と共に切り捨てました。本を読んでいた時でさえも邪魔だと感じていたのに、実際目の当たりにすると、独占欲と嫉妬心を抑えきれなかったんです。貴方一人だけ居ればいい。そしてその場で貴方を組み敷きました。三日後、致命傷を受けながらも生きながらえた側近三人を苦しみから解放した貴方は、そのまま私の目の前で自害しました。私は初めて自分の行いが愚かだったと気がついたんです。これが……初めに私が世界を斬った理由です」
——アイツが言っていた『真似事』とはこれか……。
言葉を切ったカプリスの話にまた耳を傾ける。
「あんなに悲壮感漂う絶望に塗れた表情をしていたのに、息絶える時だけは私を見て貴方は楽しそうに笑ったんですよ。ざまあみろって言って。あんな顔されると余計に追いかけたくなって見事にドツボです。私にはどうやら何かを大切にして慈しむ心というものが欠けていたようです」
——知らなかったのか! コイツ冗談抜きでヤバい奴だったわ……。
「マジでイカれてるな。お前の方がよっぽど魔王らしいぞ。もうこのまま本当に魔王になってしまえ」
「世界征服とかには興味ありません。それもあり魔王である貴方は死んだ事にしてお持ち帰りするようにしてましたし。結構な確率で逃げられてますけどね……」
——当たり前だろ。
ため息か空笑いしか出ない。カプリスならやりかね無いと常々思っていたから特に落ち込む事はなかった。逆に「足りない」と感じてしまう己も大概頭がおかしい。
——マジで……どうしてしまったんだ俺は……。
「あれ……? 待ってください。どうして忘れていたんでしょう。そういえばその時でしたよ!」
「何が?」
「歌ですよ。高いながらも細い耳触りのいい歌声が聴こえてきました」
口を開いてもう一度歌を口ずさむ。それを二人が凝視し聞いていた。
「この歌か?」
「そうだと思います」
「これはハイエルフだけに伝わっていた歌だ」
タナリサースがパネルで再生させる。ハイエルフが関わると抜かりない。
——録音機能もついてるのか。
こっちはこっちで良い感じに気持ちが萎えた。
「嫌いになりました?」
「はあ……慣れた。正直、頭にはくるが今は何とも思わん。記憶にもないからな。その時の俺はお前からの執着心を知って、絶望に歪むお前の顔でも見たかったんだろ。望んだものが見れたから笑った。それなら理解出来るわ」
「あ、そうなんですね。成程。やっと分かりました。私には効果覿面です。貴方のいない世界に絶望しましたから。そんな世界なんて耐えられない」
奇行に慣れてしまった感が否めない。たかだかそんな出来事でと感じてしまうのは己が魔族だからかもしれない。
出会った時と旅行時にカプリスから聞いた話がようやく腑に落ちる。一つだけ解せなかったのだ。
精神が崩壊する程に己は弱くない。カプリスの事だから別の言い方に置き換えているのだろうと思っていたが当たっていたらしい。
記憶にはないが三人を楽にしてやった件については己の性格を考えると想像するに容易いし、とりあえずそんな状況に追い込んだカプリスには腹が立っていたので思いっきり鳩尾を目掛けて拳を打ち込んだ。
あえて防御壁も張らずに受け入れたカプリスが前屈みになって堪えている。
「で、これからどうする? あの男はお前の中に戻せないのか?」
「戻したらまた一度目の繰り返しになるじゃないですか。私は笑顔の貴方は好きですが、絶望に表情を歪めるアフェクシオンはもう見たくありません」
——いや、初夜はそんな感じだったぞ?
「お前は今でも充分頭がおかしいしサイコパスの鬼畜ドS野郎だから心配しなくても大丈夫だ。もう慣れた。元に戻れるのなら戻れ。それが手っ取り早くていい」
「いくら貴方の頼みでも嫌です」
「あー、オレも喋っていいか?」
挙手して宣言したタナリサースを見つめ「何だ?」と促す。
「魔王は何でこのマジで頭おかしい奴と一緒にいるんだ? 話を聞いてる限りだと地獄絵図なんだけど? ないわー……」
「軟禁と見せかけて、双子を人質に監禁されているからに決まっているだろ。それにどこに逃げてもすぐ見つかるからな。諦める方が早かった」
「……」
「……」
長い長い沈黙が流れた。
「カプリスは地下牢に放り込んでおくって事でOK?」
「問題ない。よろしく頼む」
即答する。
「王族ごと城を木っ端微塵にしてもいいならお受けしますよ。でも夫の座は誰にも譲る気はありません。アフェクシオンは私のものです」
ニッコリと微笑んでみせたカプリスからは本気だというのが伺えた。
——逃げられる気がしねえ……。
もしかしたら己は悲劇のヒロインポジションなのかもしれない。本気でそう思った。
『タナリサース様!! 大変です!!』
「何だよ、どうした?」
急に入ってきた通信はザラザラと途切れながら喧騒に包まれている。
『東のダンジョンで確認されていた魔族たちを率いて、城に新魔王が現れ……っ』
「は? おいっ!!?」
音声が途切れたかと思えば画面が真っ赤に染まり、あの男の姿が映し出された。
「皆殺しにされたくなければアフェクシオンを引き渡せ。しばらくの間はここに居る」
それを最後に通話が途切れる。通話相手の名を呼ぶタナリサースの声が室内に響いた。
【第七章、了】
→第八章(最終章)へ続く
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