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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ17
しおりを挟む「龍仙の奴はあぁ言ったが、正しくは西にある山頂で暮らしている」
龍仙の姿が見えなくなると、魔王はやれやれと彼の言葉を訂正した。
「すまないな。気難しい奴なんだ」
そして窓際へと移動し「あの辺りだ。赤い屋根の家がぽつんとある」と指を差す。
魔王が指し示す方角には確かに絨毯のように広がる森の奥に小高い山が見えた。
どうやら森の奥と言うのは本当らしい。
「ここからだと遠くて見えないですね」
「確かにお前はそうだろう」
「え? 見えるんですか?」
「まさか、見えるとは言ってないぞ」
「なんですかそれ紛らわしい」
呆れた声をあげ、窓の外を眺めながら青年はリーベの様子を見に移動した。柵の中で眠る赤ん坊の林檎のような頬を指でそっと撫でる。
後ろから魔王もリーベが眠る寝台を覗き込む。
気持ち良さそうに、たまにすぴーと鼻息を漏らして眠る赤ん坊の姿に、お互い肩の力が抜けた。
ほっとしたのと疲れもあってか暫し無言が続き、おもむろに魔王が口を開く。
「ところで折り入って相談があるのだが……」
「……なんですか急に、しかも俺に」
せっかく肩の力が抜けたと言うのにまた力を入れるハメになったと青年は身構える。
「そのだな。さすがにあれは言い過ぎたと思うか?」
「はい?」
「先ほど子供達に声を荒げてしまっただろう」
「はい……」
「実はあんな風に怒鳴り付けたのは初めてでな」
「はぁ」
「今更ながらあれはどうなんだと、昨日今日生まれたばかりの子達に、いくらなんでも私は、私はあの子らより途方もなく長く生きていると言うのに……大人げなかったのでは、いやしかし、今回は」
「……」
柵に両手を預けて人の肩に項垂れそうになっている魔王に青年は内心「おいおい」とつっこんだ。
まぁここではなんだリーベが起きても良くないと青年は魔王を先程お茶を用意した席まで移動させ座らせた。その向かいの席に青年も腰をおろす。
「それで?」
改めて伺った話を要約すると、どうにも魔族は何千年と長生きしていると、まだ生まれて間もない者に本気で怒ったり叱ったりするのが苦手、になるらしい。まぁこの魔王に限っての事かも知れないけれど、だが確かに千年生きてる者にしてみればまだ八年や十年程の者はたった今生まれたばかりの赤ん坊に見えてもおかしくない。
そのたった今生まれたばかりの赤ん坊に誰が叱ったり怒鳴ったり出来ると言うのか、分かる。分からなくはない。
が、
「それとこれとは別じゃないですか?」
「そうか?」
「正直正解は分かりませんけど、俺はあの時叱ろうと思ってましたよ」
「そうなのか?」
「魔王さまのお陰で出鼻を挫かれましたけど」
「そうなのか」
「そもそもきちんとダメなものはダメと叱った事がなかったからこうなったんじゃ? 本気で怒らないと分からない子もいますよ」
「そうか……」
「多分誰でも怒って当然ですねあれは、俺の知ってる下町のおばちゃんなんて他人の子でも遠慮なく箒を片手に怒ってますし、散々説教したあと気の済むまでこき使うでしょうね……あぁ眼に浮かぶな」
「箒を片手にか?」
「もし良いところの赤ん坊を拐って死なせるところであったのなら、それでは済まされてないでしょうね。最悪殺されていたかも」
「そんな物騒な」
「だから魔王さまが怒ってしまったのは無理もないって事ですよ」
正直一応魔王の娘と言う事になるのなら、他ならぬ王の子供を危険に晒したとして処罰してもおかしくはない。と言う事は黙っておいた。
きっとこの男はあの子達にそんな事は望むまい。
魔王は少々甘やかし過ぎてしまったかと片手で頭を抱える。
青年はその姿を少し眺めてから、多少申し訳ないと思いつつもつい呟いてしまった。
「……子供って親の言動真似するらしいんですよね」
俯いていた魔王の顔が上がる。
「聞いた事ないですか? 子は親の言う事はきかないが、親のする通りにはする。みたいな」
「親のする通りだと?」
「子は親を見て育つとか子は親の鏡とか色々」
魔王は初めて訊いたと驚く、そしてそれでいくとと呟くので、青年は先にその答えを口にした。
「多分あの悪魔、エルディアブロがそれに近いんじゃないですか? 彼があの子達の面倒をみてるんですよね?」
「……確かにやっている事はあれにそっくりだが、そのエルディアブロを幼子の頃から面倒見ているのはハクイで、私も多少は関わって……と言う事は」
自分とハクイに問題があったのかと魔王は頭を抱えた。その姿に流石に全部が全部ではないと魔王の肩を慰めるように叩く。
「確かに言われてみるとエルディアブロの叱り方はハクイにそっくりだな」
「そうなんですか?」
あぁと魔王は頷く。なんでもハクイは基本的に声を荒げず淡々と咎めるんだそうだ。
「たいがい〝あなた達、そこで何をしているのですか?〟と言ってな。エルは〝そこで何をしている〟と一言だけ言って睨み付ける。エルの言う事には皆従うからな。その後どうするかは分からんが、もしかしたら淡々と咎めるのかも知れんな」
魔王は二人の真似をして見せ、似てないか? と言うが、正直二人の事をまだよく知らない青年には頷きづらい。
ただ先程見たハクイの悪魔の子達への接し方を思い出すとそんな感じだった気もするし、先日のエルディアブロの様子を思い出すと、なるほどそうなのだろうと思う。
「悪魔だからと思っていたが、そうではなくエルディアブロを見ているからなのか?」
今でこそ多少落ち着いたがエルが幼い頃やっている事そのままだと魔王は言う。だが先日の一件もあり、青年にしてみればエルディアブロとあの悪魔の子達の行動はそう大差ない。過去の事はあの子達は知らぬだろうしあの姿を見ているからではないか。言おうかと思ったがやめておいた。
目の前の魔王はどうすれば良かったのだと過去の事を思い浮かべ、あの時こうしていればとぶつぶつ呟いて、その赤い瞳も後悔に揺れている。
その様子を肩肘をついてじーと眺め、茶を飲んでいた青年だったが、ふいに口端を上げる。
今目の前で自分にこうも情けない姿を平気で晒しているのが〝魔族の王〟だと思ったら、おかしくなったのだ。まったくらしくない。
「魔王さま……モテないでしょ?」
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